ポリュクレイトスのキャノンは比例だと言う。しかし、何かを区切って計測してみればすぐに気付くことだが、比例計測には終わりがない。どこまでも細かくなって行き、その極限は結局、その無限の数によって、計測する前と同じようなものになってしまう。
神の形である完璧な人体像を作ろうとするとき、指と手のひらの比率などという大雑把な捉え方だけで作るだろうか。その間の無限の曲げ率の変化は芸術家の感性に任せたのだと言い切っていいのか。彼らはそのように、現代人のように、都合主義の適当さを持っていただろうか。彼らは気になったはずだ。無限に比率を細かくすることは無意味であり、特定の領域間の曲げ率を支配する法則があるのではないか。そういった法則に宇宙の形は従っているのではないかと。同時代は実際にも、ピュタゴラス学派など、数学に基づく真理探究も行われていた。三角関数は相似の重要性を示すが、それは彼らにとっては単なる“便利な考え方“ではなく、真理と繋がっていたはずだ。何となれば、数によるなら、完全なる神の形を示すことが可能なばかりか、その相似形と神とは真理において同一であるとも言える。さらに、真理は形をかえて偏在する事実をも、そこに内在している。今は失われたポリュクレイトスのキャノンも関数だったのではないか。
事物の理解が言語化によるものとしても、結局全てを語り尽くすことは、ある1つの側面しか見ていないなら、不可能である。人体の理解もそうで、ある細かさから先は、同じ見方が通用しなくなる。そのような見方は、実はより大きな法則の一部に過ぎないのかも知れない。
さらに、「アキレスと亀」や「飛ぶ矢」で知られるゼノンのパラドクスからも分かるように、宇宙の事物の理解には時間の概念が必要である。空間内で永遠に静止している存在などあり得なのだから。彫刻を作るという行為はこの大きなパラドクスを超えなければならない。しかしそれは、嘘であってもならない。真実が数式にしか表せないイデアならそれを基にした彫刻は常にその影であり、この限界は全てに同一であるという点で、彫刻は決して嘘ではない。
古代ギリシアの彫刻家は、それ以前もそうだったように、装飾的な人形として彫刻と対峙していたのではない。彼らは真理を探求し、それに同調し、それを理論的世界から現実的世界へと引き出す役割を担っていたのだ。2019/07/02
2019年7月2日火曜日
芸術と言葉
意識の起源は記憶の獲得にある。記憶は組み立てられるもの。そこに構造がある。そうして言語化される。言語は世界の見方が現れる。いや、言語的にしか世界は見えない。ただし、言語の表象の隙間が無数に生まれる。自然は本来は、恐らく、区切りがないからだ(要考察)。言語を知らない幼児が見る世界は曖昧だ。同様に、言語で区切らない芸術もその隙間を表すことができるが、それが決して確固たるものにはなり得ないのは自明のことなのだ。認識が捉える世界は形から始まるのではなく、言語からかもしれない。もちろん、それが何語かは副次的な問題で、言語的認識とでも言えるものである。そうであるなら、言語野の破壊は認識の破壊を意味する。幼児は直線と言う図形や概念を知る以前に“指差し”をするが、そこには直線の概念が既存していなければならない。
なぜ、意識を振り返ること(記憶)ができるのか。語るためだ。もちろん、他者に語るのである。他者と語ることで認識の幅を広がるのは、表現の幅か広がるからである。認識を広げるには他者との対話が不可欠なのだ。そして、それを体系立てたものを学問と言う。
用語なき解剖図は決して決定しない。解剖図は言語の図像化に他ならない。ポリュクレイトスは数値を人体に当てはめたが、そのキャノンと彫像の間に言語が介在する事は言うまでもないだろう。だからギリシア芸術を真に理解するには古代ギリシア語を知る必要がある。ギリシャ彫刻は、語れること以外は作られていないと言える。論理学や哲学、数学が発達した時代、世界の対象は言語的に構築し捕らえられていた。その厳密さは現代を凌ぐだろう。リアーチェの戦士像を見ただけで彫刻が上手になったと坂東先生が言ったが、これは含蓄ある言葉である。ギリシア彫刻に“分からないけれども作ってみた”は無いのだ。全てが論理的に組み上げられた、いわば芸術的な言語なのである。それゆえ、その言葉を読み取れる者にとっては見ることは読むこと、聞くことなのである。
このように考えると、芸術家に言葉が求められるのも理解できる。少なくともその芸術家は、語れるところまでは表現できるのだから。彼らは常に先端に立っているから、既存の言葉では足りないかも知れない。ならば新たな言葉を作れば良いのだ。いや、そうしなければ、新たな地平へは進めない。ミケランジェロがフィギュラ セルペンティナータと言わなければ、それは無かったのだ。
これは、美術解剖学とて同じで、形態認識の固定化も言語によってのみ可能なのだから、本質的には図像ではなく記述、言語なのである。言語化されていない部位や形状はあくまでも認識の隙間で流れ行く不確定なもの、動きの間に現れるブレのようなものでしかない。
2019年1月6日日曜日
西洋人ヌードモデルを用いて
2019年初の外仕事は朝カル。いつも参加される皆さんの顔ぶれに宿る芸術と人体への積極的な眼差しは相変わらずで、そこには年始も平日もない。
3回セットの今回は外国人モデルの体型を見ることが主眼である。私たちが「芸術」と呼んでいる対象は大抵は西洋美術で、もちろんヌードを描いたり見たりする文化も西洋から来たものだ。西洋美術のヌード(のモデル)も西洋人なのでその体を実際に観察することで、色々と気づくこともありそうだ。そのうえ、受講される方の多くは常連なので、日本人のヌードは相当に目に馴染んでおり、西洋人の身体を見たときに東洋人との体型の差異をより敏感に感じ取れるだろう。実際、私自身もほとんど経験のない西洋人の身体で、改めて、同じパーツで構成されながらもこうも異なるのかと驚きの連続であった。
モデルは白人の細身の女性で、よく言われる通り、脚が長い。それを担保しているのは短い胴である。頭は前後に長い長頭型なのも典型的である。このように一般的に言われている”違い”は、もちろんそれ以外の全身に渡って探し出せるもので、手足の先端までに至る輪郭線ひとつとっても見慣れた東洋人のそれとは異なっていて、身体に現れる曲線が全て引き伸ばされているように見えた。脊柱の弯曲も若干強いので、前面では肋骨弓が強く張り出し、骨盤下部は後方へ引っ込む。胸郭は垂直に立ち気味なので、そこから上へ伸び出る頚は垂直に近く立っている。
「日本人のふくらはぎは低く、欧米人のそれは高く見える」と受講者からの意見。しばしば比較に出される部位で、実際そのような違いがある。ふくらはぎは、膝を曲げる筋とかかとを挙げる筋の複合体で、後者の筋腹がより低く位置し立位では足首を固定する姿勢維持筋でもある。収縮力を持つ筋腹は厚く重い。その重量物は脚の運動の起点である胴体に近いほど、前後に振り戻す際の力が少なくて済む。実際、高速移動型の動物は重たい筋腹を胴体側に集めていることは馬の体型を思い出せばよくわかる。反対に、東洋人のふくらはぎのように筋腹が作用点つまり足首に近い場合、脚の高速運動には明らかに不利に働く一方で、かかとを挙げた姿勢で”てこ棒”(モーメントアーム)を長くできる。なぜこのような違いがあるのか分からないが、東洋人の身体は高速で移動するデザインではない。
また、頭部における耳の位置の違いも質問で出た。耳は頭部の目立つ部位でありながら、その表現においては二の次に扱われる。それはおそらく人の表情の構成要素ではないからであろう。耳は頭部の中を個人差で移動するものではない。耳の位置は頭部の位置と強く関係している。普段私たちは耳は音を聞く器官ほどしか思わないが、耳の本当の働きは頭部の位置、それも立体空間内での位置を同定するためにある。頭部以外の身体は、大げさに言えば頭部の位置に従っているに過ぎない。もしくは、頭部の望むべき場所と位置を叶えるために存在している。内耳と呼ばれる耳の奥深くは液体で満たされ、身体とは別のもう一つの空間が再現されており、頭部の動きや位置はこの空間との差異によって同定されている。そして、もうひとつがいわゆる外耳が拾う外世界の音だが、単に音を聞いているというより、音波の高低と大小の違いから外世界との相対的な位置を算定している。自分が止まっていれば周囲の音源を立体的に探索することができるのは、耳が左右についているからであり、目が左右にあることで視覚的距離感を得ることと理論的に大差がない。ただ音は光より遅く進むので、到達時間の差異を探索に利用することができる。どうするかというと頭部を動かすのである。犬や猫が頭をかしげることがあるが、それは音で距離を測っているのだ。ちなみに私たちのかしげる動作は「分からない」というメッセージになっているが、これも音による探索から来ているのかもしれない。話を戻すが、耳は音の差を拾うために、頭部の両側(互いの距離が最大)に置かれ、その回転中心に頭と頚の関節がくる。こうすることで、ちょうど回転レーダーの傘と軸のように機能している。人間の耳も同様で、外耳孔の真下に頚との関節が位置している。つまり、耳の位置は頭の中で決定するというより、頚椎と頭が連結する部位との関係性で決まるのである(もう少し細かく言えば、空間内における特定の動物ごとの頭部の運動軸)。
西洋人は耳から前方までの距離が長く感じられるが、これは一言で言えば長頭だからで、ではなぜ長頭なのかと言うと”よく分からない”。ただ、長頭という一言でまとめてしまうと若干大づかみで、例えば化石人類は顎が丈夫で長いために長頭だが、西洋人のそれはもちろん異なる。むしろ、額の突出と大きな鼻がそう見せている。そのうちの鼻は中が空洞だが、額は脳の前頭葉によるものだから重さが相当ある。頭関節から遠方が重いのでそれを支えるには後頭部を下に引っ張らなければならない。より小さな力で引っ張るには”てこ棒”を長くすれば良いので後頭部も突出する。結果的に前後に長い長頭となる。頭関節を間に介して頭部の前後を比較すると、ちょうど脳の体積を前後に2分するような位置にあることがわかる。ただ前方には脳に加えて顔があり、顔は丈夫で重たい下顎やそれらを動かす筋が付着するので重さが増す。とは言え、獲物を捉えるためにできた顎はいたずらに短くできない(人類は十分に短いけれども)。短すぎると咀嚼力の低下か、それを補うための厚く重たい咀嚼筋を具えるかのジレンマが生まれる。その際どい拮抗点が人類の今の顔の前後長であろう。対して頭関節から後方には強力なうなじの筋を目一杯つけることができる。頭部をペンチ(はさみでもいいが)に例えれば、グリップが後頭部だ。大人が力任せに握れるならグリップは短くてもいいだろう。だから頭部を耳を起点として前後長を比べると必ず前方がより長い。一方で顎が小さくて筋力が弱い幼児では、後頭部が相対的に長く突出して見える。
クロッキーを行う部屋の天井は蛍光灯が全面に取り付けられ全光源になっている。そのため、モデルの体にも反射光を含めると全体に光が回る。これは輪郭線を追うには良いが、身体の起伏を追うのには実は向いていないことに、今更ながら気付いた。モデルの肌は白く、日本人以上に光を吸うので数メートル離れると起伏がほとんど消えてしまう。そこで部屋の奥側の蛍光灯を消して見たところ、凹凸が強調され、全く見えなかった微細な起伏を目で追うことも可能になった。思えば西洋絵画の古典のほとんどが蛍光灯や室内灯などない時代の光線をもとに作られている。今後は光源のコントロールも念頭におきたい。
セッション後に、西洋人の「動き」も観察したいという意見を頂いた。確かにそれも興味深い。今後は、人種の違い、光源、そして動きなど、要素の拡大を考慮していきたい。
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モデルは白人の細身の女性で、よく言われる通り、脚が長い。それを担保しているのは短い胴である。頭は前後に長い長頭型なのも典型的である。このように一般的に言われている”違い”は、もちろんそれ以外の全身に渡って探し出せるもので、手足の先端までに至る輪郭線ひとつとっても見慣れた東洋人のそれとは異なっていて、身体に現れる曲線が全て引き伸ばされているように見えた。脊柱の弯曲も若干強いので、前面では肋骨弓が強く張り出し、骨盤下部は後方へ引っ込む。胸郭は垂直に立ち気味なので、そこから上へ伸び出る頚は垂直に近く立っている。
「日本人のふくらはぎは低く、欧米人のそれは高く見える」と受講者からの意見。しばしば比較に出される部位で、実際そのような違いがある。ふくらはぎは、膝を曲げる筋とかかとを挙げる筋の複合体で、後者の筋腹がより低く位置し立位では足首を固定する姿勢維持筋でもある。収縮力を持つ筋腹は厚く重い。その重量物は脚の運動の起点である胴体に近いほど、前後に振り戻す際の力が少なくて済む。実際、高速移動型の動物は重たい筋腹を胴体側に集めていることは馬の体型を思い出せばよくわかる。反対に、東洋人のふくらはぎのように筋腹が作用点つまり足首に近い場合、脚の高速運動には明らかに不利に働く一方で、かかとを挙げた姿勢で”てこ棒”(モーメントアーム)を長くできる。なぜこのような違いがあるのか分からないが、東洋人の身体は高速で移動するデザインではない。
また、頭部における耳の位置の違いも質問で出た。耳は頭部の目立つ部位でありながら、その表現においては二の次に扱われる。それはおそらく人の表情の構成要素ではないからであろう。耳は頭部の中を個人差で移動するものではない。耳の位置は頭部の位置と強く関係している。普段私たちは耳は音を聞く器官ほどしか思わないが、耳の本当の働きは頭部の位置、それも立体空間内での位置を同定するためにある。頭部以外の身体は、大げさに言えば頭部の位置に従っているに過ぎない。もしくは、頭部の望むべき場所と位置を叶えるために存在している。内耳と呼ばれる耳の奥深くは液体で満たされ、身体とは別のもう一つの空間が再現されており、頭部の動きや位置はこの空間との差異によって同定されている。そして、もうひとつがいわゆる外耳が拾う外世界の音だが、単に音を聞いているというより、音波の高低と大小の違いから外世界との相対的な位置を算定している。自分が止まっていれば周囲の音源を立体的に探索することができるのは、耳が左右についているからであり、目が左右にあることで視覚的距離感を得ることと理論的に大差がない。ただ音は光より遅く進むので、到達時間の差異を探索に利用することができる。どうするかというと頭部を動かすのである。犬や猫が頭をかしげることがあるが、それは音で距離を測っているのだ。ちなみに私たちのかしげる動作は「分からない」というメッセージになっているが、これも音による探索から来ているのかもしれない。話を戻すが、耳は音の差を拾うために、頭部の両側(互いの距離が最大)に置かれ、その回転中心に頭と頚の関節がくる。こうすることで、ちょうど回転レーダーの傘と軸のように機能している。人間の耳も同様で、外耳孔の真下に頚との関節が位置している。つまり、耳の位置は頭の中で決定するというより、頚椎と頭が連結する部位との関係性で決まるのである(もう少し細かく言えば、空間内における特定の動物ごとの頭部の運動軸)。
西洋人は耳から前方までの距離が長く感じられるが、これは一言で言えば長頭だからで、ではなぜ長頭なのかと言うと”よく分からない”。ただ、長頭という一言でまとめてしまうと若干大づかみで、例えば化石人類は顎が丈夫で長いために長頭だが、西洋人のそれはもちろん異なる。むしろ、額の突出と大きな鼻がそう見せている。そのうちの鼻は中が空洞だが、額は脳の前頭葉によるものだから重さが相当ある。頭関節から遠方が重いのでそれを支えるには後頭部を下に引っ張らなければならない。より小さな力で引っ張るには”てこ棒”を長くすれば良いので後頭部も突出する。結果的に前後に長い長頭となる。頭関節を間に介して頭部の前後を比較すると、ちょうど脳の体積を前後に2分するような位置にあることがわかる。ただ前方には脳に加えて顔があり、顔は丈夫で重たい下顎やそれらを動かす筋が付着するので重さが増す。とは言え、獲物を捉えるためにできた顎はいたずらに短くできない(人類は十分に短いけれども)。短すぎると咀嚼力の低下か、それを補うための厚く重たい咀嚼筋を具えるかのジレンマが生まれる。その際どい拮抗点が人類の今の顔の前後長であろう。対して頭関節から後方には強力なうなじの筋を目一杯つけることができる。頭部をペンチ(はさみでもいいが)に例えれば、グリップが後頭部だ。大人が力任せに握れるならグリップは短くてもいいだろう。だから頭部を耳を起点として前後長を比べると必ず前方がより長い。一方で顎が小さくて筋力が弱い幼児では、後頭部が相対的に長く突出して見える。
クロッキーを行う部屋の天井は蛍光灯が全面に取り付けられ全光源になっている。そのため、モデルの体にも反射光を含めると全体に光が回る。これは輪郭線を追うには良いが、身体の起伏を追うのには実は向いていないことに、今更ながら気付いた。モデルの肌は白く、日本人以上に光を吸うので数メートル離れると起伏がほとんど消えてしまう。そこで部屋の奥側の蛍光灯を消して見たところ、凹凸が強調され、全く見えなかった微細な起伏を目で追うことも可能になった。思えば西洋絵画の古典のほとんどが蛍光灯や室内灯などない時代の光線をもとに作られている。今後は光源のコントロールも念頭におきたい。
セッション後に、西洋人の「動き」も観察したいという意見を頂いた。確かにそれも興味深い。今後は、人種の違い、光源、そして動きなど、要素の拡大を考慮していきたい。
2018年12月29日土曜日
形と音
結局形なのか、概念なのか。大切なのは。本質は。そう分けてしまうことが、そもそもの間違いの始まりなのか。なぜ分けてしまうのか。分けずに本質に近づけるのか。言葉なき言葉があるのか。言葉なくして思考はあり得るのか。
なぜ強いのは言葉より形なのか。それは刻まれるからだ。刻まれたものは物質であり、音声言語より長く保たれる。音声言語は音であって現象である。それは発された瞬間で終わる。だから音声はアラートとして用いられた。音声言語はその瞬間を表す生の伝達だ。色や形は違う。これらは光で伝達する。これは永続性を持つ。物と光があれば継続する。動物の体色を見よ。動物の擬態を見よ。彼らは常に大きな音など発さずともその身体でメッセージを発し続ける。それを継続するためにはただ生きれば良いのだ。
音と形は違う。犬の唸り声と蜂の警戒色は異なる。犬の唸り声は形にはできぬ。彼らはそれを頭の中で反省することなどあるだろうか。我々の黙考とその結果として発せられる言葉は、犬の唸り声とは異なる。それはすでに書き言葉を読んでいるのである。ならばどうして、どうやって我々は言語を獲得したのか。話し声からか、手で音の意味を刻み込んだからか。我々は概念を確固とするためには、それを外部に刻まなければならない。言語は概念を刻んだ傷である。岩に刻んだ影だ。そうであったなら、私たちの意識や思考は頭だけでなく手が重要である。道具を使ったから意識ができたのではない。意識ができたから道具を使ったのでもない。
我々が持っていた動物的な音、唸りはどこへ行ったのか。そこには未だ言語は割り当てられていない。怖れや怒りや喜びという言葉は感情の看板であり、そのものではない。笑いもそうだ。ワッハッハと書かれるがこれも犬の唸りをウーっと書くのと同じオノマトペに過ぎず感情を書き記しているのではない。
未だに手段を持たず、しかしそれに形を与え観察し共有したいという人間という動物的な振舞いが芸術活動であろう。芸術はいたずらに逡巡しているのではない。そもそもどこへ向かえば良いのか今でも分からないのである。先が分からずとも進み続けるのは、生物としての本能、いやそれ以前の本質である。言語体系はあたかも完成しているように見えるがそれとて同じである。ただ、刻み、形を与えることで、分節化し、ちょうどパズルのようにまとめて組み上げることが可能になった。しかし、繰り返すが、私たちの内的世界は全てそのようにまとめ上げられない。言語は言語化できるものだけで成り立っているのである。しかし黙考はどうか。そこは言語と非言語が渦巻いている現場である。言語という型に流される前の坩堝(つるぼ)であり、次々と流し込まれ続けている。芸術家は流される前の溶けた鉄に目を向ける人だ。そして型にないものに流し込んで形を与え、視覚化する。その過程だけで言うなら思考と同じである。思考が言語で行われるように、芸術家は非言語で思考する。それは特別なことではないが、忘れがちな事でもある。芸術の種類にも関係する大事なことは、形が作られるには大きく2通りあるということだ。すなわち、何を作るか考えて作る事と、作りながら考えることである。単に人から物が作られるという過程と行為だけを見ると、両者は似ている。しかし、作られる現象としてみるなら両者は全く異なる。我々の身の回りにある人間の為に作られたほとんどの物は前者である。それが洗練され経済に組み込まれたものが商品である。純粋性の高い芸術作品は後者である。それはほとんど常に、人が初めて目にする物である。しかし同時に、いつか見たような気もするはずだ。もしくは、初めてなのにそれが見たかったと思うだろう。そうでなければ、強い嫌悪かも知れない。いずれにせよ、何らかの言葉にならない思いを喚起させるのである。しかしそれは、言語ではない。感情の看板でもない。もし、多く人に共通の思いを抱かせるのであればそれは言語的であり看板に近づいていると言える。そうなったなら、真の芸術家はそこに興味を失うだろう。革命的であろうとする芸術家は、いつも看板を言語化され固定したものを疑うからである。
未だに手段を持たず、しかしそれに形を与え観察し共有したいという人間という動物的な振舞いが芸術活動であろう。芸術はいたずらに逡巡しているのではない。そもそもどこへ向かえば良いのか今でも分からないのである。先が分からずとも進み続けるのは、生物としての本能、いやそれ以前の本質である。言語体系はあたかも完成しているように見えるがそれとて同じである。ただ、刻み、形を与えることで、分節化し、ちょうどパズルのようにまとめて組み上げることが可能になった。しかし、繰り返すが、私たちの内的世界は全てそのようにまとめ上げられない。言語は言語化できるものだけで成り立っているのである。しかし黙考はどうか。そこは言語と非言語が渦巻いている現場である。言語という型に流される前の坩堝(つるぼ)であり、次々と流し込まれ続けている。芸術家は流される前の溶けた鉄に目を向ける人だ。そして型にないものに流し込んで形を与え、視覚化する。その過程だけで言うなら思考と同じである。思考が言語で行われるように、芸術家は非言語で思考する。それは特別なことではないが、忘れがちな事でもある。芸術の種類にも関係する大事なことは、形が作られるには大きく2通りあるということだ。すなわち、何を作るか考えて作る事と、作りながら考えることである。単に人から物が作られるという過程と行為だけを見ると、両者は似ている。しかし、作られる現象としてみるなら両者は全く異なる。我々の身の回りにある人間の為に作られたほとんどの物は前者である。それが洗練され経済に組み込まれたものが商品である。純粋性の高い芸術作品は後者である。それはほとんど常に、人が初めて目にする物である。しかし同時に、いつか見たような気もするはずだ。もしくは、初めてなのにそれが見たかったと思うだろう。そうでなければ、強い嫌悪かも知れない。いずれにせよ、何らかの言葉にならない思いを喚起させるのである。しかしそれは、言語ではない。感情の看板でもない。もし、多く人に共通の思いを抱かせるのであればそれは言語的であり看板に近づいていると言える。そうなったなら、真の芸術家はそこに興味を失うだろう。革命的であろうとする芸術家は、いつも看板を言語化され固定したものを疑うからである。
とは言え、芸術家が、特に視覚芸術は、現象を視覚化させて落ち着かせようとする点で文筆家に近い。音楽はどうか。音楽は音という現象を扱うが、しかしそこに音階がある。構造がある。音楽もまた言語から生まれている。音楽は現象を視覚化構造化してものを再び音化させているのだ。つまり最終的な表現様式に至る手前までは、画家も彫刻家も音楽家も同じである。鳥のさえずりと音楽はだから、本質的に異なるものである。
芸術は、人類が未だ視覚化して固定できていないものをそうしようとする行為である。そういう人類の本能的行為のひとつである。それは人類の表現可能性を広げる事であり、意識、思考を拡大させようとする行為なのだ。つまり、芸術とは原始的どころか人類行為においてもっとも先端的行為なのである。その点において哲学とも近く、また、理論物理学などは同様のパッションに科学的根拠が付随したものであろう。
音が発せられては消えていく性質である以上、構造なき瞬間的なアラートから脱せない。我々の内なる感情が形なく、唐突に、時に爆発的に沸き起こるのと同じである。犬の吠え、猿の叫び、人の悲鳴、爆笑、そう言う情動的に伴う発声は破裂音、爆発音、大きな軋み音と同じなのだ。それどころか、悲鳴の起源はそういった大きく遠くまで聞こえる自然音であっただろう。もちろん過去の動物たちが意識的にそれを真似たのではない。自然界のなかで進化してしてきた動物は音と物理現象との連関に包まれて来たのだからそれは至って普通のことである。
そうした、発せられては消えていくものに、いつしか人類は形を与えた。それは純粋で大きな驚きと喜びに満ちた初めての経験だっただろう。形が与えられた概念とは、私たち自身とも、もちろん重なっていく。それは神と呼ばれる対象も、死んでいった祖先も、留まり続けるイメージとして生み出していった。何と言っても、視覚的対象は、それが維持される以上は永続的にメッセージを放つのである。土より木が、木より焼いた土が、焼いた土より石が選ばれていく。それは永続性によって選ばれる。むしろそういう選択を通して、永続性の概念がそこに転写されていったのだろう。そうして石は永遠性を手にしたと言っても良い。
形なのか、概念なのか。両者は同じであった。私たちはどうしても形を信じる。言語という形を信じる。その永続性を信じる。しかしそこに、構造的永続性の起源たる構造なき瞬間性の再生を見なければならない。
そして、むしろ考えるべきは、形と音であった。
そして、むしろ考えるべきは、形と音であった。
2018年10月14日日曜日
「美術解剖学のRESKILLING」の感想
先日(10月11日)の武蔵美彫刻科での『美術解剖学のRESKILLING』は私にとっても貴重な機会となった。彫刻科教授で企画者の黒川先生は美術史、彫刻史に明るく、それを見通したうえでの彫刻の現状において美術解剖学という“技法”の欠落を注視しておられる。美術解剖学という「人の形の見方論」の有効性を再定義しようという先生の試みの発端が、彫刻教育の前線から見える景色にあるのは想像に難くない。なぜなら、東京造形大学に私を招聘下さった保井教授もまた同様の課題を見据えているからである。彫刻は対象を輪郭線で捉えるのではなく、構造で捉える。構造で捉えることができなければ、その再構築は非常な回り道を迫られた挙句、目標へ到達することさえ難しいのだ。そのような彫刻に特有の認識要求から見て、美術解剖学は殊更に彫刻芸術と親和性が高いと言えよう。美術解剖学が人体を客観的に理解する方法論であるなら、それは古代ギリシアではすでに実施されていた。ちなみに、美術解剖学という呼称が、哲学のようにすでに使われていたというのではない。美術解剖学は“美術解剖の学“という意味ではなく”美術で用いられる解剖学“の事で、輪郭の定まった1つの学問領域を意味しているのではなく自然発生的な一般用語である。解剖図を描き残したことからレオナルド・ダ・ヴィンチが美術解剖学の始祖のように書かれることがあるが、レオナルドはそのような学問を打ち立ててもいないし、そのつもりも無かっただろう。美術解剖学という言葉がそのニュアンスを端的に伝える一方で、その輪郭が曖昧なのはそのためである。
さて、美術解剖学がいつから美術界で“ないがしろ”にされてきたのかは、文献を漁るまでもなく、表現された人体の変化を美術作品に追えば大づかみに捉えることが可能である。西洋においては、形式に則って人体を表現した新古典主義から印象派への移行期にそれを見つけることができる。それから現代まで、元来は人体表現の基礎技法に組み込まれるべき解剖学が、“知りたくなったら勉強する”ものになり、その結果として今では美術解剖学が上級者の知識のように思われているほどである。
その解剖学へのニーズがこのところ若干ながら高まってきている。表現の現場では、3DCGの表現技術の向上と関連しているようだ。機械技術が上がっても人体を表現できる人材が足りないのである。しかし、視野を広げると、CGというエンタテインメント領域だけに留まらず、より現実的な身体性への関心度合いも高まりを見せているという人もいる。ただ私にはそれがどういう理由によるものなのか分からない。情報化社会からの振り戻し現象のようなものがあるのだろうか。
その微かな時流を鋭敏に感じ取られたという事だろうか。武蔵美の彫刻科では、黒川先生によって美術解剖学の価値の再検討が企てられ、一昨年には英国からアーティストと研究者を招聘しカンファレンスが開かれた。今回の企画もその一連に続くものだと言う。私は彫刻を学んで解剖学に興味を抱いた者として、両者の根本的な近似性や彫刻における有用性を実感している。しかし、美大だからと言って、また彫刻科だからと言って、皆がそう考えているわけではなく、現状が伝えるように、むしろ不必要だと考えられている事の方が多いだろう。その現状において、今回のように声をかけて頂ける事がどれだけ私にとって嬉しいか想像できるだろうか。それは仕事を頂いたというシンプルな喜びだけではなく、ついに同じ方向を向いている教育者に出会えた喜びであり、またそういった人々に“私を見つけてもらえた”喜びでもあるのだ。私を見つけ引き込んで下さった冨井先生に感謝する。
彫刻の教育現場で解剖学視点を学生に教えることには否定的な意見がもちろんあり、直接厳しく言われることもある。そしてその意見は間違ってもいない。それはいつも必ず、“単に形だけを知る”事への否定の意見だ。解剖学は形態と構造を扱う。つまり形と組み立ての事で、それだけなら命のない積み木の説明と同じである。私たちは形があり命がある。否定する人たちは「解剖学は命を見ない」と言う。きっと、美術解剖学と呼ばれるものが退屈で役に立たないと言われるようになった原因はここにあるのだろう。確かに解剖学は命が流れていない。それが示す人体形状は命の流れで作られた「止まった結晶」である。医学では解剖学のほかに生理学があり、それが命の流れを指し示す。だから解剖学と生理学は医学の両柱と言われるのである。医学では解剖学に続いて生理学が勃興したが、なぜ芸術ではそうならなかったか。それは命は芸術家の感性が担当してきたからに他ならない。だから、感性優位の表現時代に入ると解剖学は不必要とされて来たのである。そうして今、再び美術のための解剖学に一部の人々が目を向ける時、相変わらず人体の形態と構造だけを示したならばどうなるかは明白である。現代は19世紀終わりに思われていた人体の在り方とは異なるのだ。21世紀は美術解剖学だけではなく美術“生理学”も必須の時代である。
つまり、これまで美術解剖学が不必要とされたのには相応の理由があるのだ。それはおそらく、科学発展に伴って急速に変化したアーティストたちの人体観に美術解剖学がついて行けなかったからだ。15世紀の芸術家が解剖学を応用しようとした時、それは最新の科学だったのである。アーティストは常に最新の位置にいることを忘れてはならない。これからは解剖学だけでは到底足りないのである。今求められるのは人体を取り巻く総合であり、つまりは医学と呼べるようなものである。21世紀に必要なのは「美術医学」であろう。
今回の特講は、比較解剖学者の小藪先生によるラットの咀嚼筋解剖からゴジラまでを包括した頭頸部の構造と表現の解説など、多くの気付きを与えられる素晴らしい企画であった。その後の親睦会では、武蔵美の先生方のお話から私自身とても勇気を頂いた。美術解剖学と呼ばれる領域はとても小さくその活動は個人レベルが実態だが、表現や制作に“使える”のだと分かってもらえる努力がまだまだ必要であり、そしてそれを期待している人たちもいることを今回は実感できた。こちらが何を提示できるのか、それが問われているのである。
2018年10月4日木曜日
機械となり柔軟性を失う
オフィス街のコンビニは昼どきになると多くの会社員が詰めかけるので、レジ待ちの列を長くしないために、そして待っている客をイラつかせないためにも、レジ打ちが早くなる。とあるコンビニにレジ打ちと客さばきが早い女性店員がいる。昼どきのせっかちな会社員と競り合っているからか、今やそのレジさばきが早過ぎて、逆に客を急かしているほどだ。釣り銭を渡しながら「次のお客様どうぞ〜!」と言うので、こちらは釣り銭を財布に入れる暇もなく場を開けなければならない。もはや店員自身の速さ記録打ち立ての訓練に付き合わされているような感覚にもなる。
いつもは商品だけを清算しているところを、今回は支払い用紙も一緒に渡してSuicaで支払うと言ったら、それが速さばきのリズムを乱したのか上手くいかない。現金もあったのでそちらで支払うことにすると、今度は出た釣り銭を台の上に落としてしまう。いつもの迅速さはすっかり消え去り、すっかりギクシャクした一連の動きとなってしまっていた。
速さを追求するうちに作業の柔軟性を失っている様子は、自らを特定の作業だけに特化した機械にしているようにも見えた。確かに、速さと正確さだけが求められる作業を突き詰めれば人間性は必要なく、機械化や自動化と相性が良い。レジ打ち業務はそう遠くない将来には無くなっているのだろう。
2018年10月1日月曜日
今も過去もない
縄文土器を思い浮かべながら、縄文時代と現代の違いについて考えている。別にそれは縄文時代に限らず、ヴィレンドルフの3万年前でも良いし、荻原守衛のいた明治時代でもいい。それこそ、つい先日に最も古い動物としてニュースになったディッキンソニアと我々を比べたって同じだ。それが何かと言うと、「過去は今より劣っている」わけではないという実感である。わざわざそんなことを言い直すのは、もちろん、我々が普段は「今が最も優れている」と感じるからである。その事実そのものも興味深い特徴ではあるが、ここでは、その強力な実感が真実とは限らないことを強調したい。
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| ディッキンソニアの化石 |
現代と比較する過去の事象を縄文時代とするのは、たまたま縄文展が開催されて、その印象が強く残っているからだ。それ以外にも縄文時代が日本での出来事だというのももちろんある。自分が生きている土地での出来事だから、たとえばヴィレンドルフ・ヴィーナスを取り上げるよりも若干は身近に感じられる。
縄文展が少し前まで上野で開かれていて、その宣伝文句が「日本の美の原点」であった。私はこれに違和感を覚える。縄文人は、ここを“日本”と呼んでいないし、そもそも国に属しているという概念も無かった。私自身も縄文文化の発掘品を見て、現代日本との文化的連続性を感じることができない。文化的に彼らと私たちとは連続性があるとは思えない。縄文人は現代人が日本と呼ぶ大地にかつて生きていたという事だけが彼らと我々を結ぶ共通点だ。また、現代の我々はその理解しがたい美的センスに、洗練されていない“始原的な美“を見出す。それは、ヴィレンドルフやラスコーの壁画などに対しても同様に言われるセリフだ。太古の美術はプリミティヴだがそれが良い、と。
さらに気になるのが、過去の人々は現代人が失ったものを持っている、という言い回しである。これは一言なら現代文明批判であって、その根底には「現代が優れていると一般的に思われている」という前提がある。いずれにせよ、それは「現代vs太古」というような対立的比較である。その考え方は、時間が過去から現代へと流れている認識に基づいている。それは「劣から優」へ向かっている。だから、古代美術はいつでも「古いのに凄い」と言われるのだ。その言い回しは、もし現代の品ならば大した価値が無いと言っているのと同じで、つまりは価値を担保しているのは「古さ」なのだ。つまり、古いものは劣っているのが基本と認識されている証である。
3万年前の人類は、すでに現代人と変わらない肉体である。もっと新しい時代の縄文人も同様だ。ただ、同じ道具(肉体)でも使い方のバリエーションに広がりはあるだろう。脳の使い方、つまり世界の見方も同様の振れ幅の広さがある。縄文人と現代人の違いはそこに現れる。縄文時代は1万年以上続いた。変化の激しい現代に生きる者からは想像し難い長さである。しかしそれを“長い”と感じるのも現代人的なセンスであることに気付くべきだ。千年前と今日が同じである日々を想像してみよう。身の回りで変化するのは家族など人々だけだ。伝承されるものはずっと同じ。する事もずっと同じ。他者との比較と社会的ヒエラルキーが構築されていなければ”貧富“という概念もない。ただ身の回りの環境は天候など時々荒れたりもする。人々が願うのは”今日が明日も維持される“ことだったろう。世界がどこまで広いのかは分からない(これは宇宙がどこまで広いのか分からない現代と同じだが)が、それは現実的な問題でもない。常に国家間の緊張を抱え、社会的な優劣が金銭という概念で取り決められる現代とは大きな違いである。
古代人は現代人より劣っているのではない。その言い方は現代人的価値観からのものだ。古代人はその生活で間に合っているのだから、そうしていたのに過ぎない。これは現代人も同じである。
アインシュタインが、もし戦争が起きたらどうなるかと聞かれて、次の戦争は核を使うだろうが、その次は石の投げ合いだろうと答えたそうだ。核によって現代文明が崩壊すれば世界は再び石器時代のようになる、という皮肉と警告である。この言葉には別の捉え方もできる。石器時代的な文化は”たとえ核戦争で文明が失われてもなお“人類から奪い去れない、という事だ。科学技術は知の積み重ねであり、またその歴史も人類史的にごく浅い。そのような不安定なものはすぐに崩壊してしまう危険性がある。一方で、何百万年も続けてきた石を道具とするような生き方は、人間の形をしている限り、忘れられることはない。私たちの目と手があって石があれば、何かをまた始めることができる。石を使う能力はすでに手のひらという身体形状にまで刻み込まれているのだ。
現代は人より上位には金が、より下位に物が位置付けられるが、縄文時代はそれらが渾然一体だったと言う考えを聞いた。それはそうだったかも知れない。環境と自らとを明確に分けるのは西洋的で“意識的”である。明確な自意識の確立が、環境と自らとを分け隔てたのだろう。そうして「私」という存在に気付くことができる。
ただ、この人間と取り巻くものとの関係性の転換が本当に起こったのかは分からない。私はむしろそのような転換は実際には起こっていないのではないかとさえ思う。そう考える根底には、過去と現代を比較して現代が“間違っている”ような有りがちな構図で見たくないという私の考え方がある。現代人は本当に、過去の人間が持っていた“何か今より大事なもの”を失っているのだろうか? 現代人は間違った方向へ進んでいるのか? 太古の人類の行いは今と比べて“より正しい”のか? 本質的な問題は、多くの人がなぜそう考えてしまうのか、である。それは今は無いものへの憧れ、ノスタルジーが作り出す幻想に近いように思う。過去はいつでも輝いている。少し視点を変えて、生物進化を見てみよう。それは身体というハードウェアの変化の経歴だ。魚から人間へ、我々は変化してきた。しかし、変化の度に過去を捨てて新しいものを手に入れるということはしていない。私たちの身体には過去が形を変えて残っている。我々は入れ替えるのではなく積み重ねるのだ。身体がそのように変化するのに、世界の見方が古きを捨て去るはずがない。私は古代人が呪術的思想に取り囲まれた幻想的世界に生きていたとは思えない。彼らは現代人と同様に日々を現実味を感じながら生きていたのだと思う。彼らの残された文化が呪術的に映るのはあくまでも現代人の視点がそれを捉えるからに過ぎない。同様に、科学的事実に生きていると信じる現代も、違う時代の人間が見たなら十分に呪術的であるかもしれないのだ。
私たちが環境をどう見るのかは、決して古い時代が間違っていて、現代が正しいのではない。それは、今の我々にとって妥当な見方をしているのに過ぎない。そしてそれはどの時代においても同様である。今は、「科学の時代」であり、その明快さが信じるに値するから、世界をその見方に置き換えているが、これが永遠に続くとも限らないし、決して世界の見方の“正解”に近づいているのでもないだろう。むしろ、「持続可能性社会」という角度で見るなら縄文時代の方がはるかに正解に近い。
「時間は過去から現代を経て未来へ流れる。」「物事は過去より現在がより良く、未来は今より良くなる。」こういった一方向のベクトルになぞらえた考え方こそ、根底から見直す必要がある。生物学者が言う「進化と進歩は違う」という事実はもっとしつこく吹聴していいくらいだ。
生物に下等も高等もない。ただ環境に適応しているのに過ぎない。もちろんそれは“人類も同じ”だ。恐竜が人類より劣っているように思えるだろうか。私はそう思えない。バージェスの動物たちは絶滅したからポンコツだといった考え方は全く間違っている。我々に多くの勘違いをさせる原因は、「時間は流れ、今がその先端で、最も良い」と感じ、それを信じることにある。それを「時間は流れず、ただ適応した今があるだけ」という考えで世界を見直すと、少しその色合いが変わるはずだ。それは、ひとりの人生にも当てはまる。働き盛りの価値が高く子供や高齢者が低いという見方は「経済的生産性」の一側面でしか語れないにも関わらず、全体的に思われている。マイノリティと括られる人たちの見方も同様である。ともあれ、今の自分の存在を意識してみよう。なぜ自分はその「性」であり、その年齢にしてその「肉体状況」にあるのかを考えてみたことがあるだろうか。なぜ身体は始め小さく、やがて大きくなるのか。なぜ子供時代と大人の自分が「同じ自分」だと信じているのか?
ヘラクレイトスの「万物流転」という言葉を思い出す。全ては常に流動的であり、世界の今は常にそのあるいっときを認識しているに過ぎない。完全なる調和などなく流転し続けるが、万物の互いは常に関連しあっている。そこには「劣」も「優」もなく、「古」も「新」もないのだ。
2018年9月6日木曜日
ポップアート
アートは人が作るのだから、その人が生活している空間や日常の影響を一番に受ける。だからアートは本質的に制作時の環境に依存している。それはポップアートも同じだ。ただ、鑑賞者にその環境との繋がりが直接的に伝わってくるとは限らない。むしろ、鑑賞者は自分を主体として見るから、自身の環境と絡めて作品を再構築しているのかもしれない。例えば、広告媒体をモチーフにするウォーホルの作品を見ると、モチーフが没個性的なので、その環境依存性が見えてこない。その作品群は、一部の誰かの心情に深く突き刺さるというより、多くの人に浅く影響を与え続ける。その様は広告さながらだ。ヘリングの壁紙的なドローイングもどこか特定の環境に根ざしているようには見えない。それは現代のカウズも同様である。それらは、“環境に根ざしていないように見える”という点で一致している。そしてそれが重要なのだ。その“環境性の薄さ”を生み出すのが、彼らが活躍したニューヨークの特徴なのだろう。様々な人種が混ざり、常に人が入れ替わる街では、街ですれ違う相手が何を考えているのかなど想像もつかない。いや想像することがあまり意味を持たない。むしろ、目の前に明確に示されるものだけが存在するものとして意味を持つ。ポップアートはそういう価値観を共有する街で生まれた。だから、環境依存性が見えてこないという環境依存性がそこにあるのだと言える。それはそれで良いのだと、私も思う。「見えるもの以外には何もない」という明快さは心地良くもある。また、いわゆるストリートカルチャーやファッションとも密接だからか、表現の鮮度も重要だ。だからか、美術館に収まったポップアートの作品は摘み取られて死んだ標本のようにも見える。ポップアートは美術館の外で、日常生活の中に混ざってあることによって生きるのだ。
ニューヨークで生まれた“環境依存性の高い”ポップアートと同じものは、東京では生まれ得ない。先鋭なビジュアルに惹きつけられ同様のスタイルを模倣したくなるが、それはあくまで模倣に過ぎない。もちろん、模倣にも特有の価値は見出されるが、それとは別に、自立した本質を探る動きがあってもいい。単純に考えて、ニューヨーク生まれのポップアートに近いものが生まれるのは東京だろう。「日本」ではない、「東京」である。そして、その内実は新宿や渋谷かも知れない。いずれにせよ、音楽で言う「J-Pop」ほど広範囲ではなく、「T-Pop」程度の狭い地域依存性が”先鋭化“した表現には必須なのだ。ドメスティックで尖ったものを見てみたい。
2017年5月7日日曜日
移動運動と環境の関連性
環境と動物の運動の関連という視点を持つと、全く新しい、気づかなかった事実が見えてくる。動物の移動運動と環境の関連性について、私たちは生物の行動について考えるときに個体を基準として考えがちなので、移動運動は個体から始まるように思ってしまう。しかし、実際には全ての生物は固有の生息環境に結びつけられている。つまり、彼らの運動はその環境あってのもので、つまり環境が生物の運動を作っていると考えるべきだろう。例えば陸上脊椎動物が重力を利用して移動することは理にかなっている。斜面を転がる石ころのように、持ち上げた体を下へ落とすエネルギーを移動運動に変換することは、ごく自然に起こって不思議ではない。
陸上動物の歩行に先立って、かつて水中から生物が動き始めたのならば、そこでの移動はどうやって生まれたのだろうか。水中では浮力によって重力は相殺される。しかし、大気よりずっと密度の高い水は押し流す力も強い。すなわち、水流である。多くの物が水流で流され、始めの生物もその動きの中で生まれた。生物は何の動きもない止まった水中で、突然に泳ぎ始めたのではない。始めの生物は水に流され、せいぜいその中で向きを変えることからその始めの運動を開始したのであろう。実際、遙かに進化しているとは言え、回遊魚たちは海流という巨大な水流で大海原を移動している。魚の運動はだから、移動から始まったのではなく、方向転換と姿勢維持から始まったのであろうと考えられる。
運動に適応を始めた脊索動物の脊索のような弾性体は、曲げることでエネルギーが蓄えられる。しならせた定規が弾けるように真っ直ぐに戻ろうとするあの力である。では、どうやって脊索を曲げたのか。その両側に牽引する筋を持つより以前では(筋が先か、脊索が先かという疑問はあるけれど)、水流による外部エネルギーからそれを得ていたのではないだろうか。筋線維がまとまった束になって、収縮方向を一定に揃え、強大な収縮力を生み出すまでにはそれなりに長い時間が必要だったはずだ。当初の、やっと向きが揃い始めたような原始的な筋線維では、推進力を生み出すような能力はまだなく、せいぜい脊索のしなりの調節をしていたのだろう。
筋が発達してからは、脊柱を左右にくねらせて運動をするようになった。左右方向の運動は、浮力や水圧といった環境要因が一定な高さ(深さ)での水平方向への安定性の確保を可能にした。筋は体を別の場所へ移動させるためというより、決まった場所から水流などで動かされないための、つまり位置安定のための運動としても働いている。私たちは「動物」ではあるが、動かなくても良いのなら、動かないほうを生物は選ぶ。それは水中のホヤやフジツボを見れば分かる。つまり、それがいる環境が変化するのであれば、体が動くのか周囲が動くのかは、どちらでも良い。そう考えると動物とは「自らが動く物」ではなく「動く環境にある物」という意味で見るべきである。
ともあれ、固定生活を営むものもあれば、積極的に泳ぎ回るものも登場した。泳ぎ回る魚は、大抵は似たような、いわゆる「魚の形」をしている。その理由を遺伝子から理由付けることもできるだろうが、もっと単純に、環境がそうさせたと言っても良い。魚の形は、太い胴体部分が尾びれへ向かうにつれ細くなっていき、最もくびれたところから尾びれの最後へ向けて再び急激に拡がる。この理由は深く考えなくとも、太い胴体部分の多量の筋で生み出される大きな収縮力が細い尾部へと集約され、一気に尾びれで後方へと解放されるための形だと理解できる。すぼまりが強いほど、鞭を打つような強さが大きいから、そういう形の魚は鋭い動きをするだろうし、すぼまらない形のものはゆっくりとした動きになるだろう。ところで、多くの魚の体は上下より左右が短い。もし、体を左右に曲げるのにより小さな力で行いたいなら、モーメントアームを長くするために、体の左右幅は大きい方が有利だ。それが選ばれていないということは、大きな力で小さく素早く動かす運動が主であることを示している。これはまさしく、鋭く鞭を振るう運動と同様である。

背びれや腹びれは体幹の正中にあって、幾つもの骨性の条が補強している。その走行の向きは頭側ほど立っていて尾側ほど寝ている。この徐々に傾いていく角度はその部分の体幹内を通過する筋収縮による推進力の方向を指し示している。条の1本1本の働きの意味は脊柱と同じである。つまり、体幹筋が生み出すしなりの運動を受け止めて末端へと増幅することで推進力を作っている。体幹筋が生み出す曲がる力は、魚の頭部のすぐ後ろ、つまり上下にもっとも長い部位から始まる。その始まりの部位はまだ後方への推進力というより、上下軸を持った回転運動に近いものだ。その回転の捻れは魚の上下へと伝達するので、その部分のひれの条は上下方向に立ったものになる。そこから尾側へと徐々に推進力へと変化していくので、ひれの条の幅も徐々に幅を開けて後ろへ寝た方向へと変わっていく。もし、始めの上下回転より頭方にひれの条があればその向きは逆転して頭側を向くだろう。魚は、背びれと腹びれにも体幹の推進力を伝達させることで、上下方向にも同時に推進力を発揮させている。そうすることで、体の前後を軸にして回転しないようにする。胸びれは、その位置と構造から独特の働きを持っていることが分かる。それは前後方向では、体幹の推進力には関係しない、より前方にある。そして左右の側面にある。これらの特徴から、胸びれは推進力には寄与せず、他の仕事に集中しているのだと理解される。頭部のすぐ後ろに位置していることから、頭部の向きを変える器官である。車で例えれば車体の向きを変える前輪に相当するもので、前進することに重きを置く体幹筋に対して、体の向きを変える始めのきっかけを作っている。進む方向の微調整にも重要な働きをしているだろうと推測できる。
魚の形を見てきて明らかなように、生物はそこにあるエネルギーを利用して生きていて、その形はまず、エネルギー効率利用の形態をしているのである。魚は体内に浮袋など浮力を調節する器官を持っている。それは、彼らが浮力を利用していることを意味する。浮力は位置エネルギーである。例えば、死んで浮かぶ魚は生前は浮力を運動に用いていたことになる。つまり魚は体幹筋によってむやみに泳いでいるのではなく、浮かばないように下へと泳ぐことで、浮力を推進力に利用しているのだと言える。
魚の形からの考察が長くなったが、これと同様の関係性が陸上脊椎動物にも当然見られる。
陸上性脊椎動物は、死ぬと地面に横たわる。これは、その生物が生前にそのエネルギーを倒れないために使っていたことを意味する。生物が倒れるエネルギーを利用するために、体幹を持ち上げることにエネルギーを消費しているのである。これは先に見た魚と同様で、死ぬと浮かぶ魚が生前は浮袋による浮力を運動エネルギーとして用いていたことを意味する。生前の魚は浮力というエネルギーを利用するために、自らのエネルギーを消費して水中を下へと下り続けているのだと言える。ちなみに、水中生活に適応したウミガメは前肢が大きい。それだけでなく、前肢の姿勢も”むりやり”陸上脊椎動物の後肢のように向きを変えているのである。これは全く奇妙な適応だが、彼らが肺に空気を入れて水中にいることから、浮力を移動に利用していることは明らかであるので、浮袋を持った魚類同様に、浮力利用と駆動脚の後ろから前への転換には関連性がありそうである。
恐竜が2本足から始まったように、歩行には2本脚があれば十分である。しかしながら、実際の自然界では四足動物は幅広い多様性を獲得している。陸上最速のチーターも四足であるから、高い活動性にも四足は有効である。
体幹を持ち上げた四足動物で謎なのは、前肢と後肢の対向である。その太さや後肢帯が体幹と固定されているなどの構造から、主な駆動力が後肢である事は明らかである。なぜ後肢が駆動力を発揮するのかは、進む方向へと体幹を落とさなければならない事から自ずと導かれる。すなわち、前進するには体幹を前へと倒さなければならないのだから、駆動脚は後肢にならざるを得ない。前進運動は、その基本動作として体幹を投げ出しすが、実際はさらにそこから加速するために推力を加えていく。
四足動物のチーターで見ると、斜め上へと体幹を投げ出している様に見える。強力な大腿の筋は、地面を蹴るというより、体幹を前へと投げているのだ。一方の前肢は、後肢の傾きによって前方へと投げ出された体幹を受け取って、さらに前方へと投げ渡している様に見える。その働きは、まさしく棒高跳びの棒で、前肢自体に駆動力は必要ではない。前進する時、前肢に掛かる負荷と運動は、ちょうど後肢と逆向きである。両者が対向しているのはおそらくはそんな力学的な理由によるのだろう。この様に、四足動物は後肢の体幹を投げ出す力を、前肢と言う"つっかえ棒"に一度引っ掛ける事で、前進距離を長く稼いでいる。前肢の仕事はだから、後肢から投げ込まれる体幹が持つエネルギーをできるだけ減衰させずに前方へと投げ渡す事だ。肩帯が体幹へ固定されていないのは、そのあたりに理由が見つけられそうだ。後肢から投げ込まれる体幹を、前肢より前方へとエネルギーロスを最小限にしながら受け流すには、体幹が上下に動かないほうが理想的である。しかしながら、重力によって必ずわずかながら下へと落ちていく。落ちゆく体幹を水平運動上に保つには、前肢帯の筋群が収縮してそれを持ち上げる必要がある。つまり、サポート程度にわずかだが、前肢も体幹を前方上方へと投げ出している。この、落ちゆく体幹を持ち上げて水平位を保つことに、体幹と上肢帯とが下肢帯のように固定されていないメリットである。
四足動物のチーターで見ると、斜め上へと体幹を投げ出している様に見える。強力な大腿の筋は、地面を蹴るというより、体幹を前へと投げているのだ。一方の前肢は、後肢の傾きによって前方へと投げ出された体幹を受け取って、さらに前方へと投げ渡している様に見える。その働きは、まさしく棒高跳びの棒で、前肢自体に駆動力は必要ではない。前進する時、前肢に掛かる負荷と運動は、ちょうど後肢と逆向きである。両者が対向しているのはおそらくはそんな力学的な理由によるのだろう。この様に、四足動物は後肢の体幹を投げ出す力を、前肢と言う"つっかえ棒"に一度引っ掛ける事で、前進距離を長く稼いでいる。前肢の仕事はだから、後肢から投げ込まれる体幹が持つエネルギーをできるだけ減衰させずに前方へと投げ渡す事だ。肩帯が体幹へ固定されていないのは、そのあたりに理由が見つけられそうだ。後肢から投げ込まれる体幹を、前肢より前方へとエネルギーロスを最小限にしながら受け流すには、体幹が上下に動かないほうが理想的である。しかしながら、重力によって必ずわずかながら下へと落ちていく。落ちゆく体幹を水平運動上に保つには、前肢帯の筋群が収縮してそれを持ち上げる必要がある。つまり、サポート程度にわずかだが、前肢も体幹を前方上方へと投げ出している。この、落ちゆく体幹を持ち上げて水平位を保つことに、体幹と上肢帯とが下肢帯のように固定されていないメリットである。
四足動物では、後肢と前肢の間は脊柱が取り持っている。それは単なる連結器ではなく(脊索から始まっているように)脊柱そのものが運動エネルギーを蓄積する働きを持っている。チーターの疾走を見ると、後肢が伸展する時、脊柱は反るように伸展している。おそらく各脊椎関節は完全に伸びきって固定されている。つまり一本の棒のようになる。その棒は後肢によって後ろから押される。それは一本の矢を投げる様に似ている。次の瞬間には、前肢が伸びて棒になり、体幹を受け取る。前肢が地面に着くとほぼ同時に、脊柱は腰部が屈曲を開始する。そうして次に後肢が地面に着くことに準備がなされる。しかしこの時、前進するエネルギーは屈曲した脊柱に蓄積されている。その弾性を利用して、さらに強力な背筋も加えて一気に脊柱を伸展させつつ、地面についた後肢も伸展させる。こうして、疾走がなされる。前肢と後肢のコンビネーションを確立させるためにも、脊柱の屈伸が必要である。これが、魚類では側屈する脊柱が、陸上性では90度ねじれる謎の1つの答えであろう。
脊柱は骨盤のすぐ頭側が最も大きく、そのまま頭部へと向かうほど小さくなっていく。これは直立している人間では顕著であり、その理由として単純にそこに掛かる重力負荷が言われる。確かに人間ではそうだろうが、四足動物では理由が異なるだろう。つまり、チーターの後枝伸展時に脊柱も伸展したことから分かるように蹴り出しの作用が骨盤のすぐ頭側の椎骨が最大になるからである。
鳥類の進化は滑空から始まった。滑空は落ちる運動の応用であって、ここまで見てきて明らかなように歩行の延長である。羽ばたく鳥たちは地面から飛び上がれるが、そうかと言って常に羽ばたき続けるのではない。彼らは風に乗るために羽ばたくのである。鳥の羽は、飛ぶためと言うよりむしろ、風に乗るように進化したものである。
このように考えると、なぜ陸上にタイヤを持った動物が現れなかったのかを説明できる。もし運動器がタイヤだったなら、移動のために常に後ろから押し続けなければならないからである。重力の影響が大きい大気中で、落下という位置エネルギーを用いずにそのような膨大なエネルギーを常に供給する方法は全く非効率的である。それは、平地の石ころが自然に転がらないのと同様である。もし、大陸のほとんどが斜面で形成されていたら、そのような転がって移動する動物がいたかも知れない。つまり、今の動物を見ると、我々は平らな地面をベースして進化したのだと言える。
人類の歩行も、当然ながら同様の理由で行われている。体幹を前方へ傾けることで落ちようとする力を前進へ転化させている。だから、急な斜面に階段が採用されるのは理にかなっている。階段は段の高さが異なるが、足を突く部位は平地であるので、平地歩行と同じように前方へ体幹を落とす歩行が行える。その際には、踏み出す足を次の段の高さまで高く上げる事と、次に全身を持ち上げる力が必要になるだけだ。もし、駅や自宅の階段が斜面だったらと想像すれば、そこを登ることがほとんど不可能であることがすぐ分かる。斜面では足首の関節が伸展してしまうので、その姿勢から体幹をより前方へ傾けることができない。急な階段を降りようとする時のほうが恐怖を感じるし、実際危険なことも、前進運動の特質から理解されよう。
身体構造をもっと細かく具体的に見ていくことも興味深い。それらも環境との関係性から見直せるものが多くある。例えば、関節形状や筋量分布などである。
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