取り立てて喧伝するような活動をしているわけでもない私に、発表の機会を頂いた。同学会幹事でもあり今回の(そして常連の)発表者でもある小田先生の発案との事で、とても嬉しい。小田先生とは、多く話せなかったが、「(私が)いつも聞いているほうだから。もっと発表すべき」と言われたことが印象深い。
その小田先生がご自身の発表(筋骨格図の製作過程)の中で数回、「肋骨を描くのが辛くて辛くて、発狂しそうだった」という事を言っていて、そこに私は強く同感し頷いていた。「骨格に比べたら筋は簡単」というのも、全く同意である。骨格それも脊柱と肋骨は同じ形状の繰り返しで、中でも肋骨はほとんど同じカーブを何本も描く事になる。その上ただの縞模様を描くわけでもなく周辺構造との関連性や立体感を維持しながらそれをしなければならないので、非常に辛い。輪郭線から始めるとなると、一本の肋骨に対して上下に2本の線を描く事になり、また、肋骨と肋間の区別がその段階では表現されていないので、ただ何本も鉛筆のカーブが描かれているだけのように見えて、その確認でも精神を消耗するのだ。
私自身も、解剖図作成で体幹の骨格を描くのが最も気が重い。そんなのはしかし誰とも共有できるような感覚ではないと思っていたが、やはり他にもいたのだと分かっただけで今後は気が楽になるだろう。
私の発表内容は2016年末に出版した自著の製作過程の紹介だった。その中で、粘土写真を使った理由の説明過程で、解剖書の解剖図が現在のように前後上下の直交視点になったのは1858年のGrayからのように見えるが坂井先生にお聞きしたいと言ったところ、後の坂井先生の発表中に、Grayの木口木版で本文と同ページの印刷が可能になった事が影響しているだろうとの返答をいただいた。
発表後すぐ、坂井先生に「いやぁ、色々やってるんですねぇ。」と言われた。
その坂井先生の講演は、医学の立場からということで、「言葉 Literacy」を美と並置した内容であった。医学における美と言語の並置とは、つまり解剖図である。坂井先生の膨大な研究に基づく深い知識から掬い上げた簡潔な言葉で論理的かつ明解に組み上げられた発表は、ほとんどそれ自体が構築的作品である。「アルビヌスの解剖人は私たちの世界とは異なる悠久に立っているようだ」との言及は詩的で主観的にも聞こえるかもしれないが、それはアルビヌスの作画過程とその前後の解剖図と医学の変貌の流れを踏まえているからこその真実味なのだ。
剖出(ぼうしゅつ)に技としてのアートを見出している加藤さんの発表は、まさに解剖写真の“見どころ”を示していく内容だった。人体を内部構造を意識しながら造形する作家には直接的に役立つ情報の数々だった。よくできているものほど違和感がないので、そこに至る過程などは見えなくなるものだ。加藤さんによる剖出の丁寧さによって、そこに至る労力は見事に隠されていた。発表中の笑顔に解剖への態度が現れていた。
東大博物館の遠藤先生による司会のMCの安心感たるや真似できるものではない。私の発表中にそっと手渡された紙の切れ端には「そろそろ終わりましょう」と走り書きされていた。これは記念に取ってある。
会の後半は、演者の4名が前へ出て質疑やディスカッションを行う予定だったが時間がなく、数名の質疑応答のみ。「ヌードモデルの観察で、前と後の腸骨棘の関係性がずれて見えたことがあるが、動くのか」という質問には、全員から”動かない、ずれない”という回答。しかし質問者(学生)は”ずれていた”という実感があるのだから、その主観的事実を重視すべきだとも答えた。ずれたり動いたりはしないが、人間が自然物である以上、個体差として前後の高さが異なることは十分に有り得る。だから、それがどのように違和感を感じさせたのか、が知りたいところではあったが時間の関係上それ以上は話は進まなかった。私としては、そういう視点で人体を構築性から観察する学生がいることが嬉しい驚きである。確か彫刻科と言っていたような。
また、私の書籍で用いている材料が安価なものばかりなのはなぜか、という質問も受けた。まさしく、それが売りの一つと思っていた事なので気付いてもらえて嬉しかった。粘土で人体を造形するというのは非日常的行為なので、特殊な材料が必要になると実際に作ろうとするハードルが高まってしまうだろうと考えたからだ。芯材の価格は500円もしないものだが、それでも街のホームセンターなどには売っていないので、実はまだハードルは低くない。本当なら、100円ショップの材料で始めた方が良いのかもしれない。もちろん理想は、ダイソーが芯材を販売してくれることだが。懇親会にてこの質問をされた方と話すと、大学は違えど彫刻科出身との事だった。私よりずっと先輩だが。
美術解剖学という狭い領域に興味を持つ数少ない人々が集まれるこのような場から、次の展望が広がればと思う。
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