境界が気になる。いつからか、境界が興味深く感じるようになった。世界は境界に溢れている。あまりにも多いから例は挙げないが、中でも私が興味深く感じるのは、道を歩いていて、緑地など自然状態の場所とアスファルトなど人工的な場所との境界。自然と人工がぶつかり合う場所。また、もっと自然な状態で劇的な境界を見せるのは、水辺だ。海の岩場などで水面を覗くと、そこには地上では生きられない動植物がいる。すぐそこに居るのに違う世界。その境界は水面。水中と陸上の境界は劇的だ。また違った趣きの境界を見せるのは、街にある神社。参拝者は社の奥に向かって祈るわけだが、建物の後側に回ってみると、その先には住宅やビルが建っている。建物の後の壁が信じる気持ちの結界として働いているわけだ。神社仏閣、教会などの建物の壁は、家やビルの壁とは存在の意味合いが違うのだ。
同様の境界は、私たち自身の体にもある。そもそも外部との境界が無ければ生物は存在できない。複合的かつ複雑な構造物となった私たちの体では、その内部にも多くの境界があって、そこが気になってしょうがない。いくつもあって、具体的に挙げていきたいけれど今は時間がないので、また今度。
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