2014年11月25日火曜日

歯のゾンビ

 歯科医で歯の1本を神経治療した。神経治療とはつまり「神経を抜く」というものだ。

 歯は硬くて白いので、骨が外に出ていると思われていることがあるが、もちろんそうではない。健康な状態で骨が体の外に見えることはない。歯は、そのできかたや歴史から見れば、むしろ皮膚に近い。サメのざらざらした皮膚を鮫肌と言うが、あのざらざらの1つ1つを拡大してみると表面はエナメル質でその内側に象牙質がある。その構造は私たちの歯と同じだ。だから、歯は大昔に体を保護していた硬い皮膚が口の中に入り込んでそのまま居座ったなれの果てとも言える。皮膚は盛んに新しいものができて古いものが剥がれ落ちるが、サメの歯も常に生え替わり続けている。そういえば私たちも幼少時に一度だけ生え替わる。

 そう考えたところで、歯1本の神経を抜くことの意味が軽くなるものでもない。顎の骨に刺さっていながら1本の歯は神経を切断された。神経を抜かれた歯はもはや感覚を伝えることもないし、その先に生きていた細胞たちの命も絶たれる。つまり、この歯は顎にありながらもはや生きていないのだ。死してなお、咀嚼の仕事をさせられる。言わば歯のゾンビだ。口の中のゾンビ・・おぞましい響きだが、思い返せば私たちの皮膚表面の角質層も細胞の死体たちである。死んだ細胞が何層にも重なり合うことで、皮膚は摩擦などに対抗している。そもそも死んでいるから引っかかれて多少剥がれてもさして問題ではない。

 人はみな細胞のゾンビをまとって生きている。私は口の中に1体ゾンビが増えたわけだ。