2013年5月23日木曜日

告知 「人体描写のスキルアップ - 美術解剖学入門」開講のお知らせ


 少々早いですが、夏の盛りから暑さが落ち着き始めるころにかけて、朝日カルチャーセンター新宿教室において実技講座を開講致しますので、お知らせ致します。

 本講座は、講義と実習を通して、人体を構造的な視点から見ることで、人体描写技量を向上させることを目的としています。美術解剖学は、皮膚の内側にある骨や筋のかたちと構造についての知識によって、人体を立体的に捉えられるようにするための方法論です。

 人体をどのように見ていますか。芸術表現のモチーフとして人体は究極に身近な対象です。なぜなら、その対象の形態はあなた自身とほとんど全く同じなのですから。
 しかしながら、人体表現の難易度の高さは誰もが認めるものでもあります。人体表現が歴史的に見ても様々な変化を見せるのは、このような”近くて遠い”距離感も影響しているのでしょう。
 

 毎朝、目覚めと共にまぶたを開くと、当たり前のように見慣れた室内光景が目に飛び込みます。日々の生活で、目に飛び込む様々な色彩や形態を”苦労して”認識しているという方は極少ないでしょう。テレビをオンにすると映る番組のようにそれは苦もなく脳裏に再現されます。ところが、当たり前に見えているそれらの光景を紙に写し取ろうとしてみると、これが全く出来ない事に驚かれるはずです。テレビ画面に紙を押し当てて透けた画面をトレースするようにはいかないのです。これは、私たちの視覚認識がカメラがフィルムや素子に光線を投射するような単純な平面化に依っていないことを示しています。私たちが「当たり前」と信じ切っている目の前の風景は、実は脳内での非常に複雑で高度な解析の末に”再現された”意識世界とも言えるものなのです。
 このような意識的に再現された対象を表現しようとするには、少なくとも2つの手順が必要です。まずひとつは、手業(てわざ)とも言いますが、これは手の筋肉を意識的に詳細にコントロール出来るようにすることを意味します。すなわち、「箸が上手に使える」や「綺麗な字を書く」といった列に並ぶものです。スポーツなら「正しいフォームで走れる」や「スキーでパラレルが出来る」、音楽なら「楽譜が読めてピアノがひける」と言ったところでしょう。勿論、これらが完璧で無ければならないという意味ではなく、ともかくやりたいことをこなすための始めの技術力を持つということです。
 この手業は、繰り返しの訓練で誰でもある程度まで上達するものです。ところが、手業の限界は思いのほか早くに見えてくるのです。その次の段階へ進むために必要な物こそが、二つめの手順であり、すなわち、”対象の見方”です。そして、人体表現においての”対象の見方”を強力に推進するものこそが美術解剖学なのです。始めに挙げた手業を「手の技術」と言い換えるなら、美術解剖学は「見る技術」とも言えましょう。

 ところで、私たちの「見る」行為は、カメラとは違って、能動的な行為です。そのために、”知らないために見えない”という現象が起きます。こういった脳による情報削除は処理を軽くするために恐らく重要なもので、私たちが人体を見るときにも通常は非常に多くの情報が捨てられているはずです。絵を描き慣れない人はそこに手業の欠如が加わるのですから描けなくて当然なのです。


 さて、美術解剖学は「人体を見る技術」だと既に述べましたが、人体表現を目的とした人体の見方でもっとも基本的なのは、裸体を観察することでしょう。この時に視覚が頼りにするのは、外見を規定するものとして身体の輪郭を、また、輪郭より内側の要素を捉えるには陰影が用いられます。しかし、視点や姿勢の変化に伴って刻々と形状を変える人体を、輪郭や陰影の表面性だけで追うことは必ずしも効率的ではありません。そこで、人体内部構造とその形状理解をそこに付け加えるのです。それは皮膚の一層内側にある筋の走行やそれらが付着する骨の形状に加えて、運動に影響する変形の範囲や関節の可動域など、ポーズによる外見の変形に根拠を与えてくれます。そうして、人体形状への理解を深めることで、やがて目は皮膚に隠された構造を見抜き、表現される作品には形状の説得力が加わるでしょう。イタリアルネサンスのマスターピースの人体表現の多くは、このような方法論の下に生まれたことも付け加えておきます。

 今回の講座は、初回は講義形式で後の2回はヌード・モデルの観察とデッサンの全3回で構成されています。初回では、人体の内部構造についての基本的な知識や、構造の分け方についてなどを知ります。2回目は女性ヌード・モデルの観察を通して、初回の知識の再確認や姿勢の変化に伴う外見の変化とその影響範囲などを確認していきます。最終回はこれまでの知識を参考に女性ヌード・モデルを固定ポーズで描写していきます。最後に時間が許せば描かれた絵を美術解剖学的な視点で講評します。

 日本において、美術解剖学的な方法論に沿ったヌード・セッションはまだこれから発展しうるものです。人体描写の向上を図ろうと努力されている方、身体の構造に興味を抱いている方、芸術における裸体表現を更に深く堪能したいと思われている方など、芸術と人体に興味をお持ちの方であれば、どなたでも楽しんで頂けると思います。
 文字や文章が小説家のためだけにあるのではないように、デッサンは画家だけのものではなく、理解を深めるための方法のひとつなのです。”手業”に自信のある方もない方も、ペンと紙で手を動かしながら、共に人体形状の理解を深めましょう。


当講座は終了しました。