2017年9月9日土曜日

ホックニーの『秘密の知識』

 デイヴィッド・ホックニーの『秘密の知識』は、複数の意味でとても興味深い書籍だ。

 まず、この本の内容が研究であること。始め、ホックニーの画集だろうと思って開く人がほとんどのはずだ。ところが中は膨大なルネサンス絵画から近代までの写実的人物画で埋め尽くされているので、戸惑ってしまう。一体、この本がなんなのか、しばらく分からないという人も多いはずだ。
 近世、ルネサンスから突然現れる超写実表現に、主観に依らない観察技術があったはずだと直感したホックニーは、膨大な画像を並べて、同時に多くの文献を調査し、知られざる光学機器が使用されていただろうと言う結論を下している。この世界的に有名な芸術家が提示した仮定は、歴史家や美術研究家も巻き込んで、説得力のある物になっていく。画家であるホックニーは、自らも光学機器を用いて実験を繰り返していく。

 また、この本は、芸術家の思考過程の記録でもある。
 さらに、ルネサンス以降現代までの画集でもある。
 そして同時に、ホックニー自身の芸術作品とも言えるだろう。

 これを見ると、芸術家の衰えない好奇心と行動力、そして何より直感力とそれを信じる能力に驚かされる。そして、形無き思考を論理的に組み上げていく構成力には、高度な知性を感ぜずには居れない。決して単なる”思いつき屋”などではない。
 
 そんなことを考えていたときに、偶然にも大学で彫刻家のF先生との会話でホックニーに言及し、この話題になった。先生は、ホックニーが同書出版の準備中に彼のアトリエへ伺ったのだという。先生が、「ホックニーは神童だって言われていたけど、それは絵が巧いという意味の神童じゃないからね」と仰った。もともと、高い知性を感じさせる少年だったのだろう。それが納得できる一冊である。

 ホックニー自身の凄さが煌びやかに映るが、その内容も素晴らしい。ルネサンス期の芸術家はギルドを構成したというのは有名だが、ならばその利点と必要性があったわけで、そこに中心こそ”秘密の知識”であっただろう。科学の始まりの時代とも言われる同時代ならば十分にあり得ると思わされる。

 また、この書籍が日本語で読めることが素晴らしい。オールカラーで有名な絵の拡大画像がこれでもかと載っていて、図像だけでも十分に楽しめる。
 アマゾンの書評のようになってしまったが、実際、刺激的な書籍だ。

0 件のコメント: