19世紀の新古典主義の画家アングルによる『浴女』をモチーフに、実際のモデルにポーズを取ってもらった。今回のモデルさんは痩身だったので『浴女』の豊満な体では隠されてしまう骨格や筋肉の位置や形状がよく確認できた。この絵が背中を描いているので、モデルでの確認も体幹部分の背面に注力することになった。
つくづく、アングルは表現者としてプロフェッショナルであったと再確認する。浴女のお尻を見ると尻の割れ目の上端がわずかに見えるが、彼女が腰掛けている柔らかそうなベッドのクッションならば実際には深く沈み込んで割れ目まで見えることはない。しかし、その真実を描くよりも尻の割れ目が見えるレベルまで体を持ち上げて(沈み込ませないで)描くことで、体幹部分の下端が暗示させられ、モチーフ形状がずっと締まったものになる。
座ることで腰椎の生理的前弯は影を潜め、その代わりに体幹全体に渡った大きなカーブがまとまりを与えている。広い背部が目に入るが、そこには繊細な色彩のグラデーションで内部構造が示されている。尻の割れ目の上部左右にはくぼみが描かれているが、これは通称ヴィーナスのえくぼと呼ばれる”腰小窩”で、内部に骨盤の上後腸骨棘があることを示すランドマークである。平たく言えば、この左右の窪みと尻の割れ目の始まり部分を結んだ三角が仙骨であって、それが見えてくれば背骨の下端が見えたことになる。更に、この窪みからは左右のに骨盤の上縁が続いていくので、腰の内部構造の要である骨盤の上部を同定するきっかけにもなる。つまり、人体観察において比較的重要な構造と言える。
さて、背骨の曲線を上へと追って行くと両肩の部分で左右の膨らみが表現されていることに気づく。もちろんそれは左右の肩甲骨とそこに付属する筋肉だが、実際のそれと違って、膨らみが背骨にとても近い。この事は今回モデルと比較する事で明確な違いがとして映った。それほど事実と異なるにも関わらず、こうして描かれているとそこには不自然さがない。このようなフィクションを巧みに混ぜ込んで、結果的に説得力のある描写としてまとめる事がアングルの技量の高さを示している。
浴女の頭部は大きく右を向いている。後頭部にある布が頭部の前後方向の長さを強め、それが頭部の回転方向をより強く視覚的に示す事を助けている。それにしても頭部は実際より前突している。これも古典表現にしばしば見られる実際の構造との強調表現である。
2016年8月10日記す
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