2015年6月20日土曜日

足らで事足る身こそ安けれ

 今は遠い学生時代。大学周辺は寺が多く、門前には説法のような文言が良く書かれていた。前を通ると何の気なしに読んでは、なるほどねと納得したりしていた。大抵は何が書いてあったかなどすぐ忘れてしまうが、1つの文言だけ今でも覚えている。

 「事足れば 足るにまかせて事足らず 足らで事足る身こそ安けれ」

 語感やリズム感が良い。つい口ずさんでみたくなる。けれども、その意味がすっと入ってくるわけではない。何度か口ずさみながら吟味すると、なるほどと分かる。つまりは、人の欲には底がないのだから欲さず質素が良い、という意味だ。
 大学生の頃は何でも欲する年頃なので、なるほど確かに欲しがることで結局苦悩も掻き込んでいるのかも知れぬと友人と話していた。

 しかし、それから何年も経って、ふとこの説法を思い出したときに、全く違う意味にも取れる事に気がついた。意味を変えてしまうのは最後の「安けれ」をどう捉えるか、による。安けれを「安泰」の意で見れば従来の意味だが、これを「意味の殆ど無いようなもの」として否定的に捉えるならば、文言の言わんとしている意味が180度変わってしまう。つまり、「満たされるという事を欲さぬ人生は意味がないほどに小さいものだ」となる。内容は変わらない。意味のニュアンスが変わる。このことに気付いたときは、何か行動しなければと心がどこか焦っていた。そのメンタリティが、「安けれ」を違う意味として読ませたのだろう。

 ところで、どちらが正しいのだろう。「結局満たされないのだから欲しなさんな」か「欲さぬ人生は安っぽい」のか。きっとどちらもだ。私たちは欲する存在であるし、それ故に決して欲が満たされることもない。この文言は、「こうしなさい」と言っているのではなく「こういうものだ」と示しているに過ぎない。だから、その時々で違う意味に聞こえるのだ。読み手の心を反射している。

 生きる以上は与えられる”欲”。ならばそれとどう向かい合うのか。それを問うている。

2015年6月1日月曜日

大巻伸嗣『Liminal Air Space-Time』を観て

 5月29日(金)に、六本木の森美術館で開催中の美術展覧会「シンプルなかたち展」を観た。どういうコンセプトの展示内容なのかさえ、実はあまり把握していなかった。同展に出品している作家から招待券を頂いたので、彼の展示作品を鑑賞しに行くだけのような気軽な気持ちで向かったに過ぎなかった。森美術館は六本木ヒルズの中にあるので周辺は賑やかで、さらに森美術館内では、別の展示室で開催中のスターウォーズ展に来ている若い人たちが大勢居た。目的である「シンプルなかたち展」へ入っていく人たちはむしろ少数に見えた。エントランスを過ぎて、一つめの展示室の壁際に大きな打製石器が見えて、「この展覧会はきっと面白い」という予感を得た。直ぐ隣にはル・コルビジェが集めていた小石などが展示されている。それらの中に、ヘンリー・ムーアの小彫刻が置かれている。この時点で、かなり私の興味どころにピントがあった”めったにない”展覧会だと確信した。その後の、多くの展示作品や展示物について感想をひとつひとつ書くことはしないが、展示数も多く、質も高く、かつ分かりやすく、非常に上質な(そして私好みな)展覧会で、非常な満足感を得た。展示物のそれぞれも魅力的で、かつ全体の構成も調和がとれているなかで、特に印象に残った作品が、招待券を頂いた作家の作品だった。

 様々に趣向を凝らした展示作品の中に、招待券を頂いた大巻伸嗣氏の作品もあった。氏の作品はひとつの部屋をつかったものなので、作品が”ある”というより”観る”といったほうが正しいかもしれない。部屋のように区切られた奥の壁は前面のガラス張りで、六本木の50階以上の高さからの景色が見えている。当日は雨天だったので白くかすんでいて、それが白壁の室内と緩やかに連続しまとまりを作り上げていた。きっと晴天だと印象が全く変わるだろう。そのガラスの手前で、巨大な白いメッシュ地のシートが下から風を受けて舞っている。シート下の床には送風口が設けられ、そこから上へ向けて送風されているのだ。送風はコントロールされていて、その風を受けたシートはゆっくりと様々な波を空中で作り続ける。鑑賞者はその展示室の入り口側から、部屋内で舞い続けるシートを窓越しの霞んだ都会の景色を借景にして観るのである。全てが白い拡散光に覆われ、視覚的にも静かな光景だ。聞こえるのはかすかな送風機のファンの音で、シートが高く舞い上がる直前に回転数が上がる音が耳に届く。それはシートの視覚的挙動の前触れとして。送風のスリットは床の四隅と真ん中に1つの計5つで、そこから様々なタイミングと強度で風が上へ送り出される。その風は白いメッシュに受け止められ、その形を流動的に変化させる。風で作り出されるひとつひとつの波は緩やかで大きく、その挙動を私たちの目で追い続けることができる。大きな波同士は時にぶつかり、ひとつの大きな波となる。大きな波の表面に小じわのように小さな波が起こりさざ波のように流れ消えていく。送風のタイミングや強弱は機械制御で繰り返しているのかもしれないが、室内の様々な偶発的要素によって、同じ形の波は二度と表れることはない。暫く舞った後で、全てのファンが停止するとシートはゆっくりの自重と空気抵抗とで床に降りて行き、まもなくぴったりと白い床に広がって止まる。数秒の静寂の後に、ファンが音を立てて回り静かだが力強く空気を振動させると、シートにおおきな膨らみが形成されそれはやがてシートそのものを天井へ向けて再び持ち上げる。四角いシートの4つの角には目立たない小さなリングが付けられていて、それが床と天井との間に張られた同じく目立たないワイヤーに通されている。そのためにシートは風で一箇所にまとめ上げられたり、外にはじき出されたりすることなく上下に舞い続けることができる。

 風というものを、私たちは経験的に知っている。けれど、風とは何だろうか。風は私たちのどの感覚器で感じ取られる対象なのか。風は音を立てる。強風は「ピューピュー」と言う。風は草木を揺らす。風にそよぐ草木を私たちは見る。また風は涼を運ぶ。夕暮れ時の涼しい風を肌で感じる。強い風は思い大きな物さえ動かす力を持つ。時にそれは街を破壊するほどだ。私たちは風を五感で知っている。けれども、風そのものを見ることも掴むこともできない。大巻氏の作品の白いメッシュシートは、感じれども見られぬ風を視覚的に見せる変換装置としても存在する。我々はシートを通して風を見るのである。けれどもその時風はシートにぶつかり、捉えられ、シート下を横に広がり、シートの断端から再び私たちの目で見えない室内空間へと流れ出ていく。つまり、私たちが見るシートを通しての風は、視覚的媒体(すなわちシート)にぶつかって物理的変化を与えられた風である。ここで気付くのだ。私たちの五感で捉えられる形に変換された風だけが、私たちにとっての風という存在であると。私たちにとって、気付けぬものはすなわち存在しない。しかし、それがひとたび感覚できる形に変換されたとき、突如として我々の眼前に表れる。こうして、「見えぬけれどもあるんだよ」という事実を改めて飲み込むのだ。また、むく犬に化けてファウストの書斎に入り込んだ悪魔メフィストフェレスの「光は闇の一部に過ぎぬ」という文句を思い出す。そして、私たち自身が信じる”自意識”の知り得ぬ根源を思う。
 また、この波打つシートは、それが空間上でそう振る舞えるためには、シートを境界とした「差」がそうさせていることに気付かなければならない。一言で言うなら、圧差である。ファンによって作り出された風はシートの下面に風圧を与え、その押し上げる力がシートの重量に勝ることで空中に持ち上げられる。シートという膜が空間を隔てることで、そこに差が生じ、その力すなわちエネルギーが膜を動かしている。ここでシートを膜と言い直したのは、エネルギーによって運動を与えられるシートに細胞膜を見たからである。生物の基本単位である細胞を規定するための大前提こそが細胞膜にほかならない。リン脂質の集まりであるこの形質膜によって空間が仕切られることで始めて生物がこの立体世界に存在可能となる。その膜は、決して水を入れた風船のゴム膜のように閉鎖し動かぬものではなく、周囲の液体や物質と常に動的に繋がりあっている。きっとそのダイナミックに動き続ける様を私たちの肉眼的視覚に置き換えてみるならば、この白いシートのようだろう。そう思ったのである。細胞にとって生きているという状態は、細胞膜を介した内と外の不断の連絡のことであり、その連絡を起こさせる原動力こそが内外の「差」にほかならないのである。だから、この差が見られなくなる状態は細胞の死を意味する。白い空間を風圧による差で揺らめいていたシートは、送風が止まると緩やかに下降してやがて床上で全ての動きを止める。それは、まさしく現象としての生の消えた状態、死であった。会場において、シートが床に落ちて動かなくなったそのタイミングで立ち去る鑑賞者が多い。それは、私たちが「不動は終わり」という概念を予め持っていることを指し示している。私たち「動く物」すなわち動物は、動から静という運動の流れに生から死を見るのである。そこから数秒すると送風機が再稼働し、シートに有機的なドームが形成されるやいなや全体が浮上を始める。ここに私たちは「再生」もしくは「新生」を見るのではないだろうか。それは、「誕生」とは違う。誕生は生から新たな生が生まれる事を言う。動かぬことでその物質的側面を露わにしていたシートが、風という見えぬ力によって動き出すその様は、数十億年前の海の中で生命がまさしく新生したその瞬間を思わせる。生命”現象”が物質と出会うことで生命体が生まれた。そういった生命の始原の感動的な現場を垣間見たような気持ちにさせられる。これを、シートが下降して停止した連続として見るならば、「再生」としての意味が与えられるだろう。空気によっていま再び持ち上げられたシートを、35億年の形質膜の歴史と重ねて見ていると、緩やかに凹凸を変化させ続けるシートの上面が、大陸形成のダイナミズムともオーバーラップしてくる。私たち人間個人のライフサイクルで主観的に捉えられる大地は、基本的に不動のものである。しかし、最近の全地球的な地震活動や火山噴火の活動化からも分かるように、大地もまた常に動き続けている。そのような数千万年から億年単位での大地の動きをタイムラプスで見せてくれているような、はたまたタイムマシンにでも乗って変化する大地を俯瞰しているような気分にもなって楽しい。

 彫刻家である大巻氏の現在の活動内容は古典的彫刻家のそれを越えているが、この作品を観て、その触覚感と空間への強い意識に、まぎれもない彫刻家のセンスを強く感じ取った。彫刻に限らず芸術は、有史以来の幾つかの通過点において革新的な概念が付け加えられ、もしくは変革されてきた。美術の教科書などで出てくる作家たちの多くはその立役者たちである。彫刻に限れば、それは人間や動物の外形を他の物質に置き換えるという根源的かつ重要な発見から始まり、それ以降さまざまな概念や技法が付け加えられもしくは取り替えられてきた。前世紀の初頭から先の大戦以降になると彫刻表現は大きな広がりを見せ、その多様性の雑多としたありさまから、新規的表現のなかに従来見出すことのできた筋の通ったレールはもはや探すことさえ困難に思える。若い彫刻インサイダー達にはある焦りがある。彫刻表現は今後どこへ向かうのかと。そういった模索が、表現を通して多くの現代作家たちが意識的無意識的を問わず繰り返しているのだ。そういった現状にあって、この『liminal air space-time』は、そのひとつの方向性を明確な鮮やかさを持って示しているように思われた。
 まず第一に、作品が実際に存在しているという事実である。彫刻でも絵画でも人体像はあるが、実世界に物質として存在するのは彫刻の人体像だけだ。この「実際に存在する」という事実はそのまま私たち自身の存在感と繋がっている。私たちが絵画のような仮想的存在ではないのと同様の現実感を持って彫刻はそこにある。そして、現実界に存在するには、無と有とを分ける境界がなければならない。それが肉体での皮膚であり、細胞での細胞膜であり、彫刻での作品表面であり、この作品での白いシートの膜面にほかならない。
 命無き物質である彫刻に生命感を宿らせるために彫刻家が重要視する表面造形の方法論がある。それは、「内から外へ押し出せ」というもので、その形状がもたらす膨張感が生命観を観るものに与えるとされる。勿論、押し出すだけでは単なる膨張する球体となるに過ぎない。実際の形状は凹凸に溢れているのであって、つまりこの言葉が意味することは、理想的な膨張感を得られるための凹凸術を駆使せよということになる。ロダンも彫刻は凹凸の芸術であると言ったし、日本近代彫刻の立役者の1人である石井鶴三の「でこぼこのオバケ」の”でこぼこ”とはそのことだろう。結局はでこぼこの妙味が重要なのである。そして、でこぼこの出っ張りはあくまでも内からの押し出しに由来せねばならない。その膨張感は成長や筋の緊張を想起させる。膨張は収縮を感覚の内にはらみ、その連続は心臓の鼓動へと連想させる。2つの運動の繰り返しが生み出すリズムは、全ての生命現象の根底に横たわっている。要するに、膨張と収縮の形態が表象しているのは、あくまでも生命的な動勢なのだ。
 彫刻というのは静止している。しかし、鑑賞者にとってそれらは止まってはいない。彫刻家はでこぼこや姿勢などを制御することで、見る者の心象に、動くそれを再現させうるのである。だから、歩いているところを作る彫刻作品と、歩いている人を撮影した写真とは違うものである。少なくとも写真機が普及するまでの「動き」とは、あくまでも動きのなかでのみ見出されるものであって、その瞬間の像というのは想像するしかない対象だったのだ。まさにその過渡期に活躍したロダンは、ポーズの設定などでモデルを撮影した写真を残している。しかし、両者の根本的な違いを理解していた彼は、写真で撮られた歩く姿勢を真似して作ったところでその作品には動勢を感じることはできないと言った。彫刻で扱う動きは動勢であって、機械的で客観的な動きの事実とは違うのである。
 白い部屋で緩やかに舞う白いシートは、風によって大きなドームを形成し、複数のそれが時にぶつかり合いひとつになる。そこには膨らみと凹みが立体的波形の振幅として繰り返し現れては消える。それは有機的であり、何より「実際に動いている」。動きを持つ生命を表現する彫刻において、動勢をどう表すのかは永遠のテーマだと言って良いだろう。本展覧会の会場には、それらに迫ったかつての芸術家たちの作品も多数展示されている。たとえば、大巻氏の展示物のすぐ向かいには飛行機のプロペラが展示され、またプロペラと同様のコンセプトを内在するブランクーシの『空間の鳥』がそのとなりに置かれている。前世紀の初頭、飛行機がプロペラを回転させて大空へ舞うのを見た芸術家は、空気を捉えて動かすというプロペラの羽の機能美に人間の作為を越えた造形の力を感じ取ったに違いない。だからこそ、ブランクーシはその形状からインスパイアされ、空間の鳥という作品形状を通して目に直接見えぬ空気とそこを生きる場とする形状(鳥であり飛行機であり、プロペラ)の抽象化に挑んだのでは無かろうか。目に見えぬ空気という存在を、それを表象する対象によって表現したかつての彫刻と、大巻氏の白いシートとは同じレール上にある。ただ大きく違うことは、このシートは実際に空気をまとって動いているということだ。彫刻は、本来的には動かないものである。動かぬ中に、動勢や生命感を感じさせるものだ。この最大の利点は、時間のベクトルがそこにないことで、そのために鑑賞者がそれを見たときがいつでも彫刻的時間のスタートとなる。流れぬ時間ゆえに、始まりと終わりを同居させることも可能である。その意味で彫刻は4時限的な表現媒体であると言えよう。目を動かせばいつでもイントロであり、同時にクライマックスがあり、トータルでの協奏も常に流れるのである。大巻氏の作品はそこが違う。ここでは実際に時が流れている。私たちの生命時間と同じ流れがそこにある。うごめくシートを5分鑑賞する間に私たちは5分歳を取る。送風が始まってシートが舞い、送風が止まってシートが落ちる一連はその場で時間を削って鑑賞しなければならないのである。そこに登場する時系列のドラマは、音楽を思わせる。この重要な点においては、彫刻を逸脱している。動く彫刻が今まで無かったわけではない。だが、例えばカルダーのモビールと同列ではないことは明確だ。なぜなら、『liminal air space-time』はその始まりと終わりの物語が明確にプログラミングされている。我々鑑賞者は、作者である大巻氏の組み立てたストーリー(もしくは楽曲と言っても良い)を彼の意図したとおりに見なければならない。ちょうど大巻氏は作曲家のようだ。ただし映画監督ではない。これは映像作品ではないのだから。もしくは、強引に動く彫刻的な流れに押し込むならば、18世紀半ば頃にフランスなどで流行したオートマタに近いだろう。機械仕掛けで命を吹き込まれた人形たちは、作家が予め意図したとおりに動くことで当時の鑑賞者を驚かせた。彼らは、命の無い人形が動くことで生命を感じることに驚くのだ。では生命とは動きのことか。では動き生きる自分は機械に過ぎぬかと。大巻氏の白いシートはもはや人の形はしていないが、機械仕掛けで空気を送り込まれ一時の時間を有機的にうごめく様は、機械人形と似通って見える。18世紀においては、人の命は、人の形をしていなければならなかった。まだ、概念においても形が重要だったのである。しかし、この頃から科学を通した世界の見え方が変わってくる。つまり、物質から概念的な存在論が科学的根拠を伴って唱えられるようになっていくのだ。その萌芽は遠く古代ギリシア哲学からすでにあったが、中世、ルネサンスを越えて17世紀に入るといよいよ加速していったかに見える。現代における人体の基礎医学的視点は大きく解剖学と生理学とに分けるが、その生理学つまり機能としての人体という視点の実質的始まりとして17世紀のハーヴェイの血液循環論がある。その後まもないデカルトの動物機械論はオートマタに影響を少なからず与えているだろう。このプレ・オートマタ期において、生命現象はある程度明確に物質と魂とに分割された。目に見えぬ空気は魂側に割り振られた。これが、やがて科学的に発見され始めるのが18世紀である。ボイルによって燃焼と生命現象に空気が等しく必要であることが分かり、ラヴォアジェによって呼吸の神秘性は酸素と二酸化炭素の交換であることが明らかになる。神の形と同等であった人の形は、19世紀になるとサルや魚と同等であると言われるのだ。そうして20世紀の戦後には、私たちの形はたった4つの塩基配列を元にした「情報」から作り出されると解釈されるようになった。今や、形の根源的重要性は薄れ、それは隠されていた情報から生み出された結果に過ぎないとさえ言われるのである。同展覧会の図録にパウル・クレーの言葉が載せてある。「かたちとは終局であり、死である。形成こそ〈生〉なのだ」。近代において、私たちは形とは結晶のように結果的構造物として捉えるようになっていった。それは私たち自身の身体も同様である。いまや重要なのは、今を生きるこの肉体ではなく細胞内の塩基配列、すなわちDNAの情報であると言い切れてしまうほどだ。このような物質から情報への身体観のパラダイム・シフトが、当然ながら芸術における身体表現にも反映する。身体を人体形状ではなく、現象や動き、概念や情報といった代替的表象で表すようになる。そういう流れにあって、上記のクレーのような言葉が発せられるわけである。風ではためく本作品は絶え間なく運動を引き起こし、その結果としてシートに膨らみを”形成”する。それは決して留まらない。私たちは形成の連続に生命を見る。

 芸術に新たな概念が付け加わるとき、しばしばそれらは驚くほど単純な形で私たちの眼前に現れる。同展覧会にも展示されていたフォンタナの『空間概念』はその端的な例である。同作の素材と言えば、全面が単色に塗られたキャンバスだけだ。それを刃物で数筋の切り目を入れただけの作品。たったそれだけで、絵画の平面性とキャンバスの立体性を繋げて見せた。穴によって次元を広げたのである。大巻氏の『liminal air space-time』で私たちの視覚に映る物は巨大な白いシートだけだ。もちろん、インスタレーション作品としての装置全体で見れば、送風機や空間の必要性など多くの物が関与しているけれども、それら舞台装置を裏にして、私たちの感覚に変化を及ぼす具体的な視覚装置はシートだけである。そして、そのシートに命を与えるものは風だけだ。つまり、主な役者はシートと風だけなのだ。このシンプルでどこにでもあり、誰でも見たことがあるような現象から、今まで見落としてきたような気付かなかったような新しい感覚を導き出す鮮やかさがここにはある。それは清々しさを見る者に与える。作者が彫刻家であることから、私は同作を彫刻として見てきた。そうすることで、現代彫刻が模索する方向の1つを示唆しているさまも垣間見えた。ただ同作の鑑賞には時間の流れを必要とする点は、彫刻の概念から大きく逸脱するものである。それをどう捉えるかは様々だが、「彫刻の鑑賞」方法に一石を投じるものでもあろう。かつて彫刻は建築の一部であり、その意味において私たちを周囲から取り囲んでいた。やがて彫刻は分離したが、今ふたたび新しい形で鑑賞者を取り囲もうとしているのかもしれない。

 人類の造形した芸術物で最も古い発見物は彫刻である。数万年にわたり、私たちは形にこそ命は宿ると信じてきた。しかしその人類史的記憶に基づく感覚は整理分割され、命は現象であると捉えられるようになった。現象が物質と関係することが形成であり、その結果が形だと言うのだ。その物言いに従うなら、永く彫刻家は最終生成物を造形し、そこからそれ以前を感覚的に蘇らせようとしてきたことになる。クレーのように過激に言えば、彫刻家は死体から生きた姿を想像させようとしてきたのだ。そういった流れの末端において、大巻氏の同作は、形成そのものに目を向けさせようとしている。

 彫刻の今はどうなっているのか。彫刻に今何が起こっているのか。彫刻はこの先どうなっていくのか。ゆっくりとはためく白いシートは存在の境界でありつつ、彫刻表現そのものの境界でもあるように思えた。

2015年5月25日月曜日

教育。未来をつくる自由時間

 意思、文明がいつ芽生えたか。そんな答えのない疑問に時々思いを巡らせる。それらが生まれた具体的な事象や時間についてはそれこそ確認のしようがないことだが、生まれたきっかけや原因については「こうであろう」と推測することは可能だ。なぜなら、私たち自身の身体がそういった歴史を通り抜けてきた形なのだから。

 都会では、移動に何かと電車やバスを利用する。乗り物に乗ってしまえば後は運んでくれるから、その間に読書もできる。公共移動機関がない時代は自分で歩いていたので、読書などできない。つまり、社会が安定しシステムが整うと、それまで自分でしていたことをしなくてもよくなり、その分の「自由時間」が手に入るようになる。意識、文明というのはこの自由時間を手にしたことが大きいのではないか。
 生活のために全てを自分でしているうちは、その事だけに手一杯で、自分の周り以外からの情報を入手して世界を広げることなどできないだろう。流れ作業の中で考え事をすることはできても、自分の内のものをこね回しているだけでは、広がりに限界がある。自分が知らなかったこと、持っていなかった知識、そういう「外からのもの」を入手することが、自己世界を広げることに繋がっている。しかし、それら自分の内に無かったものを自分のものにするには時間が必要なのだ。理解する時間が。そういう事に時間が裂けるようになり、「知のちから」を知ることから発展して文明が気付かれていったのではなかろうか。

 文明の前に意思が生まれていただろうが、その記録として古代芸術が指針となろう。出土した最も古い時代の頃はまだ狩猟時代だ。それでも、狩猟の技術が高度化し、きっと獲物も豊富な時代で、狩りをして生きる事だけに全生命を傾けなくてもよい時代になっていたのだろうと想像する。そんな中で心に自由時間が生まれ、自意識に気付き、芸術を生み出し、知の記録と伝承という文明への準備が始まった。そういった心の準備が整っていたからこそ、やがて小麦を栽培するという農業革命も起こりえたに違いない。そこには高度な知識の伝達が不可欠だからだ。

 現代では、知の伝達はだいぶ体系立っている。「学校で学ぶ」という一連の仕組みは、言わば生きる事に直結していない自由時間を「有効なしくみ」として明確に生活から分離して与えるものである。重要なのは「今を生きることに直結していない」ということだ。今を生き残る訓練だけをしていては先の発展が起こらないのである。特に義務教育課程においては、そのような「ハウツーもの」は必要としない。それらは各家庭で親家族から得るものとしているのだろう。時々、「因数分解や理科の実験など社会で必要か」などという素朴な疑問を聞くが、答えは上記の通りだ。もしくは繰り返し言うなら、人類は長い時間を過ごした「生きるためだけの知識の習得と実践」という自転車操業的な低い発展性の時代から、やっと手に入れた自由時間を利用して、知を集積し伝達することによって文明を作り出した。それを現代的には教育と呼ぶのである。
 我々はそこに、文明と私たち自身の未来への更なる拡張の可能性を託しているのに他ならない。可能性を広げておくには、具体的な目的は掲げられない。だから、学校で学ぶことは、明日必要なことではない。そこで知ることは「広がる未来を生み出すピース」のひとつひとつなのだ。

2015年5月18日月曜日

解剖学知らずの美術解剖学

 解剖学を知らない解剖学者はいない。その言い方自体が言葉としても矛盾している。
 一方で、解剖学を知らずに美術解剖学に携わっている人は少なくないようだ。

 解剖学は、恐らく一般的に思われている以上に、形に対して厳格だ。それは様々な医療行為とも密接に関係してくるから当然なのである。
 しかし、現代の美術解剖学には、解剖学に見られるような形への厳格さを感じない。図版では骨や筋が描かれていても、その形や構造関係には無頓着なものがほとんどである。これには多分、人の形へのアプローチの違いが表れている。解剖学は、そもそも体内の器官そのものへの興味から始まっているから、自ずとそれらの形態や相互関係が重要になる。一方の美術解剖学に携わる人の多くは美術関係者であって、美術における人体とは、あくまで「人の形」をした統合体から始まっている。だから、彼らにとって体内の器官、つまり個々の骨や筋は、人の形を構成するパーツでしかないのである。パーツが組み合わさった統合体としての人体は、人体デッサンやプロポーションなど、別のアプローチで体得するから問題ないと漠然と思われているのだろう。

 結果的に、美術解剖学的に描かれた筋骨格図を見ると、その多くが、個々の部位の位置関係に無頓着なものになる。それは、解剖学を知らない者が見れば何でもないだろうが、知っている者の目にはひどく異様に映るのである。

 以前、画家が描いた仰向けに寝ている全身骨格のデッサンを見た解剖学者が「これは立っている骨格を見て描きましたね」と言い当てていた。もし、解剖学的視点を盛り込みたいのなら、骨格や筋を覚えるだけではなく、分解した各所の再構築(つまり統合体としての人体)にまで意識を持っていくことが大事な基礎である。

2015年4月24日金曜日

知るにはまず信じよ


 ある物事について知るということはどういうことか。どのような過程で私たちはそれを知るのか。知るということはその事を信じるということだ。

 私たちは、この世に生まれ出でたとき、人間社会で生活するすべのほぼ全てを知らない。やがてそれを、家族から知り、学校というコミュニティで学び、実社会で経験していくことで知っていく。
 知ることが人間としての成長と繋がっているのだとするなら、良き成長には良き知る能力が不可欠であって、それはつまり「良き信じる能力」を指してもいる。世界を、社会を、隣人を知るには、それらを信じることができなければならない。

 信じることができて始めて知ることができるのだ。私たちが何かを知るとき、気付いていないかも知れないが、そのすぐ前にある「信じる、という門」をまず開けている。知ることで信じられるのではない。信じることが知ることに繋がっているのである。
 
 私たち人類は、教育を通してある一定の価値観を共有し、それによって集団の安定をはかり向上を目指し続けている。この互いの知識、価値観を共有する過程において重要なことが、互いを知り、世界を知るということにある。もし、人間以外の動物のように、信じることを知らず、本能が導くことだけを頼りにしていたならば、現在の人類文明はありえないだろう。根本的には根拠がないけれど相手をまず信じるという能力が、その先の「知る」へと導き、その知の連鎖が文明を文化を形成させるに至ったのだ。信じるというのは人類が持つ特有の、そして強力な能力であると思う。
 日本人は少年期の9年間は義務として教育を受ける。その間に学んだことを全て覚え活用するとは限らないが、様々な形でその後の人生のベースとして役立っている。この、学校教育で知る学業的知識に限ってみても、私たちはまず先生を、教科書の記述を信じることから始まっている。「信じ」て歩みを進めてみることで始めてそれが真実だと「知る」。

 信じることで得られる絶大なる効力を、私たち人類は経験的に、つまりほとんど本能的に感じ取っているのだろう。信じるという行為がより強調された活動として宗教も生まれたのではないだろうか。宗教は「信じる」という行為が高度に純化された活動である。

 知識が大事とはよく聞くが、信じることが大事とは余り聞かない。だが、知識は信じることの先の話なのだから、本当ならまず「信じる能力」を磨く必要があるのだろう。

 疑念は知ることを疎外する。「信じられない」「信じることができない」ということは、知ることの放棄を意味している。信じられない人生は偶然だけに任せられ、その世界は一向に拡張しないだろう。その人は疑念と呼ばれる閉じられた小部屋で生き続けることになるのだ。
 恐れもまた疑念を生む。しかし、疑念は恐れより恐ろしいのだ。疑念は恐れの穴をより深く掘る。恐れを克服するには信じなければならない。しかし、疑念で掘られた穴に塡り込む人は多い。

 「信じるものは救われる」という言葉があるが、何も宗教にしかあてはまらない言葉ではない。これは人類にとって真理でさえある。私たちの遠い先祖も、まだ見ぬ新天地がきっとあると「信じて」歩み続けてきた。私たち人類はそもそも皆「信ずる者」なのだ。