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2019年8月13日火曜日

彫刻の現象学


彫刻や絵画と分けることは今や本質的ではないとも言われる。それでもその言葉は別れたままであり、それは私たちに中に両者の違いが確固たるものとしてあるからに違いない。本質的ではないと口走るその反対側に、両者はあくまで異なるという叫びがある。両者が同じだという本質を探るなら、それでも両者を分ける原因を探さなければならないだろう。私たちの中には彫刻が確たるものとして在るのだ。その、彫刻も絵画も一緒くたに見える混沌から彫刻の探すことが求められる。それは、石彫やブロンズ像のように明確な表面性を持った非時間的かつ実在的な在り方ではなく、現象学的な内面への立ち上がりとして感じ取られるものである。彫刻とは何か。それに肉薄できるものは現象学において他にない。
2019/08/05

2018年9月5日水曜日

告知 土祭(ひじさい)にてレクチャーを行います。9月29日(土)

   栃木県益子町で開催される土祭(ひじさい)のイベントに参加いたします。

   土祭は益子町の町興しから発展した文化的イベント。915日(土)からほぼ半月間に渡って開催されるこの祭りは、地域のいくつかのエリアを跨いで、展示やワークショップ、講演会やコンサートなどさまざまなイベントが企画されています。益子と言えば益子焼が思い浮かぶように、窯業と農業が盛んな同地にあって、自らの足元に広がる大地を構成する土を命の原点として意識することを土祭は主題としています。土と自分。土と人。この切り離せない関係性は誰にとっても同じであるはずですが、都会で生活しているともはや土は足元に広がってさえいません。大地から離れることのできない私たちにとって、大気同様に重要な環境要素である土との関係性を、意識的に見直すきっかけにもなるでしょう。
   
   リノベーションされた廃校を大人の小学校に見立て、様々なテーマでレクチャーなどが予定されている中で、私は「生命形態の歴史と環境」と題して、アーティスト(彫刻家)の藤原彩人氏とタッグを組んで講義いたします。
   私たち自身の身体の形。何も考えなくてもこの形。人に生まれたから当たり前に人をしている。私に生まれたから当たり前に私をしている。でも、なぜ? 
   この「なぜ?」に辿り着いた動物は地球上に人間しかいません。でもそれは、他の動物より優れていると言う意味とも異なるでしょう。むしろ、なぜ(再び!)そう考えるようになったのか、が疑問です。どうして、なぜ?。
   ともあれ、そんな事を考えるように進化したのですから、そういう事を考えるのが私たちは(そして私は)好きなのです。好きというより、本能であるとも言えるでしょう。世代を超えて考え続け、やがて大きな二つの流れができました。科学と芸術です。なぜか、現代ではこの両者は別モノのように見られますが、見つめる先は同じです。

   気候も秋めいてくる929日(土)は、36千万年に渡って土にまみれて作られた私たちの身体のカタチについて、あれこれお話して、また一緒に考えたいと思っています!

   土祭の詳細はここから。

   私のレクチャー詳細はこちら

2017年11月29日水曜日

彫刻考 技術と人間性

   禄山を通して色々考え続けている。
   近代彫刻は即興性である。すなわち過程である。それは終わりなき行為の永遠なる途中なのだ。そうなると、大事なのは技術ではなくなる。技術とは暫定的であれ完成を終着点として見据えているからである。彫刻に技術が重要でないのならば、大事なのは作る人間の人間性である。だから、禄山もそれを磨こうとした。この重要性は時代を問わない。
   しかし、作品として表す以上は必ず行為が伴い、そこには技術が現れる。この両者をどうやって共存させ昇華せしめるか。それが命題である。結局、技術もまた常に磨き続けなければならない。それはあって当然のものとしなければならぬ。人間性、もしくはセンスと呼ぶものだけを重視すると畢竟彫刻ではなくなる。技術と人間性は切り離せないのである。なぜなら技術は表現力を高め、彼の人間性をも広げるのであるから。
   そして、教えられるもの、学べるものはこの技術しかないのである。完成した作品もまた技術によって成り立っているのだ。

   技術をないがしろにするべからず。併しそれに飲まれるなかれ。

2016年8月8日月曜日

カブトムシ

オスのカブトムシが死んだ。昨晩は元気で、他のもっと体の大きなオスをツノで追い払っていて元気だったが、朝には死んでいた。カブトムシは生きていても死んでも色や形が変わらない。生きているのか死んでいるのかは、動くか動かないかの違いだけだ。死んで間もなければ重さも変わらない。カブトムシの人生(カブト生)がどんなものかわからないが、虫ケースの中で餌ゼリーを取り合ったり、土に潜ったり、メスを追いかけたりして、そこにはカブトムシとしての生き方が確かにある。死んで動かなくなったカブトムシはそこから脱落したかのように見える。もはやそれは、「生き方の中のカブトムシの形」ではなく、ただの「カブトムシの形」だ。形と、形の成因としての生き方とは密接に関連しつつ同一のものではない。「かたちとは終局であり、死である。形成こそ〈生〉なのだ」というパウル・クレーの言葉を思い出す。

 唐突だが、このクレーの言葉は彫刻芸術において最重要の訓示ではなかろうか。ただ形の面白さだけを追っていては決して生きた彫刻にはならない。我々は、形成を生をそこに宿さなければ。

2015年8月11日火曜日

人体と人体彫刻

 私たち人類は、3万年前には自分のかたちを造形していました。それら小さな彫刻の造形表現が現在と比べて劣っているということはありません。28000年前に作られた『ヴィレンドルフのヴィーナス』像が見せる、冷静な観察に基づく大胆な変形と形態的な調和には感嘆させられます(図1)。
『ヴィレンドルフのヴィーナス』 
旧石器時代の11センチほどの石像


人体彫刻の起源は人類史的に遡ることができるものですが、現在の日本で彫刻と私たちが呼ぶときに心象に浮かぶもの、例えばブロンズ像や大理石像などの直接的起源は、2500年ほど前の古代ギリシア文明と言って良いでしょう。この西洋彫刻とも呼ばれる領域が日本に本格的に輸入されたのは文明開化後ですから、日本人にとっては”西洋彫刻を作り始めて100年ちょっと”ということになります。
 しかしここでは、文化史的な側面というよりも、人体彫刻とそのモチーフである人体との関係性に注目したいと思います。そこでは彫刻の最大の特徴である「実在」がキーワードとなるでしょう。なぜなら、私たちもまた人体として実在しているからです。彫刻と人体はこのことにおいて相互に関連しているのです。彫刻は物質の形態を操作することで非言語的に語らせようとします。人体は物質が複雑精緻に組まれた形態によって生命現象が生み出されています。どちらも実在する形態のありようが、その存在の意味を支えていることに変わりがありません。一方で、両者の由来は違います。すなわち彫刻は人類によって生み出されたものですが、人体は自然が生み出したものです。
 私たちは皆生まれたときから“人体を所有”していますが、人体のことを初めから知っているわけではありません。人体すなわち「私」とは何か。それを形態から探求する学問が人体解剖学です。解剖学は隠された内側から直接観察することで人体の認識を深めようとします。人体の内景は有史以来、長い時間をかけて少しずつ発見され、その探求は現在も続いています。こうしてみると彫刻も人体も、私たちの意識によって発見される形態という意味で同様です。このような類似性は、解剖学的な形態や構造に彫刻的な美しさを見いだせることからも分かるでしょう。
 多くの点で人体と似た”実在的な運命”を持つ人体彫刻を、解剖学的な視点も加えて眺めていきましょう。

実在のリアル

彫刻には、実在しているという事実によって生まれる特有の特徴があります。そのひとつが形状と素材の連関です。これは、彫刻の形状はその素材の特性の影響を受けると言うことです。彫刻の素材として良く用いられるものは石、粘土、木材、金属、樹脂などで、それぞれ特徴的な特性があります。たとえば、石材は硬く丈夫で屋外にも置けるが欠けやすく、木材は切削が容易で細かな表現ができるが強度はそれほどでもない、などです。大理石の彫刻は細くて長い造形は向かず、人体像の姿勢もそうならないように工夫されています。一方、素材に粘りがあるブロンズ像ではよりダイナミックな姿勢が可能になります。このように、彫刻は物理作用の影響下にあるために、その形や姿勢もそれに従う範囲でなりたっているのです。
 また彫刻が実在するということは、作品の題材(テーマ)が実在するということでもあります。鑑賞者はその作品の題材と物理空間を共有していることになります。この作品がミケランジェロ作の『ピエタ』であったとするなら、その物語の当事者であるキリストとマリアがあなたと同じ時空にあるわけです。この劇場的効果が彫刻に特有の強さを与えていることは確かでしょう。一方で絵画は、一枚の絵の中に限りなく自由な世界を繰り広げることができますが、それらは私たちの物理的空間とは隔絶されています。作品題材の存在では、”絵画はバーチャルの、彫刻はリアルの芸術”ということになります。
 作品を前にした鑑賞者は、作品がそこにあることを当然の事として捉え、その作品が持つテーマを感じ読み取ろうとするものです。先に例に挙げた『ピエタ』であれば、マリアやキリストの外見やそれに伴った物語という文脈です。しかしながら、彫刻の鑑賞においては文脈の鑑賞にくわえて、それが”実在する”という彫刻と私たちが共有する事象にも目を向けることで、彫刻特有の芸術的性質が見えてくるのです。素材と空間の制約の中で屹立する彫刻には、どこか私たちと似たものを感じます。

心も形から

心を私たちは知っています。「心と体」や「心身」といった言葉があるように、形のない心に対して物質の肉体と同程度か時にはそれ以上の存在感を感じもします。私たちは具体的な形を持たない心や意識を”意識”することができるのです。怪我をしたり病気になったりしてやがては消滅する肉体という物質的な存在と心は対極的な存在として捉えられるのです。
 医学に依れば、私たちに魂の存在を信じさせる意識は脳から生まれます。脳は神経細胞の集まり、つまり物質です。また感情や愛情といった情緒は、ホルモンなどの作用で変化することも分かっています。ホルモンとは体内に流れるごく小さなタンパク質などの物質です(図3)。
このことはつまり、心や感情といった形がない概念的なものが、物の形から生みだされていることを示しています。感情を生み出す形。それはまるで彫刻ではありませんか。彫刻が持つ形状は、鑑賞する私たちの心を動かします。それは私たちの考え方や行動さえ変える力を時に持ちます。彫刻という物質の形状と形なき心との関係性は、体内における意識や感情の立ち上がり機序と思いのほか似通っているのです。

彫刻特有の感覚

彫刻は立体物として量を持ちますが、見ることができるのはその表面だけです。表面の色彩だけを見ているのであれば絵画と変わりないのでしょうか。それでは描かれた彫刻と実物の彫刻は同じということになってしまいます。これには違和感を感じますが、実際のところ具象絵画はこの思想ゆえに成り立っているわけです。しかし描かれた彫刻を観ることが、実物の彫刻鑑賞の代わりにはならないこともまた明白です。描かれた彫刻では決定的に何かが物足りません。実在する彫刻を鑑賞するときだけに働いている感覚、それは立体感です。
 この世界は立体的にできていますが、それを立体的に見るには2つの目でひとつの対象物を捉える必要があります。2つの目で捉えられたそれぞれの映像を重ねるとズレが生じますが、脳はこのズレを元に距離感を得ます。この距離感が特定の対象物に向けられるとき立体感として感じられるのです。人間の両目は並んで前を向いているので立体視が可能なのです。視点が移動すると、このズレが連続的に起こるので立体情報をより多く捕らえられます。彫刻作品の前で鑑賞者が左右にゆらゆら動いているのは、そうやって立体感を味わっているのです。彫刻は私たちの両目が並んでいたから生まれたと芸術とも言えます。世界を立体で見ることの喜びがそこには内在されているのです。
 彫刻を写真に写してもこの立体感は残せません。平面化された時点で立体感は打ち消されてしまいます。ですから、彫刻が持つ立体感や量感を楽しむには、実物の前に立って鑑賞する意外にないのです。鑑賞者がその作品の前まで赴かなければならないという意味において、彫刻はライブショー的な側面も持っています。

彫刻の内側

ブロンズ像を間近に見ると、その表面に作者の指跡やヘラ跡が生々しく残っていることがあるので、これらは直接作られた中身の詰まった物だと漠然と思われていることがしばしばあります。しかし実際はそうではなく空洞です。ブロンズ像は始め粘土や蝋などで作られます。その粘土像から型を起こし複雑な工程を経て、最終的にブロンズつまり銅の合金へとすっかり置き換えられているのです。具体的には、型の中へ溶けた熱い金属を流し込みます。金属は冷えて固まる時に縮むので、金属の量が多いと歪みや割れが起こります。そうならないようにブロンズ像は空洞にされます。そもそもなぜブロンズに置き換えるのかと言えば、長期保存のためです。粘土で作られた彫刻はそのままでは壊れやすいので、長く保存できるようにブロンズなど別の丈夫な素材へと置き換えられるのです。置き換える素材は、金属の他にも石膏や樹脂など様々です。別の粘土で置き換える技法もあります。置き換えた粘土は焼くことで丈夫にします。このように、型を起こして置き換えられることで彫刻作品のほとんどが中空となるわけです。
 この「充実しているように見えるが実は空洞」という事実は、彫刻作品の質つまり像の表面造形とは関係のない舞台裏として取り上げられませんでした。これは、作品性は外表面だけに表れるということを意味してもいます。
 しかしながら、作品の存在に多くの芸術的な意味合いを語らせようとする現代の彫刻においては、作品の表面だけでなく、素材やその内側への意識もまた作品の一部として無視のできない要素となりうるのです。例えば、古代ギリシアのブロンズ像で象眼された目が外れて穴が開いているものがあります。それを以前なら欠損の穴と見ましたが、今では黒い影を落とす目の穴にも造形的な意味を与えよう、もしくは読み取ろうとするのです。この時、作品に開けられた穴は作品の表面と内側とを繋げる窓となって、内側はそれまでの舞台裏から作品の重要な要素として再認識されることになります。穴はそこから続く内奥を予感させ、それまで意味が与えられていなかった内側に意識の光が届けられることになるのです。さらに作品の表面は、それまでの充実した量の外面という意味合いから、内と外を隔てる境界へと意味合いが変わります。この時、境界を「膜」とするなら、ここに膜を隔てた内側の概念が彫刻に加えられたことになります。
 彫刻に開けられた穴と同様に、私たちの顔にも幾つか穴が開いています。穴と一目で分かりやすいのは鼻、耳、口です。目の瞳孔は光を通す穴で、眼球そのものも眼窩と呼ばれる穴にはまり込んでいます。顔に開いたこれらの穴もまた体の内と外とを繋げる窓です。目、鼻、耳から情報を取り入れ、鼻と口からは物質の取り込みと排出(食事、呼吸)をします。さらに目と口はコミュニケーションの道具としても重要です。口は言葉を話し、目は口ほどに物を言うのですから。

内側の外側

彫刻に穴が開くことでその内側が作品の要素として加わりましたが、この内側についてもう少し見てみましょう。人体はその中心部に限って内側に腔所があり、頭部は頭蓋腔、胸部は胸腔、腹部は腹腔といいます。これらの腔所に脳や胸腹部の内臓が納められているのです。この頭、胸、腹部を一括りに体幹と呼び、生きるために必須の器官はここにまとめられています。なぜ体幹にまとまっているのかは進化を遡ると分かります。私たち人類は4億年も遡れば魚でした。その頃の体の主要部分は体幹だけで、腕や脚は薄いヒレに過ぎません。体幹の主要な構成をごく単純に言うなら、全体を貫く腸管と運動のための筋肉からなります。
 日本の古い人体彫刻の埴輪を見ると、まず立派な体幹が像の全体観を作っており、対して腕や脚は単純化や省略がなされています。ここでは体幹部がまさに「体の幹」として表現されています。また、しばしば目や口に穴が開けられています。それらの穴は人間の顔に開いている穴すなわち目・鼻・口・耳と結びつき、その内側へと見る者の意識を誘います。私たちの目は脳へ続く意識の窓、口は腸管へ続く物質の窓です。口から始まって体幹を貫き肛門で終わる腸管は、さながら山に開けられたトンネルです。トンネル内と外は一繋がりであるのと同様に、腸管内は体の外と一繋がりです。つまり腸管内腔は体内のようで実は体外空間に他ならないのです。
 先に、彫刻に穴が開くことで表面の膜性が明らかになり、その膜によって内と外とが規定されましたが、ここで新たに口と肛門を繋ぐ腸管によって「内側の外」が加えられました。彫刻に穴が開けられたとき、その内側の空間を外と認識することで表面が拡張され、作品を取り囲む空間性も一気に広がりを見せるのです。穴による「内側の外」を作品に意識的に取り込んだのがヘンリー・ムーアです。ムーアの作品を特徴付ける穴。この穴を通して「内側の外」が提示され、さらに外と内の間にある量塊によって表裏一体だった「膜」は量塊を包み込む面となるのです。それはさながら、細胞膜から皮膚へと膜の存在意義が拡張されたかのようです。ムーアの作品は、それが一見では人体彫刻に見えなくとも、その存在思想が人体と似ていることに気付かされるのです。

胸像は魚の頭

人体彫刻には全身像だけでなく部位で切った表現もあります。胴体だけのものをトルソーと呼びます。その他でよく作られる部位はなんと言っても頭部です。それはもちろん、作られるその人の顔が作りたいからです。顔は個性の象徴ですから、全身を表さずとも顔だけでその人の全てを表すこともできるのです。特に印象を似せた顔の像を肖像と言います。しかし、実際の肖像では頭部だけが作られることはまれで、普通はその下に首がつき、更にその下の胸までがあります。この部位で切られた像は胸像とも呼ばれます。胸像の切断位置で多いのは胸の上部までを入れたものです。
 さて、首や胸など体の部位名が出てきましたが、その明確は境界はあるのでしょうか? これは外見で目立つ形の違いや、動いたときの変化の度合いなどから経験的にその部位の境界が決められているのでしょう。共通の認識を持つ必要のある医療分野では、体の部位分けと名称を決めています(図4)。
体表区分図
頭をひとつの塊として見ることは簡単です。頭には、目・鼻・口・耳という特殊感覚器が勢揃いしています。これらの特殊センサー付きの頭を身軽に動かせるのは首があるからです。後ろから不穏な物音が聞こえたら、頭だけ振り向けばいいのです。もし首がなければそのつど重たい全身を向けなければなりません。これが水中ならば話しは別です。水に浮かぶ魚に体重はありませんから、後ろを向くには尾びれを鞭打って全身の向きを変えてしまえば良いのです。ですから首のある魚はいません。首は私たちの遠い祖先が水から陸に上がってから頭と胸の間がくびれてできた、言わば新しい部位なのです。人体の外見では頭部と胸部は細い首で明確に部位分けできますが、その内側は外見ほど明確ではありません。例えば、首から肩にかけて目立つ胸鎖乳突筋と僧帽筋は、実は首の筋と言うより腕の筋とも言えるもので、本当の意味での首の筋はこれらの筋より深いところにあります。更に興味深いのは、首から胸にかけての血管です。胸の血管と言えば大事な心臓を思い出されるでしょう。ちょうど左右の胸の間にある心臓はその頭側へ大きな動脈を出します。それは直ぐに背中側へとカーブして腹の方へと向かっていきます。このカーブを大動脈弓といいますが、これはかつて魚だった時代のエラに通っていた血管でした(図5)。
鰓弓動脈概念図 
第3鰓弓の部位が首に、4番目の鰓弓動脈が大動脈弓となる

つまり、私たちの胸の高さほどまでがかつてのエラがあった部位なのです。魚の「頭を落とす」ときはエラより尾っぽ側を切りますが、これがちょうど胸像の境界とあいます。胸像は偶然にも魚時代の頭の領域までを選んでいるのです。

運動器と臓器

人体のかたちをごく単純に描くと、漢字の「大」のような棒人間になります。この横棒と斜め棒が腕と脚を表していることから分かるように、腕と脚は人のかたちのイメージの重要な要素です。大きく太い腕と脚は、上述したように、そもそもは魚の体位を安定させるヒレでした。およそ3億5千万年前に魚類が陸に上がることで運動の主役は体幹からヒレへと移行します。それ以降、ヒレは筋骨たくましい四肢となって体幹を支え、運搬する重要な役割を担うようになったのです。人類では体幹の運搬という役務から解放された腕が、器用な指先を活かして多彩な仕事をこなすようになりました。今では身振り手振りで自らの感情を伝えることさえできます。一方の脚は体の運搬に終始してきました。腕と比べてずっと太い脚は、その仕事の一途さを誇っているようにも見えます。
 ところで、この運動器と先に見た腸管とでは、そこに分布する神経の種類が違います。運動器への神経は、感覚と意識的に動かせる体を制御する「体性神経系」が分布します。脳はこの中枢です。つまり自意識や運動は全てここに属します。一方の腸管への神経は、意識が関与することなく自律的に活動を続けているので「自律神経系」と呼ばれます。腸管つまり内臓は意識がアクセスできない言わばブラックボックスですが、それは意識的行動の根源を成しています。私たちは体幹の内側にある無意識の自己(つまり内臓)から湧き起こる要求を、あたかも自意識(つまり脳)で決めたかのように思い込まされているだけなのかもしれません。
 「自分でもどうしようもない自分」は誰もが実感するものです。それらは実感してもなお制御できるものではありません。喜びや悲しみといった感情はどこか深いところから湧き起こってきます。この制御不能な自己とそれを認識する自己との対話が、近代以降の芸術表現のモチベーションの大きな部分を占めているのです。

 彫刻家も鑑賞者も、人体彫刻を通して人間という無数のスペクトルを放つ存在をそこに見ます。それは私たち自身の姿でもあります。自己存在とは何かという答えのない疑問を私たちは持ち続けます。3万年前の人間に小像を彫らせた欲求の根源には、初めて気付いた自己存在を確認する意味があったのではないでしょうか。人が人のかたちを作る。これは自分の存在という驚異に向けられた、ほとんど本能的とも言える営為です。私たちが人である限り人体彫刻という自己確認は続いていくのでしょう。

2015年7月25日土曜日

「舟越保武−まなざしの向こうに−」を観て

練馬区立美術館で舟越保武展が開催されている。作家人生全体を見通せるような構成で、数多くの彫刻作品と素描が展覧されている大規模なものだ。

 久しぶりに舟越保武の彫刻をまとめて観た。作品を観て感じる印象は以前から変わりがない。どこか不安な感覚になる。完全な安心感がそこにない。ここでの安心感とは、作品の文脈的なものではなく、造形的な側面のことだ。つまり、絶対的な技術力に裏打ちされた完全なる造形作品といったようなものではなく、どこかに造形的な破綻がいつもあって、それが鑑賞していて不安な気持ちにさせるのだと思う。

 以前の展覧会で、舟越の首像をためつすがめつ眺めて気付いた造形傾向がある。それは、右の頬が左より奥まっているというものだ。気付いている人がどれだけいるのかは知らないが、仰ぎ見たり見下げて見れば分かると思う。多くの作品に同様の傾向がある。意図したものか単なる手癖かはよく分からない。ただ、この造形傾向が舟越作品の表情に影響を与えているだろうとは想像できる。

 今回の展覧会でも、この安心できない感じはどこから生まれるのかと考えつつ作品を見回していた。そして改めて気付いたことが2点ある。ひとつは、頭部の形状と表情との解離。もうひとつは、希薄な統一感だ。
 まず初めの、頭部の形状と表情との解離は、舟越作品に特徴付けられる「美人顔」が大きく影響している。顔というのは、私たちにとっては、立体的構築物というよりむしろ平面的に捉えられる対象である。その意味で、立体的な造形を作る彫刻にとっては挑戦的な対象だと言えるだろう。そのなかにあって、舟越の作る美人顔は、立体と言うよりむしろ平面的に捉えられた「線描写によって生まれる表情」を持っているように思われる。実際、舟越は美人顔を生み出すための多くの素描を残している。それらを見ると、線の曲線の連なりによって、まずは平面的な紙の世界において美しく見える女性の顔の「線」を探っている様が分かる。実際の顔が立体物だとは勿論知っているが、美しいと感じる女性の顔を認知するときは、それが光線による平面的な図像として捉えられているのである。だから、舟越にとって、立体的な彫刻で美人顔を再現する作業は、平面図で捉えた2次元像を3次元的に再現する作業としてあったのではないかと想像できる。
 しかし、この捉え方は実は彫刻的な対象の捉え方とは違っていて、むしろ、難しい手順であるとさえ言えるのである。例えば、ロダンやミケランジェロなど古典の巨匠は、そのような対象の見方はしていない。立体である彫刻を作るに当たっては、あくまでもまず対象を立体的構築物として認識するところから始まっている。立体は立体として見ることで、それを立体として破綻せずに再現できるという考え方である。舟越も学生時代は、彼ら巨匠に憧れたはずで、芸大においても彫刻的視覚を体験的にでも知ったとは考えられるが、その見方を誰もが身につけて実践するわけではない。舟越も、自身なりの美人像を見つけるに当たっては立体的な構築から探るよりむしろ、線という平面的な要素から見つけ出す方法を採ったのだろう。ところが、若い頃に身につけた彫刻的な対象の捉え方を完全に捨てたわけでもない。むしろ、その頃に培った彫刻的な物を捉える「背骨」がしっかりと残っているからこそ、平面的な表情だけの希薄さに流れることがなかったとさえ言える。それは、舟越彫刻の特に頭部を見ると分かる。私たちは、舟越彫刻の美しい女性の表情に目を奪われがちだが、その表情は頭部の量に乗っかっていることを忘れてはいけない。だから、表情とそれが乗る頭部との両方が見えるように少し遠ざかって作品を見るのだ。そうすると両者の関係性が見えてくる。そうして気付くことがある。舟越彫刻の美人像のほとんどにおいて、頭部の構造と表情とが完璧に調和していない。そう、「していない」のだ。頭部の形状の前面に美人顔のお面を付けたような、そういう不調和を見る。しかし、それが完全に遊離してしまってはいない。そういう”傾向”が見て取れるという程度である。なぜそうなるのか。ここに、立体的な造形として対象を見る彫刻家的視点と、美人顔を平面的描写から探った絵画的視点とがぶつかり合っているのである。舟越作品の頭部の量付けには彫刻的な捉え方がしっかりと存在している。それは、ごく初期の石彫頭部作品においても既に見て取れる。初期の頭部作品を観ると、顔の造形も、立体的な構造要素から構築しようと試みているのが分かる。だが、いわゆる美しい「舟越美人」顔が現れると、表情が平面的に変化していく。舟越は、立体的な構築で生まれる表情にどこか硬い印象を感じ違和感を感じていたのではないだろうか。というのも、初期の作品の、立体構築で作られた頭部の表情などにはどこか機械的な堅さが現れているからだ。実は、「立体構築に現れる堅さ」は舟越彫刻の特徴のひとつで、特に全身像においては初期から後年までずっと現れている。もうこれは、形の見方の個性とでも言わなければ片付かない問題なのかもしれないが、結果的には舟越作品の特徴となっている。舟越は、構築的に造形した頭部に、平面的な表情(を立体的に再現したもの)を載せて作品を完成させていた。

 もうひとつ、舟越作品全体から感じるのが、希薄な統一感だ。それは、先にあげた「立体構築に現れる堅さ」と同じようなものを指している。これが特に感じられるのは、裸体全身像である。これらの像を頭部から下へと見て、全体として1人の体としての調和が完璧ではない。どこかぎくしゃくしている。これに気付いているひとは多いのではないだろうか。まるで、頭、胴体、腕、脚、と部位別に分かれた部品を関節から曲げてポーズを取らせた「デッサン人形」のような堅さを持っている。同様の”現象”は古代ギリシアの彫刻に見られる。当時の彫刻は関節毎に長さが決められて理想化されたものが彫像として作られたために、そのセグメントごとに区切られたような堅さがどうしても表現に表れてしまう。そうではなく、実際の人体の内部構造を参考にしたルネサンスの彫刻では、関節と関節を繋ぐ筋や腱構造が意識されることで、各セグメントが有機的に繋がった。舟越の人体彫刻は、人体を部位毎に区分けして見ているように思われる。
 このような見方は、着衣像ではより顕著で、舟越の着衣像ではもはや内側の裸体は意識されていないようにさえ感じられる。衣服の皺は直線的で、身体を覆う物というよりむしろそれ自体が重々しい構築物のように見える。だからその端から出ている手などは、見えている部分だけのパーツが取り付けられているようにさえ見える。『聖マリア・マグダレナ』は、そのような表現の最たるもので、もはや最下部は円となりギリシア柱の基部と化し、胸の部分に出てくる手は取って付けた”部品”のようだ。

 整っている美人顔に見えて、実は左右で大きく歪んでいる。頭部と顔との表現技法に違いがある。全身が全体としてまとまっていない。こう言った要素を言語化すると、まるでネガティヴな要素に聞こえる。実際、ここで挙げた要素は彫刻を学ぶ際にも陥りやすいところで、多くの彫刻がそのせいで失敗に終わる。重要なのは、舟越作品はこれらの要素を失敗ではなく、強み(うま味)に変えている、その領域にまで達しているという事実ではないだろうか。完璧に構築された、非の打ち所のないような作品達ではなく、どこか危うさを放ちつつ、儚いなかで揺らいでいる。揺らいでいるけれども、しっかりとした根を張った生命感を宿してもいる。そういった、強さと儚さの両立が、舟越彫刻に流れている。

2015年7月18日土曜日

髙畑一彰展を観て


 ギャラリーの前で立ち止まって見ているサラリーマンがいた。ギャラリー前に着くとなるほど理由が分かった。全面ガラス張りのギャラリー内部に3つの彩色された大きな首像がこちらを向いて置かれているのだ。白壁の無機質な空間に、リアルに色付けされた顔がこちらを見ているのだから、つい足を止めてしまうのも分かる。
 より厳密に言うなら、これらは首像というより胸像に近い。つまり、切断位置は頸ではなくもっと下の乳頭の高さほどである。しかし、頸から下はもはや造形されていない。肩幅もなく、単なる”地山”と化している。頸までしか造形していないという意味で、首像と言おう。
 ギャラリー内へ入って近くで見ると、良い。何が良いって、この大きさが良い。全ての像が実物より遙かに大きく、その顔は50センチほどはあったように思う。大きいのだが、見ていてその大きさをうるさく感じるようなことがない。むしろ、この大きさがあることで、細部が自然に目に入り、それが実際の大きさの人物の顔を見ているときのようなリアリティを感じさせる。「実物より少し大きく作る」というシンプルな手順かもしれないが、その効果は大きい。大きさと現実感との関係性は彫刻の大きなテーマでもある。

 3体の首像達は白人である。2体が男性で1体が女性。女性の像だけは、胸部に乳房が丸い2つの玉のように作られているが、それは何かぶっきらぼうな印象の造形で、ちょっとした遊び心で付けられたもののようにも見えた。これらの首像を見ていると不思議な感覚を覚える。彫刻という立体物を見ているのだが、とても絵画的だからだ。そう感じさせる大きな理由は、彩色に依るのだろう。彩色されることで彫刻はその命である”量感”が隠される。私たちの目は色彩を追ってしまい、彫刻で楽しむべき量感は薄らいでしまうのだ。その造形がある一定の(そしてこの作品達のように)リアリティを持っているとき、色彩によって彫刻というより実在の人物を見ているような錯覚を引き起こす。現代において彫刻というと、ブロンズなどで作られて彩色されていないものを想像するが、実際は、歴史的にも多くの彩色彫刻は作られてきた。今回の作品達も、そのたたずまいや色調などは、ルネサンス期に作られた多色彩色のテラコッタ胸像などを思い起こさせる。
 近くによって顔の造形を見ていると、かつて私自身も首像を造っていた頃の感覚がフラッシュバックして、ちょっとそわそわした感覚に陥った。そうだ、頭部の造形で難しいのは頬の形を掴むことだった。むしろ、目や鼻や口は細かい起伏が多いので形が決まりやすい。面積が広い上にこれと言った明確な起伏のない頬は、捕らえどころが無く難しい部位だった。頬の面は、正面から見ても側面から見ても広く見える。だから、彫刻の初学者は、「顔は正面」という強いイメージに引っ張られて頬を正面に向けすぎて、結果扁平な顔の造形に陥るのである。もし、頭部を作ろうとするなら、「頬は側面」と思った方が良い。そんなことを思い出していた。頬の造形は思い出深い。
 ところで、先にこれらの首像に絵画的な印象を受けたと書いたが、その理由のもう一つには、顔面部の造形処理そのものにある。主観的な表現になるが、この大きな顔面を作っている目や鼻や口、そしてその周囲にひろがる凹凸やシワなどの構成要素が、”線的な造形”をしているのだ。線的な造形とはどういうことかと言うと、例えばある溝を造形するとして、それを二つの盛り上がった量の谷間として造形するのが”量的な造形”であって、溝を”溝”としてえぐって作るのが”線的な造形”といったところだ。つまり、これらの首像の表情を構成している諸要素、例えば目は、予め目としてそこに造形された。鼻は鼻であって、口は口なのだ。当たり前のことを言っているように聞こえるだろう。しかし、この見方はとても絵画的なものであって、むしろ彫刻的な見方では、口周囲の量のひしめき合いの結果が口となるようにする。
 他にも、造形を見ると、幾つかの特徴が見て取れる。たとえば、横から見たときに、耳から後頭部までの長さに対して耳から顔面部までの長さが大きい。頭部を支える頚が比較的垂直に立って伸び出ている。頚が胸部と出会う部分の特徴的な胸骨・鎖骨周囲の造形がない、などなど。これら、全体に見られる造形の特徴が指し示すものは何か。それは、作家の顔への執着、それも正面から見た顔である。3つの大きな顔は、そろって顔面をギャラリー外を行き交う人々へ向けていた。真っ直ぐ正面を向いて。
 更に他の作品が2階にもあると貼り紙に書かれている。2階の広くはない展示室には、別の首像が2体と、大きな顔面だけが描かれた素描が壁に掛けられている。首像の一体は長髪の女性像で、長い髪が頚の横を下へ降りて、一番下ではもはや髪の毛だけが地山となったような造形である。もう一体の男性像は、開けられた目には眼球がなく穴がぽっかりと開いている。口も開けていてそこも穴。耳にも外耳孔が開けられている。それらの穴から覗く黒い色はこの首像が空洞であることを見る者に伝えている。まぶたにはまつげが植え込まれていた。生き生きとした顔色に塗られていながら、眼球の収まっていない顔は、異質さが際立っている。壁に掛けられている大きな顔面の素描も異質さを放っている。成人男性の頭部だけが描かれ、まるで空中に顔だけが浮かんでいるようだ。その顔は、「顔」として描かれていた。顔面の構成要素のあり方の特徴は彫刻作品で感じられたものと同様である。

 2階の会場には、作家の高畑氏がいて、作品について少し話しを聞くことができた。
「顔が作りたかった。本当は顔しか興味がない。でも、顔だけという訳には、お面作るわけにはいかないからね。」
 高畑氏のこの言葉は真実だろうし、それは作品からも感じ取ることができる。今までには、全身像も作ったが、それも顔を作る延長で作ったに過ぎないと言う。言うならば、顔を納めるための土台としての体だろうか。

 顔は、人体の中でも一際特殊な領域である。それは、言うまでもなく、私たち人類が、顔を使って互いの意思疎通を図っていることに依る。ヒトという動物へ進化することで、両目は前を向き、顎は短くなって後退し、結果的に私たちの顔は平坦になった。顔に面ができたのである。だから我々は、コミュニケーション時には互いに”向き合い”、正面の顔を見せ合う。しかし、顔”面”と言っても実際にはそれなりの奥行きのある立体物なのだが、それを私たちはとりあえず”面”として捉えるようになったのだ。この面の中でコントラストの強い目や眉や白い歯を見せたりして表情を作り、そこに言語を加えて多くの情報をやりとりしている。脳では、私たちの顔面は特徴だけを捉えた抽象的顔面表情、つまり表情の記号として認知される。分かりやすく言えば顔文字である。そのような仕組みが頭の中に出来上がっていることは、例えば「(^o^)」という記号の羅列が”嫌が応にも”顔に見えてしまうことからも実感出来る。
 私たちにとって顔とは正面から見るもので、そこに2次元的な視覚情報が現れていれば満足なのである。その意味において、顔とは彫刻よりも絵画的な存在である。その顔に興味を持ち、立体である彫刻でアプローチすることは、それだけで挑戦的な意味合いを既に持っていると言えるだろう。高畑氏はまた、横顔に興味があるとも言った。顔に興味があって、それが横顔だと言うので、以外な印象を一瞬受けたが、それは顔の造形を見るという行為でもあることから、彫刻家的な視点が最初にあることを意味しているのかも知れない。それにこれらの首像がことごとく白人であるのもこの言葉と絡んでくる。白人の頭部は、我々東洋人の頭部と比べて、前後方向に長い。つまり”彫りが深い”ので、側面からの描写に現れる要素が多く、面白みがある。よく人物紹介のことをプロフィールと言うが、これは本来「横顔」の意味だ。西洋では古くから横顔の影に線を引いて影絵とし、それを簡易肖像画として用いていた。ルネサンス期に多く登場した肖像画も多くが横顔である。顔が扁平な我々東洋人ではこの発想には至らないだろうと思う。

 顔という平面的要素を、頭部という立体的要素で捉え、彫刻というこれまた立体物で再現する行為。この作業過程で、作家は平面と立体の認識を常に往来し続ける。その過程において、特に悩ましいのは、顔と顔以外の頭部との接点ではないだろうか。頭部において、いったいどこまでが顔なのか。このことに解剖学的な事実から答えることは比較的簡単かもしれない。なぜなら、複雑な表情を作り出す顔は、その筋の着き方から命令を送る神経まで、あたかも独立した一系統を保持しているように見えるからだ。しかし、その事実と、私たちの抱く顔の領域とが完全に一致するわけではない。立体的な頭部における顔の輪郭はどこなのか。彫刻としてそれを造形するには、その境界を意識せざるを得ない。そして、実際にその境界は会場の作品達に表されていた。それは一彫刻家による、形態と認識の波打ち際である。

高畑一彰展

2015年6月1日月曜日

大巻伸嗣『Liminal Air Space-Time』を観て

 5月29日(金)に、六本木の森美術館で開催中の美術展覧会「シンプルなかたち展」を観た。どういうコンセプトの展示内容なのかさえ、実はあまり把握していなかった。同展に出品している作家から招待券を頂いたので、彼の展示作品を鑑賞しに行くだけのような気軽な気持ちで向かったに過ぎなかった。森美術館は六本木ヒルズの中にあるので周辺は賑やかで、さらに森美術館内では、別の展示室で開催中のスターウォーズ展に来ている若い人たちが大勢居た。目的である「シンプルなかたち展」へ入っていく人たちはむしろ少数に見えた。エントランスを過ぎて、一つめの展示室の壁際に大きな打製石器が見えて、「この展覧会はきっと面白い」という予感を得た。直ぐ隣にはル・コルビジェが集めていた小石などが展示されている。それらの中に、ヘンリー・ムーアの小彫刻が置かれている。この時点で、かなり私の興味どころにピントがあった”めったにない”展覧会だと確信した。その後の、多くの展示作品や展示物について感想をひとつひとつ書くことはしないが、展示数も多く、質も高く、かつ分かりやすく、非常に上質な(そして私好みな)展覧会で、非常な満足感を得た。展示物のそれぞれも魅力的で、かつ全体の構成も調和がとれているなかで、特に印象に残った作品が、招待券を頂いた作家の作品だった。

 様々に趣向を凝らした展示作品の中に、招待券を頂いた大巻伸嗣氏の作品もあった。氏の作品はひとつの部屋をつかったものなので、作品が”ある”というより”観る”といったほうが正しいかもしれない。部屋のように区切られた奥の壁は前面のガラス張りで、六本木の50階以上の高さからの景色が見えている。当日は雨天だったので白くかすんでいて、それが白壁の室内と緩やかに連続しまとまりを作り上げていた。きっと晴天だと印象が全く変わるだろう。そのガラスの手前で、巨大な白いメッシュ地のシートが下から風を受けて舞っている。シート下の床には送風口が設けられ、そこから上へ向けて送風されているのだ。送風はコントロールされていて、その風を受けたシートはゆっくりと様々な波を空中で作り続ける。鑑賞者はその展示室の入り口側から、部屋内で舞い続けるシートを窓越しの霞んだ都会の景色を借景にして観るのである。全てが白い拡散光に覆われ、視覚的にも静かな光景だ。聞こえるのはかすかな送風機のファンの音で、シートが高く舞い上がる直前に回転数が上がる音が耳に届く。それはシートの視覚的挙動の前触れとして。送風のスリットは床の四隅と真ん中に1つの計5つで、そこから様々なタイミングと強度で風が上へ送り出される。その風は白いメッシュに受け止められ、その形を流動的に変化させる。風で作り出されるひとつひとつの波は緩やかで大きく、その挙動を私たちの目で追い続けることができる。大きな波同士は時にぶつかり、ひとつの大きな波となる。大きな波の表面に小じわのように小さな波が起こりさざ波のように流れ消えていく。送風のタイミングや強弱は機械制御で繰り返しているのかもしれないが、室内の様々な偶発的要素によって、同じ形の波は二度と表れることはない。暫く舞った後で、全てのファンが停止するとシートはゆっくりの自重と空気抵抗とで床に降りて行き、まもなくぴったりと白い床に広がって止まる。数秒の静寂の後に、ファンが音を立てて回り静かだが力強く空気を振動させると、シートにおおきな膨らみが形成されそれはやがてシートそのものを天井へ向けて再び持ち上げる。四角いシートの4つの角には目立たない小さなリングが付けられていて、それが床と天井との間に張られた同じく目立たないワイヤーに通されている。そのためにシートは風で一箇所にまとめ上げられたり、外にはじき出されたりすることなく上下に舞い続けることができる。

 風というものを、私たちは経験的に知っている。けれど、風とは何だろうか。風は私たちのどの感覚器で感じ取られる対象なのか。風は音を立てる。強風は「ピューピュー」と言う。風は草木を揺らす。風にそよぐ草木を私たちは見る。また風は涼を運ぶ。夕暮れ時の涼しい風を肌で感じる。強い風は思い大きな物さえ動かす力を持つ。時にそれは街を破壊するほどだ。私たちは風を五感で知っている。けれども、風そのものを見ることも掴むこともできない。大巻氏の作品の白いメッシュシートは、感じれども見られぬ風を視覚的に見せる変換装置としても存在する。我々はシートを通して風を見るのである。けれどもその時風はシートにぶつかり、捉えられ、シート下を横に広がり、シートの断端から再び私たちの目で見えない室内空間へと流れ出ていく。つまり、私たちが見るシートを通しての風は、視覚的媒体(すなわちシート)にぶつかって物理的変化を与えられた風である。ここで気付くのだ。私たちの五感で捉えられる形に変換された風だけが、私たちにとっての風という存在であると。私たちにとって、気付けぬものはすなわち存在しない。しかし、それがひとたび感覚できる形に変換されたとき、突如として我々の眼前に表れる。こうして、「見えぬけれどもあるんだよ」という事実を改めて飲み込むのだ。また、むく犬に化けてファウストの書斎に入り込んだ悪魔メフィストフェレスの「光は闇の一部に過ぎぬ」という文句を思い出す。そして、私たち自身が信じる”自意識”の知り得ぬ根源を思う。
 また、この波打つシートは、それが空間上でそう振る舞えるためには、シートを境界とした「差」がそうさせていることに気付かなければならない。一言で言うなら、圧差である。ファンによって作り出された風はシートの下面に風圧を与え、その押し上げる力がシートの重量に勝ることで空中に持ち上げられる。シートという膜が空間を隔てることで、そこに差が生じ、その力すなわちエネルギーが膜を動かしている。ここでシートを膜と言い直したのは、エネルギーによって運動を与えられるシートに細胞膜を見たからである。生物の基本単位である細胞を規定するための大前提こそが細胞膜にほかならない。リン脂質の集まりであるこの形質膜によって空間が仕切られることで始めて生物がこの立体世界に存在可能となる。その膜は、決して水を入れた風船のゴム膜のように閉鎖し動かぬものではなく、周囲の液体や物質と常に動的に繋がりあっている。きっとそのダイナミックに動き続ける様を私たちの肉眼的視覚に置き換えてみるならば、この白いシートのようだろう。そう思ったのである。細胞にとって生きているという状態は、細胞膜を介した内と外の不断の連絡のことであり、その連絡を起こさせる原動力こそが内外の「差」にほかならないのである。だから、この差が見られなくなる状態は細胞の死を意味する。白い空間を風圧による差で揺らめいていたシートは、送風が止まると緩やかに下降してやがて床上で全ての動きを止める。それは、まさしく現象としての生の消えた状態、死であった。会場において、シートが床に落ちて動かなくなったそのタイミングで立ち去る鑑賞者が多い。それは、私たちが「不動は終わり」という概念を予め持っていることを指し示している。私たち「動く物」すなわち動物は、動から静という運動の流れに生から死を見るのである。そこから数秒すると送風機が再稼働し、シートに有機的なドームが形成されるやいなや全体が浮上を始める。ここに私たちは「再生」もしくは「新生」を見るのではないだろうか。それは、「誕生」とは違う。誕生は生から新たな生が生まれる事を言う。動かぬことでその物質的側面を露わにしていたシートが、風という見えぬ力によって動き出すその様は、数十億年前の海の中で生命がまさしく新生したその瞬間を思わせる。生命”現象”が物質と出会うことで生命体が生まれた。そういった生命の始原の感動的な現場を垣間見たような気持ちにさせられる。これを、シートが下降して停止した連続として見るならば、「再生」としての意味が与えられるだろう。空気によっていま再び持ち上げられたシートを、35億年の形質膜の歴史と重ねて見ていると、緩やかに凹凸を変化させ続けるシートの上面が、大陸形成のダイナミズムともオーバーラップしてくる。私たち人間個人のライフサイクルで主観的に捉えられる大地は、基本的に不動のものである。しかし、最近の全地球的な地震活動や火山噴火の活動化からも分かるように、大地もまた常に動き続けている。そのような数千万年から億年単位での大地の動きをタイムラプスで見せてくれているような、はたまたタイムマシンにでも乗って変化する大地を俯瞰しているような気分にもなって楽しい。

 彫刻家である大巻氏の現在の活動内容は古典的彫刻家のそれを越えているが、この作品を観て、その触覚感と空間への強い意識に、まぎれもない彫刻家のセンスを強く感じ取った。彫刻に限らず芸術は、有史以来の幾つかの通過点において革新的な概念が付け加えられ、もしくは変革されてきた。美術の教科書などで出てくる作家たちの多くはその立役者たちである。彫刻に限れば、それは人間や動物の外形を他の物質に置き換えるという根源的かつ重要な発見から始まり、それ以降さまざまな概念や技法が付け加えられもしくは取り替えられてきた。前世紀の初頭から先の大戦以降になると彫刻表現は大きな広がりを見せ、その多様性の雑多としたありさまから、新規的表現のなかに従来見出すことのできた筋の通ったレールはもはや探すことさえ困難に思える。若い彫刻インサイダー達にはある焦りがある。彫刻表現は今後どこへ向かうのかと。そういった模索が、表現を通して多くの現代作家たちが意識的無意識的を問わず繰り返しているのだ。そういった現状にあって、この『liminal air space-time』は、そのひとつの方向性を明確な鮮やかさを持って示しているように思われた。
 まず第一に、作品が実際に存在しているという事実である。彫刻でも絵画でも人体像はあるが、実世界に物質として存在するのは彫刻の人体像だけだ。この「実際に存在する」という事実はそのまま私たち自身の存在感と繋がっている。私たちが絵画のような仮想的存在ではないのと同様の現実感を持って彫刻はそこにある。そして、現実界に存在するには、無と有とを分ける境界がなければならない。それが肉体での皮膚であり、細胞での細胞膜であり、彫刻での作品表面であり、この作品での白いシートの膜面にほかならない。
 命無き物質である彫刻に生命感を宿らせるために彫刻家が重要視する表面造形の方法論がある。それは、「内から外へ押し出せ」というもので、その形状がもたらす膨張感が生命観を観るものに与えるとされる。勿論、押し出すだけでは単なる膨張する球体となるに過ぎない。実際の形状は凹凸に溢れているのであって、つまりこの言葉が意味することは、理想的な膨張感を得られるための凹凸術を駆使せよということになる。ロダンも彫刻は凹凸の芸術であると言ったし、日本近代彫刻の立役者の1人である石井鶴三の「でこぼこのオバケ」の”でこぼこ”とはそのことだろう。結局はでこぼこの妙味が重要なのである。そして、でこぼこの出っ張りはあくまでも内からの押し出しに由来せねばならない。その膨張感は成長や筋の緊張を想起させる。膨張は収縮を感覚の内にはらみ、その連続は心臓の鼓動へと連想させる。2つの運動の繰り返しが生み出すリズムは、全ての生命現象の根底に横たわっている。要するに、膨張と収縮の形態が表象しているのは、あくまでも生命的な動勢なのだ。
 彫刻というのは静止している。しかし、鑑賞者にとってそれらは止まってはいない。彫刻家はでこぼこや姿勢などを制御することで、見る者の心象に、動くそれを再現させうるのである。だから、歩いているところを作る彫刻作品と、歩いている人を撮影した写真とは違うものである。少なくとも写真機が普及するまでの「動き」とは、あくまでも動きのなかでのみ見出されるものであって、その瞬間の像というのは想像するしかない対象だったのだ。まさにその過渡期に活躍したロダンは、ポーズの設定などでモデルを撮影した写真を残している。しかし、両者の根本的な違いを理解していた彼は、写真で撮られた歩く姿勢を真似して作ったところでその作品には動勢を感じることはできないと言った。彫刻で扱う動きは動勢であって、機械的で客観的な動きの事実とは違うのである。
 白い部屋で緩やかに舞う白いシートは、風によって大きなドームを形成し、複数のそれが時にぶつかり合いひとつになる。そこには膨らみと凹みが立体的波形の振幅として繰り返し現れては消える。それは有機的であり、何より「実際に動いている」。動きを持つ生命を表現する彫刻において、動勢をどう表すのかは永遠のテーマだと言って良いだろう。本展覧会の会場には、それらに迫ったかつての芸術家たちの作品も多数展示されている。たとえば、大巻氏の展示物のすぐ向かいには飛行機のプロペラが展示され、またプロペラと同様のコンセプトを内在するブランクーシの『空間の鳥』がそのとなりに置かれている。前世紀の初頭、飛行機がプロペラを回転させて大空へ舞うのを見た芸術家は、空気を捉えて動かすというプロペラの羽の機能美に人間の作為を越えた造形の力を感じ取ったに違いない。だからこそ、ブランクーシはその形状からインスパイアされ、空間の鳥という作品形状を通して目に直接見えぬ空気とそこを生きる場とする形状(鳥であり飛行機であり、プロペラ)の抽象化に挑んだのでは無かろうか。目に見えぬ空気という存在を、それを表象する対象によって表現したかつての彫刻と、大巻氏の白いシートとは同じレール上にある。ただ大きく違うことは、このシートは実際に空気をまとって動いているということだ。彫刻は、本来的には動かないものである。動かぬ中に、動勢や生命感を感じさせるものだ。この最大の利点は、時間のベクトルがそこにないことで、そのために鑑賞者がそれを見たときがいつでも彫刻的時間のスタートとなる。流れぬ時間ゆえに、始まりと終わりを同居させることも可能である。その意味で彫刻は4時限的な表現媒体であると言えよう。目を動かせばいつでもイントロであり、同時にクライマックスがあり、トータルでの協奏も常に流れるのである。大巻氏の作品はそこが違う。ここでは実際に時が流れている。私たちの生命時間と同じ流れがそこにある。うごめくシートを5分鑑賞する間に私たちは5分歳を取る。送風が始まってシートが舞い、送風が止まってシートが落ちる一連はその場で時間を削って鑑賞しなければならないのである。そこに登場する時系列のドラマは、音楽を思わせる。この重要な点においては、彫刻を逸脱している。動く彫刻が今まで無かったわけではない。だが、例えばカルダーのモビールと同列ではないことは明確だ。なぜなら、『liminal air space-time』はその始まりと終わりの物語が明確にプログラミングされている。我々鑑賞者は、作者である大巻氏の組み立てたストーリー(もしくは楽曲と言っても良い)を彼の意図したとおりに見なければならない。ちょうど大巻氏は作曲家のようだ。ただし映画監督ではない。これは映像作品ではないのだから。もしくは、強引に動く彫刻的な流れに押し込むならば、18世紀半ば頃にフランスなどで流行したオートマタに近いだろう。機械仕掛けで命を吹き込まれた人形たちは、作家が予め意図したとおりに動くことで当時の鑑賞者を驚かせた。彼らは、命の無い人形が動くことで生命を感じることに驚くのだ。では生命とは動きのことか。では動き生きる自分は機械に過ぎぬかと。大巻氏の白いシートはもはや人の形はしていないが、機械仕掛けで空気を送り込まれ一時の時間を有機的にうごめく様は、機械人形と似通って見える。18世紀においては、人の命は、人の形をしていなければならなかった。まだ、概念においても形が重要だったのである。しかし、この頃から科学を通した世界の見え方が変わってくる。つまり、物質から概念的な存在論が科学的根拠を伴って唱えられるようになっていくのだ。その萌芽は遠く古代ギリシア哲学からすでにあったが、中世、ルネサンスを越えて17世紀に入るといよいよ加速していったかに見える。現代における人体の基礎医学的視点は大きく解剖学と生理学とに分けるが、その生理学つまり機能としての人体という視点の実質的始まりとして17世紀のハーヴェイの血液循環論がある。その後まもないデカルトの動物機械論はオートマタに影響を少なからず与えているだろう。このプレ・オートマタ期において、生命現象はある程度明確に物質と魂とに分割された。目に見えぬ空気は魂側に割り振られた。これが、やがて科学的に発見され始めるのが18世紀である。ボイルによって燃焼と生命現象に空気が等しく必要であることが分かり、ラヴォアジェによって呼吸の神秘性は酸素と二酸化炭素の交換であることが明らかになる。神の形と同等であった人の形は、19世紀になるとサルや魚と同等であると言われるのだ。そうして20世紀の戦後には、私たちの形はたった4つの塩基配列を元にした「情報」から作り出されると解釈されるようになった。今や、形の根源的重要性は薄れ、それは隠されていた情報から生み出された結果に過ぎないとさえ言われるのである。同展覧会の図録にパウル・クレーの言葉が載せてある。「かたちとは終局であり、死である。形成こそ〈生〉なのだ」。近代において、私たちは形とは結晶のように結果的構造物として捉えるようになっていった。それは私たち自身の身体も同様である。いまや重要なのは、今を生きるこの肉体ではなく細胞内の塩基配列、すなわちDNAの情報であると言い切れてしまうほどだ。このような物質から情報への身体観のパラダイム・シフトが、当然ながら芸術における身体表現にも反映する。身体を人体形状ではなく、現象や動き、概念や情報といった代替的表象で表すようになる。そういう流れにあって、上記のクレーのような言葉が発せられるわけである。風ではためく本作品は絶え間なく運動を引き起こし、その結果としてシートに膨らみを”形成”する。それは決して留まらない。私たちは形成の連続に生命を見る。

 芸術に新たな概念が付け加わるとき、しばしばそれらは驚くほど単純な形で私たちの眼前に現れる。同展覧会にも展示されていたフォンタナの『空間概念』はその端的な例である。同作の素材と言えば、全面が単色に塗られたキャンバスだけだ。それを刃物で数筋の切り目を入れただけの作品。たったそれだけで、絵画の平面性とキャンバスの立体性を繋げて見せた。穴によって次元を広げたのである。大巻氏の『liminal air space-time』で私たちの視覚に映る物は巨大な白いシートだけだ。もちろん、インスタレーション作品としての装置全体で見れば、送風機や空間の必要性など多くの物が関与しているけれども、それら舞台装置を裏にして、私たちの感覚に変化を及ぼす具体的な視覚装置はシートだけである。そして、そのシートに命を与えるものは風だけだ。つまり、主な役者はシートと風だけなのだ。このシンプルでどこにでもあり、誰でも見たことがあるような現象から、今まで見落としてきたような気付かなかったような新しい感覚を導き出す鮮やかさがここにはある。それは清々しさを見る者に与える。作者が彫刻家であることから、私は同作を彫刻として見てきた。そうすることで、現代彫刻が模索する方向の1つを示唆しているさまも垣間見えた。ただ同作の鑑賞には時間の流れを必要とする点は、彫刻の概念から大きく逸脱するものである。それをどう捉えるかは様々だが、「彫刻の鑑賞」方法に一石を投じるものでもあろう。かつて彫刻は建築の一部であり、その意味において私たちを周囲から取り囲んでいた。やがて彫刻は分離したが、今ふたたび新しい形で鑑賞者を取り囲もうとしているのかもしれない。

 人類の造形した芸術物で最も古い発見物は彫刻である。数万年にわたり、私たちは形にこそ命は宿ると信じてきた。しかしその人類史的記憶に基づく感覚は整理分割され、命は現象であると捉えられるようになった。現象が物質と関係することが形成であり、その結果が形だと言うのだ。その物言いに従うなら、永く彫刻家は最終生成物を造形し、そこからそれ以前を感覚的に蘇らせようとしてきたことになる。クレーのように過激に言えば、彫刻家は死体から生きた姿を想像させようとしてきたのだ。そういった流れの末端において、大巻氏の同作は、形成そのものに目を向けさせようとしている。

 彫刻の今はどうなっているのか。彫刻に今何が起こっているのか。彫刻はこの先どうなっていくのか。ゆっくりとはためく白いシートは存在の境界でありつつ、彫刻表現そのものの境界でもあるように思えた。

2015年3月5日木曜日

彫刻はデバイスではない

 彫刻作品が「デバイス」と呼ばれることに違和感を覚える。デバイス(device)と聞いて頭に浮かぶのは、何らかの目的のために作られた筐体、例えばパソコン本体であるとか携帯電話であるとかテレビであるとか、そう言うものではないだろうか。それらは確かに物質として置かれているが部屋に置かれることに価値があるのではなく、その物がもたらす”何らか”こそに価値があるものだ。彫刻がデバイスと呼ばれるのであれば、その彫刻はそこに置かれている作品形体そのものが重要なのではなく、それが見るものに何らかの感情変化をもたらす、そのこと”だけ”が彫刻の価値であると言っているように聞こえる。それは、絵画作品であれば納得できる。絵画は額縁という窓で区切られた内側に、仮想世界が広がっている。絵画作品はその仮想世界をこちらへ伝える装置(デバイス)であるとも言えなくもない。それでもひどく味気ないが。

 しかし、彫刻は違う。彫刻は仮想世界に立っているのでなければ、そこに私たちを案内することもない。あくまでも私たちと同じ時空に存在しているのだ。確かに、彫刻を観る私たちの心には何らかの感情変化がもたらされるが、それは仮想世界に浸ったそれではなく、今目の前にある形についての感情変化である。彫刻が群像劇に向かなかったり、一瞬の表情表現を拒むのは、このような理由によるものだ。彫刻はあくまでも、「今、ここ」から発するのである。もしくは、彫刻には「それしかできない」のである。

 そしてまた、彫刻は鑑賞者の感情変化をもたらす要素が、その存在そのものにある点も絵画と違う。その存在と要素とが完全に一致し離れることはない。この存在のありようは、私たち人間のありようと同じである。あなたを世間が認識するのは、まさしくあなたという存在を通してである。彫刻をデバイスと呼ばれるときに感じる違和感は、ここに繋がっている。「あなたという存在は、あなたを表現するためのデバイスである」と言われて違和感を覚えないひとはいないだろう。こう言われてわかることは、ここに心身二元論的な概念が根付いているということだ。デカルトが人間存在を機械的肉体と霊的精神とに分けたことと似通っている。更に、情報化と呼ばれる現在の状況も関係しているに違いない。何万円も出して手に入れるパソコンやケータイは、もはやその物質的存在にはさほど価値を見出されない。それらがどれだけ効率よく情報というかたち無きものを与えてくれるのか、それが重要で価値なのだ。このように、存在を「物質と情報」とに分けることに親しんでいる現在では、彫刻もまた、「形とコンセプト」のようにハードとソフトとに分けられると、”思い込む”。

 私たち自身が、変化無き一個の魂と衰え行く肉体とに分けられると考えるのはたやすい(この事実こそが驚異なのだが)。しかし、事実は違う。生まれてから死ぬまで、肉体も精神も共に変化し続けている。それらは全く切り離して考えることはできない。そして、あなたという存在が他者に認識されるのも、心身同体のあなたの全存在を通してなのだ。あなたが変われば、世に映るあなたの像も変わる。彫刻も全く同じである。彫刻はその形を通して、たったそれだけを通して、世界と繋がっている。彫刻は仮想世界から何かを引きつれてくるアンテナではない。そこに存在する、木や石や金属や土で出来た形態そのものが彫刻芸術の全てなのだ。

2015年3月4日水曜日

解放空間で試練を受ける彫刻たち

 先日、箱根彫刻の森美術館へ久しぶりに行ってきた。雨降りだったが、それほど寒くはなかった。屋外展示を全てみることはできなかったのだが、それでも解放空間に置かれた彫刻の存在感を感じることはできた。

 近代以降の彫刻は、従来の外に置かれる大きなモニュメント作品から美術館という建物内での展示へと、置かれる場所が変化していった。このことは、空間の影響と共にある彫刻作品にとって、非常に大きな要素の転換である。
 屋内に展示されている時、それが大きな展示室であったとしても、鑑賞者の目には作品と共に天井や壁が映り込む。それに、その空間内に自分が踏み入っているという認識も持っている。だから、屋内に展示される作品は、必ずそれが置かれている空間、部屋との相対関係が生まれているのだ。「屋内だと作品が大きく見える」というのもその影響の一例と言える。それに、屋内展示だと私たちはより作品に近づき、時間を掛けて鑑賞する傾向があると思う。静かで、その作品の為に用意された空間だと、鑑賞にも集中するのだろう。
 一方の屋外展示では、地面以外は空間を隔てる要素がない。外に置かれた作品は、室内という守りの壁を持たず、その意味において、真に自立した状態であると言えるだろう。だからだろうか、作品によってはどことなく心細く佇んでいるように感じられる。それはまさに巣立ったばかりの小鳥のようだ。そして、そんな弱々しさを図らずも露呈してしまった作品は、やはり屋内展示を暗黙の前提として作られたようにも見えるのである。近づくと細部まで意識を集中して造形した密度を感じる。しかし、風が吹き雨に濡れ、曇り空からの拡散光線に包まれてしまうと、そんな近視眼的造形密度が持つ意味は薄らいでしまい、こちらへ訴えかけては来ない。何か、風で飛ばされてきた木の枝一本を足元に見るような弱々しさがそこにはある。
 だが、風雨にさらされてもなお、強い存在感を放っている彫刻たちもある。そう言うものは大抵細部などこだわってはおらず、大きな面と大きな量を大胆に動かしている作品である。それらは、白い光に包まれても負けないだけの光と影の強さを持っている。数十メートル離れたところから見ても、存在の強さを放つ。それらは、はなから室内にいることを拒絶している形なのだ。それは、大木であり巨石であり、またはゾウのようだ。屋外にあっていきいきとしている。風雨にさらされることを受け入れている。

 彫刻と一言で言っても、どこに置かれ、どの距離で鑑賞されるべきかは作品毎に違う。当然ながら作家はそれを想定しつつ制作しただろう。しかし、作品が世に出て時が経てば、想定したのとは違う場所に落ち着くことも多い。彫刻の森美術館の屋外には、そうして、様々な想定のもとに作られた彫刻たちがまとめて屋外に置かれている。そのことがまるで、各彫刻が外世界の解放空間に耐えられるのかという試練を受けているようにも思える。もちろん、素材的な強さではなく、作品性の強さである。
 彫刻とそれが置かれる空間との関係を様々な条件下で体験できるという意味でも、この美術館は貴重であるし、実際、楽しい。


2015年2月26日木曜日

ロダン 印象派彫刻

 ロダンは印象派の彫刻家とも言える。いや、彼の生きた時代、場所からすれば、印象派の彫刻家と言って良い。ただ、印象派という言葉は、主に絵画芸術の運動と結びつけられるので、ピンと来ない。けれども、彼の造形を見れば、それが同時代の印象派絵画とそっくりのコンセプトが基にあることに気付く。要するにそれらは、実測に基づいた正確性というより、心に映る「らしさ」をより優先した造形である。また、彼の塑造の特徴である荒く見える粘土付けは、印象派絵画に見られる荒い筆のストロークを思い起こさせる。鑑賞者は、その整えられていない細部に、作家がまさに手を動かした証拠を目の当たりにし、そこに芸術家の心の動きを感じ取るのである。その作家の感動と同調するとき、彼の感動は私たちのものとなる。

 思えば、絵画は印象派によって、外世界の描写から、作家の主観性へと対象が大きく変化したのだ。そこに描かれた風景は私たちの外の物ではなく、もはや内の物である。私たちが生きているように、その風景たちは独自の生命を持って立ち現れる。

 ところで、印象派が絵画運動として見られるのは、絵画は光学的表現であって、それが眼という光学的器官を通して世界を見ることから始まる現象とリンクしている。つまり、印象派絵画は、「見る」や「見える」という視覚的、光学的感覚への探求が根底にある。
 ロダンの彫刻に見られる激しい粘土付けのストロークが残る表面処理は、それがある程度の距離を離れて見られるときにもっともその効果を発揮する。その細かな凹凸の陰影が寄り集まり、それを包む大きな構造の陰影に”心地よいノイズ、もしくはリズム”を与える。凹凸が陰影として捉えられるとき、彫刻は光学的に捉えられる媒体となる。「触覚の芸術」から「視覚の芸術」へと延長が果たされているのである。
 ロダンは、ボリュームやマッスのようにその存在感が強く謳われるが、それだけではなく、現代彫刻的な「非触覚的」で「光学的」な表現の近代的はじまりでもあるのだ。

 さらにまた、「内的生命」を宿すと形容される彼の芸術も、まさしく印象派的手法によってもたらされたと言って良いだろう。ロダン彫刻が、それ以前と違って、作品独自の生命(感覚)を獲得し得たのは、それらがロダンという芸術家の生命が捉えた「生の印象」がそこに刻まれているからにほかならない。

2015年2月17日火曜日

「ヒトのカタチ、彫刻」感想その2 作品について

 本展のカタログのテキストにも書いたが、彫刻はライヴショー的な要素をはらんでいる。つまり、鑑賞者が劇場つまり展示会場へ赴かなければ味わうことができない。そんなことはない、写真などの画像でも見られるではないかと思うかも知れないが、それは彫刻の最も重要な要素がすっぽりぬけおちた幻影、影に過ぎない。それはつまり、「立体感」である。立体感には付随する幾つかの感覚がある、すなわち、量感であったり重量感であったりするものだ。それらが互いに解け合いつつ、しかし全体をまとめ上げ彫刻として空間内に確立させる最重要の感覚が立体感だ。立体感はまず、私たちの左右両目で対象を見るということから始まる。人の両目が2つ並んで同じ方向を向いているのは、他ならぬこの立体感を得るためである。しかし、ここで分けておきたいことは、立体視と立体感の違いだ。両目で見ることが立体視である。空間上のある一点を両目で見ると、右と左の目では僅かなズレが生じる。そのズレから目と点との距離を得る。それらは目玉の裏で細胞興奮へと翻訳され脳において様々に分解統合が行われる。その過程において生み出されるのが立体感である。
 しかし、この世界で映像や画像が溢れていることから明らかなように、私たちは量感なき映像でも不自由することがほとんどない。人間の両眼立体視はかつて樹上で生活するために役立ったという。つまり、空間内において自分の体の位置を相対的に捉えるために必要だった。簡単に言えば、木の枝から落ちずに移動できるために必要だった。自然界の目を持つ生き物を見回しても、この両眼立体視をするものは圧倒的に少ない。そして、その多くがハンターである。彼らは自らの体を動かし、獲物と自分との距離を視覚から精密に測る。こうしてみると、両眼で距離を取る行為には、生きるための必要に迫られた身体能力であることがわかる。片眼をつぶしたチーターなどは生きていけないだろう。それは我々にとってもそうだったに違いない。枝から枝へ移れなければ死ぬしかなかったのだ。しかし、人間となった今では、両眼立体視に生死をかけることはもはやなくなった。立体感がなくても生きられるなら、それでいい。脳にとっては画像処理の手間が省けて省エネになるというものだ。だから、カメラという「片眼」で捉えられた世界の画像を違和感なく受け入れる。画像、写真ははなから距離感、立体感という情報を持っていない。それに慣れた私たちは、写真に撮られた彫刻も、実際に肉眼で見た彫刻も同じだと思い込んでしまうのだ。彫刻にとって、最も重要な、それ自体を成り立たせる根本的アイデンティティーである「立体感」だけがすっぽりと抜け落ちているというのに。彫刻という芸術に取り憑かれている人は、その立体感がもたらす、一種の迫力に惹かれているに違いない。それは存在感とも表現される。

 今回、美術館の入り口を入ると、藤原彩人氏の作品がまず目に飛び込む。首を逆さにして壺に見立てた大きなもの。会場のエントランスホールが奥まで見える。そこに青木千絵氏の大きな作品が横向きに立っている(吊されている)のが見える。そして光が大量に降り注ぐ左側の白い床に、藤原氏の白い人体が列を成して立っている。この人体は実物より小さく(2分の1ほどか)、写真で見ると線が細く華奢に見える。しかし、実物は違う。もっと太く、しっかりと堅く、エッジの立った鋭利な印象さえ抱かせる。おそらくそれは思いの外細かく造形された顔など末端処理に依るのだろう。美術館の入り口でこれらの作品が目に飛び込んできたとき、写真ではこれを伝えることはできないことを再認識した。

 藤原氏の作る人体は概ねどれも同じフォルムをしている。そして二本脚で立っている。頭が細く下に行くほど太くなり、足は大きい。それは可塑性を持っていた粘土が自重と闘いつつ自立するために必要な形態でもある。だから、組成が違う人間と同じ形には”なれない”。なで肩で上に行くと細く長くなる様は、まるでソフトクリームの先っぽのようだ。藤原氏がこの人体形状について、興味深いことを言っていた。原型を作っているときの作品と自分との距離がこの形にも反映されているという。だから、等身より小さいこの人体に近づいて、作家が作っていたときほどにまで近づいて、上から見下ろすと、遠近差によって頭部が大きく、足が小さく見える。作品の形には実に様々な要因が関係している。ぜひ、実作を上から見下ろして「逆ダヴィデ現象」を味わって欲しい。
 会場入り口に置かれた人頭の壺は、分かりやすく分かりにくい。私は思うのだが、この「分かりにくい」にどれだけ「旨味」がつまっているかが芸術は大事なんじゃないかな。ひっくり返った頭部。普段の制作で、型から外した人体像の頭部を見て思いついたそうだ。頭頂部を開口させず、首がわをそのまま口とした。それが良い。首は物質の通り道だ。空気や食べたものを通している。空気や食べ物はどちらも顔にあいた穴すなわち鼻と口が起点である。壺となっても首は本分を果たしている。同作は「意識の壺」と名付けられ、釉薬は顔面部で両手の輪郭をなして避けて流れる。作家のお子さんが両手で顔を覆って自分が消えたと信じている・・そんな微笑ましい親としての視点もヒントとなっているようだ。幼児はまず親を「顔だけの存在」として認識するという。親が顔だけならば自分もなおさらだろう。この壺の顔は見えない手で顔を覆って隠れたつもりで居るが、その耳穴だけは開けていて周囲をしっかり捉えようとしていた。彼は顔面の物質門を閉じ、耳という情報門だけを開け放つ。鼓膜で音は情報化され脳の意識に積み重ねられる。

 会場でその大きさから目を引くのは、青木千絵氏の縦に長い造形物。磨かれた漆は深い黒の光沢を放つ。胴体は上に行くに従って茶色くなりさらに白濁して行く。一見すると木目のようだがそうではない。極々単純に形を言うなら、円柱と脚だが、円柱が持つ曲線は胴体部分では背骨の持つ弯曲となり、そのまま尻へと繋がる。脚の表面は滑らかだがその量は力強い男性のそれだ。足首が細く、足指も独立して長い。日本人というより西洋人の体を思わせる。少なくとも、青木氏の身体表現には西洋彫刻の流れを見て取れる。その傍らには、横たわった下半身と巨大な黒い水滴のようになった上半身がある。もう一つの作品は、立位前屈をしているように見える。しかしこれも上半身はひとつの塊に溶けている。大きく曲げられた背中が作る、背骨とその両脇の筋肉の盛り上がりが詳細に追われている。青木氏の人体表現には、局所にこだわりを見る。その仕上がりにこだわりを感じる。局所への偏執的とも見えるような追求が工芸的な要素なのだろう。この3体の作品たちは、みな脚という運動器だけを留めて、あとの体は形を失った。体の形は、氷が溶けて1つの水滴となるようにまとまり、体積に対して最小の面積を外界に晒す。溶けた部分には体幹と上肢があった。上肢は運動器だが、人間では体を運ぶと言うより、物を運び、先端の手指はコミュニケーションツールでもある。体幹は内臓を含んで、私たちが生きるのに必須の部位である。そして意識の座、脳がある。脳も腕もなく溶けた体幹は重々しくもある。そこでは意識、無意識が交ざり判別がつかない。しかし、脚だけは力強く、まるで動物としてこれだけは失うわけにはいかないのだと、訴えているようだ。自然界において(そして私たち人間も)、動けなくなることは死を意味する。動くことは、まさしく「動く物」である私たちの宿命である。縦に長い作品「昇華」だけは印象が違う。題名も言っているように、この体は上へ昇り、拡散している。上へと引っ張る力は足先まで伝わり、まだ人の形をしているつま先も、もはや宙に浮いている。おそらく数秒後には、彼は天へと引き伸ばされ拡散して消える。そこでは個はなく何かと渾然一体となるのだろう。私たち陸上生物は、常に体の一部が地面と繋がっている。そこから他動的に引き離されることに非常な恐怖を感じる。いや、かつて幼児だった頃はそれを受け入れ、安心感へと繋がっていた。私たちはいつも親から持ち上げられ、抱きかかえられ、運ばれていたのだから。しかし、自意識が確立し、自由に体を操れるようになると、こんどはそれを拒むようになる。自意識の赴く方角へ自分を運ぶことが、自分を広げ生かす事に直結していることを知る。だから、それを他者によって奪われることは、負け、諦め、そして死をも意味する。どれほどの俊足を誇っていても、1ミリ宙に持ち上げられるだけで、もはや無力なのである。だから、「昇華」の彼の下半身はまだ力を目一杯入れて、最後の反抗を試みようとしているようにも見える。つま先まで力に満ちている。しかし浮いてしまった。もう、彼の身体能力は意味を成さず、間もなく彼は現状を受け入れざるを得ないだろう。一体、彼を昇華させるものは何か、それは彼が望んだことか、それとも抗えない大きな存在だろうか。

会場奥に設置された津田亜紀子氏の作品たちは、少々先の2作家とは趣を異にする。もちろん、「ヒトのカタチ」をしているが、その存在意義が異なっている。先に挙げた藤原氏と青木氏の作品たちが「それ自体で生きている存在」として表されているに対して、津田氏のそれはあくまで表象されたものとして映るのである。それらは、物語であり、夢であり、記憶である。だからそれは一時ヒトのカタチを成しているものの、表面には布地による色彩とパターンが溢れ、存在の量感をかき消す。それらは存在とは違うベクトルのストーリーを語る絵画である。作品たちは体中に窓枠のような出っ張りが出ている。これは原型から型取りするときに作られる型の枠の残りで、通常は仕上げ処理の段階で丁寧に削り取られるものだ。これが積極的に作品に残されることで、「これらのヒトのカタチは、カタチに過ぎず、生きている物そのものではありません」と断りを述べている。ならば、そこに生気を感じないか、というとそうでははい。それは残された記憶や夢を喚起させ、見る物それぞれの脳内にいるかもしれない彼女たちが動き出すのである。あくまで模られた存在としてそこにあり、かつてどこかにいたようなリアリティを想起させるもの。津田氏の作品を見てすぐに思い浮かんだのは、ポンペイの石膏人だった。古代ローマ時代に突然の火山噴火に伴う火砕流で多くの住民が灰に埋もれた。それは長く伝説だったが、18世紀に再発見され、研究者は死体が腐ってできた人の形の空間(そこには骨だけが残されている)に石膏を流し込むことで、住民の最後の姿を復元したのである。それはまさしく、死の瞬間の表象である。その形を見る者たちは、おのおのの脳内で彼らの最後を繰り返し見るのだ。

 彫刻は、ロダン以降、作品そのものが生きていると見なされる「内的生命」となった。これは彫刻としての生命である。だからそれを成り立たせる要素として、生物学的なそれを割り当てる必要など無い。そこはあえて強調すべきであろう。彫刻家が見出す内的生命とは、三木成夫が言うところの”鑑照畏敬的”な姿勢によって見出される、言わば生命現象の”すがたかたち”のことである。だから、彫刻がヒトのカタチをしているから人に近いとか、抽象形態だから生きていないとか、そういうことは全く言えないのである。今回の展示では、人の形をしている彫刻が集った。藤原氏の作品は2本脚で立っている。だからといって、これが人間が実際に立つ行為の単なる写しと言えるだろうか。人間が二本脚で立つのは、生きている間だけだ。ほとんど動かずに立ちすくむこともできるが、その時の体は多くの筋と感覚を動員して不断の見えざる運動を続けることで立っている。立つだけでも、運動である。藤原氏の作品は人が立つのとは根本的に違う。より正しく言うなら彼らは「2本脚で置いてある」のである。そう言い切ってしまうとしらける感もあるが、それでは、ここで立っている意味は何だろうか。彼らは人が立つという”すがたかたち”が写し取られた形態である。本来自立しない物質が、そうすることで、「立つ」という私たち人間にとって呼吸と等しいような無意識的運動の奇妙さと、「二本脚で立つが故にヒトである」という定めにスポットを当てるのである。

 「Living presence」として立ち上がる、ヒトのカタチたち。それらは、鑑賞、鑑照されることで命を宿す。それは、見る側、私たち自身の命の反射に他ならない。

「ヒトのカタチ、彫刻」感想

今回、静岡市美術館で開催中の「ヒトのカタチ、彫刻」展にテキストで参加させて頂き、私自身、彫刻と人体という最も興味深いテーマについて考える良い機会となった。カタログには、私のほかに金井直氏が批評文を、同館学芸員の以倉氏と伊藤氏が近代彫刻の流れから今回の作家までの流れとその制作過程についての文章が載っている。私の文章は、今回の作家さんについてではなく、彫刻と人体の構造的に見た相似点を挙げることで、物理的に見ても彫刻と人体は存在として似ているというようなことを述べた。
 カタログに記載されている、自分を含めて4名の文章を見て、実に彫刻の鑑賞領域の狭さというものを実感した。というのは、4名がそれぞれの立場で自由に彫刻について語っているにもかかわらず、その要点が結局のところ皆同じなのだ。触覚、表面、内と外などなど。事象として彫刻を語ろうとすると、とどのつまり、そこに置いてある物質について言っているに過ぎない。それは、間違っているわけではないのだが、なんだか滑稽にも思えた。大の大人達が石ころでも取り囲んで、腕組みしながら、言葉をひねり出しているような・・。だが勿論、狭い視野で眺めているだけではなく、そこに現れている形態や姿勢から素材とはまた違う文脈的要素へと分析が降りて行く。つまり、幅が狭く、深い。なるほど、見渡す範囲が狭くとも、深さ奥行きはどこまでも伸ばせる。深さ、というところがまた立体物である彫刻にふさわしい。

 さて、学芸員(学芸課長)の以倉氏の文章は、まず近代彫刻に至る流れを俯瞰しその流れの先端として今回の3名の作家を位置づける。私たち、そして作品も突然時空に現れたのではなく、何らかの時系列的流れに属している。本人がそれに気付かずとも。彫刻の進化的流れは時代を通して一定であったわけではなく、そこには発展停滞の緩急が当然見て取れよう。そのなかで、現代に繋がる大きく勢いのある流れが起こったのが19世紀後期であり、その核が当然ながらオーギュスト・ロダンということになる。だから、現代の彫刻家や美大予備校彫刻科学生が皆口にする「量感、マッス、構築性、重量感、空間性」という言葉が示す彫刻的感覚も遡って初めに現れる堰はロダンである。ロダンは実に現代の彫刻に見られるおよそ全ての核を1人で作り出したように見える。彫刻の真の自立もまたロダンによって成された。同テキストでの「内的生命」、「自己言及的な姿」というものだ。ロダンの後に英国彫刻を世界に知らしめたヘンリー・ムーアも自身の彫刻を「それ自体が生きている存在」としての価値を与えようとした。つまり、ロダン以後の彫刻は、生きている物を模している物体ではなく、生きている物そのものとして表されるようになった。これは何だか奇妙にも感じる。20世紀に入ると科学技術は急速に発展し、人という生き物の意味合いも変わっていった。それは一見、有機的統合体から断片的存在へと人の概念が解体され標本化していく過程を思わせるが、近代彫刻が目指してきた方向は、物に生命を重ねて信じさせるような、言ってみれば呪術的な臭いさえ漂うようなコンセプトがそこに見られるのである。偶像崇拝の無意味さに気付き、理性的判断で空間と人体を分析し、芸術表現と科学とを融合させて新しい次元を開いて見せたイタリア・ルネサンスのほうがよほど”近代的態度”として見えるほどだ。クラウスは前世紀半ば頃には”これが彫刻だ”という定義ができなくなったと指摘し「風景でもなく、建築でもない何ものか」としたというが、その「何もの」とは何だ。
 20世紀の解剖学者で思想家の三木成夫は、ゲーテの形態学とアリストテレスの生物学とクラーゲスの哲学から思想を掘り起こし、人の構造の見方に次の3通りを示した。すなわち、「機械の構造」、「建築の構造」、「作品の構造」である。これをそれぞれ、「しかけしくみ」、「つくりかまえ」、「すがたかたち」と呼び分けたのである。機械と作品がそれぞれ対極に位置し、その間に建築が挟まる構造である。言うまでもなく「機械」にはデカルト的体系でありまた科学的視点(三木はこれを理解把握的と呼ぶ)であり、対極の「作品」に敬愛するゲーテ形態学、そして芸術がくる(これを鑑照畏敬的と)。さて、クラウスの言った「風景でもなく、建築でもない複合的な存在」とは何か。建築ではないのだから、それは三木的に見たとして、より機械的な方向の選択はない。また、風景とは求心性を持たない解放系であってひとつの個ではない。つまり、風景でもなく建築でもない複合的なものとは、これもやはり、生物、「それ自体が生きている存在」を指し示しているように思われてならない。しかしそれは具体的な物ではなく「場」であると言う。場は境界を持たない。境界を持たぬ生命は成り立たない。つまり場は生命体から読み取られた情報である。形なき情報とはつまり概念であり、境界で閉ざされた物体を越えた”拡張された生命体”であると言えるだろう。際限なき拡張を可能にするのは、境界つまり物質からの脱却である。しかしそれは、同時に彫刻的なものからの離脱をも意味するのである。なるほど、こうしてみると近代彫刻が志した「内的生命」は、早々に物質からの脱却を図り、情報という概念の翼を纏った。それは、実に20世紀的な事象として写る。さしてみれば、16世紀以降生物としての人体の立ち位置は変化し、統合していた精神と肉体は分けられ、精神だけがどうにも居心地の悪い状態であった。しかしいま、”フリーな精神”は何も人の形だけに収まる必要がないのである。だからこそ、到底生き物には見えないようなムーアの作品も生きている存在としての価値が与えられ得るわけだ。この、フリーな精神という内的生命は、21世紀の今も全く色あせることなく生き続けている。なぜなら、現代に作られる彫刻作品の多くが「それ自体が生きている存在」として作られているからだ。少なくとも、藤原氏と青木氏の作品はそのように「息づいて」見える。津田氏の作品は少々違うニュアンスがある。その意味では、津田氏の作品はより古典的な態度を示していると言えるだろう。

 藤原氏、青木氏、津田氏の作品についての感想はその2として、そちらに記した。

2014年2月25日火曜日

Love is art. Struggle is beauty.

 刻家、荻原守衛の言葉。

 私はこう見た。
 まず「愛は芸術」だが、ここにある2つの単語が指し示す対象は幅広い。愛と一言で言っても異性へ向けたものから母性愛、さらには人類愛のように大きな対象まで含む。芸術もまた同様に様々な様式や技法の芸術から、職人技術や特殊技能までも含み得る。そう考えると、これは限定的な対象を示していると言うよりも、固定された全体つまり普遍的価値を指し示した言葉であるように思える。
 対する「もがき(相剋)は美」は、より動的だ。もがきはその状態の渦中を示し、美はその状態において見出されると言っている。ここでのもがきは、肉体的でなく精神的なそれである。
 つまり、「相剋の渦中にあってそこから解放されようとするとき、そこには希望が内在している。囚われつつも望みを持って立ち向かう様には美しさが見出されよう」との意である。

 また、2つのフレーズに対応関係を見ることもできる。すなわちLoveはStruggleと、ArtはBeautyと。そして、始めのフレーズが理想の到達点であり、後のフレーズはそこに至る過程を示す。愛に至るには相剋があり、芸術となるには美が必要なのだ。

 単純な言葉で構築的に組まれ、その意は相似と対極とを組み合わせている。そう見ると、この言葉はまるで彫刻だ。事実この言葉をそのまま造形したような作品「女」を最後に残して、荻原守衛は31歳を前にこの世を去った。1910年のこと。

2013年7月5日金曜日

彫刻が要る


 造のまるで狂った像。手癖に任せて誤魔化した表面処理。表層的で意味のない凹凸。無理矢理載せた薄っぺらな心象物語。職人未満の技術頼り。たんなる素人だまし。

 んなものは、彫刻でも何でもない。無意味な物を100並べても無意味なままだ。たった一つの意味ある彫刻が要る。

2013年3月12日火曜日

彫刻における首


 彫刻には、ひとの頭部のみを主題にしたものが数多くあり、首像と呼ぶ。頭部のみと言っても、その下端はあごの直ぐしたまでのものや頚(くび)の付け根までのもの、さらにその下で丁度首飾りの輪が掛かる辺りまでのものなど様々な程度で終わる。それよりも下で肩まで入ってくると胸像と呼ばれるようになってくる。しかしなぜ、首像なのだろうか。

 もしも、首像をそのまま生きている人のように置き換えたなら、それは、さながら刑場の光景となろうものだが、不思議なことに私たちはそう見ない。これは、私たちが人と対峙したとき、何をもってその人全体として捉えているのかがそのまま表現と鑑賞との対話の中に再現されていると言えよう。基本的に私たちは、相手を認識するのに頚から上の頭部−それも顔面にほとんど集約されるが−だけで事足りるようになっている。人類が体の周りに異物を巻き付けるようになって(つまり衣類)、身体的対話は顔面に集約された。衣類が身体の保護という始原的役割から、装飾による自己表現−それは変身願望と直結する−の場へと変化するのに長い時間は掛からなかったろう。その発展は環境、文化そして個人的趣味という多用な要素を含んで現在も進行している。どんなに衣類が多様性を増やそうとも、私たちは顔を覆うことはない。ある文化圏における顔隠しは「顔は出すもの」という前提があっての行為である。

 顔には、表情を作り出す専門の筋肉がお面のように被さっている。それらは意志で動かせるが、一方で感情と深く結びついていて心情が自動的に”表現される”ように出来ている。心から楽しいときの笑顔と作り笑いは似て非なるものだ。私たちが常に顔面を裸でさらしているのは、この表情を読んでもらうためという理由が大きい。私たちは、相手の表情が読めないときに不安を感じる。逆に、表情を隠したとたんに大胆になる。
 衣類が自分の思う自己を作り上げるキャンバスになると、いっぽうで所詮それは作り上げられたもので信ずるに値しないという判断をも作り出した。相手を知るときに、はじめに目に入るのは衣服に覆われた表面積の大きな体だが、結局次の瞬間には顔を見て判断しているのである。いまや、一個人としての人格を顔が−それが乗っている頭部が−代表しているのである。履歴書では3㎝×4㎝の枠内に頚から上の裸をさらせば、それはあなたの全てを見せたことになる。
 ここまでで通底している概念がある。それがコミュニケーション。表情は”他者に読み取られるため”にある。親にネグレクト(無視虐待)を受けた乳児はやがて泣かず無表情となるというが、読み取る相手がなければ表情も意味を成さない。表情のために”裸という真実”をさらし、相手によって作られる「あなた」という人格は、社会的な存在に他ならない。
 ここで、全身と顔との間にあるギャップが垣間見えてくる。全身は、まぎれもなくあなた自身の物質的存在の基盤である。かたや顔の表情は他者に見られることで印象としてのあなたの存在を作り出す。服を着て頚から上を出す、この当たり前のスタイルは、私たちの心的イメージにおける自己をも2つに分けるものであった。存在としての本質的自己と、社会的な概念的自己とに。

 彫刻に話を戻すが、ひとりの人間を表現するのにも同様に2つの流れがある。すなわち、全身像と首像である。上記から、この両者が必ずしも同列で語れないことが分かるだろう。それは、彫刻の決まりだとか単なるスタイルの違いとかの段階ではなく、ひとの認識が生み出す根の深い違いである。
 彫刻の全身裸体像で具体的な誰かの肖像というのはあまりない。それは意味を成さないばかりか、表現としての焦点を狂わせる(ロダンのヴィクトル・ユゴーは大きな挑戦として映る)。一方で、純粋な没個性的な造形としての首像は作られない。これは本質的に不可能である。没個性的な首像を目指した物もあろうが、それはおそらく生気のない人形の首のようだろう。 
 情報発信の領域である顔面を、彫刻は頭部の構造として認識して表現しなければならない。これは、非常に高度な技−単なる観察力や再現力ではない−を要求される。良い肖像彫刻が少ないのはこの辺りが理由だろう。
  
 結論を言えば首像とはつまり、集約された全身像である。それは社会的存在として、言い換えれば、個性ある存在として表現される。それゆえに本質的にそれらは皆、肖像的な性質を持つ。
 そのひとらしさを残したい。そのために最もピントの合った表現が、首像なのだ。

2011年2月23日水曜日

Locking Piece 彫刻の強度


 「噛み合った形」という作品.彫刻に必要な要素のほとんどが理想的な形状によって表現されている.1963年にヘンリー・ムアによって作られたこの彫刻は,3つのピースの組み合わせで成り立っている.大きな形状が上下に重なり,その間に小さな板状の形状が挟まれている.これらのピースが実際に3つであるのか,実際には単体で作られているのかは知らない.
 ムアが,作品のヒントとして,彼が拾い上げた様々な自然物の形状を用いていたことは知られている.この作品が,骨をヒントとしていることはこの形状から明らかだ.上下の大きなピースは,主に2カ所で合わさっており,その片方は上の部位を下側が包み込むように噛み合って(ロッキング)いる.もう1つは,間に小さな板を介して合わさっている.骨で言えば,噛み合っている部分が関節部位である.板を介している方は,さながら椎骨と椎間板である.実際,椎骨の関節部位は,この作品と似た組み合わせを見せる.更に言えば,人体での腰椎の関節に近い.それは多分,他のほ乳類でも似ているだろう.椎骨は,ダルマ落としのように似た形状の骨が上下に重なっている.そして,上と下が重なることで,その間に神経が通るトンネルが作り出される.単体ではなく,複合体となることで形状に意味が現れるのは,この作品と同じである.
 骨の美しさに気がつく芸術家は少なくないが,その美的要素を抽出し,彫刻として自立させることに成功した作家はムアしかいない.これは,ムアが,美に流されず,それをコントロールする術を身につけていたことを意味している.自然物の美しさの要素は「きりがない」ので,受け取る側に明確な意志がないと,まとまりが付かないものである.ムアの作品から読み取れる要素を集約すると,大きな面と大きな量,になると思われる.実はこれは,彫刻に強度を与える重要な要素である.

 かつて,彫刻家の佐藤忠良が,ムアの凄さとして,小さなマケットを拡大しても作品の強さが変わらないことをあげていた.ムアは,掌に収まるような小さな試作から始めて,それを1メートルほどの「ワーキングモデル」に拡大し,最終的には数メートルに及ぶ作品に拡大するという行程を取っていた.大作の構成は全て掌の上で生まれたものである.作品の密度が,サイズによって変化することを知っていた佐藤忠良は,マケットと巨大な完成作が同様の緊張感を保っているムアの作品に驚いたのである.
 この「マジック」のタネこそが,「大きな面と大きな量」にあると私は考えている.この作品に近づいて見ると,表面にはヘラやヤスリによるおおざっぱなテクスチュアが付けられているに過ぎない(これも重要な要素だが).ムアはとにかく,「大きな面と大きな量」を動かすという,”軸”から外れることなく作品を作っていたことで,作品の強さを変化させなかった.また,掌でマケットを作っているときから,頭の中ではそれが数メートルに拡大された時の事を考えていたはずだ.彼は,作品を小さな物から拡大するのではなく,自身が小さくなったり大きくなったりして,自分の作品を見ていたのだろう.

 大きな量と量がぶつかり合って,1つの形を成す.その間にはトンネルが作られ,「実」の量の挟まれた「虚」の量が表される.それは,何かが通る予感である.それらは,全体をまとめる大きな面を乱すことはない.いや,それらの要素によって大きな面が作られている.
 彫刻的な強さ,美しさには,細部など重要ではない.作品がそれを証明している.

 画像はネット上から無断で転載

2010年11月22日月曜日

原始的感覚と彫刻

 私は、彫刻という芸術のジャンルこそ、全ての純粋芸術において、もっとも原始的な感覚を保持しているものだと信じている。そして、芸術というものが人に与える快楽が、感覚の原始的な部分から沸き上がってくるものであるなら、彫刻こそが、人々をそこへ「直接的に」導くことが出来るものであろう。その純粋性の高さゆえに、もはやその感覚は動物的でさえあり、その原始性によって理性やら論理やらに惑わされることから守られている。

 新生児は、まだほとんど視力が働いていない時から、その小さな掌に大人が指を置けば、力一杯に握ってくる。私たちがこの世に生まれて初めてたよりにする感覚は触覚である。そして、やがて追いついてくる視覚と触覚が結びつくことで私たちの「触覚的経験」は奥行きを増してゆく。尖ったものを「見て」、それに「触れる」ことで、次からは尖ったものを見るだけでもあのチクリとした感覚をありありと蘇らせることが可能になる。

 物をつかむ、物に触れるという感覚は、私たちに安心感をもたらす。それは、幼い頃に親に抱かれた肌の感覚もあるだろう。
 しかし、幼少時の記憶といった個人的追憶に依らなくとも、私たちは物をつかむことに安心感を得る理由を見つけることが出来る。それには、手を見ればいい。手の平を開けば、5本の指の腹が見えている。親指の腹だけは、斜めに内側を向いている。そこで物をつかむように指を徐々に曲げ始めると、人差し指から小指の4本はそろって曲がってゆくが、親指だけはその根本から他の指とは違うダイナミックな動きを始めるのが分かる。伸ばしていたときは皆一列に並んでいたのが、曲げ始めると同時に、親指だけはそこから急速に離れ、その腹は弧を描くように回転し、たちまち他の4本の指の腹と対向する向きを取るのである。
 物を握って離さないための手。私たちの体には、物をつかむための機構が生まれつき備わっている。この手は、私たち人類がここまでやってきた道程を示している。この手は、かつて木の枝をしっかりと握り全体重を支えるものだった。長い腕、可動域の広い肩、そして4指と対向する母指。そして、立体視の出来る眼。この組み合わせが、私たち人類を他の動物より優位に立たせる強力なツールとなった。やがて、木から下りると、この手は道具を作るようになる。身を守る武器を握った。大きな獲物を運んだ。火をおこした。
 私たち人類の進化は、物をにぎるという動作と切り離すことが出来ない。極端に言うなら、”握るために変形した手”を持つほどに、物を握ることを宿命づけられている動物なのだ。脳における体性感覚の分布を視覚的に表した有名な図(もしくは像)があり、「感覚のホムンクルス(人造人間)」と呼ばれる。これを見ると、人間にとって掌から得る触覚がどれだけ重要なのかが一目で分かるだろう。
 これほどに、握ることに頼り、生きてきた人類。触れる感覚からもたらされる安心感は、触覚に対する信頼感に繋がっているに違いない。

 この人類の存在に関わる、深い部分に根ざした感覚を揺さぶる芸術が彫刻である。歴史に残る傑作といわれる彫刻の多くは、かならずこの触覚をくすぐる要素を持っている。芸術のクライアントは、鑑賞者の感性つまり原始的感覚であり、ならば、そこが共鳴する作品が多くの共感を得るのも納得がいくのではないか。

2010年6月24日木曜日

物を見て触る

私たちは、感覚を持っている。生まれたときから当たり前のものとして機能している感覚。この感覚が無ければ私たちは自分の周りの事象を一切知ることができない。そのことを思うと、感覚の意味合いが変わる。
さて、解剖学では、感覚を幾つかに分けて考える。皮膚で感じる感覚は一般感覚。頭にある目、鼻、耳、舌で感じるものを特殊感覚と大きく分ける。また、それが意識下に上るのかどうかで、体性と臓性と区別もする。

頭部に集中する特殊感覚、目鼻耳を獲得したという進化上の事実は全く驚愕に値する。このうちどれか1つが欠けると、日常生活はとたんに困難さが増す。これらは、受容器として分かれているが、脳においてはそれらの情報は相互に補完し合い、統合された外部情報として扱われる。だから、音で見え方が変わったり、その逆もしかり。料理では、盛り合わせと香り付けは重要である。

目鼻耳のそれぞれの依存度は動物によって違う。人間は目の依存度が大きい。左右の目が仲良く並んで正面を向き、立体視を可能にしている。色盲が多いほ乳類において例外的に色覚を持っている。
この強力なツールと、自由に物をつかめる器用な手。この名コンビが人類を地球上で秀でた種に押し上げてくれた立役者だ。見て、触れる。見るだけでは足りない。触れるだけでも足りない。両者の情報の結合が要る。その蓄積が、物作りの経験となり、道具を作り操るという人類の特徴たる性質を構築した。

情報化が急速かつ高度に進んだ今、私たちは情報の利便性を日々”体感”している。情報を阻害するのは物質である。情報をより円滑に統合するには物質性を排除していかざるを得ない。iPhoneは物質的形状としてはもはやモノリスとなった。
情報至上主義的な流れは、芸術にも当然押し寄せている。もともとアート寄りの人間は新しい事象に敏感だから、そうなるのも分かる。とは言え、表現媒体としては以前からある素材(画布に油絵、木彫などなど)を用いていたりするから、どっちつかずの感があふれている。要するに、作家も物質と情報の間を揺れているのだろう。

情報を重視すると、物質を見なくなる。人を表現したいとき、情報としての人で十分ならば、モデルを立たせて観察し造形する必要などない。壁に「人」と書けばよい。
今の芸術、それもより物質と関連する彫刻でこの問題は静かにかつ深く問題になっていると感じる。人を作る作家が、人の形状や構造に興味を示さない。「雰囲気・気配」さえ出ればそれで良いということだろう。

美術解剖学というものがある。間口はとても広い。それは、人の見方を示している。人を見るには、人は物だという事にまず気付く必要があるだろう。そうして、目新しい物を観察するように見ていくと、広い間口の一歩奥に、別の扉があることに気付く。そうして奥へ奥へと進むにつれ人体と芸術のただならぬ面白さの連関に飲まれる。ここからが、人体、芸術、彫刻を追うことの快楽の真の入り口なのだと思っている。そしてそこが美術解剖学の本当の入り口でもあるのだろう。
そして、奥へ進む手段として外せないのが、見ることと触ることなのである。人間を「人体」として片付けない。構造を「解剖学」で終わらせない。彫刻を「象徴」にしない。そっちへ安易に流れないために、自らの目で見て手で触れる。

芸術家の仕事は、情報の整理ではなくて情報の翻訳ではないだろうか。

2010年4月5日月曜日

彫刻"理想"論

彫刻家は、形の意味を探ろうとする本能が無ければ嘘だ。
ただ惰性で土を捏ね、木や石を削るくらいならやらない方がまだ良い。
映画において、映し出されるシーンの全てに意味があるように、彫刻における量や面も全て意味がなければならない。
そして、それは彫刻的に正しくなければ意味がない。
記号として表すくらいならば、記号を書けば良い。
彫刻家は、彫刻を作らなければならない。

彫刻家は、形、形、形が全てだ。
形がおろそかで済ませられる彫刻家など、信じることが出来ない。

岩の形、雲の形、水流の形、そして己自身の形・・全ての形に意味がある。
石ころを見て、その生い立ちを想像することだ。
川の波の形を捉えてみることだ。
人の形が複雑なのは当然だ。35億年の形態変化の末なのだから。