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2021年7月27日火曜日

藤原彩人 軸と周囲 -姿としての釣り合い- を観て




   歴史において、人は人の形を規定しようと試みてきた.その外見においては、時に神の形と同一視され、現世の人と分けるために、そこに究極の調和という抽象性が当て嵌められた.完全なる人の形が想定されることで、生きている人の形は不完全であるという必然が与えられた.これは奇妙でもある.私たちの形は「完全に不完全」であるのだから.完全なる不完全とは何であろうか.それは完全に近づくのであろうか.

   かつて、大自然の中に自己という存在を見つけることで、人類は世界から自分たちを分けた.世界は自分たちの生きる場となり、自分たちは存在の主人公となった.しかし同時に、私たちは、自らの内から生きていることへの予感も持っていたはずだ.生き物はその身体を傷付けると弱り、程度によっては死に至ることは経験上知っているのだから.

   人は世界の中に合ってその環境に根ざして生を営み、その生を実行するのは身体である.何より、私という自己を認識する場は自己の肉体である.

   人体とは、世界における人を規定するベクトルと、それを規定する私を生み出すベクトルとが出会う、たった一つの点である.それを私たちはどう見るか、人の形として見るのだ.皮膚をまとった人の形はすなわち、世界の内にあると共に私自身であるという、外と内からの存在論的拮抗点が面をなしたものである.私たちは人類史的な過去からその外形を捉え、あらゆる媒体にそれを刻みつけてきた.マンモスの象牙に、土に、岩に、紙に、キャンバスに、モニターに.

   私たちを内から生かすもの、すなわち内臓への眼差しに理性的な判断が追いつくのは時間が掛かった.西洋ではアリストテレスからヒポクラテス、ガレノスと様々な判断がなされてきたものの、その判断が、より先に理解されていた構造と合致し始めるのは、17世紀のハーヴェイまで待つ必要があった.医学は以後、現代に至るまで、人を内から生かすものについて、人体の内部からの視点を示し続けている.

   ところで、人体の“内部”とはどこからを言うのか.殉教した聖バルトロマイのように剥がされた皮膚より奥をそう言うのだと思われているが、そもそもそれは、皮膚が剥がすことが可能であったからそのように言われるのである.皮膚は実際に、その深層から覆われた膜を取り除くように引き剥がすことができる.皮膚とその深層の間の結合が緩いため、その線維が容易に引きちぎれるからである.皮膚はしかし、衣服のように着脱可能な体外由来ではもちろんなく、それ自体が一つの、そして人体で最大の必須器官として機能している.それゆえ皮膚を取り除かれた人は生きていくことができない.

   つまり、皮膚はその厚みの中において、すでに機能を営む一つの系をなしており、それを人体を生かす内部を曝け出すための覆いとするのは正当ではない.皮膚が覆いではないのであれば、人体の内外を隔てる物質的境界面は存在しないという事になる.そしてそれは、その通りなのだ.しかし、人は内を知りたいと欲する.真実はいつも隠されていなければならない.衣服を取り除くことで社会的な覆いの下に動物的な人間を見るように、皮膚は人を生かす内側を覆い隠す象徴的な膜として選ばれたのである.

   藤原彩人氏による個展の作品群は、人の形がモチーフであるが、そこには滑らかに視線を滑らせる体表の起伏は存在しない.そこにあるのは、全体がバラバラに区切られた身体の部位であり、言うなれば、皮膚という覆いを剥がされその内面を曝け出した人体である.作家はこれを、人体の内側をひっくり返したものと表現した.腕や脚は中空の筒となってぐにゃりと曲がり、像の姿勢を維持する板状の梁が随所に見られる.胴には肋骨か魚の鰓を思わせる曲った溝が彫られている.階段状の溝や穴もあって、直線的で工業的な無機質さが粘土という有機的な素材に硬質さを与えている.像たちは片膝を立ててしゃがみ込んで片手を頭部へと運び、何か考え事に我が身を忘れているようだ.

   作家が言ったように、これがひっくり返された内側であるとして、そこにあるものは人体の内側にあって人を生かしている部分である.それがここでは内外が反転している.その時、鑑賞する私たちは、この作品の内側にすでに在しており、そこから作品という体外を垣間見ているということになる.すなわち像たちは、私たちが生きる世界、その有り様なのだ.

   私たちが住まう世界がどのようなものであるか.それを捉える私とは何か.環境と自己という関係性をひと繋がりの連続として見た時、しかし、そこに明らかに在る結界としての自己、それは世界と内の関係性を断ち隔てる結界というよりむしろ、濃度の異なる溶液の間に置かれた半透膜のように機能的に作用するものとして見えてくる.作家はその機能を、これまでのように皮膚という境界を外から眺める姿、つまり自己を世界として見る視点から鮮やかに反転させ、自らが世界を見る視点を構築したのだ.その時世界はどのように映るのか.その自己という半透膜はどのような形態を描くのか.私たち人間にとっての世界とは、あくまでも人の形をしているであろう.しかしまた、自然に工業という人間的営みが侵食しつつある現在においては、それは天然の調和という幻想からは逸脱した一見「不完全な」異形へと変容せざるを得ない.これらの像は、現在とその先を思惟する.それは何を?それは人と世界の関係性についての問いに違いない.


藤原 彩人    軸と周囲  -姿としての釣り合い-

Axis and Surroundings -Balance as a figure-

2021年7月15日ー8月1日

開廊日:木ー日

開廊時間:13:00-18:00

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2021/07/27


2019年1月15日火曜日

日本美術解剖学会の記録


 取り立てて喧伝するような活動をしているわけでもない私に、発表の機会を頂いた。同学会幹事でもあり今回の(そして常連の)発表者でもある小田先生の発案との事で、とても嬉しい。小田先生とは、多く話せなかったが、「(私が)いつも聞いているほうだから。もっと発表すべき」と言われたことが印象深い。

   その小田先生がご自身の発表(筋骨格図の製作過程)の中で数回、「肋骨を描くのが辛くて辛くて、発狂しそうだった」という事を言っていて、そこに私は強く同感し頷いていた。「骨格に比べたら筋は簡単」というのも、全く同意である。骨格それも脊柱と肋骨は同じ形状の繰り返しで、中でも肋骨はほとんど同じカーブを何本も描く事になる。その上ただの縞模様を描くわけでもなく周辺構造との関連性や立体感を維持しながらそれをしなければならないので、非常に辛い。輪郭線から始めるとなると、一本の肋骨に対して上下に2本の線を描く事になり、また、肋骨と肋間の区別がその段階では表現されていないので、ただ何本も鉛筆のカーブが描かれているだけのように見えて、その確認でも精神を消耗するのだ。
   私自身も、解剖図作成で体幹の骨格を描くのが最も気が重い。そんなのはしかし誰とも共有できるような感覚ではないと思っていたが、やはり他にもいたのだと分かっただけで今後は気が楽になるだろう。

   私の発表内容は2016年末に出版した自著の製作過程の紹介だった。その中で、粘土写真を使った理由の説明過程で、解剖書の解剖図が現在のように前後上下の直交視点になったのは1858年のGrayからのように見えるが坂井先生にお聞きしたいと言ったところ、後の坂井先生の発表中に、Grayの木口木版で本文と同ページの印刷が可能になった事が影響しているだろうとの返答をいただいた。
   発表後すぐ、坂井先生に「いやぁ、色々やってるんですねぇ。」と言われた。

   その坂井先生の講演は、医学の立場からということで、「言葉 Literacy」を美と並置した内容であった。医学における美と言語の並置とは、つまり解剖図である。坂井先生の膨大な研究に基づく深い知識から掬い上げた簡潔な言葉で論理的かつ明解に組み上げられた発表は、ほとんどそれ自体が構築的作品である。「アルビヌスの解剖人は私たちの世界とは異なる悠久に立っているようだ」との言及は詩的で主観的にも聞こえるかもしれないが、それはアルビヌスの作画過程とその前後の解剖図と医学の変貌の流れを踏まえているからこその真実味なのだ。

   剖出(ぼうしゅつ)に技としてのアートを見出している加藤さんの発表は、まさに解剖写真の“見どころ”を示していく内容だった。人体を内部構造を意識しながら造形する作家には直接的に役立つ情報の数々だった。よくできているものほど違和感がないので、そこに至る過程などは見えなくなるものだ。加藤さんによる剖出の丁寧さによって、そこに至る労力は見事に隠されていた。発表中の笑顔に解剖への態度が現れていた。

  東大博物館の遠藤先生による司会のMCの安心感たるや真似できるものではない。私の発表中にそっと手渡された紙の切れ端には「そろそろ終わりましょう」と走り書きされていた。これは記念に取ってある。

   会の後半は、演者の4名が前へ出て質疑やディスカッションを行う予定だったが時間がなく、数名の質疑応答のみ。「ヌードモデルの観察で、前と後の腸骨棘の関係性がずれて見えたことがあるが、動くのか」という質問には、全員から”動かない、ずれない”という回答。しかし質問者(学生)は”ずれていた”という実感があるのだから、その主観的事実を重視すべきだとも答えた。ずれたり動いたりはしないが、人間が自然物である以上、個体差として前後の高さが異なることは十分に有り得る。だから、それがどのように違和感を感じさせたのか、が知りたいところではあったが時間の関係上それ以上は話は進まなかった。私としては、そういう視点で人体を構築性から観察する学生がいることが嬉しい驚きである。確か彫刻科と言っていたような。
 また、私の書籍で用いている材料が安価なものばかりなのはなぜか、という質問も受けた。まさしく、それが売りの一つと思っていた事なので気付いてもらえて嬉しかった。粘土で人体を造形するというのは非日常的行為なので、特殊な材料が必要になると実際に作ろうとするハードルが高まってしまうだろうと考えたからだ。芯材の価格は500円もしないものだが、それでも街のホームセンターなどには売っていないので、実はまだハードルは低くない。本当なら、100円ショップの材料で始めた方が良いのかもしれない。もちろん理想は、ダイソーが芯材を販売してくれることだが。懇親会にてこの質問をされた方と話すと、大学は違えど彫刻科出身との事だった。私よりずっと先輩だが。

 美術解剖学という狭い領域に興味を持つ数少ない人々が集まれるこのような場から、次の展望が広がればと思う。








2018年10月15日月曜日

無から有を作る

   先日の武蔵美彫刻科での特講の際に、教授の三沢先生が急遽粘土で首像を制作された。サブテーマが「頭頸部」(これを彫刻では首と言う)で、現役教授の作品も展示するという話になり、「ならば作ろう」となったのか、ともかく私が大学へ着いたときには三沢先生は作業場にこもって制作していた。その作る姿はうかがい知れなかったが、私の講義が終わって部屋を出ると大きな体格の三沢先生がいて、大きな手を差し出してこられた。とっさに手を出そうと思ったがさっきまでのライブモデリングで手に土が付いているので引っ込めようとすると「良いんだ俺もさっきまで作っていたんだから」と仰るので握手させて頂いた。

   等身より一回り大きい出来たての塑像は、そのまま乾燥させることを考えて台との間に小割で井桁が組まれその上に乗っていた。モデルは見ずに、解剖というテーマに沿うように構造を意識しながら造形したと言うその首は明快な面を持ち、力強い大小の起伏を伴って正面を見据えている。像が乗る木の台にはモチーフになったヨゼフ・ボイスの頭部デッサンが描かれていた。作品が部屋に運ばれていくのを見届けると、三沢先生は他の用事のため 帰っていかれた。首像を作って去っていくその姿に「颯爽」の言葉が浮かんだ。

   芸術家は無から有を作る。朝には存在していなかったのに、「ならば作ろう」と素材としばし向き合うことで、新しい作品の“存在が現れる”。
   芸術家は“クリエイター=創造者”である。

2018年10月14日日曜日

「美術解剖学のRESKILLING」の感想

   先日(10月11日)の武蔵美彫刻科での『美術解剖学のRESKILLING』は私にとっても貴重な機会となった。彫刻科教授で企画者の黒川先生は美術史、彫刻史に明るく、それを見通したうえでの彫刻の現状において美術解剖学という“技法”の欠落を注視しておられる。美術解剖学という「人の形の見方論」の有効性を再定義しようという先生の試みの発端が、彫刻教育の前線から見える景色にあるのは想像に難くない。なぜなら、東京造形大学に私を招聘下さった保井教授もまた同様の課題を見据えているからである。彫刻は対象を輪郭線で捉えるのではなく、構造で捉える。構造で捉えることができなければ、その再構築は非常な回り道を迫られた挙句、目標へ到達することさえ難しいのだ。そのような彫刻に特有の認識要求から見て、美術解剖学は殊更に彫刻芸術と親和性が高いと言えよう。美術解剖学が人体を客観的に理解する方法論であるなら、それは古代ギリシアではすでに実施されていた。ちなみに、美術解剖学という呼称が、哲学のようにすでに使われていたというのではない。美術解剖学は“美術解剖の学“という意味ではなく”美術で用いられる解剖学“の事で、輪郭の定まった1つの学問領域を意味しているのではなく自然発生的な一般用語である。解剖図を描き残したことからレオナルド・ダ・ヴィンチが美術解剖学の始祖のように書かれることがあるが、レオナルドはそのような学問を打ち立ててもいないし、そのつもりも無かっただろう。美術解剖学という言葉がそのニュアンスを端的に伝える一方で、その輪郭が曖昧なのはそのためである。

   さて、美術解剖学がいつから美術界で“ないがしろ”にされてきたのかは、文献を漁るまでもなく、表現された人体の変化を美術作品に追えば大づかみに捉えることが可能である。西洋においては、形式に則って人体を表現した新古典主義から印象派への移行期にそれを見つけることができる。それから現代まで、元来は人体表現の基礎技法に組み込まれるべき解剖学が、“知りたくなったら勉強する”ものになり、その結果として今では美術解剖学が上級者の知識のように思われているほどである。
   その解剖学へのニーズがこのところ若干ながら高まってきている。表現の現場では、3DCGの表現技術の向上と関連しているようだ。機械技術が上がっても人体を表現できる人材が足りないのである。しかし、視野を広げると、CGというエンタテインメント領域だけに留まらず、より現実的な身体性への関心度合いも高まりを見せているという人もいる。ただ私にはそれがどういう理由によるものなのか分からない。情報化社会からの振り戻し現象のようなものがあるのだろうか。

   その微かな時流を鋭敏に感じ取られたという事だろうか。武蔵美の彫刻科では、黒川先生によって美術解剖学の価値の再検討が企てられ、一昨年には英国からアーティストと研究者を招聘しカンファレンスが開かれた。今回の企画もその一連に続くものだと言う。私は彫刻を学んで解剖学に興味を抱いた者として、両者の根本的な近似性や彫刻における有用性を実感している。しかし、美大だからと言って、また彫刻科だからと言って、皆がそう考えているわけではなく、現状が伝えるように、むしろ不必要だと考えられている事の方が多いだろう。その現状において、今回のように声をかけて頂ける事がどれだけ私にとって嬉しいか想像できるだろうか。それは仕事を頂いたというシンプルな喜びだけではなく、ついに同じ方向を向いている教育者に出会えた喜びであり、またそういった人々に“私を見つけてもらえた”喜びでもあるのだ。私を見つけ引き込んで下さった冨井先生に感謝する。

   彫刻の教育現場で解剖学視点を学生に教えることには否定的な意見がもちろんあり、直接厳しく言われることもある。そしてその意見は間違ってもいない。それはいつも必ず、“単に形だけを知る”事への否定の意見だ。解剖学は形態と構造を扱う。つまり形と組み立ての事で、それだけなら命のない積み木の説明と同じである。私たちは形があり命がある。否定する人たちは「解剖学は命を見ない」と言う。きっと、美術解剖学と呼ばれるものが退屈で役に立たないと言われるようになった原因はここにあるのだろう。確かに解剖学は命が流れていない。それが示す人体形状は命の流れで作られた「止まった結晶」である。医学では解剖学のほかに生理学があり、それが命の流れを指し示す。だから解剖学と生理学は医学の両柱と言われるのである。医学では解剖学に続いて生理学が勃興したが、なぜ芸術ではそうならなかったか。それは命は芸術家の感性が担当してきたからに他ならない。だから、感性優位の表現時代に入ると解剖学は不必要とされて来たのである。そうして今、再び美術のための解剖学に一部の人々が目を向ける時、相変わらず人体の形態と構造だけを示したならばどうなるかは明白である。現代は19世紀終わりに思われていた人体の在り方とは異なるのだ。21世紀は美術解剖学だけではなく美術“生理学”も必須の時代である。
   つまり、これまで美術解剖学が不必要とされたのには相応の理由があるのだ。それはおそらく、科学発展に伴って急速に変化したアーティストたちの人体観に美術解剖学がついて行けなかったからだ。15世紀の芸術家が解剖学を応用しようとした時、それは最新の科学だったのである。アーティストは常に最新の位置にいることを忘れてはならない。これからは解剖学だけでは到底足りないのである。今求められるのは人体を取り巻く総合であり、つまりは医学と呼べるようなものである。21世紀に必要なのは「美術医学」であろう。

   今回の特講は、比較解剖学者の小藪先生によるラットの咀嚼筋解剖からゴジラまでを包括した頭頸部の構造と表現の解説など、多くの気付きを与えられる素晴らしい企画であった。その後の親睦会では、武蔵美の先生方のお話から私自身とても勇気を頂いた。美術解剖学と呼ばれる領域はとても小さくその活動は個人レベルが実態だが、表現や制作に“使える”のだと分かってもらえる努力がまだまだ必要であり、そしてそれを期待している人たちもいることを今回は実感できた。こちらが何を提示できるのか、それが問われているのである。

2018年5月19日土曜日

置き方の価値  「組」展を観て

   MA2ギャラリーで開催中の展覧会『組』を観た。複数のアーティストの作品が展示されているので、グループ展のように見えるが、それら作品はデザイナーの猿山修氏のセンスによって選択され配置されている。そのため出品作家も自分の作品がどのように置かれてるのかは、当日まで知らないのだという。
   展示初日は夕刻からレセプションが開かれ、それは「BAR さる山」と称して猿山氏とアーティストを交えたトークガイドツアーとなっていた。

   降りる駅を寝過ごして、目黒駅から恵比寿のMA2まで歩いた。都会の住宅街はバリエーションが区画ごとに変化するので、なかなか楽しい。
   ギャラリーに着いた時はすでにトークが始まっていた。細身で長身の猿山氏は長く黒い髪を肩まで垂らし、それが黒いシャツ、黒いズボン、黒い革靴と続くので、何か黒い一本線のような潔い存在感を放っていた。入って正面奥の壁には、四角い紙が2枚。その斜め上にカンカン帽が掛けてある。左の壁には古そうな木の板が掛けられているが、よく見ると古いまな板だとわかる。その手前に運搬型のイーゼルが立てられ作家の絵画が置かれる。右の壁には小さな具象画が掛けられ、正面壁との角には古い木箱が積み重ねられ、そこにスコップの作品が置かれている。他にも、アルミのスツールに見える作品や、丸い回転台の上に人間の脚が生えたコケシの作品が置かれていた。よく見ればわかるが、作家の作品とアンティーク品とが組み合わされている。それらの古物は、猿山氏の選択で置かれ、購入することもできるようだ。
   配置は実に心地よく、例えば壁面展示にしても、余白と物との間隔が十分に取られているので、視覚的にリラックスできる。展示空間全体としてはミニマルな傾向である。
   作家の作品は古物と同様に捉えられ、猿山氏のセンスによって再構築されていた。それは堂々としていながら繊細さを感じさせる。後で作家から聞いた話だと、この配置は綿密に組まれたものではなくほとんど即興に近いものらしい。その場で作品と空間を見て、感性に従って置かれたそれらは、水墨画や毛筆の達筆を感じさせる。
   ガイドツアーではほとんど猿山氏が展示について解説していて、時折ギャラリストや作家がそこにコメントを挟むものだった。四角い紙と丸いカンカン帽の壁面の解説の段では、氏はその紙の作家の筆さばきの技量を褒めちぎった。遠くから見ているとその紙に何が描かれているのか全く見えないが、後で近づくと筆で等間隔の斜線がいくつも引かれていた。一方でカンカン帽の配置については「特に何か意味があるわけではない」と言ったものの、「無理に意味づけするなら、紙の作品を雨と見れば帽子は太陽と言ったところか」と付け加えた。それを聴きながら、言葉はつくづく危険だと思った。きっと、“意味などない”が本心なのだろう。その配置が美しいから、だけなのだと思う。しかし、聞く方が納得するように言うならと、そこから無理に物語を探すと“雨と太陽“というありきたりな文言に辿り着いてしまうのだ。
   左壁面のまな板とイーゼルに絵画の配置は、本来なら絵画が飾られる場所にまな板を置くことでその従来の意味合いを取り外すとともに、絵画作品との関連性を提示することで、存在価値の拡大に成功している。もし、ヒエラルキーを見るなら、まな板の価値の引き上げの足場に絵画作品が使われている、と映るかもしれないが、そう感じてしまう根底にはまな板の”ものとしての価値“の潜在的なポテンシャルを認めていない価値観の固定があるのだろう。
   床置きの作品としては、丸い回転台に置かれた”脚のあるこけし“がある。こけしの脚は、上半分はこけしそのものから彫り出されている。作品そのものに笑いの要素があるが、それがレトロな回転台に置かれているので、そこはかとなく昭和のおもちゃ売り場を思い出させる。回転するという全方位性を活かすように、それは空間の中央に置かれている。

   階段を上って2階の展示場は、照明が落とされ白熱灯色のLEDで作品がスポットされている。どうやら2階のテーマは”祈り“である。ここには、実際、仏像のような作品や、燃焼の動画などがあって日本人にとっての祈りの印象が強調されていた。その中で、最も印象的だったのは、アルミ鋳造の壁掛け鏡の作品だ。鏡面部分が研磨されているが、完全な鏡面仕上げにはなっておらず、ほとんど反射しない。しかも、鋳造ムラが色の変化として現れている。それが薄暗い空間で橙色の光に浮かび上がると、何か異界を映し出す窓のように思えてくる。子供の頃に信じていた”怪しい世界“の記憶が引き出される感覚がした。
   誰かが、「鏡そのものが作品になるのはあまり知らない」と言っていた。この作家は、鏡という物と言うよりむしろ、それが映そうとしている世界や空間、場、を表そうとしているのだろう。
   2階の展示の別の特徴は、天井から吊るすというものだ。それも吊るされている物がほとんど床に着きそうな低い位置にある。そうされることで、物の浮遊感が強調されつつそれを可能にしている”吊るし材“の顕示や、下をくぐれないし上もまたげないという存在箇所の独占など、”在る“ことを強調して見せていて興味深い。

   さらに、階段を登って3階とそこからロフトになっている4階まで展示がされている。

   4階ロフトの壁面には、洋書が数冊、面置きされている。近づくと本に見えるが中はガラスである。きっと誰もが驚くだろうが、同時にそこの左下の床に普段は見ないような箱が縦積みされていて、不思議なほどに存在感を放っている。ところが、実はこの箱は、ガラス本を収納する箱で本来は展示品ではないという。それが、猿山氏のセンスで置かれると、主人公の作品を喰ってしまうほどの存在感を放つ。

   全く、置き方によってこれほどまでに物の印象や意味合い、そして魅力が変化するという事実に驚きである。置き方の力、重要性を強く再認識させられた。これは、立体物を空間上に設置する彫刻家にとっては、実制作と同様の重要性させ持つものだと思う。どうしても、作家は物作りの技術に偏重してしまうので、置き方、設置については、重要性を低く見積もってしまいがちだが、それだけでは十分ではないことが、この展示で明らかとなった。ガイドツアー時に、「今度からは展示は猿山さんに任せたい」とある作家が思わず言っていたが、よく分かる。美術大学などでも、作品の作り方は教えても、展示については深く示すことはない。だから、若い作家などは展示方法については頓着していないこともままある。私も今後は、展示や物の置き方、置かれ方について考えたいと思う。

   なんにせよ、プロは凄い。置き方で価値、意味を変えてしまうのだから。

 展示は5月26日(土)まで。

 置き方が空間と物の価値、意味を変容させるダイナミズムはその場でなければ体感できない。









2017年10月1日日曜日

「Treasures from the Wreck of the Unbelievable 」展の図録を見て


 ダミアン・ハースト「Treasures from the Wreck of the Unbelievable (難破船アンビリーバブル号の財宝)」展の図録を見て衝撃を受ける。ヴェネツィアで実際に観てきた学生のもので、巨大な図録の書籍だ。作品の内容、個々の作品のクオリティと点数、その全てが壮大で、更にはそれらが立体作品であることから、彫刻芸術として区切って見ても、間違いなく今世紀で最も優れた展覧会の1つだろう。実物を目撃できた人がうらやましい。

 世界中の多くの作家、彫刻家がこの展覧会を羨望と嫉妬の眼差しで見ることだろう。同時に、大きな希望も与えるはずだ。その壮大さと、綿密に組まれた構成とアイデア、そして何より作家の個性の純粋性の高さに突き動かされた行動力によって成し遂げられた膨大な作品群からなる展示は、作家個人のアイデアが芸術表現の動向さえ変えうる様な力を持つことを証明している。さらに、芸術家に勇気を与えることは、頭に浮かぶ個人的な視覚的想像が形を得ることで、これ程までの力を持ち得るという事実の提示である。

 このレベルの展覧会を実現させる事は誰でも可能ではない。しかし、誰もできないではなく、誰かはできるということの実証の価値は大きい。芸術家の自由な感性は力を持ち得る。そこに形を与え、それも出き得る限り完全にする事で、作家個人を超えて他者を動かす行為へと変換されるのである。
 ハースト氏は自身が抱く際限の無いイメージに形を与えた。単純だがそれこそが、造形芸術家、視覚芸術家に取って唯一かつ絶対の果たすべき行為であることを実証してみせたのである。