あひる口とは、字の如くで、あひるのクチバシを正面から見たような「口角が上がって、上唇がわずかに突出して気持ち上を向いている」ものを指す。
これをかわいいと言うわけだが、それも当然である。なぜなら、この口の形は、乳幼児の唇の形と同じだからだ。私たちは赤ちゃんの事をかわいいと思う。それは、かわいいと思うように脳がなっているとも言い換えられる。本能的に保護したいと思ってしまう。その赤ちゃんは皆、あひる口をしている。これは、母親の乳首に吸い付くのに適した形なのだ。
そもそも、「くちびる」自体が乳を吸うために獲得された構造である。故に唇を持つ動物を「哺乳類」(乳を口にふくむ・乳で育てる類の意)と呼ぶ。乳を吸う必要のない動物たちは唇を持っておらず、皆、口裂けである。私たちは、乳に吸い付くための道具を二次利用して表情の足しにしたり、発声の役にも立てたりしている。ものを食べるにも唇で口を閉じなければ大変である。歯医者で麻酔をした後に水を含んだことがあれば分かるだろう。
このような進化上後付けの構造を証明するように、アゴを上下させる神経と唇を動かす神経は別系統である。
漫画が発展している日本で、大きな需要を抱えている領域が「美少女漫画」だ。そこに描かれる少女は、購買層による「かわいさ」の厳しい淘汰を経て生き残った者たちと言える。その顔を見ると、丸みがある大きな頭部に、巨大な眼、目立たない鼻(正確には鼻翼が張っていない)、小さな口。これらは紛れもなく、幼児のそれだ。
このように、男女を問わず「かわいい」要素を追い求めた結果に幼児性へとたどり着く事は興味深い。

あひる口とそれを含む幼児性への欲求。本能的に引きつけられてしまうその容姿に、古代オルメカの人々は神を割り当てた。そして、現代の私たちはそのかわいらしさを自らの魅力を引き立てる手段として用いている。
ちなみに、南米の彼ら”インディオ”は氷河期の終わりにアジアから渡っていった人々である可能性があり、そうならば私たちと遠くない親戚とも言える。マヤの壁画に描かれる人物表現に時折日本と共通する何かを感じるのは私だけだろうか。
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