2016年1月16日土曜日

アンパンマンの頭と体

 アンパンマンについて、ふと考えたこと。

 アンパンマンは、アンパンで出来ている自分の頭を腹を空かせた者に分け与える。また、頭部が水に濡れてふやけると力が弱くなってしまう。このように頭部を損傷しても、新しい頭と取り替えることで元に戻る。新しい頭は、ジャムおじさんが焼いている。頭と取り替える時は、新しい頭部が飛んできて、まるでビリヤードの球がぶつかるように古い頭をはじき飛ばして胴体と結合する。古い頭はどうなってしまうのだろう。固まった笑顔のまま地面に転がるのだろうか。頭部と胴体が切り離されるという表現は衝撃的である。
 また、頭部と胴体が分かれるのであれば、胴体は何なのかも気になる。「アンパンマン」という呼称に適うのは彼の頭部だけで、胴体は特にアンパンではないように見える。頭はジャムおじさんが作っているが胴体はどこから来たのだろう。まあ、胴体もジャムおじさんが作ったのだろう。パンではない何かで。そう考えるのが妥当だ。

 上記の様に、アンパンマンは頭部と胴体とが完全一体ではない。それは私たちの体の構造と大きく異なる。異なるけれども、平常時はあたかも一体のように振る舞っている。
 私たちの体の頭部と胴体とは、その間の頸(くび)で繋がっている。頸は「くびれている」ので頭と胴体とを結びつける部位として見られるけれども、それを発生的もしくは構造的に見れば、あくまで二次的にくびれただけで、本質的には胴体と一体であることが分かる。頚は脊椎動物が上陸した後にできたと考えられている。だから頸を持つ魚はいない。
 しかし、アンパンマンは違う。彼の頸は単なるくびれではなく頭と胴体との連結部として機能しているのだ。頭部と胴体とは必要に応じて接続されたり切り離されたりする。そして、頭と胴体とが連結されているときは両者が一体として振る舞う。つまり、1人のアンパンマンとして。その時の胴体は明らかに頭部の意思決定に従っているように見える。つまり、ばいきんまんの悪さを見聞きし、それに怒ってアンパンチを繰り出すという一連の判断は頭部のアンパンが行い、その判断を実行に移すのが胴体である。必殺技のアンパンチは胴体の運動に依っている。つまり、アンパンによる外部判断と意思決定が胴体へと伝わって運動を引き起こしている。その様は、私たちの機能と似通っている。
 ただし、私たちは意識的な運動の高次コントロールは頭部の大脳皮質にあるが、アンパンマンのそれが頭部にあるのかというと、それは消極的だ。頻繁に損傷し取り替えられる頭部は、純粋な感覚器と効果器としての顔面を持っているだけかもしれない。

 彼がアンパンマンと呼ばれるのは頭部がアンパンだからだ。その意味で、頭部の重要性は大きい。しかし、1人のアンパン”マン”として完成するには胴体が不可欠であることも、また事実である。ジャムおじさんの工房で焼かれたアンパンマンの頭部だけの状態では表情に動きがない。それはまさしく単なるアンパンだ。アンパンマンの頭部は胴体と結合することでアンパンマンとしての意思を発現させるのである。

 食べられても、ふやけても、何度も交換することができる頭部。別物の頭になっても以前と同じアンパンマンを自認するが、胴体と結合するまではただのアンパン・・。こうしてみると、動くアンパンマンとしての主体が実はあの頭部ではなく、胴体であることが分かってくる。そう思えば、アンパンマンは自分の胴体の一部を他者に与えることもしないし、胴体を交換することもない。アンパンマンの存在としての唯一性を支えているのは物言わぬ胴体なのだ。そう思えば、彼が空を飛び、弱者を助け、悪者とたたかっているのも全て胴体である。

 上記したように、アンパンマンは自分を「アンパンマンだ」と自認しているが、その自己決定を発声運動として表出させるのには胴体が必要なようだ(結合前の頭部は動かない)。だから、連結前のアンパンが、自らをアンパンマン(もしくはアンパン)だと自認しているのかどうかは知りようがない。しかし、胴体は交換アンパンが結合した後にどうして自らがアンパンマンだと分かるのだろう。その答えとしてひとつ言えるのは、”アンパンマンだ”と呼びかけられることによる自己認識がある。アンパンの頭をした彼は、ジャムおじさんをはじめ周囲のキャラクターたちから「アンパンマン」と呼ばれることで自らがアンパンマンだと自認するだろう。別の可能性は、彼(の胴体)が、自らをアンパンマンだとする自己同一性を保持しているのかも知れないということだ。新しい頭と取り替えられても、取り替えられる前と同じ自分というそぶりを見ると、後者である可能性が高い。そうであれば、たとえ胴体にカレーパンが結合してしまっても「ぼくはアンパンマン」と言うはずだ。しかし、見た目からカレーパンマンと呼ばれることによって、外見と内面とのギャップ「パン同一性障害」に悩まされるかもしれないけれど。

 さて、このように見てくると、アンパンマンの頭部と胴体との従属関係が当初思われていたそれと違ってきた。即ち、アンパンマンの自己同一性を保持しているのは、実はあの特徴的な頭部ではなく胴体であった。では、アンパンマンにとっての頭部の意義は何かと言うと、それはアンパンであるということにつきるだろう。それは彼にとって何の意味があるのか。それは彼の世界におけるアイデンティティー確立のため、つまり、他者から「あ、アンパンマンだ」と呼ばれるため、ということになる。

 アンパンマンは、誰からもそうと分かるように常に同じ頭部に同じ表情で飛び回っている。しかし、彼の自己同一性を保っているのは、交換可能な頭部ではなく、たったひとつの物言わぬ胴体の方なのだ。

 アンパンマンについては、顔がそっくりなジャムおじさんとの関係性についてや、アンパンマンが”いい人過ぎて人間味に欠ける”理由についてや、アンパンマン世界と彫刻との関連など、色々と考えることがある。それらは、いずれまた。

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