2026年4月13日月曜日

AIとハサミは使いよう

 AIは道具である。当然だ。つまり、車やカメラやペンなどと同じである。ただ、AI以外の道具は、それをどう使うのかは全て使う側の人間に委ねられている。AIはそうではない。いや、そうではないように“見える”。わざわざここで書かなくてもいいことだが、歴史上、このように書けるのは現在だけなので書いておく。すなわちそれは、人類は生成AIという道具を手にしたばかりの状態であって、世界中のどこにも、この道具の可能性もしくは影響を真に理解している者はいない。ただ、誰もが感じていることは、この道具は、人類がこれまで手にしてきた道具とは質が異なり、それが使いこなせる者は集団から秀でた者となり得るだろうという予感である。想像だが、人類にとってこれまで、そのような道具はいくつかあった。まず、石器である。そして火の取り扱いである。これらが人類をその他の動物と隔てることを促した道具であることは明らかである。だが、より現在のAIに近い発明は、言語であろう。ただこれは身体そのものを用いているので発明というより特徴というべきものか。ともあれ言語は、発話と記述に分けられるが、初め登場したのは発話であろう。言語によって、我々は世界を区切ることの表出に成功し、それを共有可能な対象物とすることに成功した。現在であっても言語の高度な使い手はすなわち高い知性を持つことと同意であり、言語能力は力の象徴でもある。言語と思考は密接であり、発生の順序は、同一であると私は言いたいけれど、因果論的には、思考がまずあると言われるのであろうか。これはまあ、卵が先か鶏が先かというのと変わらない。ともあれ、両者が歯車として周りだせば、あとは互いに影響しあい、どこまでも事象を細かく、深く、切り分け構築していける。生成AIは、どちらかと言えば、この2つの歯車のうちの思考を担う。このような道具は、つまり身体の外部化としての道具は、これまでなかった。現在の人類が生物史上初めて手にするものである。


さて、道具というのは、使い主の身体能力を超える能力を与える物である。そうでなければ、道具存在の意味がない。一言で言えば“効率が上がる”。人類が手にしている道具は全てそうである。生成AIもそれは同じである。すなわち、思考の効率が上がる。自分だけの思考より、はるかに上回った思考結果を出すことができる。果たしてそれは、自分の思考と言えるのであろうか。だが、このような疑問が出るときは、既存の道具でもそれを問い直してみる必要がある。つまり、定規を使って引いた直線は自分で引いた線だと言えるのか、というものや、ノミやチェーンソーを使って作った木彫作品は自分で作ったと言えるのだろうか、というものだ。人間は道具無しの姿、すなわち裸体ではほとんど機械的に無力である。四季を乗り越えることもできないだろう。つまり、“人間”という存在は、裸体の個体を言うのではない。様々な道具(それは衣服から社会インフラまで全て)と切り離せず、さらにそれらを言語的思考で認識しまとめ上げる意識も含めてのものだ。これをもっと過激に言うなら、人は存在するが人間は存在しないとさえ言えよう。今言ったように、人間は区切られず、人の間にある現象なのであるから。


話を戻すと、生成AIとて、このように見れば、決して真新しい道具ではないことがわかる。ただし、鉛筆の持ち方やカメラの使い方というものより、“意識”の構築反映の結果としての出力に近しいため、使い手側が、その結果を身体的自己能力由来なのか付加的自己能力由来なのか、分からなくなるのである。例えば、絵を描いたことのない人は自分がどれくらいの画力があるか見当も付かない。そこで砂場で指でなぞって描いてみれば、それが自分の画力ということになる。彼に紙と鉛筆を渡してみれば、シャープな線の新しい絵が描かれる。顔を描いていたとして、今度は線が細いから、細部まで描こうとする。そうして砂場の絵とは異なるものができる。これが今や彼の画力である。次に筆と絵の具を渡したらどうだろうか‥。このように、自己能力は道具によって付加的に変化する。絵の具で楽しく色まで付けていた彼から、道具を返してもらって、再び砂場に戻したらどうか。初めとは違う絵にはなるだろうが、鉛筆と絵の具と紙がある時と同じ能力は出しようがない。同じことは、料理でも言える。何もない平原で素手で料理せよとなったら、普段食べている物を作ろうとは思えないだろう。このように、自己能力は身体的なものと、道具ありきの付加的なものがあるのが我々人間である。なお、現代アスリートは身体だけだから身体的自己能力なのかというと、道具によって鍛えているので、やはりそうではない。


AIは、その出力結果が、自分の考えたものではない可能性があるにも関わらず、自分が命令したことで、あたかも自分が考えたのだと思い込めてしまうところに、危険性がある。例えば、紙を切ろうと思っているとして、いつもそれを指でちぎり切っていたとしよう。そこにハサミを手にすると、切ろうと思ったところをこれまでになく素早くかつ綺麗に切れる。これを一回でも体験してしまったら、2度と紙を手でちぎり切ろうとは思わなくなるだろう。こうして、もうハサミ無しでは紙は切れない、ということになる。ところが、これは切る効率化を、速さと綺麗さという価値観に集約させたということであって、切る行為のその他の可能性がハサミの登場によってかき消された(覆い隠された)ということにも気付かなければならない。ここでのハサミの例えは行為が単純だから実質的問題は大きくないが、これが言語意識というものになると、潜在的な可能性は膨大であろう。その膨大な可能性が、AIという切れるハサミによって、“早く綺麗に”成されるため、受け取る側つまりユーザーは、もうそれ以外の答えなど必要ないのではないかと信じてしまうのである。こうして、人類が紙を切るときハサミを欲するように、物事を考えるときAIを欲するようなることは、実は潜在的な膨大な可能性をみすみす捨てているということになる。ハサミで切った紙の切れ線が世界どこでも同じように、AIで出される思考の答えは、全世界的に同じものへと収束するだろう。それは、今ここで生きる固有の1人の思考と言えるだろうか。今再び考えるべき古いことわざに、「ナントカとハサミは使いよう」がある。次のようにバージョンアップしよう。

「AIとハサミは使いよう」。

2026/04/11(土)

2025年8月29日金曜日

見えない月を見る

 感覚器は細部と結びついている。感覚器は自らの周囲の細部、些細なこと、を見つけるためにある。いや、ためと言うより、それらと結びついていると言いたい。

微細な生き物、単細胞生物などでは、それだけで反応している。それでも絶滅しない。

なぜなら、感覚器が拾う、周囲の細部的事象は、実際はそれと地続きの全体の末端であるから。つまり、全体を捉えずとも、細部だけでも問題はない。

ただ、それは、全体に身を完全に委ねているようなものである。文字通り、完全に委ねるというのは生物ではなく、物であり、生物世界で言えばそれは死である。だから、単細胞であっても、生物である以上は、感覚器によって最小レベルで、全体から抗っているとも言えよう。


ともあれ、その発展形として我々はある。依然として、身体は細部だけを拾っていることに注意せよ。感覚器は身近のことしか知らぬ。遠隔受容器である目、鼻、耳などは少々異なる。だが、注意すべきはこれらであっても、本当に遠くを感受しているのではない、という事は気付くべきである。耳は、鼓膜の震えを拾っているだけで、震わせているのは鼓膜と接触している空気のみであり音源ではない。食べ物の匂いも、そこから出た化学物質が触れただけで、その食べ物そのものではない。目も同じである。月を見て、「月という遠方物を見た」と思っているがそうではない。目が捉えているのは、月に反射してやってきた光子のうち、網膜に当たったものだけを感受しているに過ぎない。これは初め理解しづらいだろう。月が見えているのだから。だがなぜ、私はそれを「月だ」とわかるのか?こう問い直せば分かるであろう。「月を見ている」というのは、すでに感覚の後の高度な判断の末の答えなのである。その意味において、他の感覚器と同じである。

つまり、世界を感受するという、環境との関係性において、我々は単細胞生物と基本的に変わらぬ。何が異なるのかは、すでに述べてあることだが、その感覚を素材として、何らかの高度な判断をするという点である。上の例を再度上げれば、網膜に当たった光子の刺激を元にして「月だ」と思えるということだ。単細胞生物にも月明かりは当たるが、彼らはそれを月明かりとは思わない。


我々は、感覚器からやってくる不断の細部情報を積み上げて、自らのうちに確固たる全体を編み出したのである。これを作り上げているのが、他ならぬ、脳である。

感覚器からやってくる細部だけであれば、脊髄だけで事足りることは、脊髄反射の言葉からも分かる。

それら、細部情報のうちで、常にある規則性を持ってやってくるものに対して、順応するように、そこにある不動の対象を生み出した。それがここで言う全体である。

ここでも月で例えよう。網膜に当たる光学情報には、常に激しく変化するものからほとんど変化しないものがある。この違いを感受するには、光線方向を明確に捉えるレンズが必要である。だから、目が要る。目の獲得は、雑に変わる光とそうではない光を分けた。動物が動くと、身体の近接受容器や筋受容器が拾う情報と、目が拾う情報が組み合わされる。そうして、動いても変わらない光と、激しく変わる光に、距離が与えらえる。こうして、月は(遠方の山々も)自分から遠くにあるものとして扱われるのである。

このような光の変化の感受には、だから、自らの動きが必須で、それが動物だけに目がある理由であろう。動かないのであれば、おおまかな光の有無と方向だけで事足りる。外世界という全体は要らないのである。


このような、感覚器からの不断の細部情報の獲得と、自らの運動とが重なり合って、脳内で全体が作り上げられた。全体は動物が生きる上で必須の要素である。この全体を我々人は世界とか宇宙とか空間と呼んでいる。これらは脳内で作られたものであるから、言い換えれば、実在の有無とは厳密に関係がない。いや、この言い方は危険だ。厳密に実在していると信じ切ることができなければ動物として生きていけないほどのものであるから、その意味においては実在しているのだが、ここで私が述べ立てている段においては、実在していないと言おう。ともかく、動物はこうして、自らの内に、世界を作り上げたのである。これがどれだけ重要か実感している者は少ないだろう。動物がなぜ空間内を自由に動けるのか。我々は世界があることを知っているからである。知っている、というのは、それを口に出して説明できるという意味ではない。自らが動けるだけの場が自らの周囲には存在していると“信じきれている”という意味である。

私はなぜ動けるのか。自らの周囲に空間がある、部屋がある、野原がある、と信じきれているからである。信じ切れる理由は、自らの感覚器が不断に与える情報が元となって作られている、空間感である。

見回してみれば良い。自分の周囲に空間があり、さまざまな物が自分からどれほどの距離にあり、それが置いてあるのか動いているのか、はたまた、自分が動いているのか、それこそ全身感覚として分かる。それは常に安定している。その安定が自らの運動の基礎となっている。

世界が安定していなければ、我々はそこに自らを定位できない。


さて、ここで考えを先に進める。ここまで述べた全体と細部は、主に物質感や空間感と、それに基づいた反射としての自己存在、それも物質的存在と関連づいていた。

この事について考えたい。自己存在、物質的存在である。

感覚器が細部を拾い、そこから全体が作られ、世界が作られた。そう、“作られた”のである。作り上げたものは、我々の内において作られたのである。それを今では“概念“とまとめて呼ぶ。空間や存在とはつまり、概念である。概念とは本来存在していないのであるから、さまざまに作り変えることができる。それこそ、何にでもして良い。本来なかったのであるから。

この事が、私たちの抽象観念の説明であり、ほとんどすべてに当てはめる事ができる説明でもある。

イデアであろうが、神であろうが、どのような宇宙論であろうが、何でもそうである。つまるところ、こちらが作っている物語なのだから、「うまく語れているか否か」の問題に過ぎない。

この感覚は、私たちの意識と不断に結びついているのは間違いのないことである。自らの思考を見渡してみよ。先ず、この言い回しがすでに、概念と空間性とを同一視していることを証明している。自らの内を「見渡せ」と、あたかも景色のように言っているのであるから。さあ、見渡してみよう。形のないはずの思考を、まるで存在し、掴み取ることができるように扱っていることに気付くであろう。思考は、目に見る事ができない。それは感覚器を刺激していないからである。それは我々の脳内においてのみ感じられるのに過ぎない。だが、この内なる感覚は、かつては感覚器の不断の情報から紡がれた脳内における外世界の”概念構造“をそのまま利用しているのである。それゆえに、我々の思考は形を持つのである。いや、そのように感じられるのである。この感覚を、逆向的に外部へ取り出す行為が、人間の工作行為である。もちろん、芸術行為もこの内に入る。

だから芸術作品は、脳内の概念に形が与えられたものである。よく言われている事である。だが、それを、我々は具象と抽象とに分けてきたがこれが本質的には無意味であることが今や分かっただろう。どちらも根本的には同質である。具象抽象の言い分けは、単にそれが、感覚器が拾ってくる情報に近いのかそうでないのか、とも言い換えられる。どちらにしても脳内で再合成されていることに違いはない。


今や、哲学や科学は、自らの感覚器に基づいて作っている世界に自分が生きていることを忘れ(厳密に言えば忘れていてよい、知らなくて当然、そのように進化したのだから)、世界が本当に外にあって、自らとは別物だと思い切ろうと努力している。その傾向が顕著なのはもちろん科学である。科学の主観・客観問題はしばしば議論される(主に哲学・科学哲学領域であろう)が、科学的な真実の探究には人間の不要性を追い求めているようにすら見える事がある。だが、ここまで述べてきたことからも分かるであろうが、我々が思うところの世界、宇宙は、あくまでも”我々が思うところの“が前提であって、それを外すことはできない。我々自身の存在、この肉体が、その宇宙を生み出した張本人なのであるから。これは、どこまで行っても抜け出ることはできない。我々である以上、我々の限界は越えられない。

別な言い方をしよう。どのような科学であれ、分析しているのは、実際のところは”自分自身“である。

例えば、量子力学のパウリが心理学のユングと親しかったことなどは、この流れで見てみれば全くもって意外な話でもないのだ。


8月23日(土)

2024年2月24日土曜日

告知:「皮膚と骨 -グラデーションに沈むモノコト-」

 皮膚と骨 -グラデーションに沈むモノコト-

Skin and Bone  -About things that sink into a gradation-
2024.2.28 (wed) - 3.2 (sat) 3.6 (wed) - 3.9 (sat)
13:00-18:00 open

リンク先はこちら

イベント|3.2 (sat) 13:00~  氣分喫茶   17:00~  バー BAR
井の頭BIANCARAの焼菓子とパン、彫刻家の家のフムス、ヨロッコビール、ワイン、紅茶、コーヒー、など


新井浩太 | Kota ARAI
シャーマン フライシャー|Sherman FLEISCHER
金 埻 | Jun KIM
保井智貴|Tomotaka YASUI
阿久津裕彦|Hirohiko AKUTSU

 町という「空間」に内包するモノコトは、自然や社会の影響とその場に住む人々の感性によって変化し、同時に暮らしや風景も変化していきます。しかし、その多くのモノコトは、わかりやすく目の前にあるモノコトだけとは限りません。 彫刻家の家では、「空間」から新た視点と感覚を発見する機会として、「まちにある家という彫刻」の3回目となる「皮膚と骨」を開催します。 
 身体の内と外の境界である「皮膚」、重力と均衡し身体を支える「骨」。家で例えるなら「皮膚」は屋根、壁、床。「骨」は柱や梁でしょうか。 身体の内側では、多くの器官が機能ごとに分類し境界が定められ、それらが身体全体を構成、相関することで生命を維持しています。そして、その身体は、体と心を整え、安定した日々を確保するため、家という機能と動線が設計された空間の中で、生きるための活動を行っています。 身体の外側はどうでしょう。時代を遡れば、遺伝子を受継ぐ生命は、外側の混沌とする世界(空間)の多くのモノコトの作用によって、永い時を経て、生と死を繰り返し、変化と順応の中で身体として残存してきました。つまり体を操る私たちの精神すらも、身体または家の外側(内という外も含め)で関わり続けた、自然、社会、文化、哲学、歴史、科学、宗教などから、生きることや生活することへの価値が問われてきたとも言えます。そして、その問いに答えようと、人類は内側と外側の多くのモノコトを客観的に捉え分析し、情報と経験を蓄積しようと試みてきました。 しかし、もし考えもしないモノコトが、身体と精神を創造し、支えていたとしたらどうでしょう。そもそも精神とは本当に身体の内側に存在するのでしょうか。ひょっとしたら私たちの知らない遠い何処かに存在しているかもしれません。
  新井浩太の体から型取った型に、 鹿の革を押し付けた欠片によって構成された彫刻は、 本人であると同時に別の生命が存在していた証でもあります。虚と実、生と死が交差する世界(空間)から実態とは何かを探ります。シャーマン フライシャー の写真は、現代社会にて置き去りにされたモノコトの痕跡を納めるように、文化や風土を越えた生命の記憶を辿っています。金 埻の線と点の集積は、別次元の空間と彼の精神がコミットした際に描かれます。ミクロとマクロが混在する画面から彼が体現した世界を覗きます。保井智貴 の彫刻のための服は、人と空間の媒介となる家に続いて、世界(空間)にあるモノコトの交わりと同時に乖離について検証しています。阿久津裕彦 の彫刻という概念と行為の延長線にある美術解剖学は、単なる物質的な美しさを探求するものではなく、ある空間の中で精神の行方を探っているかのようです。 身体の「皮膚と骨」を起点に、彼等の精神と身体を支え、境界を越えた世界(空間)に潜在するモノコトから新たな感覚を見つけます。 
*彫刻家の家にて実施している「まちにある家という彫刻」は、香川県高松市にある築50年ほどの家を改装し、彫刻に見立てることで、町の空気の移り変わりを展覧会や作品としてアーカイブしていくプロジェクトです。

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以上、フライヤー転載。

私はテキスト参加で、まるでゴーストのように実体なく概念だけで会場とその周囲に漂っている。











2024年1月9日火曜日

なぜ寝顔は美しいか

もちろん全ての寝顔がそうであるわけではないが、見慣れている人の寝顔には魅力を感じることはある。


大人にとっての他者の寝顔は、恋人であったり配偶者であったりと、最も身近な他者として存在する。

その他者が、最大限にその身を許し預けている証が寝顔である。それを見ているということはすなわち、私は孤独ではないということを示していると言える。その、一人ではないという喜びがポジティブな感情を生み出していることはあるだろう。


当たり前だが、寝顔は覚醒時にはできない。寝ている時だけの顔である。反対に、覚醒時の顔それも他者に向けられたそれは、何らかの感情を外へ向けて放っている。“表情”と言うように、顔は感情の表舞台である。動物界においてはヒトはその機能を最も発展させた種類である。つまり、覚醒時の顔は、そのほとんどを他者のために機能させているのだと言える。戸外へ出て目に入る”起きているひと“の顔はすなわち、その人自身ではなく他者のための顔だ。それが解放されたのが寝顔である。だから、寝顔は社会から関係を絶って、肉体存在としての自分自身に帰った表情である。


寝顔は顔が弛んでいるように見えるが、もちろん実際はそうではない。顔面の皮下に埋もれた表情筋を構成する骨格筋細胞たちは、顔面神経からの命令がほとんどやってこない就寝時は、言わば休憩時間であって、各々がゆったりと微細な収縮をランダムに繰り返している。ちょうど公の場所で大勢の人々が静かに独り言でもつぶやいているような様子だ。そのようにして、いつでも神経からの命令に瞬時に答えられる準備は整えているとも言えよう。

このように、表情は表さないけれども、完全弛緩したのでもないのが寝顔であって、死んだ顔とは全く異なる。死に顔は、まさしく「死に顔」とわざわざ言葉があるように、死人だけのものである。死体の表情筋は当然ながら完全弛緩している。筋細胞も死んでいるのだから。


ところで、表情は顔面の皮膚で表されるから、ここの筋肉を表情筋と言うのだけれども、実際の表情はこの表情筋だけで作られるのではない。表情には目線が重要だが、目の向きや上まぶたは別の筋であり支配する神経も異なる。また表情に顎を開けたりもするが、この顎の開閉も表情筋ではなく、むしろ表情筋よりずっと古い系統の筋肉と支配神経によって制御される。忘れがちなのは口の中にある舌だが、これも表情を作る役者の一人である。舌を見せる表情はもちろんだが、舌を見せずとも、口中における舌の位置は顎の輪郭に大きな影響を与えていることは、鏡の前で顎を閉じて舌を口中で色々と動かしてみれば、直ぐに分かるだろう。この舌の運動は、舌それ自体の形を変えることと、舌の位置を変えることの2つの運動に分けることができるが、脳神経から頚神経にいたるいくつもの神経によって制御されており、それがこの骨格筋のかたまりを自由自在に動かすことを可能にしている。

また、忘れてはいけないのは、皮膚の浅層である真皮層にある平滑筋であって、これらも普段は常に緊張状態にあり、顔面の毛髪の角度制御や皮脂および汗の分泌を助けている。

もっと言うなら、「上目づかい」や「見くだす」と言う表情を表す言葉から分かるように、頭部の空間的な位置と角度も、表情には重要である。同じような体格の者同士なら、顎を上げたり下げたりすることでこれらを実行している。頭部を動かすのは頚部つまり首だが、うなじにある最大の首の筋は、実際のところは、首と言うよりむしろ背中や肩の筋と言えるほど強大である。

このように、顔の表情と一言で言ってしまうが、実際にそれを可能にするには、頭部から肩そして胸部まで至る広い範囲であり、そこに関わる筋の種類や数も多い。


死に顔ではこれらの筋が死んで弛緩するため、生きている時は決してしない表情となる。死に顔は唯一無二である。映画やドラマの死に顔はあまりに生き生きして見えるがこれは仕方がないのだ。死ぬとこれら筋肉が作る緊張が全て解けるため、まもなく顔のしわも伸びる。血流もないので水分が供給されず、組織はただ浸透圧で保てる水分を保持するだけとなる。血球も落ちていくので皮膚の赤みが減り皮膚組織そのものの色になるため、アジア人は黄色味が強くなる。「頬を赤らめる」というように、皮膚の血色も表情には関与している。


寝顔は、弛緩した顔というより社会から解き放たれた顔である。社会性の動物とも言える人は、そこから解き放たれた自分、つまり寝ている自分は、自らの安全が保証されるごく限られた人にしか見せない。

寝顔に美しさを感じるならそれは、その形態そのものというよりむしろ、その親密な精神的関係性を喜んでいるのかもしれない。

2023年9月15日金曜日

構造しか言わないのなら

 構造しか言わないのなら

それを彫刻と言うのだろうか

彫刻は

構造によって

詩を紡ぐ

構造はいつも背後にある

2023年9月11日月曜日

カリアティドのよろこび

カリアティドbyロダン

抑圧の状況において、抑えられるが故に得られるよろこびというものがある。

カリアティドは動けず、責任を背負っている

しかし、カリアティドは苦しみに苛(さいな)まれてはいない。

それは重量に耐えるなかで、抑圧されるがゆえに、そのよろこびを増している。

2023年2月17日金曜日

AIが良い絵を描くということ

深層学習させたAIが、プロのイラストレーター並みのイラストを描く時代になった。それも研究レベルではなく、一般に使用解放されるレベルにおいてである。 AIによって、イラストのように、人間にしかできないと言われていた表現行為が、非人間でも可能であり、それどころかあっという間にできてしまうことが実証されたのである。 表現とは困難を伴い厳しい修練に耐えうる人間のものと信じている芸術家ならAI作画を開発しようとすら思わないだろう。これは、描きたいというより、ただそれが欲しいという者だから開発できたのだ。 AIによる作画が芸術的創造と同じであるとは、現時点ではまだ言えない。しかし、今後AIが我々が創造と呼ぶ領域に入ってくることは予想できる。その時我々は、創造行為が人間だけが作り得る崇高なものではなかったことを知るだろう。 

 つい最近、ある投稿スレッドで、「パソコンなどというものを、なんで人が作れたのか想像もできない」と書かれているのを見た。この、何気ないが同意できるような一言には、私たちが対象に何を投影して見ているのかを考えるきっかけがある様に思われる。このコメントを投稿した人は、パソコン画面から得られる情報の複雑さや、パソコンやコンピュータを行なっている計算の複雑さや速さを見聞きして、そのように思ったに違いない。このような、コンピューターの処理能力を身近に感じるがゆえに、もしもこの性能が人間の制御を超えてしまったならどうなってしまうだろうかという不安が生じ、数年前に良く言われた「シンギュラリティ問題」が登場するのだろう。AIがプロ並みのイラストを描くことも、ある意味においては、シンギュラリティ問題に近い。 

しかし、本当にコンピューターはそれほど驚異的なのだろうか。AIが描くイラストは人間の画力を超えているのだろうか。これを考えようとする時に気をつけるべきは、描かれた物とそれを判断する者とを明確に区別することである。イラストにせよ芸術にせよ、完成した作品の質は、我々人間が見て判断しているのだから、その作品の価値判断は人間によるものである。 では、作品を作る時はどうか。作者は一枚の絵を描くために訓練を重ねる。構図や色調、人物画の均整、描線の強弱などなどである。それを身に付けるには多くの絵を見て何が良いのかを知らなければならないし、自分が良いと判断した絵が描けるように何度も繰り返し習作を描いて手の筋肉を制御できるようにしなければならない。画材の特性も知り、使い方も習熟しなければならない。画力を下支えする要素は、それぞれをマスターするだけでも多くの時間が必要である。つまり、一枚の絵を描くためには、その絵を思い描く能力と、それを具現化させる画力とが必要で、両者が高度に噛み合った時に、優れた絵が描かれるのである。画家はそれを身を持って知っているし、画家でなくても、優れた一枚の絵は簡単に描かれるはずはないと“信じている”。 だが、コンピューター上のAIは優れた絵がどういうものか知らないはずだ。AIは我々のような主観を持っていない“はず”だから、優れた絵という主観的判断を知りようがないからである。そうであるにも関わらず、我々人間が優れた絵だと感じる絵を描く。それも、何年という習熟期間もなしに。優れた絵は優れた感性と技術を持つ画家から生まれると信じている我々は、それゆえにAIの実力に脅威を抱くのである。

この考え方をひっくり返す必要がある。優れた絵を知らないAlが良い絵を描いたという事は、良い絵かどうかの判断と良い絵が描けることとは別という事実を示している。AIが改めて証明したことはこれである。実はこれについて、私たちはすでに知っていたはずである。絵の教育を受けたことのない子どもが素晴らしい絵を描くことはままあるし、良い絵についての教育など受けた事のない者による絵、いわゆるアイドサイダーアートも同様である。それどころか、絵ですらない自然界の風景に素晴らしい絵画のような光景を見出すことは誰でもある。このことから、良い絵かどうかは、絵に内在する要素ではない事が分かる。それは我々観賞する側のものなのだ。だからこそ、絵が何かなど知らずとも絵を描くことは可能であり、それゆえAlも描き得たのである。 むしろ、今回明らかになった驚きは、私たちが”良い“と感じる美的な要素が、実は何ら主観を必要とせず、言わばパターンのみによって生み出し得ることが証明されたことだろう。そこには、多くの経験や苦労どころか、一片の神秘性もなかったのだ。これは、私たちの芸術性を否定するものではないが、芸術性という響きが内在させてきた高尚さや高貴さや、人間だけの唯一性といった中心的な要素は否定される事になるだろう。意識なきコンピューターが、自分が何をしているのか分からないまま、あっという間にそれを生成するのだから。チンパンジーがただキーボードを叩き続けてもシェイクスピアは書けない。彼には“キーを叩く“という意識はあるにも関わらず。しかし、無意識のAlは、アルファベットの語順のパターンを深層学習することで、恐らく近いうちに、シェイクスピア文学に到達し追い抜くだろう。自分が何を書いているかなど知らぬままに。 良い絵が何か知らずとも、良い絵は描ける。それは確かにショックでもあるが、愉快さもある。人間だけが特殊で高能力な存在だという、限りなく高まった自意識を根底から突き崩すような潔さがもたらす自虐的な愉快さである。確かに、斜に構えた視点で様々な芸術作品を眺めてみれば、そこにある形態的要素は決して高度に複雑なものではないことに気付く。芸術作品に高尚性を与えてきたのは、鑑賞する者の意識なのだ。その意識は何となれば、転がっている石ころであっても、到達不可能な美として見ることさえできる。AIにとって、美術作品から解析する要素など大した複雑さではない。それが特定のテイスト、例えばレオナルド・ダ・ヴィンチ風などに限定されるなら、さらに単純であろう。 そう考えると、むしろAIにとっての最後の牙城は、日本の侘び寂びの世界かも知れない。その無造作の世界、無作為の世界の微妙さをAIは再現できるだろうか。コンピューターは「する」世界に向かっているが、侘び寂びはそれとは真逆の「しない」世界にある。しないままのしない、はあり得ず、するを知ったがゆえにしないがある。足したからこそ引くことができる。膨大な情報を足し続ける現在のコンピューターが、引くことに向かい始めることがあるだろうか。

現在のAlは、深層学習をベースにしている。膨大な量のパターンを読み込ませ、そこにあるパターンの組み合わせをさらに組み替えたパターンを作成する。これは経験から理想的な解答を見つけ出す我々の学習と同様である。ただし、コンピューターは我々とは比較にならない量を信じられないような速度で学習する。その結果の一つが今回のAIイラストである。人間がAlと決定的に異なるのもここである。人間は深層学習などしていないし、できない。そうであるにも関わらず、良い絵を生み出す。この理由を我々は直感やひらめきと表現しているが、どうしてひらめきが起こるのか、それは分からない。本当に直感なのかさえ、分からない。ただ事実として、その結果の産物が世界には存在している。人間が生み出してきた芸術的な創造物はまさにそのようにして登場したのである。現在のAIはいつかひらめくだろうか。もしそうなったなら、いよいよ人間以外が生み出す、もう一つの芸術的創造が登場することになると言えよう。しかし、それを我々人間が芸術として理解し得るのかどうか、それは未知である。 

 2022/10/05(水)

2023年2月13日月曜日

南江堂の『人体解剖学』

末梢神経系のページ。
右上の頭部の図の詳細さに注目。眼球に反射した窓が描かれている。

かつて、私が解剖学を専門的に学び始めた頃、私の解剖学の恩師である教授にお勧めの教科書を聞いたところ、一冊の教科書を頂いた。それが『人体解剖学』であった。教授も学生時代はこの教科書を使っていたとのことであった。それはそれは難しい内容かと身構えたが、意外や文字も大きく図も多く、余白も余裕のあるレイアウトで、少々安心したような思い出がある。

今では『人体解剖学』は、日本の解剖学教科書の最高峰だと思っている。私が考えるその理由はいくつかある。

まず、売られている期間の長さがそれを証明している。初版は実に1947年の2月で、終戦から2年経過していない。直近の改訂が2003年で、これが第42版である。これを書いている今は2023年であるから、初版から76年、最終改訂から20年経過している。著者は、藤田恒太郎(つねたろう)氏であり、第12版以後は御子息で同じく解剖学者の藤田恒夫(つねお)氏が改訂に関わってきた。しかし、藤田恒夫氏も2012年に亡くなられており、それが改訂が長く止まっている理由としてあるのかも知れない。

また次に、これが質の高い教科書として重要なことだが、想定読者が明確であるということだ。「この本は初めて解剖学を学ばれる医学生諸君を目あてに書かれたものである。」という一文から始まるように、読み手を限定することで、膨大で広範な解剖学の情報から、効果的に必要な情報だけを伝えることに成功している。そして、添付される図も、そのほとんど全てが、本文の内容とリンクした描き下ろしであって、情報量の多い写実的なものから明快な模式図まで多様に用意されており、理解を助けるのに非常に有用である。

そして、何よりこの教科書を唯一無二にしているのは、その文体である。多くの洋書から翻訳された解剖学書では感じられない人間味が文章に宿っているのだ。本書は、日本人が日本人のために、日本語で書いた教科書である。それも、どこかの誰かではなく、読んでいて著者の姿が思い浮かんでくるような、生きた文体なのだ。これは、編者の下で複数の著者によって書かれるような、今どきの本ではこのようにはいかない。特に教科書では単独の著者の個性は出さないような記述になる傾向があり、その結果は皆が知っているような、味気のない情報が列挙された無機質な文体となる。著者が直接語りかけてくるような文体は、おそらく著者が自分が受け持つ医学生を思い浮かべながら書かれたことによるのであろう。

内容も、単独の著者ゆえの興味深い記述が多く、自然と読み込んでしまう。解剖学は暗記の教科だと嫌われる節があるが、このように理屈で語られることで自然と頭に入ってくるように工夫されている。さらには、本文のところどころに、縮小文字で追加的な説明がなされていたり、欄外注として学習のヒントになる小文(小ネタ)が載せてあり、これも理解の大きな助けとなる。

この個性の強さは、いくつかの場所で、現代的な教科書の記述との違いとして現れており、本書だけで学ぶ者は戸惑うことがあるかも知れない。いくつか顕著な例を挙げると、筋系の固有背筋は筋名だけの列挙で説明が終わる。これなどは、“今はこれだけで十分”という著者の主張である。さらに、同様の主張が直接的に書かれるのは、名称の読み方で、例えば頭蓋は「とうがい」と読ませるところが、これに「ずがい」とわざわざカッコ入りで付け加えて、欄外注に「‥この種の業界用語を医学生に押しつけるのは、ナンセンス‥」と書いている。また、舌には解剖用語の「ぜつ」ではなく「した」とふりがなをしてあり、明瞭で平易な読み方を定着させるよう、読者の医学生に説いている。これらの読み方は、今でも浸透しておらず著者の狙いは外れた形になるが、信念に基づいた主張には日本の解剖学を担う責任と自信が感じられる。本書では脳神経が1、2、3‥と番号付けされているのも同様のこだわりである(通常はⅠ、Ⅱ、Ⅲとされる)。

解剖学は学問として古く、また、学会によって基準も整備されているので、用いられる用語も安定している。それが、初版から76年経った今も使用できる下地となっている。また、解剖学が医学の基礎に位置付いていることも、その内容が安定している理由である。しかしながら、人体の見方は時代と共に少しづつ変化している。70年前との大きな違いは、分子レベルでの視点であって、現在の教科書は必ず細胞の構造から説明が始まるものであるが、この教科書にはそれが丸ごと抜けている。ただこれとて、著者が現代に生きていたとしても、今は必要ないとして入れないかも知れない。

今どきの教科書には載っていないような詳細が書かれていたり、反対にほとんど説明が飛ばされていたりしているので、さっと内容に目を通しただけの人の中には、この教科書は記載ムラがあって良くないと感じる者もあるかも知れない。しかし、よくよく目を通すとそのムラには著者の筋が通っていることが分かると思う。そのような、隠されたメッセージに気付く時、著者と時空を超えた対話をしているような不思議な感覚があり、一度も会ったことのない著者が身近に感じられて親近感を得る。それゆえに、私は普段、本書を「藤田先生」と読んでしまう。むしろ正しい書名がすぐ出てこない。藤田先生の呼び名で学生たちも自然と本書を開いている。

記載内容は全く信頼でき、教科書として非常に優れているが、2023年現在で20年間改訂がされていない事実や、Amazonで新書が掲載されていない事に、今後の出版継続への不安を覚える。これはそのまま、現在の出版部数を反映していると言っていいだろう。

このような、人間味ある文体で、かつ信頼できる内容の教科書は、簡単に生まれるものではない。それどころか、肉眼解剖学の流れを思うと、今後作られることなど不可能ではないかとさえ思ってしまう。著者と改訂者なき今であっても、一部内容を現代に求められるものに修正するだけで、そのまま現代の解剖学教科書としての輝きを取り戻すはずだ。出版社にあっては、本書のような、日本の戦後から現代までの医学教育の基底を支えてきた名教科書を、今後も存続して欲しいと願わずにいられない。


2022年8月20日土曜日

根源的な調和と意識的な調和

意識的な調和が感じられるであろうか。
   身体は調和で繋がっている。正しく言えば、あるべき身体の形には調和が見て取れる。もっと言えば、あるべき自然物には調和が見て取れる。これは私たち自身のうちに、調和というものを捉える能力が備わっていることを示している。調和とは世界にあるものではなく、私たちが感じ取るものだからである。言わば、私たちのうちに、すでに調和とは何かというものへの求心的な能力があるのだ。

    視覚芸術、形態芸術においては、その調和を感じ取り、それを反映して制作する能力が求められる。調和はしかし、ただ単に流線型であるとか、グラデーションであるとかいうだけではない。調和の幅は広い。なぜか。そこには人間に特有の調和の感受性の幅広さがあるからである。

    調和は少なくとも、根源的な調和と、意識的な調和の二つに分けられる。根源的な調和は、流線形とか、木の枝の分岐であるとか、川のせせらぎに見られる流水のフォルムとか、流れる雲に見られる形といったものだ。そこから抽出された渦巻きや直線や単純な幾何形態もそこに含まれる。これらは味覚で言うところの、旨味、甘味、塩味である。意識的な調和とは、味覚で言えば苦味や辛味に相当する。つまり、初めはそれらに対して否定的な感覚を覚えるものである。これらは初め、調和を見出すものとして感じられる。どのようなものがあるか。簡単に言えば、根源的な調和を見出すものである。しかし、学習によって味覚が育つと苦味が美味しく感じられるように、意識的な調和は経験によって心地よく感じられたり、正しく感じられるようになる。身の回りにはそのようなものが実は多い。特に、人間界において視覚にとらえられる多くがこの意識的な調和である。日本の都会の街並みや、工業製品の形態、衣服のデザインなど至る所にそれがある。しかし、私たちは普段それを不調和としては感じない。これは、視覚的には不調和であるものの、それがある理由を知っていたり、理解できることによって受け入れられるものである。つまり、それらは元来は不調和であるものが、意識によって、意識的に調和の列に加えられているのだと言えよう。この意識的な調和には、一種の諦めが内在する。それを受け入れざるを得ないという諦めである。人間社会はこの諦めの調和で構成されていると言っても過言ではない。特に、工業化の進んだ、合理性重視の世界においては、この諦めの調和に満たされていると言って良い。都会に住んでいるなら、身の回りを見てみれば良い。横の直線、縦の直線、唐突に断たれるライン。連続性のない、無頓着な色彩。そう言ったものだけで構成されている。これらは元来、全く美しくないものだ。しかし、都会に生きているものにとっては、そこに何らかの美を見出しもするのである。それは、純粋な形態美ではなく、そこに見られる生活の哀愁であるとか、自然を駆逐する人工の力強さであるなどである。これは、都会の人間が、そこに植え付けられた人間が、自らの心情をそこに反映されることで見出される意識的な調和である。

   しかし、意識的な調和は都会でしか見られないというものでもない。むしろ、人間活動のあるところならば、必ずそれが見つけられるとも言えよう。畑を耕す道具、衣服、住宅など古くから人間の身の回りにあるものも、そこには意識的な調和が見て取れる。具体的な例を挙げれば、唐突に色合いが変わる衣服の上下や、デザインの異なる衣服の上下などは、根源的には全く調和がない。

   意識的な調和は、根源的な調和からみれば、不調和である。しかし、根源的な調和にこの不調和を内在させることで、表現物はむしろ魅力を増す。正しく言えば、より魅力を感じさせる。実際のところ、芸術作品はこの調和と不調和のコントロールが重要である。これを調和の破綻ということもある。

   2021/09/24

2022年8月5日金曜日

ジャコメッティは両手利き

   YouTubeにいくつもの、ジャコメッティの動画が残されている。私はそれを知らなかった。それらを見ると、粘土の付け方や、湿らせておくための布の巻き方などが、映画「ファイナルポートレート」での俳優ジェフリー・ラッシュの動きとそっくりだと分かる。映画は、これらの映像を参考にしたのだ。

デッサンをするジャコメッティ
左手で消している

   また、ジャコメッティがデッサンをしている動画を見て、小学生の頃の私と同じ癖があることに気づいた。それは、右手で書いて左手で消すというもので、私はある時大人にそれを指摘されて気付いたのだ。これは利き手を矯正された結果の“両手利き”がすることらしい。確かに多くの人はそれをせず、消す時はペンを机に置いて消しゴムに持ち替える。ジャコメッティは、デッサン時に右手で描き左手で消していた。これは持ち変える動作によって作業が妨げられることがないので、一連の動きが流れるようにスムーズである。私自身は、やがてその持ち方をしなくなったが、今でも講義の板書において、自分の左側に書くときは左手を使うことがある。

デッサンをするジャコメッティの手元
右手に鉛筆、左手に消しゴムを持つ

   映画「ファイナルポートレート」での粘土造形のシーンでは俳優が両手で粘土をこねくり回していて、これは通常の粘土造形では利き手のみで粘土を付けるのと違うので、違和感を感じていた。ところが記録動画を見ると、なんとジャコメッティ本人が両手で粘土をこねくり回していた。その造形シーンで興味深いのは、左手に小さなポケットナイフを持っていることである。両手で粘土をこねて顔を造形しているのだが、時々、左手のナイフの小さな刃先で鋭い溝を刻み込む。なるほど、あの鋭さはナイフの刃先によるものであった。

両手で造形するジャコメッティ
左手にポケットナイフを持っている


   両手を使うとすぐに分かることだが、自分の真ん中に横向き鏡を置いて見るように、左右対称の動きをする。両手一緒の動作は、それ自体がシンメトリー(左右対称性)を生み出す。ジャコメッティの細い造形や絵画が正面性が強く、またシンメトリーであることは、両手を用いる造形手法と密接であり、さらに言えば両手利き特有の世界の見方も関連しているかも知れない。

ナイフの刃先で粘土にデッサンしている

   人は何にせよ、自己経験に照らすことで対象を理解する。私は幼少時からシンメトリー形状への親近感が強かったのだが、それはもしかしたら、利き手を矯正したことによる両手利きが影響していたのではないかと、ジャコメッティの造形動画を見て思い至った。


   それともう一つ、作家は誰でも、自らも気付いていないが、往々にして自分自身の顔に似た像を作っている。それはジャコメッティも同じで、つまりは輪郭がシャープで彫りが深く構造的な頭部は、ジャコメッティ自身の顔がそうなのだ。もし、彼がふくよかな体型の人物であったなら、あれら作品群は生まれていなかったかもしれない。

2022年7月23日土曜日

整ったアトリエと、良い芸術とが関連しているのではない

 

アトリエ内の彫刻家ジャコメッティ

 整ったアトリエから良い芸術が生まれるわけではない。アトリエが整っているということは、そこを使う者の心も整っていて考えが良くまとまるから、良い仕事につながり、結果として良い作品が生まれる、という考えがあるから、「整ったアトリエは良い芸術をうむ」と言われるわけである。

   しかし、芸術は整っていれば良いというものではない。考えがまとまっている方が良いというものでもない。むしろ、混沌を混沌として表すことができる場が芸術である。


   芸術については、「そのまま」、「なるようになる」、「なんでも良い」という言葉で表されるものを大事とするべきなのである。これらは、自立的で上昇的な思考とは合わないものだ。“常に今より良いものを”というスローガンで見るなら、芸術は決して認められないものである。しかし、この近代的かつ商業主義的なスローガンを掲げて生きるならば、その眼には決して今を満足することはできないであろう。目の前に広がる光景や今の自分自身は、常により良くなる可能性を宿した不完全なものとして現れるのであるから。人間の不満やそれに付随する様々な消極的な思考や行動は、今を満たされないという感覚から引き起こされる。なぜ私たちは満たされないのか。なぜ、より良いと思われる他者に目が行き、羨み、妬み、自らを否定するのか。それは、“より良いはずの状況”とそれに満たない現在とを比較するからである。そして、それが満たされることは決してないのだ。それは言ってみれば常に“理想”というイデアを志しているのであるから。

   アトリエをきれいに保つという考えは、その“理想”のイデアに通ずる。しかしそれは、芸術が真に志す方向とは異なっている。未整理であるがゆえに豊かな意味を内包する混沌を認められなければ、そこから豊かな芸術は生まれ得ず、また、そのような人は、芸術の豊かさに気付くこともないであろう。


   では、アトリエは散らかったままでいいのであろうか。現実世界との関係性を無視するわけにも行かない。混沌が許されるのは、自分の精神と自分だけのアトリエに限られる。アトリエが他者と共有されるのであれば、話は全く変わるのである。つまり、他者との共有においては、自分だけの混沌は全く許されなくなるということである。

   結論は、共有アトリエは整理されていなければならない。共有アトリエや学校のアトリエは公共であり、社会に所属する場なのである。そこは私的な場ではないのだ。


   学校のアトリエや公共アトリエの環境を考慮するときは、「私的」か「社会」かを見極めたうえで判断しなければならない。両者の階層は異なり、混ざり合わないものであるから。

2021/12/29

世界は能動的に生み出される


   世界にはそもそも境界も物体も何もなく、それらは私たちの中において合成され作り上げられている、という感覚を強めている。


   世界の全てを私は認識できる。実際にはその逆なのだが。つまり、私が認識できるものだけで世界はなり立っているというのが実際のところであろう。だが、両者の区別などつけられはしない。厚みのない紙の表と裏のような関係性である。

   ともあれ、世界を私がこのように捉える以前には何があるか。それは連続した事象である。連続した事象を、少なくとも視覚的に体感することは可能であろうか。可能であるはずだ。なぜなら、私の眼球はそれを捉えているのであるから。眼球はただ連続した電磁波の強弱を捉えているに過ぎない。それが神経刺激の強弱に変換され脳にとどけられると、見事に私が今見ている机とその上のiPadに変わるのである。

   どうすれば、視覚的に事象とそれが事物へと変換される瀬戸際を体感できるであろうか。身の回りを見回しても、全てが私の世界としてすっかり馴染んでしまっている。私に馴染んでいない、未だ事物化していない事象を目撃するにはどうするか。流れゆく雲、川面の波立ち、木々の枝葉の集まり、土や石の表面、それらのいわばランダム性のある場所にはそれが見られるだろう。もっと身近にないか。そう考えた時に、思い至ったのがロールシャッハテストの図である。ロールシャッハの図にはインクを垂らす部位や紙といったところ、つまり発端においては人間の意思があるが、現れる図に関しては手を入れていない。だから、そこにあられる染みはある程度ランダムである。これを見たとき、私たちは何らかの図像をそこに見出す。この過程は、事象から図像が立ち現れる過程と似通っているかもしれない。


サンドアートと呼ばれる商品

   サンドアートという商品がある。2枚の透明な板の間に水と2色の砂が入れてあって、水の中を砂が落ちて下に溜まっていくときに模様を作り出すというものだ。2色の砂は重さや大きさが異なるので落ち方に違いが生まれ、縞模様となったりする。それが重なると、見事に遠近法で描かれた景色のようになる。これは驚くべきことだ。なぜなら、景色ではないものに景色が現れるということは、本当の景色が真実であるなら、サンドアートは意識がない物質であるにも関わらず、景色を模倣したことになるのであるから。もちろん、実際には砂が景色を模倣するはずはない。では、どういうことか。外世界に景色は存在せず、それは、私たちの内側で作られているという事実がここで示されたことになる。これこそが驚くべきことであろう。遠くへ続く渓谷の景観は、それがあるから私たちが理解するのではなく、私たちの内にあらかじめ景観があって、それをリプレイさせるスイッチとして、外世界の光景(の、元となる光線)があったに過ぎないということなのだ。だからこそ、私たちはそのスイッチをオンにするきっかけがあれば、そこに景観を見るのである。

   ここで、はたと気づく。ならば、それ以外の全ての視覚もまた同様ではないか。いや、そうでなくてはならない。なぜ、写真を見て、それをその写っているものとして認識するのか。なぜ、絵画や彫刻が無意味な色染みや土塊として見えないのか。それは、その形や色があれば、本物も偽物もなく、同様に私たちの内側の事物がオンになるからに違いないからである。


   そうであるなら、私たちは、全てをすでに知っていなければならない。知っていなければ、再生できないからだ。それを私たちはいつ獲得するのであろうか。一つ一つの事象を事細かに拾っているはずなどない。私たちは何らかの共通性だけを取り出しているのではないか。それが、水平垂直や直線といった幾何形態なのではないだろうか。抽象化されると世界は直線になっていく。


   ロールシャッハの図や、サンドアートの模様は、風景や図像は外にあるのではなく、私たちの内にこそあるという事実を端的明快に示すものだ。そうであるにも関わらず、この事実を殊更に驚く人はいない。私もこれまではそうであった。なぜか。それは、私たちが世界を、現実と空想とに分けるからである。目が捉えた現象に基づくものは現実で、あるはずのないロールシャッハやサンドアートの模様に基づくものは空想とみなすからである。

   その考えが根強いから、芸術は空想の領域に押しやられているのである。しかし、ルネサンスの芸術家は違った。レオナルドなどは、現実も空想も、人間の内において統合された同一のものであることを知っていた。だから、平面の絵画に奥行きや動きをもたらせようと考えたのだ。それが可能となれば、現実と絵画とは区別がつかなくなるだろうと考えたのだ。今世紀のVR技術などはまさにそれを現実のものとしようとしている。そこにあるのは、創造された画像である。

   VR空間で騙される視覚と、ロールシャッハの染みに図像を見出すこととは、私たちの視覚的認知における同様の性質に基づくものなのだ。


   世界とは、私たちの内において、能動的に生み出されているものなのだ。


   2021/09/18

本当の幻覚はそれと気が付かない

本当の幻覚はそれと気が付かない。幻覚と気付くのは、破綻を来していない意識があるからで、言わばまだ軽症である。本当の幻覚となれば、もはやその異常さをも受け入れられるので、何の違和感も感じない。それは正常なものとして受け入れられる。そんなことがあるかと思うかもしれないが、寝ている時の夢を思い出せばいい。夢の中では全てを自然なこととして受け入れている。それが奇妙なことであったと気付くのは起きてからである。

これが意味する事は小さくない。なぜなら、実は私たちの日常も、異常で奇妙な事が起きているのかもしれないからである。しかし、それに気付く事はないのだ。

Sep 17, 2021

2021年7月28日水曜日

1964東京オリンピック後の円谷幸吉の自死と三島由紀夫

疾走する円谷幸吉

   NHK「映像の世紀」で1964年の東京オリンピックを当時の映像で振り返っていた.マラソンは当時のハイライト的な競技であったらしいが、そこで走者の円谷幸吉が競技場へ帰ってくると観客も実況も興奮している.しかし、そのスタジアム内において後続の走者に抜かれ、3位でのゴールであった.その際、興奮の絶叫の中で実況者が「円谷疲れました!」と叫ぶ一言に応援者の賞賛と惜敗の感情が込められていた.それでも放送では円谷によって日の丸の旗が競技場に上がったことを誉めたたえ、「ありがとう円谷君」という当時の言葉も紹介していた.ただ、映像として観ている側としては、あそこで頑張ってくれていたならと誰もが思ったに違いない.そして、当時それを一身に受け止めた円谷当人の気持ちは察するに余りある.テレビではそこまでで次の話題に移っていったが、私はこの走者には何か事後物語があったような気がしてネットで調べると、やはりその後若くして自殺していた.東京オリンピックの成績を苦にしたものではないが、次のオリンピックを目前にしての自殺であり、遡るなら東京オリンピックの成績が起源であることは容易に推測できる.

   円谷は遺書を残している.それは「美味しゅうございました」を繰り返す文体で、確かに、韻を踏んだ一寸した詩のようにも聞こえるが、これは全く独自の文体と言うより、第二次大戦中の特攻隊員が書いた遺書の文体にそっくりなのだそうである.最後には「幸吉は、もうすっかり疲れ切って走れません」とある.これは、オリンピックの実況の「円谷疲れました」への呼応であるとも取れ、彼の孤独な勝負はオリンピック後も休みなく続いていたことを表している.

   三島由紀夫は円谷の生き様と死に様とを絶賛していたようだ.小さなカミソリで頸動脈を切っての自死という方法もその意思の強さを象徴している.三島をもって感嘆させたのはそういう刃物での自決という手段もあっただろう.

ウィキを見ると、三島による円谷の遺書と自死への言葉が載っている.

「三島由紀夫は『円谷二尉の自刃』の中でこれらの無責任な発言を「円谷選手の死のやうな崇高な死を、ノイローゼなどといふ言葉で片付けたり、敗北と規定したりする、生きてゐる人間の思ひ上がりの醜さは許しがたい。それは傷つきやすい、雄々しい、美しい自尊心による自殺であつた」と斬り捨て、最後に、「そして今では、地上の人間が何をほざかうが、円谷選手は、“青空と雲”だけに属してゐるのである」と締めくくった。」

   上記の一文を読んで思い出すのは、映画「東大全共闘と三島由紀夫」においての楯の会のメンバーによる回想で、そのメンバーの知人が自死した際に「理由は精神衰弱」と三島に報告したところ彼が顔を真っ赤にして怒ったというエピソードである.その際に三島が言った言葉というのが、上記に書かれていることとほとんど同じなのだ.もしかしたら、円谷のことを思い出してのことだったのかも知れぬ.

   三島による円谷の死の評価をどう見るか.人は死すれば言葉なく、純粋な他者に対する存在のみとなる.だから、その価値や意味付けは全く他者に依存することとなる.三島は円谷の死を美しい自尊心とした.そう表現することで彼を貴いものとした.だが、死してなおこのように言われる境遇に生前置かれていたからこそ、彼はそこに常に自己との違和を感じていたのではないか.そのような滅私の存在であれと言う輪郭線の見えない巨大な圧力が彼を押し潰したのであろうと思わざるを得ない.無垢な個人による理想像の押し付けが集まり、やがて巨大な津波となって一人の青年の人生を押し流した.

   ところで、三島は、意識ばかりで行動が伴わないことを良しとせず、両者を統一させ、いやむしろ行動を持って意識を規定しようとして、自らの身体を鍛えていた.実際にも全共闘に対しても、その思想は置いておいたとして、行動を起こして現状を変えようとする態度は「絶対に認めます」と言っている.

   行動しなければ意味がないという思想はどうやら60年代には盛り上がっていたように思われる.そこにはサルトルの実存主義も少なからず影響を与えていたのだろう.また、「映像の世紀」を観ていて思ったが、高度成長期の日本こそが、思想より行動の時代であった.それこそ、毎日街が変わって行く.思い出の光景などは文字通り思い出の中にしか存在しなくなる.そう言う時代である.フィジカルに動いて物理的に物事を変えていく有無を言わせぬ重たい力強さが満ちていた時代である.文筆で自らの思想を書き連ねる作家にとって、所詮それが物質化したところで手に収まる書籍という神の束に過ぎない.そう言う物理的な存在的弱さを体感させられる時代であったのだろう.そう思うと、人は自分が生きる時代と場所に分かち難く結び付けられているのだと強く感じ入る.深く自己を考え、自己の在り方を問うた各時代ごとの知識人とて、結局のところ、その思想は彼らが生きる時代と場所という背景の上に描かれるのである.

   歌は世につれ世は歌につれ

   ということである.


   2021/07/22

2021年7月27日火曜日

藤原彩人 軸と周囲 -姿としての釣り合い- を観て




   歴史において、人は人の形を規定しようと試みてきた.その外見においては、時に神の形と同一視され、現世の人と分けるために、そこに究極の調和という抽象性が当て嵌められた.完全なる人の形が想定されることで、生きている人の形は不完全であるという必然が与えられた.これは奇妙でもある.私たちの形は「完全に不完全」であるのだから.完全なる不完全とは何であろうか.それは完全に近づくのであろうか.

   かつて、大自然の中に自己という存在を見つけることで、人類は世界から自分たちを分けた.世界は自分たちの生きる場となり、自分たちは存在の主人公となった.しかし同時に、私たちは、自らの内から生きていることへの予感も持っていたはずだ.生き物はその身体を傷付けると弱り、程度によっては死に至ることは経験上知っているのだから.

   人は世界の中に合ってその環境に根ざして生を営み、その生を実行するのは身体である.何より、私という自己を認識する場は自己の肉体である.

   人体とは、世界における人を規定するベクトルと、それを規定する私を生み出すベクトルとが出会う、たった一つの点である.それを私たちはどう見るか、人の形として見るのだ.皮膚をまとった人の形はすなわち、世界の内にあると共に私自身であるという、外と内からの存在論的拮抗点が面をなしたものである.私たちは人類史的な過去からその外形を捉え、あらゆる媒体にそれを刻みつけてきた.マンモスの象牙に、土に、岩に、紙に、キャンバスに、モニターに.

   私たちを内から生かすもの、すなわち内臓への眼差しに理性的な判断が追いつくのは時間が掛かった.西洋ではアリストテレスからヒポクラテス、ガレノスと様々な判断がなされてきたものの、その判断が、より先に理解されていた構造と合致し始めるのは、17世紀のハーヴェイまで待つ必要があった.医学は以後、現代に至るまで、人を内から生かすものについて、人体の内部からの視点を示し続けている.

   ところで、人体の“内部”とはどこからを言うのか.殉教した聖バルトロマイのように剥がされた皮膚より奥をそう言うのだと思われているが、そもそもそれは、皮膚が剥がすことが可能であったからそのように言われるのである.皮膚は実際に、その深層から覆われた膜を取り除くように引き剥がすことができる.皮膚とその深層の間の結合が緩いため、その線維が容易に引きちぎれるからである.皮膚はしかし、衣服のように着脱可能な体外由来ではもちろんなく、それ自体が一つの、そして人体で最大の必須器官として機能している.それゆえ皮膚を取り除かれた人は生きていくことができない.

   つまり、皮膚はその厚みの中において、すでに機能を営む一つの系をなしており、それを人体を生かす内部を曝け出すための覆いとするのは正当ではない.皮膚が覆いではないのであれば、人体の内外を隔てる物質的境界面は存在しないという事になる.そしてそれは、その通りなのだ.しかし、人は内を知りたいと欲する.真実はいつも隠されていなければならない.衣服を取り除くことで社会的な覆いの下に動物的な人間を見るように、皮膚は人を生かす内側を覆い隠す象徴的な膜として選ばれたのである.

   藤原彩人氏による個展の作品群は、人の形がモチーフであるが、そこには滑らかに視線を滑らせる体表の起伏は存在しない.そこにあるのは、全体がバラバラに区切られた身体の部位であり、言うなれば、皮膚という覆いを剥がされその内面を曝け出した人体である.作家はこれを、人体の内側をひっくり返したものと表現した.腕や脚は中空の筒となってぐにゃりと曲がり、像の姿勢を維持する板状の梁が随所に見られる.胴には肋骨か魚の鰓を思わせる曲った溝が彫られている.階段状の溝や穴もあって、直線的で工業的な無機質さが粘土という有機的な素材に硬質さを与えている.像たちは片膝を立ててしゃがみ込んで片手を頭部へと運び、何か考え事に我が身を忘れているようだ.

   作家が言ったように、これがひっくり返された内側であるとして、そこにあるものは人体の内側にあって人を生かしている部分である.それがここでは内外が反転している.その時、鑑賞する私たちは、この作品の内側にすでに在しており、そこから作品という体外を垣間見ているということになる.すなわち像たちは、私たちが生きる世界、その有り様なのだ.

   私たちが住まう世界がどのようなものであるか.それを捉える私とは何か.環境と自己という関係性をひと繋がりの連続として見た時、しかし、そこに明らかに在る結界としての自己、それは世界と内の関係性を断ち隔てる結界というよりむしろ、濃度の異なる溶液の間に置かれた半透膜のように機能的に作用するものとして見えてくる.作家はその機能を、これまでのように皮膚という境界を外から眺める姿、つまり自己を世界として見る視点から鮮やかに反転させ、自らが世界を見る視点を構築したのだ.その時世界はどのように映るのか.その自己という半透膜はどのような形態を描くのか.私たち人間にとっての世界とは、あくまでも人の形をしているであろう.しかしまた、自然に工業という人間的営みが侵食しつつある現在においては、それは天然の調和という幻想からは逸脱した一見「不完全な」異形へと変容せざるを得ない.これらの像は、現在とその先を思惟する.それは何を?それは人と世界の関係性についての問いに違いない.


藤原 彩人    軸と周囲  -姿としての釣り合い-

Axis and Surroundings -Balance as a figure-

2021年7月15日ー8月1日

開廊日:木ー日

開廊時間:13:00-18:00

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2021/07/27


偶然という物語

    物言わぬひとつの石ころに目が行くことがある。それらがこちらへ話しかけてきたわけでもない。たまたまそこを歩いていて、ふと目を落とした先にその石があっただけの事だ。もし何か急いででもいたら、同じように目を向けたとしても、それが網膜に映ったことなど気付きもしない。人生の時間と移動する空間の広さに、その時の精神状態まで考慮に入れて、その石ころを拾い上げる可能性を割り出したら、それこそ“たまたま”や“偶然”と呼ぶにふさわしい数値が出るに違いない。

   

   もし、あなたが石ころだったらどうか。今まで一度も誰もあなたに目をくべた存在は、それこそ虫一匹でさえ、なかった。それがある日、突然に誰かがあなたに気付き手を伸ばし拾い上げられる。あなたはこう感じるだろう。やった!私は他とは違う。その事が認められたのだと。私という才能の抑えきれぬ光によって、物言わずともこうして選び取られるのだと。


   さて、拾い上げた方も、それを握って重さを確かめたり、土をはらって形や色をよく見て、なるほどこれは面白い石ころを見つけたものだと悦に入るかもしれない。その内に、こんな石はそうそう見つかるものでもない。これは単なる偶然でもなく、いつも何か珍奇な物を見つけてやろうとする心持ちがあったからこそ見出せたのだと、そう思えてくる。


   見つけた、見つけられた。そのどちらにせよ、起きたことを振り返る時、そこに理由という物語が付け加えられる。そうでなければならないのだ。私たちの“意識”にとっては。意識とは物語である。私たちの外世界は感受され意識によって反復可能な内世界として再構築される。私たちが思い出とか記憶と呼ぶものである。外世界の現象は二度と反復されないが、記憶はその再生を可能にしている。それは、撮影した動画の再生とは根本的に異なる。動画は、それが貴重な瞬間を反復していようと、実際には光線の明滅の集積であり、そこに物語は存在しない。それを“貴重な瞬間”という物語にしているのは、それを見た私たちの意識である。


   実際には意識のない(必要のない)石ころには拾われた理由などないが、それは私たちとて同様である。しかし自らの人生が偶然の積み重ねに過ぎないなど受け入れ難い。それは、意識ある人間の否定と等しいからだ。意識ある、もしくは記憶ある人間である以上、世界は物語である。物語である以上、真なる偶然はなく、何らかの事象が繋がりあった理由がそこにある。

   私たちにとっては偶然に見える事象でさえ、偶然という物語に彩られているのである。


2019年2月5日

2020年5月21日木曜日

芸術の質と共有

   深刻な悩みの原因というのは、本来個人的なものであるはずだったが、現在のいわゆるコロナ禍では、それが共有されるものとなった。つまり季節の移ろいや一日の昼夜といった、皆が知っていて当たり前の現象の仲間入りをしたということだ。共有されるものは伝えることができる。たとえば、私たちはシンプルに夏の暑さと聞いただけでも、蒸し暑さやセミの鳴き声や白く強い光を思い出すことができる。それは、言葉が放つを共有しているからだ。言語で表せるならば質を記録することさえ可能だ。およそ1000年前に書かれた枕草子の「夏は夜」の一言でさえ、その質を共有し体感できる。
   もちろん質の共有がむずかしいものもある。文化や時代によって大きく変わっている概念の質は、今の捉え方で代替して感じるほかない。質は不変ではない。たとえば、古代ギリシアの神々の像が放っていた質は現代の私たちには感じようがない。それが東洋人の私ともなれば、文化史的な実感など不可能であると言わざるを得ない。コントラポストやプロポーションを鑑賞して欲しかったはずではないことは分かるけれども。
   不変ではないのだから時や場所が変われば、その物が放つ質は、そこに生きる人のものにすっかり取って変えられることも往々にしてある。日本の仏像も、かつては神仏そのものとして信仰されていたものが、今では、美術館を巡回展示される鑑賞物となった。美術館で見る運慶仏と薄暗い寺院の堂内に居る運慶仏とは、物質として同一であっても、全く異なる質のものであり、両者の間にはほとんど別物であると言えるほどの断絶があることは忘れてはいけないだろう。

   対象が放つ質は、それが生まれた(作られた)場所と時間の生さを本来は宿しているのである。それらは、たとえばそれが仏像だとして、それが建立される必要があった時代性に則しているもので、時代が移ろえばその質は過去のものとして乾いてしまう。現代人は、言わばその干物が放つにおいを本質としてそれぞれが嗅ぎ取っているようなものである。
   ところが、ある時それが蘇ることがある。干物がにわかに生に戻るようなことが起こる得る。今回のコロナ禍はまさにそれが起こった稀有なことである。
   突然に昨日と違う今日となり、今日の連続としての明日が見えなくなり、先の見えない不安が、誰かひとりの身にではなく、全てのひとに一辺に降りかかった。その時、私の不安は他者のものとなり他者の不安は私のものとなった。私たちは一斉に底知れぬ不安を共有したのだ。科学の時代に生きる私たちは、全ての出来事は、科学的に説明できると信じている。大抵の自然現象も制御可能か予測可能で人類はそれに対処可能だと信じている。ところが、大地震や今回のコロナが起こると、その人類が信じていたもののか弱さと頼りなさが露呈する。科学が信じられなくなったとき、ひとはどうするか。そういう問いは、科学が機能してそれを使いこなす人類の全能感を引き立てている間は、全く現実味を持たない。その現実味を実感するのが、今のような状況下である。それで、どうなるのか。一言で言うなら、原始性が顔をもたげるのである。私たちはどのような状況であれ、今日の先、将来がどうなるのかを知りたいのだ。その指針を示していた科学が不能となれば、科学以前に人類が心の拠り所としていた原始的思想に再び寄り添おうとするのである。それがすなわち、占い、呪術、物語、宗教そして芸術である。占いは端的に将来を語ってくれる。呪術はそこに何らかの能動的な働きを施して将来を理想に導こうとする。物語とは過去のことだが、それは経験の記録であり、現状と似た物語があれば、その顛末を今に当てはめてみることができる。宗教はそれら全てがセットになったようなものだ。そして芸術は、ショックを受けている現在の心情に扉を開き、まるで同情するようである。それは恐怖と恐れを前に、どう振る舞って良いかさえ分からない心情に具体的な対処法を示す感情の導き手となる。
   この時、これら過去につくられた物語、宗教、芸術の、それまで乾いていた質が生さを取り戻したのだ。それはいつか手の届かなくなった過去の遺物ではもはやなくなり、現在進行形の物語となった。かつて宗教を求めた人々の切実は今のものとなり、やむなくつくられた芸術が放つ切羽詰まった心情の出どころは、今や作品からなのか自らの内なるものか分からず渾然一体と化している。このような時は、人間もまごう事なき生物に立ち還っている。生物とは運命に抗う物体だ。それが動物であれば抗いは力を増す。そして人間だけが抗いを振りかえり、その質を岩に刻み付けるのだ。
   
   この春、カミュの『ペスト』が爆発的に売れているという。過去30年の出版部数を1ヶ月で超えたほどだという。そこには、感染症に襲われこの先どうなるのか分からない状況下で、物語でもいいから未来を見せてほしいという切実な要求が、それも個人を超えた人類的な本能の要求がはたらいているように思えてならない。大事なことは、誰もこの物語のようにことが進むと考えたり、そう願ったりして手に取っているのではないことだ。むしろ未知の恐怖に置かれたときに、人はどう感じ、考え、ふるまうべきなのかを見せてほしくて手に取るのだと思う。

   今は芸術が生の価値を放っている。今ほど芸術の価値を生命との距離感によって、それも個人の状況ではなく全人類的な状況において、実感することが可能な時代はなかっただろう。今とあってはミケランジェロの彫刻も、もはや大理性かどうかは問題ではなく、コントラポストという単語も無意味な響きであり、それが放つ死と隣り合わせの今という生を反射する姿だけが鮮やかによみがえっている。これこそが芸術のあるべき姿であろう。平和な時代に良い芸術は生まれないというが、それは仕方のないことだ。人という生物は襲われてはじめて抗うのだから。そして芸術の本質とは生物的抗いの人類的様式であるのだ。
   この瞬間も、新しい芸術が生まれているだろう。この先遠くない将来に、芸術の動向が大きく変わるようなことがあるかも知れない。これはきっと思い違いではない。今とあっては、私の予感は私だけのものではないはずだから。

2020年4月5日日曜日

スーパーマーケットの彫刻史


   スーパーマーケットの菓子棚で、ふと目に留まって手に取ったのが左のもの。商品名が碌山だ。驚いたが、中村屋という社名を見て納得すると共に、その名がこうして社会的に生きている事に奇妙な感覚を覚える。なぜかと言って、この商品を手に取る人の一体何人が、碌山という名称を気にかけるか、ましてやこの人物が日本の近代彫刻の始まりともなる作品を作りその完成と共にさらりとこの世を去ったことや、その死んだ場所が他でもない新宿中村屋の奥の部屋であったことなど、どうして想像ができるであろうか。

   碌山こと荻原守衛は、明治の日本が世界の中でその存在感を高めていこうとしていた時代のなかで、新たな西洋芸術から人間が個人を生きることの崇高さとその表現力を感じ取り、それを直接に学ぶために、公費など頼らずニューヨークやパリなどヨーロッパへ渡り、ロダンを現地で知り彼にも会い、帰国後はその最先端故に少ない賛同者の中でその新しい芸術を、それまでの日本には無かった“生きざまと表現の合一した芸術“としての彫刻を、貧困の中で模索し発表した人物である。その碌山は、1900年代始めの人が移り住み始めた新宿の駅近くに店を構えて成功した中村屋を始めた相馬夫妻と旧知の仲であり、繁忙期などには店の手伝いもして、半ば家族のような関係であった。1910年の4月、いつものように訪れていた中村屋の奥の部屋で突然に血を吐いて倒れ、そこで死んだ。30歳であった。碌山はごく簡単なアトリエ兼住居を、今の都庁あたりの、まだ畑が多かった角筈に建てて住んでいた。そこには作りかけのひざまづいた女の裸体塑像が残されていた。この「女」はのちに明治以後彫刻の重要文化財の第1号となる。

   碌山は、自分が生きる時代を最大に生きようとした人間に映る。それは国外まで単独で飛び出してしまう行動力にも現れるが、同時に、生きることと芸術追求への内面性も突き詰めて、自らを苦しめてもいた。
   そういう男が、東京新宿に居た。その生きざまの結晶が、彼が残した彫刻である。彫刻はそれら全てを再生する記録媒体ではないが、そこに残る指跡や形態が、かつてその男がいた事を証明している。今となっては、碌山という文字はその象徴でもある。それが、ある菓子の商品名となって印刷されているのを見ると、碌山という文字や、ひいては彼の作品から想起する百数十年前の東京にあった人生が、時流れた今ならば一つの物語に過ぎないという現実に引き戻され、寂しさを感じるのだ。
   
   そして、そうした新しい芸術家たちを支えたのが、新宿中村屋であり、その創始者の相馬夫妻であった。中でも、その妻である黒光(こっこう)は碌山にとって、まだ長野県の安曇野にいた頃からの仲であり、新宿に移ってからは、芸術論を語る仲間でもあり、生活面の支援者でもあり、密かな思いを抱く相手でもあった。絶作である「女」の顔は黒光に似せてあるという。
   
   和菓子の碌山の隣には、中村屋の羊羹が置かれていた。その中になんと黒光という名のものがあって、また驚いた。気付いてしまったからには、両方を買うしかなく、それをこうして並べてみたわけである。
   黒光は、今でこそその名は巷に響かないが、中村屋の事業的成功の後は、様々な文化的活動や芸術家支援で有名な文化人であった。

  生前の碌山とも親交があった彫刻家で詩人の高村光太郎は、彼の死を早めたのは黒光のせいだとして、好かなかったという。光太郎は碌山の死を悼む詩「荻原守衛」を残しているが、そこに登場する作品の名は「女」とは異なっている。


    粘土の「絶望(ディスペア)」はいつまでも出来ない

 「頭が悪いので碌なものは出来んよ」

 荻原守衛はもう一度いふ

 「寸分も身動き出来んよ。追いつめられたよ」

 四月の夜更けに肺がやぶけた

 新宿中村屋の奥の壁をまっ赤にして荻原守衛は血の魂を一升吐いた

 彫刻家はさうして死んだ……日本の底で 


追記(2025年10月5日)
訳あって、菓子の碌山をネットで探すも出てこない。さらに調べると

中村屋の和菓子「碌山」は、2022年4月に販売が終了しました。 
詳細
* 販売終了時期: 2022年4月。

と出た。何ということか。
一方で食べ切りサイズ羊羹の「黒光」は売られている。何とも、彼らの人生の長さとリンクするようではないか。


2019年10月20日日曜日

結果としての言葉

人間は世界を言葉とし、言葉を信じることで繁栄を築いた。
それゆえか、人間は時に言葉を信じすぎ、目の前の真実さえ無視する。
白を目の前にして黒だと言われ続けると、それが黒にさえなってしまう。

これが意味するのは、本質的に言葉は無意味であるということだ。
無意味だから、どんな意味も与えられるのである。

言葉を盲目的に信じてしまう人間が、人々が理性的であろうとすればするほど、増えていく。
しかし、本来無意味な言葉が人間を正しい方向へ導けるだろうか。
無意味な言葉に正しい意味を置くのは、言葉ではなく、人間である。
結局、人間は正しい人間であろうとする欲求と、それが本当に正しいのかという反省を、言葉に頼らずに、人と人の間において確かめ続けなければならないのだろう。
それがどのようなものとなるのか、それが言葉で表され、私たちは初めて自らの行為を振り返り、他者へ語ることができる。

言葉は人の前にあるのではない。人の人間たらんとする行為の結果として言葉があるのだ。

Oct 3.

2019年8月13日火曜日

彫刻の現象学


彫刻や絵画と分けることは今や本質的ではないとも言われる。それでもその言葉は別れたままであり、それは私たちに中に両者の違いが確固たるものとしてあるからに違いない。本質的ではないと口走るその反対側に、両者はあくまで異なるという叫びがある。両者が同じだという本質を探るなら、それでも両者を分ける原因を探さなければならないだろう。私たちの中には彫刻が確たるものとして在るのだ。その、彫刻も絵画も一緒くたに見える混沌から彫刻の探すことが求められる。それは、石彫やブロンズ像のように明確な表面性を持った非時間的かつ実在的な在り方ではなく、現象学的な内面への立ち上がりとして感じ取られるものである。彫刻とは何か。それに肉薄できるものは現象学において他にない。
2019/08/05