ヘンリー・ムーアは、言わずとしれた近代英国を代表する世界的な彫刻家だ。幸い日本では、箱根の彫刻の森に比較的まとまったコレクションが展示されている。マッチ・ハダムとはいかないが、それなりの空間を空けた屋外で、近くに寄れないのが残念だが、恵まれた展示と言える。
ムーアの作品の特徴のひとつとして、穴がある。作品の多くに貫通した穴や大きな窪みがあけられている。それらはリズムを持って流れ、全体として大きな溝となっていることもある。
これらは、無意識のうちに作ってしまったというような曖昧な造形ではなく、明確な美的意識において研究された結果のものだ。
彼は、作品に生かすことが出来るアイデアの多くを、自然物(裸の人間だけでなく)から得ていた。木、石、草、骨など、普通のひとなら目もくれないような”なじみの”物たちから、彫刻的要素の源泉をくみ取ろうとした。穴が彫刻に与える影響力というものも、それらから得たのかもしれない。
「石片を貫いて開かれた最初の穴は、ひとつの啓示である。
穴は一方の面と他方と交通させ、オブジェの三次元的な正確をただちに増大させる。」
彫刻は、実と虚のせめぎ合いから生まれる芸術だが、視覚が捉えるのは実だけであることから、言語化され明示された彫刻の指針では、「実」についてだけが語られることが多い。そして実際にも、今でさえ、マッス(量)ばかりを盛り込んで肥大したような彫刻が多く作られる。
光を知るには夜が、白を知るには黒が、そして生を知るには死が必要なのと同じように、実を知るには虚が必要である。
そのことを、ムーアは石ころに見た。または、洞窟に。
「穴はそれ自体として、フォルムに対して、充実した塊と同じくらいの意味をもつことができる。空気を彫刻することは可能である。そのとき石は、目標とされ、眼に差し出されるフォルムとしては、穴しか含まなくなる。」
さて、彼の作品には、明らかに骨をモチーフとした作品が幾つかある。
彫刻の実体がまとう、空気の塊という双子の片割れのような存在はそこでも見る(感じる)ことが出来る。骨は、その形態そのものが、以前は筋肉をまとっていたものであるという意味で、虚の実在化のようなものだ。実と同等に虚を見つめていたムーアならば、そこに美を見出したのは自然なことだったろう。
画像はThe Hyde Park Historical Societyから無断借用。
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