4足動物を思わせる有機的な動きで注目を集めた、ボストン・ダイナミックス社のロボット。軍事利用を想定して開発されたそうだが、まだ時期尚早ということで米軍の計画からは外されたそうだ。そこでなのか、今回の発表は一本の腕を加えて、家庭用ロボットとしての可能性を感じさせるプレゼンテーション動画に仕上がっている。
一本の腕は、四つ足動物の頭と頸のように見える。いや、我々にはそうとしか見えない。その事実が、私たちの頭頸部の存在について興味深い気付きを与えてくれる。
私たち人類は、腕と手を器用に使うことで様々な道具を作成し仕事をこなす。人間にとってはそれが当たり前だが、それ以外の4つ足動物を見れば、腕もまた主には移動のための器官であることが分かる。つまり、私たちの腕もかつては移動のための道具であったわけだ。動物界を見回せば、腕つまり前肢を移動手段から独立させた生き物はほとんどいない。そんな彼らが「腕」として用いているものこそ、他でもない頸と頭なのだ。脊椎動物の頸部は、進化の過程で魚類が上陸してから獲得したと言われる。確かに、水棲脊椎動物は頸部を持たない。頸を動かすイルカの一部の仲間がいるが、彼らはかつては陸上動物だった。上陸すると共に抗わなければならないのは重力である。重力に拮抗して身体を支え動かさなければならない。素早い移動のためには身体を地面から離す必要がある。安定して離すには机や椅子同様に4つの支柱が最適だった。すなわち体肢(前肢と後肢)である。4本支柱は動かない時は勿論、移動時も3本支柱で身体を支えながら残りの1本を前方へ伸ばすことが可能である。3本支柱では動かない時はそれでいいが(カメラの3脚のように)、動こうとすると必ず2本支柱にならざるを得ないので倒れてしまうのだ。胸びれと腹びれがちょうど2対だったことも功を奏しただろうが、最小限で最大の効果を得ようとする生物身体構造の特徴からも4本脚はベストだったということだろう。ともあれ、そうして陸上での移動が可能になった。そうしながら自分の周囲を睥睨し、獲物を捕らえる際の繊細で俊敏な動きは前肢より頭方で行われることになった。その為に頸部が生まれた。頸部は可動範囲を拡げるために肋骨を極度に短くして、径も細くした。頸部内の臓器はだからほとんど管だけだ。頸の尖端に頭部を掲げ、そこには周囲を捉える特殊感覚器を集中的に配置している。すなわち、目、鼻、耳である。そして顎にはさまざまな獲物獲得の「器具」が備えられる。強力な顎そのものも獲得器だがそこの尖った歯を備えたり、舌もその道具として活躍している。それら道具は精緻な感覚器によって可能な限り正確な動きを発揮するのである。つまり、頭頸部は今の私たちの腕と手の働きをしているのである。その機能性の優秀さは採用された年月を見れば明らかだろう。脊椎動物が上陸してから今まで実に3億6500万年の間使われ続けるヒット・デザインである。しかし、最後の数100万年前に私たち人類の祖先がそのデザインに疑問を投げかけ、別の可能性を探り、そして採用した。それが、直立二足歩行に伴う前肢の移動運動からの解放とその作業肢としての改変である。腕と手の仕事はだから、それまでの頭頸部の仕事よりも精緻で高度でなければ意味がないのである。実際それが大成功を収めたのは人類文明を見れば明らかである。
ボストン・ダイナミックス社の1本腕付きロボット「SpotMini」のそれは、脊椎動物のヒット・デザインをそのまま模していると言える。そして、彼らがそれを「頭頸部」と言わずに「腕」と言うとき、私たちは脊椎動物の頭頸部がそもそもどのような需要から生まれてきたのかを再発見するのだ。
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