YouTubeにいくつもの、ジャコメッティの動画が残されている。私はそれを知らなかった。それらを見ると、粘土の付け方や、湿らせておくための布の巻き方などが、映画「ファイナルポートレート」での俳優ジェフリー・ラッシュの動きとそっくりだと分かる。映画は、これらの映像を参考にしたのだ。
デッサンをするジャコメッティ 左手で消している |
また、ジャコメッティがデッサンをしている動画を見て、小学生の頃の私と同じ癖があることに気づいた。それは、右手で書いて左手で消すというもので、私はある時大人にそれを指摘されて気付いたのだ。これは利き手を矯正された結果の“両手利き”がすることらしい。確かに多くの人はそれをせず、消す時はペンを机に置いて消しゴムに持ち替える。ジャコメッティは、デッサン時に右手で描き左手で消していた。これは持ち変える動作によって作業が妨げられることがないので、一連の動きが流れるようにスムーズである。私自身は、やがてその持ち方をしなくなったが、今でも講義の板書において、自分の左側に書くときは左手を使うことがある。
デッサンをするジャコメッティの手元 右手に鉛筆、左手に消しゴムを持つ |
映画「ファイナルポートレート」での粘土造形のシーンでは俳優が両手で粘土をこねくり回していて、これは通常の粘土造形では利き手のみで粘土を付けるのと違うので、違和感を感じていた。ところが記録動画を見ると、なんとジャコメッティ本人が両手で粘土をこねくり回していた。その造形シーンで興味深いのは、左手に小さなポケットナイフを持っていることである。両手で粘土をこねて顔を造形しているのだが、時々、左手のナイフの小さな刃先で鋭い溝を刻み込む。なるほど、あの鋭さはナイフの刃先によるものであった。
両手を使うとすぐに分かることだが、自分の真ん中に横向き鏡を置いて見るように、左右対称の動きをする。両手一緒の動作は、それ自体がシンメトリー(左右対称性)を生み出す。ジャコメッティの細い造形や絵画が正面性が強く、またシンメトリーであることは、両手を用いる造形手法と密接であり、さらに言えば両手利き特有の世界の見方も関連しているかも知れない。
ナイフの刃先で粘土にデッサンしている |
人は何にせよ、自己経験に照らすことで対象を理解する。私は幼少時からシンメトリー形状への親近感が強かったのだが、それはもしかしたら、利き手を矯正したことによる両手利きが影響していたのではないかと、ジャコメッティの造形動画を見て思い至った。
それともう一つ、作家は誰でも、自らも気付いていないが、往々にして自分自身の顔に似た像を作っている。それはジャコメッティも同じで、つまりは輪郭がシャープで彫りが深く構造的な頭部は、ジャコメッティ自身の顔がそうなのだ。もし、彼がふくよかな体型の人物であったなら、あれら作品群は生まれていなかったかもしれない。
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