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2013年10月16日水曜日

『ファブリカ』の解剖図の芸術性



 今から470年前、バーゼルで大きな書籍が出版された。その書籍は出版直後から激しい議論を巻き起こしたが、歴史がそれを受け入れ、それ以前と以後とでは多くの事柄が変化し、その恩恵を現代の私たちも受け続けている。その書籍『ファブリカ』は、古代ローマから続いた誤りを含む医学権威への盲信から医学者の目を覚まさせ、近代医学・科学の礎となった解剖学書だ。同書が出版されたとき、著者である大学教授のヴェサリウスはまだ28歳だった。
 『ファブリカ』が書籍として果たした別の革命として、本文と図譜の有機的な結合がある。そこに記された図譜は、雰囲気をもり立てるだけの挿絵ではなく、全てが本文の内容とリンクすることで意味を成す”視覚的伝達手段”として置かれた。言語だけでは語り尽くせない解剖構造を、それらの図譜が補っている。
 
 『ファブリカ』は全てラテン語で書かれているうえに専門的な内容なので、誰もが本文に目を通してその素晴らしさを理解したわけではない。それでも同書が時代と国を超えて伝えられるのには、一見して素晴らしさが伝わる解剖図に依るところが大きい。事実、そこに表された「生きた人体としての解剖図」というかたちは、その後の長きに渡り解剖図の「型」ともなった。そのような図像学的にも語れることは多いだろうが、よりシンプルに見てもその解剖された人物像たちは芸術的に非常に優れている。

 第1巻には骨格人図が3葉、第2巻には筋肉人図が14葉収められている。様々な形で引用される図なので、見覚えのあるひともいるだろう。これらの図を解剖図として見ると、現代の医学書に用いられる図との大きな違いから、違和感を感じさせる。骨や筋を露出させた状態でありながら生きているという描写は、非現実的で不気味さも漂う。
 しかし、骨格人や筋肉人たちが取っている姿勢を良く見てみると、決して不気味さを与えることが目的ではないことが分かる。彼らは基本的に片足重心で立ち、それに伴う重心の移動を全身で調節している。それが全身をつらぬく曲線を生み出し、腕と手の位置と顔の表情とで心情の表現をも感じさせている。このような姿勢は、この時代の芸術では頻繁に用いられるもので、この解剖図を描いた作家が専門のトレーニングを受けていたことを表している。さらに、14葉では姿勢にバリエーションがあるが、そのどれもが姿勢に調和を保っている。

 筋肉人たちは、徐々に筋を剥がされていくので、背中を見せているある図では尻の筋が丸ごと剥ぎ取られ、脚の付け根の関節がほとんど露出している。そのような体表の輪郭が失われるほど解剖が進んだ状態であっても、周囲の構造描写が崩れていないため、人物像としての安定を保ち続けている。
 これらの骨格人図、筋肉人図が描かれるのにどれだけの忍耐と労力が必要だったろうかと思わずにはいられない。裸体の人物像を描写するだけでも、相応のトレーニングが必要である。その外見、輪郭を保ちつつ、内部構造を正確に描いているのだ。解剖図は構造の形状と位置関係にシビアである。”何となく”や”雰囲気”では描けない。ここの構造については全て著者ヴェサリウスの指示の下に進められた。しかし、これらの図を描いた画家が解剖構造について無知であったとして、ヴェサリウスの指示を正しくくみ取ることが出来ただろうか。『ファブリカ』が世に出るより半世紀以上前から、一流の芸術家達は表現のために人体解剖を行っていた。恐らく、この解剖図を描いた画家も既に解剖構造をある程度知っていたと思われる。では画家は誰であったのか。それは分かっていない。同時代の芸術家についての著名な伝記であるヴァザーリの『芸術家列伝』においてティツィアーノの項目でヴェサリウスの図を描いた画家としてカルカールの名が出るが、これは『ファブリカ』の5年前に彼が出版した別の解剖図のことである。
 『ファブリカ』の骨格人図と筋肉人図は明確な輪郭線と強い陰影描写によって、手で掴めるような実在感をもたらしている。全身の当たる光線の方向も意識的に捉えられ、それは足元に落ちる影まで統一されたものだ。筋のひとつひとつも、現代の解剖図のように筋線維の走行線を描くというより、筋のもつ”かたまり”の量を描写することを優先している。このような、立体感と遠近感を重視したのはルネサンス芸術が最も花開いたフィレンツェで活躍した芸術家たちが好んだ技法である。私はこれらの図を見るにつけ、彫刻を学んだ芸術家による作画ではないかと感じてしまう。たとえば、偉大な彫刻家ミケランジェロが描いたシスティーナ礼拝堂天井画を思い出させる。
 筋肉人図を分析し、内部の骨格を抽出してみると、一見正確に見える構造描写も曖昧な点が多いことが分かった。立体である人体を平面上に再現する際に、意図的に歪ませたと思われる部位もある。このような、「気付かれない歪み」はミケランジェロの人物画にも見られるもので、視点が固定される平面図だから出来る技法とも言えるだろう。

 『ファブリカ』の発刊は、当時の医学界に大きな衝撃を与えた。しかし、その衝撃力は文章を読まずとも一目のうちに伝わるこれらの解剖図に依るところも大きい。解剖学の知識が治療に直接結びつくにはまだ時間が必要だった。純粋科学としての色が強かった解剖学の知識-つまり、皮膚の内側の形の知識-を誰よりも必要としていたのは、人体の形を造形する芸術家たちだった。先にも書いたように、彼らは既に自らで人体解剖をしていた。しかし、人間を解剖するという行為はあらゆる意味で気軽ではない。むしろ、しなくてもいいのならしたくはない類の行為である。そういった芸術家からの要求にも『ファブリカ』は応えるものだった。事実、筋肉人図の第1図は芸術家のために用意されたのである。芸術家を想定読者に据えた解剖学書は同書が初ではないものの、「実用に叶うレベル」を付け加えるなら、『ファブリカ』が初の美術解剖学書であるとも言える。

 『ファブリカ』の発刊後まもなく多くの海賊版や複製図が生み出された。その後、数世紀にわたって、同様の筋肉人たちが解剖書に登場するが、同書の筋肉人たちほど優れた描写のものはひとつも存在しない。
 16世紀のイタリアにおいてこのような奇跡的な大著が生まれたのには、様々な理由が重なっているが、このような事象が多く起きたのがルネサンスと呼ばれる時代だった。
 ヴェサリウスが『ファブリカ』で成した医学的、科学的視点は偉大である。それと同時に、「視覚伝達・非言語的伝達」の重要性を理解し、高いスキルの芸術家を画家として採用することで画と図を非常に高いレベルで融合させることに成功させたこともまた評価され続けるべき事実である。

2013年7月15日月曜日

ヌードと人体解剖


 日、夜の大都会某所で、表現のための人体構造を学んだ学生たちを対象にヌード・モデルを用いたセッションが行われた。広い空間をパーティションで2つに区切り、それぞれに男性モデルと女性モデルを入れるという贅沢なものだ。同時に同じポーズをしてもらい、学生は男女モデル間を自由に行き来することができる。途中、男性モデルには上腕運動時の上肢帯(肩甲骨と鎖骨)の連動的運動を実演してもらい、女性モデルには乳房の可動範囲を示してもらった。
 モデルの体型や今回のセッションの内容については事前にエージェントへ伝わっているものの、どのような方が来るのかは当日まで分からない(海外では、モデルのプロフィールや写真などの情報開示をしているところもある)。今回のお二人は若いうえに、ポージングにも慣れていてリクエストにも好意的に対応してくれたことで非常に良いセッションとなった。

 初のポージング始めにモデルが臆せず下着を脱いでポーズを取ると、初めての学生達はモデルの正面に陣取って、皆が背中が壁に着かんばかりに後ろへ下がっていたのが微笑ましく印象的だった。ただ、そんなのははじめだけで、皆すぐに観察と描写に夢中になりどんどんモデルに近づいていく。
 学生たちのほぼ全員がヌード・モデルを描くのは人生で初だったのではないかと思う。そんな彼らを見て、”人間が人間を見る、それもまじまじと”という行為の奇妙さと求心力の強さを感じた。全く我々は奇妙は動物だ。
 目の前のモデルが持つ肉体と、ほとんど同じ物を皆が持っている。そんな、言わば究極の身近でありながら、それを冷静に客観的に見るという行為は一般的生活を送る人々はほとんど体験することがない。だから、ヌード・モデル・セッションはその意味において非日常性の高い奇妙な体験である。
イメージ

 ともと志の高い学生達だが、この日の皆の集中力は特別だった。休憩時間になってもペンが止まらない者、画力の理想と現実の差にため息を突く者、男女モデルを同時に観察したいのでどうにかならないかと聞きに来る者、とにかく時間が足りないと嘆く者・・。こんな積極性を見せるのは初めてで、どれもこれも、本物を目の前にして、それを捕らえてやりたいという欲求が強烈に引き出された故だろう。
 私としては、彼らのクロッキーを見て、構造で対象を捉えたうえで表現(描写)へ反映させるということの難しさを改めて感じた。講義では、人体を構造の複合体として捉えられることが表現を輪郭線という平面性の呪縛から解き放つ強力かつほとんど唯一の手段であることを具体的に示してきた。ところが、いざ目の前に”総天然物”である裸体が立ちはだかると、そんな座学の知識はほとんど力を持たず、輪郭線で対象を追うことで精一杯という描写がほとんどだった。また、顔が整った女性モデルだったので、ある学生はその描写に捕らわれた結果小さな体が巨大な顔の下にぶら下がったような描写になっていた。
 これらを、残念な気持ちで見ていたのではない。ヌード・セッションが学生達から”ぎりぎりの本気”を引き出した、その”場のちから”に驚いていたのだ。ポーズは静止しなければならないので、20分ごとに休憩が入る。今回は毎ポージングごとに違う姿勢だったので、学生達はたった20分の間に目の前の描きたい部位を出来るだけ紙の上へ収めなければならないというタイム・プレッシャーが掛かっていた。これも、彼らの本気を引きずり出す主要因のひとつであった。とは言え、何と言っても強力な要因は”目の前の裸体”であることは疑いがない。捕らえどころのない人体を目の前にして時間内に何とか画帳へ留めようとペンを走らせるとなると、身になっていない知識など吹き飛んでひたすらに”今まで通りの”輪郭線で追うしか出来ない・・。そんな切羽詰まった様子が見て取れた。
 構造視と実物観察。この往復作業を数回繰り返すことで、もっと実質的な描写力へと繋げていけると感じる。今は第一歩を踏み出したというところか。

 回は指導側ゆえに、モデルと観察者とが作り出すこの空間を客観的に感じられた。この空間には、画力向上という本来の目的以外に、何某か心に訴えかけるものがある。それは有機的な感覚と繋がっている。観察という冷静さが、有機的な暖かいものと繋がるという経験で近いものを思い浮かべていた。それは、人体解剖だ。実習室に並んだご遺体との対面と、実習を通しての内部構造の観察。腰が引けているのは最初だけ。剖出が始まれば、直ぐに作業に夢中になっている。そうして、その間冷房の効いた実習室では冷静な観察と理解が求められるが、それらの知識は皆、”人が人を治し助ける”という有機的暖かさと繋がっている。それだけではない、生前は決して見せることのない自分の内側(内部器官)という究極のプライベートの開示と観察とがこの空間では許されている。見せる側の生命はもはや無くとも”見ても良い”という遺志がそこには明確に強くある。要求と許諾。求め許すという行為がそこには流れているのだ。
 ード・モデル・セッションもそこが似ている。他人に裸を見せるというのは相当にプライベートに入り込んだ行為だ。そこには「こっちは賃金を払っているのだから」というような無機質さだけでは成り立たない類の、感情のやりとりがある。それは金銭を超えた要求と許諾である。そういった暗黙の取り引きはあの空間にいることで”感覚的に”くみ取ることができる。だから皆、真剣になるのだろう。
 解剖実習は「死」のイメージを払拭できないが、ヌード・モデル・セッションにはそれがないどころか、「生」の瑞々しさや、なまなましささえ漂っているという決定的な違いがある。それに、解剖見学は厳しく限定されているが、ヌード・モデル・セッションは求めるなら基本的に誰でも参加できるものだ。

 ード・モデル・セッションの一義的な目的は「生きた人体の形状の観察」だが、その看板に書かれない独特な空気感を体験するだけでも参加する価値が十分にあるのではと、この日思っていた。

2011年9月24日土曜日

一般のための解剖学

 私たちは皆、一人につき一体の体を持っている。心身二元論的な言い方だが、そのように感じられるのも事実だ。体は超自然的な力によって生きているのではなく、眼前に広がる自然界と同様の物理原則に則って物質や情報が移動することで成り立っている。緩やかに流れている小川でもひとたび石などで流れが遮られれば氾濫を起こすように、体内でも何らかの原因で不具合が起こればたちまち体調不良という形でそれが現れる。小川と違う点は、不具合を積極的に取り除こうとする働きが起こる点だ。しかし、それとて「超自然」ではない。そこに何らかの意志を置こうと考えるのは私たちの脳の働きによるものに過ぎず、より大きな視点で見るなら、身体を一定に保とうとする機構もまた、そのような自然の系の現れのひとつに過ぎないと言える。
 人間を心と体に分けるというのは、私たちにとって非常に馴染みやすく、そこに違和感を感じることが少ない。だからこそ、世界中の宗教でも”物質的な体のない体=霊体”という、冷静に考えると矛盾した存在概念を受け入れている。しかし、脳の機能や体の機構が明らかになるにつれ、心と体が全く分けることの出来ない同列の存在であることも理解されてきた。個人は細胞の集まりという点では集合体であるし、「私」という自己同一性は、右脳と左脳とですでに違う。同様に、「私らしさ」も決して不動のものではなく、脳の特定領域が侵されれば、いとも簡単に別人格になってしまうことも分かっている。これらは、私たちの心というソフト的概念が、体というハード的存在に依っているという事実を示している。これらのような例を挙げるまでもなく、例えば、口内炎の一つも出来ればそれだけで、一日が憂鬱になってしまうことを思えば、どれだけ身体が心に影響を及ぼすのかが分かる。
 それでも、普段、体の調子が良いときは、私たちは身体について忘れがちである。「今日は体の調子が良いぞ」と毎朝考える子供はいないだろう。体の各所にがたが出始める大人になってこそ、そう思うようになるものだ。つまり、どこかに不具合を感じて初めて自己の身体を意識するのである。これはしかし、外傷や内臓疾患など明確に身体に関わるときであって、「気分が優れない」など、感覚的なものは最近まで身体と別の領域で捉えられていたように思われる。それが心理学という一領域を作ったのではないか。今では、それらも脳内物質との関連性から捉えられるようになっているが、家庭レベルでは今でも「それは怠けだ」で片付けられていることも多いだろう。

 書店などでは、いわゆる「こころの問題」に関する書籍が実に多い。こころというソフトに区分けすることで、それを身体というハードと別にし、論理的解釈で解決していこうとするわけである。それらは「こころと体」に分けることに慣れた私たちに非常に親和性が高く、実際、効果もある。これが身体性が更に希薄になり独自理論が組み合わさると「霊感」や「占い」など超自然的な解釈となってゆく。
 肉体の構造という「おもいっきりハード」として身体を見つめてきた解剖学の歴史は、この目に見える物質に、私たちが心と呼ぶものがどこに宿るのかを探る行為でもあった。現在、自然科学の領域である西洋医学において、身体が超自然的な働きで動いているという考える者はいないだろう。しかし、一般の人々にとってそれが全て飲み込める事実でもない。いや、多くの人にとって、医学的事実は理解できる。しかし、「こころ」がそれを受け入れない。脳死臓器移植問題などはそのギャップの表れである。
 書店では、身体についての書棚にあるのは、こころの扱いの書籍と、「家庭の医学」といった不具合に対処する書籍が大半で、シンプルな体の正常構造を記述した解剖書は目立たない。需要と供給のバランスがそこには現れている。多くの人にとって「正常な状態」の自分の体には興味が持てないのだ。「うまく行っているなら、それでいい」。これは、自動車などの所有物の構造にいちいち興味を持たないのと似ている。壊れて初めて「ラジエター」が何なのかを調べる。
 しかし、車と自分の体は違う。身体というハードは、そのまま「私自身」を構成しているのだ。解剖学を知ることは、正に「セルフ・コンシャス」な行為であり、自身の物質性というものに意識的になれる刺激的な学問である。わたしたちは自然状態(かつ健康)だと、どうしても「こころ」というソフトに傾きがちだ。巷では、骨盤矯正や頭蓋骨矯正など身体を改善させる行為やグッズがあふれているが、どうも情報のいいとこ取りで済ませている印象を受けることがある。自分の身体がどのように出来ているのかを基本知識として知っているなら、乱れがちなこれらの情報に流されずに済むかもしれない。このようなメディア・リテラシー的な目的でなくとも、せっかく生きている間お世話になる身体だと思えば、知っているのも損ではないと思う。
 解剖学に詳しい知人が以前、「全身骨格を一体分持っているよ。体の中にね」と言った。そのような身体感覚は面白いと思う。私自身の感想だが、解剖学を知ることで、身体性の扉が一つ開く。それは、自分自身そして自分以外の生きている存在に対する見え方を大きく変えるほどの刺激に満ちている。これほど身近で(何せ自分自身の問題なのだから)、全てに関わってくる学問が、「医学のもの」のように思われていることが残念に感じる。自身の身体は、誰のものでもない。知識の扉に鍵は掛けられていない。多くの人にその扉を開けてもらえればと思う。

2011年3月10日木曜日

顔と手は裸

 私たち人類は,遠い昔に体表を覆っていた厚い体毛を棄て,代わりに別の物で体表を覆った.それは他の動物の毛皮であったろうし,やがては植物から取り出した線維へと変わり,現代では石油から作り出した線維も用いられる.この「衣類」の発明によって,体表のほとんどの部分は他人には,おいそれと晒さない部位となり,プライバシーを象徴的に表す意味を持った.
 しかし,顔面と手の平は裸のままである.顔面は人類のコミュニケーションの最も重要な手段である表情を作る部位だ.芸術でも,顔とそれが乗っている頭部は,長らく興味の対象となってきた.首像や肖像,胸像などのジャンルとして呼ばれている.人類以外の動物は,感情表現に全身を用いる.人類はそれを顔面だけでも行えるようにした.私たちは相手のわずかな表情の変化にも気づくことが出来る.

 頭部は,彫刻的に見ても,興味深い部位である.頭部をごく単純化して捉えるならひとつの卵形の塊になるだろう.そのようなまとまりのある形状は量としての強さを表し,彫刻的に「絵になる」.このように理想的なベースのなかに,顎や鼻筋などの直線的要素が組み込まれることで形状に抑揚を与えている.眼窩や首と頭の付け根の凹みも頭部の膨らみとの関係性でボリュームのハーモニーを生み出す.人間の顔面は,その他の動物と比べれば平坦だが,実際のところはかなりの凹凸と複雑な面の組み合わせから出来ている.私たちは,コミュニケーションにおいては相手を正面から見て表情を読み取るという歴史を経たので,どうしても顔面を平坦に捉えてしまうが,それを造形する立場ならば,立体的な構造として捉え直さなければならない.頭部を作ると,どうしても前後に平たいものを作ってしまうのはそのためで,「かお」という概念を一度棄てるくらいの気持ちで,頭部の構造を見直さなければ,そこから先に進めないものだ.一流の彫刻家でも,家族や知人ほど,その首像を造ることが難しいという.単にパーツの形状を似せればいいというものでもない.モデルの特徴を強調すれば良いというものでもない.そこに注力しすぎると「似顔絵彫刻」に陥る.作家が感じている「その人らしさ」が,彫刻的な構造のなかに再現されるときに,理想的な肖像ができるのだろう.

 かつて,古代ギリシアでは,裸のアスリートを芸術家が観察し,それらが素晴らしい彫刻となった.やがて裸は隠されるべきものとなり,芸術家はそれを観察するのに苦心するようになり,手助けとして解剖学をも応用した.それでも,本当の裸を常に観察できる環境には敵わないだろう.現代の芸術家は,裸体をモチーフにするのに様々な努力をしているはずだ.人々にとっての裸の意味合いも時代によって変化し,「ヌード」に対する鑑賞者のとらえ方も時代で違うだろう.「何でヌードなの?」という疑問を聞くこともある.裸を見るということは,それほどまでに非日常的なものとなっている.
 裸という状態に,様々な意味合いが付加されている現代では,純粋に人体の構造美というものに興味を落ち着かせることは難しいかもしれない.どうしても我々はそこに「裸であることの特別な意味」を求めてしまう.
 一方で,顔と手は,相変わらず裸のままなのである.顔を作る難しさは先に述べたが,手も芸術家にとってチャレンジであり,その表現如何では,その作品が滑稽なものとなってしまうほどのものだ.手が持つ表情性については高村光太郎の彫刻「」が素晴らしい参考である.手が持つ,表現力と芸術性との関連性に言及した彫刻作品は,先だってロダンがある.「カテドラル」は有名だが,もはや手を超えた,より大きな構造体として見えてくる.

 全身のヌードが,特別なものとなっている現代においても,芸術家は私たち自身の探求の主題として「肉体の美」を忘れないだろう.だがそれは,今後はさらに,限られたジャンルとして切り離されていくかもしれない.そのような流れの中にあって,未だにごく身近な裸(=特殊な意味合いの込められていない裸)として寄り添っている頭部と手には,古代ギリシアの芸術家達が追った芸術性と似たものを追求する余地が,そこに残されているのかもしれない.

2010年7月1日木曜日

解剖学への興味

解剖学に興味を持ったのは、遠く大学生の頃。美術解剖学の講義の名前、その「解剖学」というフレーズに何か惹かれるものがあった。そう言う人は少なくないと思う。
決定的なのは、2年生の頃の解剖見学だった。その日の朝と夕方では世界が変わってしまった。もう、知る前に戻れないという事実を眼前にして、興味本位で見学した行為を後悔さえした。しかし、その時にそっと心に結わい付けられた解剖学と繋がる興味の糸は外れることがなかった。

解剖学の面白さは、じわじわとくる。しかも、面白さに段階があって、それぞれの興味範囲でも楽しめるようになっている!
自分の経験を元に考えると、初期段階は、骨だ。やはり、カラリと乾いているし、そのまま置いておける身近さも手伝って、その形状にまず惹かれるのはもっともである。
骨は、まもなく連結した「骨格」への興味へと移るだろう。一緒じゃないかと思われるかもしれないが、単独の骨と連結した骨格は、全くと言っていいほど興味所が違う。骨格では、関節の可動や、連結した骨同士によって意味をなす構造などが見所になる。
骨格に満足すると、そこに付着していた筋肉が気になる。それが次段階だ。なにせ、今まで見ていた骨の形状を規定しているのは、それにまとわりついていた筋によるのだから。すると、筋の付き方の精緻さとそれが生み出す運動の複合構造が見えてくる。骨格と筋で、体表を成す凹凸のほとんどが構成されている。こうなると、体表の凹凸を知るのに、体表筋だけを見ていたのでは物足りない事に気付く。
人体の形状を成す構造をメインとして見るなら、ここまでで一段落付く。ところが、本当の面白みはこの次から現れるのだ。

この先にあるのは、血管。体表のすぐ下を走行する静脈もある程度の規則性があるから、知っておくと造形にも役立つが、そこから脈管系に入り込み、また、筋の運動を制御している神経系に入り込む。そうしてなだれ込むように、内臓系へと入ってゆくと、全てが切り離すことが出来ない機能と構造の環を成していることが分かり、もはや、筋だ骨だと言っていられなくなる。言わば、系統的な見方に局所的な見方が加わる。
そして、それらがどうしてその形になったのかを知るヒントとして、発生学にも首を突っ込んでしまう。これが、これで凄まじく深くかつ面白いのだ。
こうしている内に、ふと自分の存在の見え方の基底が変化してゆくのに気がつく。個と全体、命の流れの一瞬としての今・・。
そんな生の哲学めいたことも、誰かに用意された言葉や思考機序によって発見されるものではなく、生命存在の事実から導き出されるから素直に染みこんでゆく。
そうしてここからは、形状(構造)とそれが織りなす生命(機能)が生み出す留まることを知らない好奇心の波にのまれてしまう・・。

解剖学は、生命を「生命」という看板が付いたつかみ所のない概念に落ち着かせない。それを、「生物」という確固として存在している物体から見いだされる現象であることに引き返させてくれる。
私は、ここに解剖学が持つダイナミクスを感じるし、情報という概念が一人歩きしがちな今にあっては、ひとの存在のあり方を見返す為のツールにさえなり得ると思っている。じゃあ、具体的にどうするの?かと言われると、まず中高基礎教育に解剖学を取り入れたらどうだろうか(もちろん人体解剖は無理だけど)。ただ、解剖学は進める順序が重要で(何でもそうだろうが)、いきなり内臓だ骨だと言っても伝わらないから、そこは考えなければならないだろう。
まあ、単なる思いつきにすぎないが。

とにかく、そんなことを柄にもなく考えてしまうくらい、解剖学は自分を含めた命ある物の存在について多くの示唆を与えてくれるのである。

2010年6月17日木曜日

体腔という空間

体を考えるとき、通常はその皮膚の内側は肉やら骨やらで完全に満たされたものとして捉えている。だが、その構造を見直してみると、体内は以外と空間が多い。もっともそれらは普段は圧迫されてはいるが。
分かりやすい例としては、口から肛門までの間の腸だ。物が通るのだから空間があるのは当然である。他にも肺もそうだし、血管も流動性の血液を考えなければ管状の空間があると言える。
これら想像しやすいものの他に、大きな空間がある。体腔と言う。肺、心臓、内臓全体を包括している空間である。つまり、肺や心臓や内臓の多くは肉の中に直に埋もれているのではなく、それらを包む空間のなかに収まっている。厳密に言えば、腹膜の外にあるそれらの臓器が体腔の膜と共に押し入っているのである。

この体内にある空間は、かつては体の外の空間だった。胚子期にそれが体内に取り込まれる。この外の空間は、母体内で私たちの体が浸っていた羊水ではなく、それをさらに取り巻いていたもので、言うなれば羊水という海(地球)を取り巻く宇宙空間である。

生命体の構造の複雑さから、それを「小さな宇宙」、「内なる宇宙」などと形容するが、私たちの腹の中にはまさに、全体を包括した空間が取り込まれていた。
この空間は生体では完全に閉鎖されているが、女性の腹腔は卵管を通して体外と通じている。女性の卵は毎月、腹腔内という「外空間」に生み出されただちに卵管に吸い込まれる。この、一度出してまた取り入れるという2段方式には何か秘密が隠されている気配がある。

ともあれ、私たちの体内には空間がある。この事実は、概念として彫刻との関連性を考える意味がある。ソリッドであるか、ホロウであるか。存在することの意味を問うならば無視することは出来ないし、事実作品性に大きな影響を与える要素である。
穴とそこから続く空間。その感覚。芸術における空洞の重要性を自らの構造とも照らして考えたい。

2010年5月19日水曜日

体に残る「節(ふし)」

節のある動物と聞くと、何を思い出すだろう。ある人は昆虫かもしれない。芋虫かもしれない。ミミズかもしれない。それは、体の頭からおしりへ向かって体を区切っている横線として描かれる。
それら節のある動物を気味悪く感じる人は多い。

しかし、私たち自身の体も「節」がある。そう言われてもピンとは来ない。自分の裸を鏡で見ても、どこも区切られておらず、一枚の皮膚で全身が覆われている。実はそれは、体の中にある。背骨をイメージして頂けるとピンと来るだろうか。背骨は椎骨と呼ばれる骨が縦に連なり、個々の椎骨の間に軟らかい組織が挟み込んでいる。ここだけを見たら、まるで節足動物だ。節足動物はこの節の内側に筋肉を詰め込んでいる。私たちはこの節の外側に筋肉をまとった。彼らと私たちは表裏を分けた関係だ。

そう言っても、体に横線のある芋虫やミミズのようではないと思われるだろうが、運動の為に特殊化した腕と脚を想像で取り除いてみると、残された胴体には横線があるではないか。それは、脂肪が少なくてほどよく鍛えた腹部に見られる。腹筋の横割れ線こそ、芋虫の横線と同じだと言うと悪趣味だろうか。とは言え、背骨を初め、胴体の背中の深い筋肉や肋骨の連なり、腹筋の割れなどは体節と言って、ボディプランの古いデザインがそのまま継承されているのは事実だ。

では、頭はどうだろう。頭に横線がはいってグネグネ蠢かれたらさぞホラーだろう。実際、外見で頭部に分節性を見いだすことは不可能だろう。しかしながら、中に収まる大事な器官「脳」には、分節性をにおわす構造が見て取れる。進化的に見ても、体が出来て頭が出来るのだから、体が持っている分節性を改変させて頭を作ったと考えることもできる。
頭を構成する様々な器官は、かつて魚のエラであったものを作り替えている。エラは数対あったわけだが、それも分節性を物語っていると言える。

お尻の先には、3つか4つの尾っぽの骨が残っている。骨と骨の間に横線を描いて。
頭の先からお尻の先まで、私たちは体の中にフシを隠し持っている。

2010年4月15日木曜日

解剖実習

私がお世話になっている学校では、学部生の解剖実習が始まっている。医学を志す生徒たちが初めて人体の内部に直接触れる貴重な授業である。その主要な意義としては、人体の内部構造の立体的、系統的な認識を深めるということがあるが、それと同等かそれ以上の本質的な意義として、人が人を切って勉強するという特殊な経験を通した、倫理的教育の側面がある。
我が国での、解剖実習で用いられるご遺体は、ほぼ全てが献体でまかなわれている。その字(”献血”のように)が表すように、それらは献体者(生前では篤志家と言う)の遺志に寄っているのである。つまり、生前に「私が死んだら、体を医学教育のために使って下さい」と意思表明をされていた方々の亡骸である。そのことだけでも尊いが、彼らにも親族や知人などがおられる訳だから、当人が亡くなった後では、その周囲の身近な方々の理解をも巻き込んでいるのである。また、この一連の行為が滞りなくおこなわれるようになった歴史的背景も、誰かお偉いさんが突然作り上げたものなどではなくて、篤志家主体として興ったものであり、まさに献体制度そのものが、医学と民間との間の絆として生まれた尊いものと言える。
解剖実習に先立っては、上記のような経緯も説明され、どこかから拾ってきた類のものとは全く違うということが強調される。或物事の価値とは文脈から理解されるものであるから、このような導入は非常に重要である。

そして、上記の倫理的側面の他に、学問としての解剖学の歴史も、先立つ講義で説明される。医学部の講義や実習としての解剖学は教育的側面が大きいが、それは解剖学という学問に根ざしている。そして、授業とはいえ体表から深部まで解剖し、見るという行為の方法論はその歴史の上に乗っているとも言えるのである。実際、そこまで意識は出来ない(特に学生の時分は)かもしれないが、解剖学の存在を語るならば外すことの出来ない事柄であることは間違いない。

体の構造を見るときに、その部位がどのようにして出来てきたのかという見方をすることがある。個体発生(つまり成長過程)や系統発生(進化過程)を部分的に取り込むことで完成している体では理解しにくい構造が理解しやすくなるのだ。

体のつくりも、解剖学という学問も、解剖実習という授業も、ポンとただそれを置いただけでは真意は見えにくいが、それがそこに在るまでの流れを意識することで、大切なものが明快になる。


解剖学を担当する講師陣は、普段はそれぞれに研究領域を持っているのが、この実習期間になると、一堂に会して同じ方向を向く。それは、紛れもなく「より良い解剖学実習」という方向であって、その熱意と労力に多大なものを感じる。実習期間は3ヶ月に及び、ほぼ毎日午後から夕方、遅い時は夜まで続く。その間、教授以下講師陣は生徒に付きっきりである。それでも以前はもっと時間を掛けていたものが、全体の教育内容が増えるに従って、実習期間は短くなる傾向にあるそうだ。そういった問題は、どこの大学にもあるのだという。

ご遺体に初めて触れる直前の学生たちの顔は、緊張と好奇心とで高揚して見えた。

2010年2月11日木曜日

ヌード 芸術的人体観の根源

いま、芸術における人体表現の基本は裸と決まっている。それは、現在の芸術の主流である西洋美術の根源がギリシアであることと関係があるのだろう。ギリシア時代は、競技場では全裸で競技や練習をしていたそうで、芸術家は自由にそれを観察していたという。それが、自然な感覚からそうなったのか、何らかの先行する思想や哲学があってのものなのかは知らないのだが、今の感覚ではにわかに信じられないようなエピソードだ。しかし、あれだけの裸体芸術を生み出したのだから、相当綿密に観察と計測が行われていたのは事実だろうし、芸術家たちにとってはうらやましい理想ではある。

人体を正確に描写しようという強い欲求があれば、外見だけの観察ではやがて満足できなくなり、可能ならばその外見が出来る理由をその皮膚の内側に探りたくなるものだ。そして、それが実際に行われたのが16世紀のイタリアであり、美術解剖学の始まりとされる。
一方、人体解剖の古い記録は、パピルスに記されていたエジプトまでさかのぼることが出来る。エジプトと言えばピラミッドとミイラだが、そのミイラもただ死体を乾かすというものではなく、幾つもの手順があったそうで、内蔵や脳も事前に取り除かれていた。そういう技術を持っていたのだから、解剖の知識があったというのも納得がいく。ただ、その知識が造形に反映されていたのかは定かではない。
裸体の芸術が華開いたギリシアのクラッシック期は、フィディアスやポリクレイトスら歴史的彫刻家が活躍し、医学ではヒポクラテスが活躍していた。ヒポクラテスは解剖をしなかったという。しかし、それが当時解剖が全く行われなかったと言う根拠にはならない。16世紀のイタリアで、近代的解剖学の先陣を切ったのは医学者ではなく芸術家のミケランジェロであり、レオナルド・ダ・ヴィンチだったように、ギリシアでも芸術のためにそれが行われていたかもしれない。カノンやコントラポストなど現代まで続く美の基準は、体表の観察のみで生み出されたのだろうか。それから150年ほど後のヘロヒロスは既に綿密な人体解剖をしていたのである。解剖は、単に皮膚を切り裂いて中をのぞくだけでは何も見えては来ず、混沌と混乱が広がるのみだ。そこから意味を見いだすには相当の知識と経験が無ければならないことを考えると、ヘロヒロス以前からそれは行われていた可能性はあるだろう。

ギリシアから古代ローマの後、暗黒期と言われる中世を超えて、16世紀のイタリアでルネサンスが起こった。ここで古代の裸体芸術は再び息を吹き返し、名だたる芸術家によって新しい裸体美が生まれた。しかし、この時代は既にギリシアのように裸は身近ではなくなっていた。その意味では現代に近い。身近でないものを効率よく知るにはどうするのが良いか。知識と情報で補うのである。死体を解剖するという発想の裏には、芸術家のそんな切羽詰まった欲求があったのだろう。

現代の芸術家と裸を取り巻く環境は、大きく見ればこの頃から変わっていない。ただ、現代では裸はもっと遠い存在になっているかもしれない。
先日、友人の彫刻家(彼は日常的にヌードモデルと接していた)と話していて、「他人の裸を丹念に観察するという非日常性」に気付かされた。そう、ほとんどの人は、裸がどういうものか知らないのだ。正確には、裸の人の形を知らない。現代人にとって、他人は常に着衣である。他人にとっての自分もそうだ。裸をさらすという行為は、特殊で閉じられた行為で、もはや、「外世界に対しての体表とは皮膚ではなく、衣服である」とさえ言える。

近代彫刻の父ロダンは、何人もの裸のモデルをアトリエ内で自由にさせて、それをクロッキーしていたという。彼は古代ギリシアの芸術家と同じ環境を自ら作っていたのだ。
裸が遠くなった現代においては、芸術家は美術解剖学で筋肉や骨を知るだけでは足りないだろう。その前に、十分に裸を観察しなければならない。裸を知らぬ美術解剖学の知識は空疎なものだ。

こんな夢想をした。何人ものヌードモデルたちが自由にしている「ヌード・ルーム」もしくは「ヌード・ハウス」が美大内にあって学生や許可を得た作家は自由にそこでデッサンやクロッキーができるのである。ギリシアの芸術家やロダンのように。もしこれが実現したら、日本は世界からその文化レベルを賞賛されるだろう。

2010年2月4日木曜日

元祖あひる口 オルメカ

若い女性の「あひる口」が流行ってしばらく経つ。と言っても、いつ、誰から、どういう経緯で流行りだしたのかは知らない。
あひる口とは、字の如くで、あひるのクチバシを正面から見たような「口角が上がって、上唇がわずかに突出して気持ち上を向いている」ものを指す。
これをかわいいと言うわけだが、それも当然である。なぜなら、この口の形は、乳幼児の唇の形と同じだからだ。私たちは赤ちゃんの事をかわいいと思う。それは、かわいいと思うように脳がなっているとも言い換えられる。本能的に保護したいと思ってしまう。その赤ちゃんは皆、あひる口をしている。これは、母親の乳首に吸い付くのに適した形なのだ。

そもそも、「くちびる」自体が乳を吸うために獲得された構造である。故に唇を持つ動物を「哺乳類」(乳を口にふくむ・乳で育てる類の意)と呼ぶ。乳を吸う必要のない動物たちは唇を持っておらず、皆、口裂けである。私たちは、乳に吸い付くための道具を二次利用して表情の足しにしたり、発声の役にも立てたりしている。ものを食べるにも唇で口を閉じなければ大変である。歯医者で麻酔をした後に水を含んだことがあれば分かるだろう。
このような進化上後付けの構造を証明するように、アゴを上下させる神経と唇を動かす神経は別系統である。

漫画が発展している日本で、大きな需要を抱えている領域が「美少女漫画」だ。そこに描かれる少女は、購買層による「かわいさ」の厳しい淘汰を経て生き残った者たちと言える。その顔を見ると、丸みがある大きな頭部に、巨大な眼、目立たない鼻(正確には鼻翼が張っていない)、小さな口。これらは紛れもなく、幼児のそれだ。
このように、男女を問わず「かわいい」要素を追い求めた結果に幼児性へとたどり着く事は興味深い。

幼児とあひる口。この要素を表現様式として採用していた文化が過去にもあった。日本の裏側メキシコにおいて、今から3000年前の古代文明オルメカである。オルメカは、古代アメリカ大陸における最初の巨大文明とされている。オルメカを初めとするメキシコ古代文明は石像文化であったため、さまざまな遺跡や発掘物が見つかっている。そのオルメカ文化を代表するような石彫表現にジャガー神というものがある。人間とジャガーのハーフであり信仰の対象だったが、それらの幾つかは幼児の姿で表されている。その口を見ると、典型的な乳幼児の口が表現されているのがわかる。あひる口である。開かれた口内にはまだ歯が生える前の歯茎が見えている。様式化しつつも写実的要素を残す印象深い造形のジャガー神は後に続くテオティワカンではより図式化されたトラロック神へと変貌し、後のアステカ文明の神々へも継承され、1521年にメキシコによって滅ぼされるまで生き続けた。

あひる口とそれを含む幼児性への欲求。本能的に引きつけられてしまうその容姿に、古代オルメカの人々は神を割り当てた。そして、現代の私たちはそのかわいらしさを自らの魅力を引き立てる手段として用いている。

ちなみに、南米の彼ら”インディオ”は氷河期の終わりにアジアから渡っていった人々である可能性があり、そうならば私たちと遠くない親戚とも言える。マヤの壁画に描かれる人物表現に時折日本と共通する何かを感じるのは私だけだろうか。