2009年4月7日火曜日

人体と芸術における、進化という相同性

人体は、西洋の宗教で言われるように始めから人間の形をしていたわけではない、ということは日本ではほぼ常識だろう。そして、私たちの祖先が猿と共通であり、言い換えれば、その時代では、猿も人間も同じ動物(それは猿に見える)だった。このことも今では常識であり、私たちは猿と自分の体に用意に多くの相同性を見いだす事が出来る。

そして、その進化の過程をさらに遡っていくと、ほ乳類共通の祖先となり、は虫類となり、両生類、そして陸から水中へと戻り、魚となる。

「私たちはかつて、猿だった」と言われることは納得できるが、「私たちはかつて、魚だった」と言われると何だか奇妙な感じがするのは、時間が離れすぎてしまったからだろうか。しかし、それはまぎれもない事実であり、現に今でも私たちの体には水に生きし頃の名残が各所に残っている。

頭の骨と鎖骨には魚の頭の名残があり、下あごや耳などはエラの名残。手足がヒレだったのは想像にやさしい。


そうして見ていくと、私たち人間の形は、魚の形の改変版であることに気づく。私の形のオリジナルは魚である。ここで細かい事を言うと、魚と言っても私たちの身近な硬い骨を持ったものと、それを持たないものがいて、持たないもののほうがより古い。これにはサメの仲間やシーラカンスがある。

改変版であるから、ゼロから新しいものを作り出すのでなく、既にあるものを変化させることで、魚は陸へ上がりやがて人間になったと言える。まったく、身震いするほどの壮大さである。


水から陸にあがるに際して、長らく使い慣れた環境は捨てるには忍びなく、それを持ったままにした。海水である。今は、体液と呼んでいる。かつて、水中で物を見ていたから、今も目は濡らしている。かつて、水中の匂いを嗅いでいたから鼻の中は濡らしている。かつて、水中の音を聞いていたから、内耳で空気振動を液体振動に”戻して”聞いている。最も大事な脳脊髄は今でも液体に浮かばせたままだ。

このように、いまや全く関連性が無いように見える魚と人間は、進化という一本線で繋がっている。


さて、魚から独り立ちした人間はやがて芸術を生み出した。現在、芸術とその他学問は一線を画しているように見える。しかし、それらは歴史を遡っていくと、分け隔てていた壁は曖昧になり、両者は渾然一体となる。科学と錬金術は同じであり、呪術と医学は同じであり、哲学と芸術は同じであり、天文学と宗教は同じであり、それら全てが同じであった。それらは、成熟と共に各自、決別の道を歩んでいった。


私たちの体がある日突然出来たのではないのと同じように、それらもある日突然そこにあったのではないということを思い出そう。それらは、全て、私たち自身の理解という根に今でも繋がっているのだ。


おのおのの学問が特性を際立たせてきたなかで、比較的原始的な特徴を残しているもの、それが芸術だ。

学問がお互いの壁を高くさせ、自己領域の探求という穴を深く穿っていくなかで、芸術はむしろ常に壁を取り壊すベクトルを持ち続けている。各学問領域がそうやって断片化していくにつれ、その間を軽々と飛び越えてゆくTranslimitとでも言える性質が際立つ。

そもそも、本来学問は互いの関係を断っては存在できないはずだ。私たちが水との関連性を断てないのと同じように。

しかし、Translimitが本性の芸術が、それを捨てようとしているように見える事がある。芸術とは、多領域の複合体である。真の意味での「芸術至上主義」など存在しようがない。他者との関係性を断ち、一人きりのアートを志すことは、私たち人間が進化の果てにここに立っていることを忘れ、あたかも我は神なりとでもつぶやきだしたようなもので、必ず退廃するだろう。


かつて、歴史上において芸術が発展したとき、その芸術はその時代において何であったのかを見返してみれば、芸術復興の鍵をそこに見つける事が出来るかもしれない。

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