2011年2月23日水曜日
Locking Piece 彫刻の強度
「噛み合った形」という作品.彫刻に必要な要素のほとんどが理想的な形状によって表現されている.1963年にヘンリー・ムアによって作られたこの彫刻は,3つのピースの組み合わせで成り立っている.大きな形状が上下に重なり,その間に小さな板状の形状が挟まれている.これらのピースが実際に3つであるのか,実際には単体で作られているのかは知らない.
ムアが,作品のヒントとして,彼が拾い上げた様々な自然物の形状を用いていたことは知られている.この作品が,骨をヒントとしていることはこの形状から明らかだ.上下の大きなピースは,主に2カ所で合わさっており,その片方は上の部位を下側が包み込むように噛み合って(ロッキング)いる.もう1つは,間に小さな板を介して合わさっている.骨で言えば,噛み合っている部分が関節部位である.板を介している方は,さながら椎骨と椎間板である.実際,椎骨の関節部位は,この作品と似た組み合わせを見せる.更に言えば,人体での腰椎の関節に近い.それは多分,他のほ乳類でも似ているだろう.椎骨は,ダルマ落としのように似た形状の骨が上下に重なっている.そして,上と下が重なることで,その間に神経が通るトンネルが作り出される.単体ではなく,複合体となることで形状に意味が現れるのは,この作品と同じである.
骨の美しさに気がつく芸術家は少なくないが,その美的要素を抽出し,彫刻として自立させることに成功した作家はムアしかいない.これは,ムアが,美に流されず,それをコントロールする術を身につけていたことを意味している.自然物の美しさの要素は「きりがない」ので,受け取る側に明確な意志がないと,まとまりが付かないものである.ムアの作品から読み取れる要素を集約すると,大きな面と大きな量,になると思われる.実はこれは,彫刻に強度を与える重要な要素である.
かつて,彫刻家の佐藤忠良が,ムアの凄さとして,小さなマケットを拡大しても作品の強さが変わらないことをあげていた.ムアは,掌に収まるような小さな試作から始めて,それを1メートルほどの「ワーキングモデル」に拡大し,最終的には数メートルに及ぶ作品に拡大するという行程を取っていた.大作の構成は全て掌の上で生まれたものである.作品の密度が,サイズによって変化することを知っていた佐藤忠良は,マケットと巨大な完成作が同様の緊張感を保っているムアの作品に驚いたのである.
この「マジック」のタネこそが,「大きな面と大きな量」にあると私は考えている.この作品に近づいて見ると,表面にはヘラやヤスリによるおおざっぱなテクスチュアが付けられているに過ぎない(これも重要な要素だが).ムアはとにかく,「大きな面と大きな量」を動かすという,”軸”から外れることなく作品を作っていたことで,作品の強さを変化させなかった.また,掌でマケットを作っているときから,頭の中ではそれが数メートルに拡大された時の事を考えていたはずだ.彼は,作品を小さな物から拡大するのではなく,自身が小さくなったり大きくなったりして,自分の作品を見ていたのだろう.
大きな量と量がぶつかり合って,1つの形を成す.その間にはトンネルが作られ,「実」の量の挟まれた「虚」の量が表される.それは,何かが通る予感である.それらは,全体をまとめる大きな面を乱すことはない.いや,それらの要素によって大きな面が作られている.
彫刻的な強さ,美しさには,細部など重要ではない.作品がそれを証明している.
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