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2015年6月1日月曜日

大巻伸嗣『Liminal Air Space-Time』を観て

 5月29日(金)に、六本木の森美術館で開催中の美術展覧会「シンプルなかたち展」を観た。どういうコンセプトの展示内容なのかさえ、実はあまり把握していなかった。同展に出品している作家から招待券を頂いたので、彼の展示作品を鑑賞しに行くだけのような気軽な気持ちで向かったに過ぎなかった。森美術館は六本木ヒルズの中にあるので周辺は賑やかで、さらに森美術館内では、別の展示室で開催中のスターウォーズ展に来ている若い人たちが大勢居た。目的である「シンプルなかたち展」へ入っていく人たちはむしろ少数に見えた。エントランスを過ぎて、一つめの展示室の壁際に大きな打製石器が見えて、「この展覧会はきっと面白い」という予感を得た。直ぐ隣にはル・コルビジェが集めていた小石などが展示されている。それらの中に、ヘンリー・ムーアの小彫刻が置かれている。この時点で、かなり私の興味どころにピントがあった”めったにない”展覧会だと確信した。その後の、多くの展示作品や展示物について感想をひとつひとつ書くことはしないが、展示数も多く、質も高く、かつ分かりやすく、非常に上質な(そして私好みな)展覧会で、非常な満足感を得た。展示物のそれぞれも魅力的で、かつ全体の構成も調和がとれているなかで、特に印象に残った作品が、招待券を頂いた作家の作品だった。

 様々に趣向を凝らした展示作品の中に、招待券を頂いた大巻伸嗣氏の作品もあった。氏の作品はひとつの部屋をつかったものなので、作品が”ある”というより”観る”といったほうが正しいかもしれない。部屋のように区切られた奥の壁は前面のガラス張りで、六本木の50階以上の高さからの景色が見えている。当日は雨天だったので白くかすんでいて、それが白壁の室内と緩やかに連続しまとまりを作り上げていた。きっと晴天だと印象が全く変わるだろう。そのガラスの手前で、巨大な白いメッシュ地のシートが下から風を受けて舞っている。シート下の床には送風口が設けられ、そこから上へ向けて送風されているのだ。送風はコントロールされていて、その風を受けたシートはゆっくりと様々な波を空中で作り続ける。鑑賞者はその展示室の入り口側から、部屋内で舞い続けるシートを窓越しの霞んだ都会の景色を借景にして観るのである。全てが白い拡散光に覆われ、視覚的にも静かな光景だ。聞こえるのはかすかな送風機のファンの音で、シートが高く舞い上がる直前に回転数が上がる音が耳に届く。それはシートの視覚的挙動の前触れとして。送風のスリットは床の四隅と真ん中に1つの計5つで、そこから様々なタイミングと強度で風が上へ送り出される。その風は白いメッシュに受け止められ、その形を流動的に変化させる。風で作り出されるひとつひとつの波は緩やかで大きく、その挙動を私たちの目で追い続けることができる。大きな波同士は時にぶつかり、ひとつの大きな波となる。大きな波の表面に小じわのように小さな波が起こりさざ波のように流れ消えていく。送風のタイミングや強弱は機械制御で繰り返しているのかもしれないが、室内の様々な偶発的要素によって、同じ形の波は二度と表れることはない。暫く舞った後で、全てのファンが停止するとシートはゆっくりの自重と空気抵抗とで床に降りて行き、まもなくぴったりと白い床に広がって止まる。数秒の静寂の後に、ファンが音を立てて回り静かだが力強く空気を振動させると、シートにおおきな膨らみが形成されそれはやがてシートそのものを天井へ向けて再び持ち上げる。四角いシートの4つの角には目立たない小さなリングが付けられていて、それが床と天井との間に張られた同じく目立たないワイヤーに通されている。そのためにシートは風で一箇所にまとめ上げられたり、外にはじき出されたりすることなく上下に舞い続けることができる。

 風というものを、私たちは経験的に知っている。けれど、風とは何だろうか。風は私たちのどの感覚器で感じ取られる対象なのか。風は音を立てる。強風は「ピューピュー」と言う。風は草木を揺らす。風にそよぐ草木を私たちは見る。また風は涼を運ぶ。夕暮れ時の涼しい風を肌で感じる。強い風は思い大きな物さえ動かす力を持つ。時にそれは街を破壊するほどだ。私たちは風を五感で知っている。けれども、風そのものを見ることも掴むこともできない。大巻氏の作品の白いメッシュシートは、感じれども見られぬ風を視覚的に見せる変換装置としても存在する。我々はシートを通して風を見るのである。けれどもその時風はシートにぶつかり、捉えられ、シート下を横に広がり、シートの断端から再び私たちの目で見えない室内空間へと流れ出ていく。つまり、私たちが見るシートを通しての風は、視覚的媒体(すなわちシート)にぶつかって物理的変化を与えられた風である。ここで気付くのだ。私たちの五感で捉えられる形に変換された風だけが、私たちにとっての風という存在であると。私たちにとって、気付けぬものはすなわち存在しない。しかし、それがひとたび感覚できる形に変換されたとき、突如として我々の眼前に表れる。こうして、「見えぬけれどもあるんだよ」という事実を改めて飲み込むのだ。また、むく犬に化けてファウストの書斎に入り込んだ悪魔メフィストフェレスの「光は闇の一部に過ぎぬ」という文句を思い出す。そして、私たち自身が信じる”自意識”の知り得ぬ根源を思う。
 また、この波打つシートは、それが空間上でそう振る舞えるためには、シートを境界とした「差」がそうさせていることに気付かなければならない。一言で言うなら、圧差である。ファンによって作り出された風はシートの下面に風圧を与え、その押し上げる力がシートの重量に勝ることで空中に持ち上げられる。シートという膜が空間を隔てることで、そこに差が生じ、その力すなわちエネルギーが膜を動かしている。ここでシートを膜と言い直したのは、エネルギーによって運動を与えられるシートに細胞膜を見たからである。生物の基本単位である細胞を規定するための大前提こそが細胞膜にほかならない。リン脂質の集まりであるこの形質膜によって空間が仕切られることで始めて生物がこの立体世界に存在可能となる。その膜は、決して水を入れた風船のゴム膜のように閉鎖し動かぬものではなく、周囲の液体や物質と常に動的に繋がりあっている。きっとそのダイナミックに動き続ける様を私たちの肉眼的視覚に置き換えてみるならば、この白いシートのようだろう。そう思ったのである。細胞にとって生きているという状態は、細胞膜を介した内と外の不断の連絡のことであり、その連絡を起こさせる原動力こそが内外の「差」にほかならないのである。だから、この差が見られなくなる状態は細胞の死を意味する。白い空間を風圧による差で揺らめいていたシートは、送風が止まると緩やかに下降してやがて床上で全ての動きを止める。それは、まさしく現象としての生の消えた状態、死であった。会場において、シートが床に落ちて動かなくなったそのタイミングで立ち去る鑑賞者が多い。それは、私たちが「不動は終わり」という概念を予め持っていることを指し示している。私たち「動く物」すなわち動物は、動から静という運動の流れに生から死を見るのである。そこから数秒すると送風機が再稼働し、シートに有機的なドームが形成されるやいなや全体が浮上を始める。ここに私たちは「再生」もしくは「新生」を見るのではないだろうか。それは、「誕生」とは違う。誕生は生から新たな生が生まれる事を言う。動かぬことでその物質的側面を露わにしていたシートが、風という見えぬ力によって動き出すその様は、数十億年前の海の中で生命がまさしく新生したその瞬間を思わせる。生命”現象”が物質と出会うことで生命体が生まれた。そういった生命の始原の感動的な現場を垣間見たような気持ちにさせられる。これを、シートが下降して停止した連続として見るならば、「再生」としての意味が与えられるだろう。空気によっていま再び持ち上げられたシートを、35億年の形質膜の歴史と重ねて見ていると、緩やかに凹凸を変化させ続けるシートの上面が、大陸形成のダイナミズムともオーバーラップしてくる。私たち人間個人のライフサイクルで主観的に捉えられる大地は、基本的に不動のものである。しかし、最近の全地球的な地震活動や火山噴火の活動化からも分かるように、大地もまた常に動き続けている。そのような数千万年から億年単位での大地の動きをタイムラプスで見せてくれているような、はたまたタイムマシンにでも乗って変化する大地を俯瞰しているような気分にもなって楽しい。

 彫刻家である大巻氏の現在の活動内容は古典的彫刻家のそれを越えているが、この作品を観て、その触覚感と空間への強い意識に、まぎれもない彫刻家のセンスを強く感じ取った。彫刻に限らず芸術は、有史以来の幾つかの通過点において革新的な概念が付け加えられ、もしくは変革されてきた。美術の教科書などで出てくる作家たちの多くはその立役者たちである。彫刻に限れば、それは人間や動物の外形を他の物質に置き換えるという根源的かつ重要な発見から始まり、それ以降さまざまな概念や技法が付け加えられもしくは取り替えられてきた。前世紀の初頭から先の大戦以降になると彫刻表現は大きな広がりを見せ、その多様性の雑多としたありさまから、新規的表現のなかに従来見出すことのできた筋の通ったレールはもはや探すことさえ困難に思える。若い彫刻インサイダー達にはある焦りがある。彫刻表現は今後どこへ向かうのかと。そういった模索が、表現を通して多くの現代作家たちが意識的無意識的を問わず繰り返しているのだ。そういった現状にあって、この『liminal air space-time』は、そのひとつの方向性を明確な鮮やかさを持って示しているように思われた。
 まず第一に、作品が実際に存在しているという事実である。彫刻でも絵画でも人体像はあるが、実世界に物質として存在するのは彫刻の人体像だけだ。この「実際に存在する」という事実はそのまま私たち自身の存在感と繋がっている。私たちが絵画のような仮想的存在ではないのと同様の現実感を持って彫刻はそこにある。そして、現実界に存在するには、無と有とを分ける境界がなければならない。それが肉体での皮膚であり、細胞での細胞膜であり、彫刻での作品表面であり、この作品での白いシートの膜面にほかならない。
 命無き物質である彫刻に生命感を宿らせるために彫刻家が重要視する表面造形の方法論がある。それは、「内から外へ押し出せ」というもので、その形状がもたらす膨張感が生命観を観るものに与えるとされる。勿論、押し出すだけでは単なる膨張する球体となるに過ぎない。実際の形状は凹凸に溢れているのであって、つまりこの言葉が意味することは、理想的な膨張感を得られるための凹凸術を駆使せよということになる。ロダンも彫刻は凹凸の芸術であると言ったし、日本近代彫刻の立役者の1人である石井鶴三の「でこぼこのオバケ」の”でこぼこ”とはそのことだろう。結局はでこぼこの妙味が重要なのである。そして、でこぼこの出っ張りはあくまでも内からの押し出しに由来せねばならない。その膨張感は成長や筋の緊張を想起させる。膨張は収縮を感覚の内にはらみ、その連続は心臓の鼓動へと連想させる。2つの運動の繰り返しが生み出すリズムは、全ての生命現象の根底に横たわっている。要するに、膨張と収縮の形態が表象しているのは、あくまでも生命的な動勢なのだ。
 彫刻というのは静止している。しかし、鑑賞者にとってそれらは止まってはいない。彫刻家はでこぼこや姿勢などを制御することで、見る者の心象に、動くそれを再現させうるのである。だから、歩いているところを作る彫刻作品と、歩いている人を撮影した写真とは違うものである。少なくとも写真機が普及するまでの「動き」とは、あくまでも動きのなかでのみ見出されるものであって、その瞬間の像というのは想像するしかない対象だったのだ。まさにその過渡期に活躍したロダンは、ポーズの設定などでモデルを撮影した写真を残している。しかし、両者の根本的な違いを理解していた彼は、写真で撮られた歩く姿勢を真似して作ったところでその作品には動勢を感じることはできないと言った。彫刻で扱う動きは動勢であって、機械的で客観的な動きの事実とは違うのである。
 白い部屋で緩やかに舞う白いシートは、風によって大きなドームを形成し、複数のそれが時にぶつかり合いひとつになる。そこには膨らみと凹みが立体的波形の振幅として繰り返し現れては消える。それは有機的であり、何より「実際に動いている」。動きを持つ生命を表現する彫刻において、動勢をどう表すのかは永遠のテーマだと言って良いだろう。本展覧会の会場には、それらに迫ったかつての芸術家たちの作品も多数展示されている。たとえば、大巻氏の展示物のすぐ向かいには飛行機のプロペラが展示され、またプロペラと同様のコンセプトを内在するブランクーシの『空間の鳥』がそのとなりに置かれている。前世紀の初頭、飛行機がプロペラを回転させて大空へ舞うのを見た芸術家は、空気を捉えて動かすというプロペラの羽の機能美に人間の作為を越えた造形の力を感じ取ったに違いない。だからこそ、ブランクーシはその形状からインスパイアされ、空間の鳥という作品形状を通して目に直接見えぬ空気とそこを生きる場とする形状(鳥であり飛行機であり、プロペラ)の抽象化に挑んだのでは無かろうか。目に見えぬ空気という存在を、それを表象する対象によって表現したかつての彫刻と、大巻氏の白いシートとは同じレール上にある。ただ大きく違うことは、このシートは実際に空気をまとって動いているということだ。彫刻は、本来的には動かないものである。動かぬ中に、動勢や生命感を感じさせるものだ。この最大の利点は、時間のベクトルがそこにないことで、そのために鑑賞者がそれを見たときがいつでも彫刻的時間のスタートとなる。流れぬ時間ゆえに、始まりと終わりを同居させることも可能である。その意味で彫刻は4時限的な表現媒体であると言えよう。目を動かせばいつでもイントロであり、同時にクライマックスがあり、トータルでの協奏も常に流れるのである。大巻氏の作品はそこが違う。ここでは実際に時が流れている。私たちの生命時間と同じ流れがそこにある。うごめくシートを5分鑑賞する間に私たちは5分歳を取る。送風が始まってシートが舞い、送風が止まってシートが落ちる一連はその場で時間を削って鑑賞しなければならないのである。そこに登場する時系列のドラマは、音楽を思わせる。この重要な点においては、彫刻を逸脱している。動く彫刻が今まで無かったわけではない。だが、例えばカルダーのモビールと同列ではないことは明確だ。なぜなら、『liminal air space-time』はその始まりと終わりの物語が明確にプログラミングされている。我々鑑賞者は、作者である大巻氏の組み立てたストーリー(もしくは楽曲と言っても良い)を彼の意図したとおりに見なければならない。ちょうど大巻氏は作曲家のようだ。ただし映画監督ではない。これは映像作品ではないのだから。もしくは、強引に動く彫刻的な流れに押し込むならば、18世紀半ば頃にフランスなどで流行したオートマタに近いだろう。機械仕掛けで命を吹き込まれた人形たちは、作家が予め意図したとおりに動くことで当時の鑑賞者を驚かせた。彼らは、命の無い人形が動くことで生命を感じることに驚くのだ。では生命とは動きのことか。では動き生きる自分は機械に過ぎぬかと。大巻氏の白いシートはもはや人の形はしていないが、機械仕掛けで空気を送り込まれ一時の時間を有機的にうごめく様は、機械人形と似通って見える。18世紀においては、人の命は、人の形をしていなければならなかった。まだ、概念においても形が重要だったのである。しかし、この頃から科学を通した世界の見え方が変わってくる。つまり、物質から概念的な存在論が科学的根拠を伴って唱えられるようになっていくのだ。その萌芽は遠く古代ギリシア哲学からすでにあったが、中世、ルネサンスを越えて17世紀に入るといよいよ加速していったかに見える。現代における人体の基礎医学的視点は大きく解剖学と生理学とに分けるが、その生理学つまり機能としての人体という視点の実質的始まりとして17世紀のハーヴェイの血液循環論がある。その後まもないデカルトの動物機械論はオートマタに影響を少なからず与えているだろう。このプレ・オートマタ期において、生命現象はある程度明確に物質と魂とに分割された。目に見えぬ空気は魂側に割り振られた。これが、やがて科学的に発見され始めるのが18世紀である。ボイルによって燃焼と生命現象に空気が等しく必要であることが分かり、ラヴォアジェによって呼吸の神秘性は酸素と二酸化炭素の交換であることが明らかになる。神の形と同等であった人の形は、19世紀になるとサルや魚と同等であると言われるのだ。そうして20世紀の戦後には、私たちの形はたった4つの塩基配列を元にした「情報」から作り出されると解釈されるようになった。今や、形の根源的重要性は薄れ、それは隠されていた情報から生み出された結果に過ぎないとさえ言われるのである。同展覧会の図録にパウル・クレーの言葉が載せてある。「かたちとは終局であり、死である。形成こそ〈生〉なのだ」。近代において、私たちは形とは結晶のように結果的構造物として捉えるようになっていった。それは私たち自身の身体も同様である。いまや重要なのは、今を生きるこの肉体ではなく細胞内の塩基配列、すなわちDNAの情報であると言い切れてしまうほどだ。このような物質から情報への身体観のパラダイム・シフトが、当然ながら芸術における身体表現にも反映する。身体を人体形状ではなく、現象や動き、概念や情報といった代替的表象で表すようになる。そういう流れにあって、上記のクレーのような言葉が発せられるわけである。風ではためく本作品は絶え間なく運動を引き起こし、その結果としてシートに膨らみを”形成”する。それは決して留まらない。私たちは形成の連続に生命を見る。

 芸術に新たな概念が付け加わるとき、しばしばそれらは驚くほど単純な形で私たちの眼前に現れる。同展覧会にも展示されていたフォンタナの『空間概念』はその端的な例である。同作の素材と言えば、全面が単色に塗られたキャンバスだけだ。それを刃物で数筋の切り目を入れただけの作品。たったそれだけで、絵画の平面性とキャンバスの立体性を繋げて見せた。穴によって次元を広げたのである。大巻氏の『liminal air space-time』で私たちの視覚に映る物は巨大な白いシートだけだ。もちろん、インスタレーション作品としての装置全体で見れば、送風機や空間の必要性など多くの物が関与しているけれども、それら舞台装置を裏にして、私たちの感覚に変化を及ぼす具体的な視覚装置はシートだけである。そして、そのシートに命を与えるものは風だけだ。つまり、主な役者はシートと風だけなのだ。このシンプルでどこにでもあり、誰でも見たことがあるような現象から、今まで見落としてきたような気付かなかったような新しい感覚を導き出す鮮やかさがここにはある。それは清々しさを見る者に与える。作者が彫刻家であることから、私は同作を彫刻として見てきた。そうすることで、現代彫刻が模索する方向の1つを示唆しているさまも垣間見えた。ただ同作の鑑賞には時間の流れを必要とする点は、彫刻の概念から大きく逸脱するものである。それをどう捉えるかは様々だが、「彫刻の鑑賞」方法に一石を投じるものでもあろう。かつて彫刻は建築の一部であり、その意味において私たちを周囲から取り囲んでいた。やがて彫刻は分離したが、今ふたたび新しい形で鑑賞者を取り囲もうとしているのかもしれない。

 人類の造形した芸術物で最も古い発見物は彫刻である。数万年にわたり、私たちは形にこそ命は宿ると信じてきた。しかしその人類史的記憶に基づく感覚は整理分割され、命は現象であると捉えられるようになった。現象が物質と関係することが形成であり、その結果が形だと言うのだ。その物言いに従うなら、永く彫刻家は最終生成物を造形し、そこからそれ以前を感覚的に蘇らせようとしてきたことになる。クレーのように過激に言えば、彫刻家は死体から生きた姿を想像させようとしてきたのだ。そういった流れの末端において、大巻氏の同作は、形成そのものに目を向けさせようとしている。

 彫刻の今はどうなっているのか。彫刻に今何が起こっているのか。彫刻はこの先どうなっていくのか。ゆっくりとはためく白いシートは存在の境界でありつつ、彫刻表現そのものの境界でもあるように思えた。

2011年2月23日水曜日

Locking Piece 彫刻の強度


 「噛み合った形」という作品.彫刻に必要な要素のほとんどが理想的な形状によって表現されている.1963年にヘンリー・ムアによって作られたこの彫刻は,3つのピースの組み合わせで成り立っている.大きな形状が上下に重なり,その間に小さな板状の形状が挟まれている.これらのピースが実際に3つであるのか,実際には単体で作られているのかは知らない.
 ムアが,作品のヒントとして,彼が拾い上げた様々な自然物の形状を用いていたことは知られている.この作品が,骨をヒントとしていることはこの形状から明らかだ.上下の大きなピースは,主に2カ所で合わさっており,その片方は上の部位を下側が包み込むように噛み合って(ロッキング)いる.もう1つは,間に小さな板を介して合わさっている.骨で言えば,噛み合っている部分が関節部位である.板を介している方は,さながら椎骨と椎間板である.実際,椎骨の関節部位は,この作品と似た組み合わせを見せる.更に言えば,人体での腰椎の関節に近い.それは多分,他のほ乳類でも似ているだろう.椎骨は,ダルマ落としのように似た形状の骨が上下に重なっている.そして,上と下が重なることで,その間に神経が通るトンネルが作り出される.単体ではなく,複合体となることで形状に意味が現れるのは,この作品と同じである.
 骨の美しさに気がつく芸術家は少なくないが,その美的要素を抽出し,彫刻として自立させることに成功した作家はムアしかいない.これは,ムアが,美に流されず,それをコントロールする術を身につけていたことを意味している.自然物の美しさの要素は「きりがない」ので,受け取る側に明確な意志がないと,まとまりが付かないものである.ムアの作品から読み取れる要素を集約すると,大きな面と大きな量,になると思われる.実はこれは,彫刻に強度を与える重要な要素である.

 かつて,彫刻家の佐藤忠良が,ムアの凄さとして,小さなマケットを拡大しても作品の強さが変わらないことをあげていた.ムアは,掌に収まるような小さな試作から始めて,それを1メートルほどの「ワーキングモデル」に拡大し,最終的には数メートルに及ぶ作品に拡大するという行程を取っていた.大作の構成は全て掌の上で生まれたものである.作品の密度が,サイズによって変化することを知っていた佐藤忠良は,マケットと巨大な完成作が同様の緊張感を保っているムアの作品に驚いたのである.
 この「マジック」のタネこそが,「大きな面と大きな量」にあると私は考えている.この作品に近づいて見ると,表面にはヘラやヤスリによるおおざっぱなテクスチュアが付けられているに過ぎない(これも重要な要素だが).ムアはとにかく,「大きな面と大きな量」を動かすという,”軸”から外れることなく作品を作っていたことで,作品の強さを変化させなかった.また,掌でマケットを作っているときから,頭の中ではそれが数メートルに拡大された時の事を考えていたはずだ.彼は,作品を小さな物から拡大するのではなく,自身が小さくなったり大きくなったりして,自分の作品を見ていたのだろう.

 大きな量と量がぶつかり合って,1つの形を成す.その間にはトンネルが作られ,「実」の量の挟まれた「虚」の量が表される.それは,何かが通る予感である.それらは,全体をまとめる大きな面を乱すことはない.いや,それらの要素によって大きな面が作られている.
 彫刻的な強さ,美しさには,細部など重要ではない.作品がそれを証明している.

 画像はネット上から無断で転載

2011年2月16日水曜日

立体の視覚的要素

 私たちの眼前に広がる世界は,全て「量」を持っている.つまり,立体物であるわけだが,脳はどうやってそれらが立体であることを認識しているのだろうか.写真が開発され,目で見ている世界観と近いものが,平面上で再現されるようなったが,それは明らかに肉眼で見ているものとは違う.両眼視差の有無に目を瞑ったとしても,目で見て感動したものを撮影して後で見て,その時の感動とは違うことに気がつくことはよくある.写真は,レンズとフィルム(デジタル化した今ならば,画像素子)の距離を,広角から望遠まで自在に変えることが出来る.焦点距離が変わることで,素子上に結像する絵には特有の歪みが生じるが,それらは私たちの肉眼では起こりえない現象だ.一般的には35㎜フィルムカメラの焦点距離50㎜レンズの結像が,肉眼で見る像に近いと言われる.しかし,50㎜レンズで撮影された写真であっても,私たちの主観的視覚とは,明らかに違う.なぜなら,50㎜レンズの結像は,眼球におけるレンズから網膜までの焦点距離という,光学的現象の近似性だけを言っているに過ぎないからだ.
 私たちにおける「見る」という行為は,カメラのレンズに”勝手に”光が入り込んで,フィルムに化学変化を起こすような受動的な現象ではない.厳密に言えば,まぶたを開いたときに,光が目の中に入り込み,網膜の視細胞を刺激するところまでは受動的だろう.しかし,その後,刺激が脳へ運ばれ,分解,再統合され,最終的に意識下に上る間には,能動的な処理が行われている.つまり,私たちはそもそも,写された写真のようには世界を見ていない.
 話が横にずれるが,日本において「絵がうまい」ことの判断基準として,”写真のように描ける”というものが通底してあるように思う.絵が趣味という人が,実は写真に撮ったものを紙に描き写していたりする.それをカムアウトしている人もいれば,言わない人もいるが,出来上がった絵を見れば分かる.焦点距離が肉眼と違うからだ.表現として,あえて撮影されたものを描くという手段をとる作家もいる.意識しているなら,それでいいのだが,写真を通して2次元化されたものを描き写すことは,技術的に大したことではない.また,視覚による主観のフィルターを通していないものは,その人の個性も含まれておらず,作品としての面白みの大半が失われているように感じる.つまりそれは,「写真のようだから上手」という安直な価値基準でしか計ることが出来ず,さらに言うなら,それらはもはや「写真でいい」ものなのだ.
 しかし,写真機が発明されるより前の時代では,むしろそれが渇望されていた.光学的な規則性が発見される前の絵画では,視覚的な主観性のみが前面に大きく出ており,いわゆる前後関係などがばらばらである.西洋絵画において大きな発展を成したのは,16世紀のイタリア・ルネサンスにおいてだった.建築家や芸術家が,主観に依らない立体感の表現技法,すなわち遠近法を発明した.遠近法には,幾つかの種類があるが,そのどれもに共通する手順として「線」を用いる.厳密に言うなら,それらの線は,計測基準となる点と点とを結んだものであり,言わば,視覚的補助である.なぜ,視覚的補助が必要なのか.それは,私たちの脳がそれを必要としているからという結論になる.点と点が無数に集まると,私たちはそれらに規則性を見いだそうとする.しかし,点の多さから,そこに混乱が生じる.線が引かれることによって,その混乱が排除される.線とは,方向性の概念でもある.
 遠近法の確立によって,私たちは,無限に広がる外世界に,点と線で区切りを作った.そのグリッドを頼りにすることで,自然界のランダムさに惑わされない,空間の規則性を把握する術を手にしたのである.空間を点と線で区切る,これは私たちが「発明」したものだろうか.同じ長さの線なのに,その周囲に付随する斜線によって,違う長さに見えてしまう錯視画がある.似た類の錯視画を誰もが見たことがあるはずだ.錯視のトリックを明かすと「目がだまされた」と言うが,正しく言うなら,「騙されているから,生きられる」のである.錯視とは,光学的普遍性に対する視覚脳の高度な適応の結果であり,このシステムが働いているから私たちは,世界を正しく見ることが出来ている.私たちは,真実のままには生きられない.
 錯視で用いられる点と線は,遠近法と基本的な概念は同じである.つまり,遠近法は「発明」ではなく,むしろ「発見」である.遠近法の元には,万人が「騙される」のである.16世紀の遠近法の発見によって,世界は点と線で表現可能であることが確かめられた.これは,視覚的に立体感を捉えるための,おそらく最も還元された視覚世界であろう.なぜなら,そこにはもはや光が必要ないのである.現実世界で私たちが外界を見るとき,そこには常に光りがある.目とは,光を捉える器官である.視覚による外界の理解には,その進化において,常に光りが共にあった.光と影.それによって立体感も作られている.そうして,世界を見てきた脳が,視覚的経験から,概念としての空間性を認知するに至った.その表象が点と線による空間表現に他ならない.
 点と線による,立体感の表現は,絵画における表現で長らく用いられている.線によって陰影を表す版画ではクロスハッチングのように,その線の交差と角度で,対象の立体感を表す補助としている.クロスハッチングを独自に発展させて,立体物のドローイングに応用させたのは,20世紀の彫刻家ヘンリー・ムアである.線を一本走らせ,任意の点で直角に曲げる.それを繰り返すことで,紙面上に”光線に依らない”立体感を生み出している.これは,彼がその時に,どのように対象物を観察していたのかを表すものとしても興味深い.また,この描法で,平面である紙面において彫刻的存在感の再現を模索していたのかもしれない.
 20世紀後半から,コンピュータグラフィックが身近になり,三次元CGも一般の趣味のレベルまで降りてきた.これは,平面であるモニター内に仮想的な立体物を描き出す技術で,言わば,16世紀に生まれた遠近法の発展形である.モニターに向かって作業をする時,オペレーターは,大抵いくつかの「見え方」を選ぶことが出来る.その1つであり,もっとも基本的な見え方に,ワイヤーフレームがある.字の如く,対象物を点と線とで構成された”枠組み”で表す.コンピュータは点の位置情報を扱うだけでいいので,処理が軽く,マシンへの負担が少ない利点がある.オペレーターも,点と線だけで,十分に立体感を捉えることが出来る.それは,かつてムアが紙の上で試みたものと大差がない.
 点と線で強調される,視覚的立体感は,実は,私たちの生活空間にも多用されている.板金技術の発展した現代の自動車では,車体にはしるパーツの合わせ目が,高度にデザインされている.それは,意図された車のイメージを強調させる素材ともなっているのだろう.六本木の東京ミッドタウンの中庭で見られる,フロリアン・クラールによる大型の工業金型の様な屋外彫刻は,作品の表面を走る部品の接合部の線が作品の立体感を視覚的に高める効果的な要素となっていることが分かる.
 視覚的に立体感を与える要素としての点と線.このコントロールによって立体物の見え方は大きく変わる.それこそ「騙される」.3DCGの作業画面でも,点と線を扱う数式の違いで,描かれる格子(グリッド)は違う.
 永く感覚に頼ってきた絵画における立体感の描写は,16世紀に数式が入り込むことで,大きく変化した.それらは主に空間表現に限っていたが,現代では,それがCGにおいて個別の物体にも応用されるようになった.遠近法が,絵画のみならず立体物である彫刻へも応用される時代が到来しているのかもしれない.かつて,ムアが試みた視覚的実験に世界が今追い着きつつある.

2009年12月21日月曜日

骨と彫刻


骨と聞くと、普通は死や不気味な印象を持つだろう。動物が死なない限りは骨は見られないのだからその連想に間違いはないが、そこで引き返してしまわずに、一歩近づいてそれを見て、手に取ると、誰でもそこに形の美しさを見いだせると思う。とは言え、現代社会では、道ばたに骨が転がっているわけでもないし、裏庭で羊をさばくこともないから普通に生活しているとその美しさにふれる機会もないのが実情だ。博物館で骨格標本を見ることは出来るが、ガラスケース越しに学術的な趣で鎮座しているそれでは、形の美しさまで見出すのもなかなか難しいかもしれない。それでも、今はインターネットがある。ネットオークションでは、動物の骨が多く出品されている。アメリカなら売れば逮捕されるような希少動物の骨もなぜか日本では”今のところ”おとがめがないようだ。また、海外では動物の骨格専門の業者などもネットショップを出しているので、それらから購入することも出来る。金にまかせるのではなく、自然な出会いが欲しければ、海岸に行くと良い。台風後などは色々な動物が打ち上げられているそうだ。潮がぶつかる浜が良い。五島列島は鯨が上がると聞く。山も、浜のように豊富とはいかないだろうが、運が良ければ動物の骨を拾うことが出来る。そういう気構えで行くと宝探しのようで楽しいものだ。

美しい形態を探している彫刻家には、骨の形態に興味を持つひとが多いように思う。ヘンリー・ムーアは、骨の形をそのまま素直に作品に活かしていることが知られている。ムーアのようにモチーフとしないまでも、直感の源泉として骨を所持している作家は多いのではないだろうか。
実際、骨のかたちは実に彫刻的である。彫刻的な美を所有する形状を学ぶのにこれほど適した教材はないと思う。立体美を考えるときに思い浮かぶような要素の殆どを骨から見出すことが出来るからだ。

地面に転がる一つの骨も、理科室の人骨も、どちらも骨と言うが、英語では、一つなら「a bone」、複数なら「bones」で、理科室の物のようなのは「skeleton」となる。スケルトンは、日本だと内部機構が見える腕時計をスケルトン仕様というので、「透けるトン」だと漠然と思っている人が意外と多いが、「骨格」という意味だ。

人体の骨格は、200以上の骨から成っている。そんなに多いかと思うが、左右対称なのと、手足部分の細かい骨達のおかげもあってカウント数を稼いでいる。また、一個だと思いがちな頭の骨も実は23個の骨の集合体なのである。耳の中の小さな骨も入れれば29個にもなる。

骨ひとつひとつが彫刻的な示唆を含んでいるが、その最たるものが頭蓋骨と言っていい。ただ、頭蓋骨は動物によって形が全く違う。マッスを感じるには、大きな脳頭蓋(脳を納める部分)を持つ人間のものが最高だが、これは模型で我慢しなければならないだろう。だが、模型はあくまで模型で、骨の持つ良さが実はもう100分の1程度しか感じられない。いずれにせよ、ほ乳類は全般的に大きな脳頭蓋をもち、そこに内から張り出すマッスを感じ取ることが出来る。それだけでなく、内側が空洞であるということも要素として大きい。彫刻は外側しか鑑賞しないものだが、物性はソリッドなのかホロウなのかも実は大きく関係してくるものだ。もし、中まで土でつまった有田焼の壺があったら、どう思うだろうか?ギリシア彫刻の内部がスチロールだったら?
そして、複数の骨が巧みに組み上がって一つの形を成す様は、部分と全体の関係性を考えさせる。その合わせ目が凹凸を縦横に横切って走る様も彫刻における表面の見え方にヒントを与えるものだ。筋が収まるための窪みも、陰と陽の重要性を語るだろう。

頭の骨以外も、背骨など要素に富むが、中でもとりわけ際だって魅力的な骨がある。それは、足首の骨、距骨(きょこつ)だ。頭蓋骨のように組まれた構造ではなく、単一の骨で彫刻的な要素を持っているのは距骨だけだと思う。背骨を構成する椎骨も良いが、これは体の真ん中にあるからシンメトリーで、そこが形態に過剰な単調さを与えてしまっている。距骨は左右に一つずつだから、単一だとアシンメトリーになり一見では捉えきれないような形状になっている。構造体としても、上から降りてくる体重を足に伝えつつ、足首の運動の軸となる部位であり、その複雑な働きが形状として現れているのだろう。回転運動の為のなめらかな滑車や靱帯が付着するための溝などが交差して非常に魅力的な形状を成している。
人の距骨も美しいが、他の動物もやはり魅力的だ。その形は昔から愛されていた。古代ギリシアでは、動物(おそらく山羊の仲間)の距骨がサイコロとして使われていた。そして、その形を模した壺なども多く作られた(画像)。それは単なるサイコロ以上の愛着を感じていた証ではないか。現在でも、モンゴルでは伝統的な遊びの駒やサイコロとして羊の距骨が使われている。彼らは遊牧民族で山羊は身近な存在である。彼らもサイコロとしてだけでなく、お守りとしての意味もそれに与えている(オオカミの距骨など)。

骨は、人類が遠い昔から見つめてきた形だ。先史時代の骨を削った彫刻も発見されている。私たちは、ずっと昔から骨の形より直感を得てきたのだ。そう考えると、骨に彫刻的要素の根源を見るのもおかしいことではないように思う。

画像は共にネット上からの無断借用。

2009年10月14日水曜日

ヘンリー・ムーア 空気の彫刻

ヘンリー・ムーアは、言わずとしれた近代英国を代表する世界的な彫刻家だ。幸い日本では、箱根の彫刻の森に比較的まとまったコレクションが展示されている。マッチ・ハダムとはいかないが、それなりの空間を空けた屋外で、近くに寄れないのが残念だが、恵まれた展示と言える。

ムーアの作品の特徴のひとつとして、穴がある。作品の多くに貫通した穴や大きな窪みがあけられている。それらはリズムを持って流れ、全体として大きな溝となっていることもある。
これらは、無意識のうちに作ってしまったというような曖昧な造形ではなく、明確な美的意識において研究された結果のものだ。
彼は、作品に生かすことが出来るアイデアの多くを、自然物(裸の人間だけでなく)から得ていた。木、石、草、骨など、普通のひとなら目もくれないような”なじみの”物たちから、彫刻的要素の源泉をくみ取ろうとした。穴が彫刻に与える影響力というものも、それらから得たのかもしれない。
「石片を貫いて開かれた最初の穴は、ひとつの啓示である。
穴は一方の面と他方と交通させ、オブジェの三次元的な正確をただちに増大させる。」

彫刻は、実と虚のせめぎ合いから生まれる芸術だが、視覚が捉えるのは実だけであることから、言語化され明示された彫刻の指針では、「実」についてだけが語られることが多い。そして実際にも、今でさえ、マッス(量)ばかりを盛り込んで肥大したような彫刻が多く作られる。
光を知るには夜が、白を知るには黒が、そして生を知るには死が必要なのと同じように、実を知るには虚が必要である。

そのことを、ムーアは石ころに見た。または、洞窟に。
「穴はそれ自体として、フォルムに対して、充実した塊と同じくらいの意味をもつことができる。空気を彫刻することは可能である。そのとき石は、目標とされ、眼に差し出されるフォルムとしては、穴しか含まなくなる。」

さて、彼の作品には、明らかに骨をモチーフとした作品が幾つかある。
彫刻の実体がまとう、空気の塊という双子の片割れのような存在はそこでも見る(感じる)ことが出来る。骨は、その形態そのものが、以前は筋肉をまとっていたものであるという意味で、虚の実在化のようなものだ。実と同等に虚を見つめていたムーアならば、そこに美を見出したのは自然なことだったろう。

画像はThe Hyde Park Historical Societyから無断借用。

2009年8月25日火曜日

彫刻のあり方 空間内に存在するということ

私たちが普段何か対象を指せば、それはその物本体を意味している。そんなことは当たり前だが、彫刻はその事をもう一歩踏み込んで考えなければならない。

例えば人体の彫刻がある。それは、ある空間内において、その像がその空間を引き裂いて(もしくは押し退けて)存在しているのである。一方、同様のテーマの絵画があるとしても、その中の人体は絵画中での仮想的空間に存在しているのであって実空間を問題としない。このことが、彫刻と絵画を分ける絶対的な違いの一つだ。

人物画を描くには、それが収まるだけの画布が必要だ。それが無ければ絵画中に人物は存在出来ない。それと同じことが、彫刻でも言えるのである。彫刻が存在するには、それが収まるだけの空間を必要とするのだから。

しかし、私たちが普段あるものを指し示す時、その物体はそれが取り囲まれているものがあって初めて成り立っているのだとは意識しないために、彫刻の作品としての魅力はその作品そのものだけで成り立つと考えてしまっているのが実情ではないだろうか。

存在は、それを取り囲むもの(マトリクス)とは、切り離せない。この、一見当たり前の、禅問答のような真実を常に意識しなくては、空間に生きる彫刻は本来存在し得ない。

それを意識しないものは、彫刻とは呼ばず、人形やおもちゃと呼ばれる。彼らは、そもそもが動かされ、消費されるもので、それが取り囲まれる空間を意識して存在することが出来ない。

さて、この彫刻とマトリクスの関係性は、西洋に置いては古くから意識されて来ていた。現在の西洋彫刻の起源とも呼べるギリシアに置いて、そもそも彫刻は建築物の一部を担っていた。そこで見られる「カリアティード」などは、その人物が置かれる状態をポーズで示し、かつ実際にも加重に耐えうる形状をなしている。これなどは、空間ではなく物理的なマトリクスに覆われている彫刻とでも言えるだろう。やがて、建築物から離れて彫刻が存在するようになっても、やはり、そのものが置かれる空間は必ず意識されてきた。
近代では、ヘンリー・ムアが、作品を取り巻く空間を意識的に捉えたものをいくつも発表した。彼は、作品が置かれる場所(つまり空間)にこだわり、現在もその効果をマッチハダムの屋外展示で見る事が出来る。

芸術としての彫刻を考える歴史が浅い日本では、そもそも、その物を取り囲む空間という概念が薄かったのか、未だにこのことに無関心であるように見える。
美術館などでの彫刻の展示を見ればそれは一目瞭然だ。狭い角の壁際などにぴったりと置かれたもの。隣り同士、満員列車のように並べられたものなどが目につく。作品”だけ”を見てください、と言わんばかりだ。

全ての存在は、それだけでは存在できないという大前提は、美術においても同様に働いている。そのことに、作家も、展示者ももう少し気を配るべきではないだろうか。

2009年5月18日月曜日

作品の価値とは(ムア作品盗難事件)


ヘンリー・ムアの彫刻が、2005年に盗まれていたとは知らなかったが、それが、イギリスのマッチハダムの庭園の物と知ってまた驚いた。イギリスに限らず、欧米は芸術作品の展示が大らかだ。日本のようにガラスケースや囲いなどで覆ったりしていないことが多い。それが可能になるには、鑑賞者がそのものの価値を理解しているという前提があるからだ。それを逆手に取ったような事件は、残念ながら時々起こっている。結果、イタリアのミケランジェロのピエタもそれが原因で今では強化ガラス越しに見るしかないし、ダヴィデも柵がつくられ距離があいてしまった。

ムアの作品は屋外に展示されていたものだが、長さ3.6メートル、重さ2.1トンだそうで、普通は盗まれるとは思わない。犯人は3人で、クレーン付きトラックで犯行に及んだそうだ。その作品だが、溶解して地金にされ、中国に渡ったらしい。確かに日本でも、数年前は町の金属の盗難が増えて、それらは中国に売られると報道されていた。
作品としての価値が4億3000万円。それが、地金として22万円だそうだ。犯人は、初めから作品を芸術としては見ずに、銅として見ていたのだろう。これは、英国人の仕業だろうか?ムアは英国の誇る世界的芸術家だ。それを、同国人がはした金欲しさに、自国のプライドに泥を塗るような、こんな低俗な犯行を企てるのだろうか。

さて、このニュースで、幾つか興味深いことがある。約22万円というが、2トンのブロンズがその価格なのだろうか。銅地金は安いとは聞いた事が有るが、それほどなのか。
素材で見るか、題材で見るかでこれだけ価値の開きがあるとは、価値について再考させられる。

ともあれ、残念である。せめて、原型が保存されていることを願う。

2009年5月17日日曜日

彫刻における、陰と陽

ブラスとマイナス。物質と反物質。天使と悪魔。男と女。
世界は、対称で成り立っている。つまり、バランスのこと。
バランスが存在するためには、対称が必要だ、とも言い換えられる。
熱力学の第1法則も、ここに当てはめる事が出来る。
坂道を走って上れば、早く着くが疲れる。のんびり上れば時間がかかる。疲れず(エネルギーを消費せず)に早く上ることは出来ない。
エネルギーの総和は常に一定だ。そこに変化が起きるのは、バランスが崩れた時だ。
バランスが崩れ、それが安定を取り戻すまでに、さまざまなドラマが生まれる。
その最たるものが、私たちが取り込まれている宇宙そのものだ。
ビッグバンにより、大きく崩れたバランスが、安定へ向かって揺らいでいる。その一時が今に過ぎぬ。
宇宙という大きなブランコが揺れた時、そこに乗っかっている様々な物も揺さぶられる。そうして、私たちが生まれた。
喜と怒。哀と楽。生という揺らぎが止まるまで、私たちの心も揺れ続ける。

そんな、私たちが生み出す芸術にも、当然、対称があり、そのバランスこそが重要になる。
実空間にたたずむ彫刻には、よりシビアな問題としてそれが立ちはだかっている。
彫刻における対称とは、すなわち、実と虚だ。
私たちが彫刻を見る時、当然目に映るのはその作品そのもの、つまり実体だ。しかし、空間内において実体が存在するには、それを取り囲む虚が同時に存在しなくてはならない。これは、型取りのキャスト(雄型)とモールド(雌型)の対応関係に似ている。私たちが目に出来るのはキャストだが、その時、感覚ではモールドも捉えているはずだ。
彫刻家においても、この、虚の量とでも言うようなものを明確に意識したのはそう多くはなかっただろう。しかし、ヴェルヴェデーレのトルソなどを見れば、ギリシアの時代からそれを感覚的にでも知っていたのは確かだ。
近代において、それを意識的に取り入れたのが、ヘンリー・ムアだった。その意味で、革新だった。彼は、なぜ、そこに気がついたのか。
ムアは、制作のヒントとして様々な自然物を身近に置いていたが、そこには動物の骨の断片も含まれていた。骨は、体の芯だと例えられる。しかし、その形をよく観察すれば、まず骨ありきで私たちの体が出来ているわけではないことに気がつく。むしろ、その形状は「筋肉の隙間に骨が出来た」ようにさえ見えるのだ。その時、骨にとって筋肉はモールドである。
そして、動物が死んで骨だけになったとき、かつてあった筋肉は骨という実体をとりかこむ虚の量となっているのである。
ムアは、骨を眺めていてそのことに気がついたのかもしれぬ。

闇が無ければ光も見えぬように、全てが対称のバランスを持つように、彫刻という立体物にも、実と虚のバランスが存在する。その揺らぎに、私たちは形状の美と心地よさを感じ取る。命さえ、見る。