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2023年2月13日月曜日

南江堂の『人体解剖学』

末梢神経系のページ。
右上の頭部の図の詳細さに注目。眼球に反射した窓が描かれている。

かつて、私が解剖学を専門的に学び始めた頃、私の解剖学の恩師である教授にお勧めの教科書を聞いたところ、一冊の教科書を頂いた。それが『人体解剖学』であった。教授も学生時代はこの教科書を使っていたとのことであった。それはそれは難しい内容かと身構えたが、意外や文字も大きく図も多く、余白も余裕のあるレイアウトで、少々安心したような思い出がある。

今では『人体解剖学』は、日本の解剖学教科書の最高峰だと思っている。私が考えるその理由はいくつかある。

まず、売られている期間の長さがそれを証明している。初版は実に1947年の2月で、終戦から2年経過していない。直近の改訂が2003年で、これが第42版である。これを書いている今は2023年であるから、初版から76年、最終改訂から20年経過している。著者は、藤田恒太郎(つねたろう)氏であり、第12版以後は御子息で同じく解剖学者の藤田恒夫(つねお)氏が改訂に関わってきた。しかし、藤田恒夫氏も2012年に亡くなられており、それが改訂が長く止まっている理由としてあるのかも知れない。

また次に、これが質の高い教科書として重要なことだが、想定読者が明確であるということだ。「この本は初めて解剖学を学ばれる医学生諸君を目あてに書かれたものである。」という一文から始まるように、読み手を限定することで、膨大で広範な解剖学の情報から、効果的に必要な情報だけを伝えることに成功している。そして、添付される図も、そのほとんど全てが、本文の内容とリンクした描き下ろしであって、情報量の多い写実的なものから明快な模式図まで多様に用意されており、理解を助けるのに非常に有用である。

そして、何よりこの教科書を唯一無二にしているのは、その文体である。多くの洋書から翻訳された解剖学書では感じられない人間味が文章に宿っているのだ。本書は、日本人が日本人のために、日本語で書いた教科書である。それも、どこかの誰かではなく、読んでいて著者の姿が思い浮かんでくるような、生きた文体なのだ。これは、編者の下で複数の著者によって書かれるような、今どきの本ではこのようにはいかない。特に教科書では単独の著者の個性は出さないような記述になる傾向があり、その結果は皆が知っているような、味気のない情報が列挙された無機質な文体となる。著者が直接語りかけてくるような文体は、おそらく著者が自分が受け持つ医学生を思い浮かべながら書かれたことによるのであろう。

内容も、単独の著者ゆえの興味深い記述が多く、自然と読み込んでしまう。解剖学は暗記の教科だと嫌われる節があるが、このように理屈で語られることで自然と頭に入ってくるように工夫されている。さらには、本文のところどころに、縮小文字で追加的な説明がなされていたり、欄外注として学習のヒントになる小文(小ネタ)が載せてあり、これも理解の大きな助けとなる。

この個性の強さは、いくつかの場所で、現代的な教科書の記述との違いとして現れており、本書だけで学ぶ者は戸惑うことがあるかも知れない。いくつか顕著な例を挙げると、筋系の固有背筋は筋名だけの列挙で説明が終わる。これなどは、“今はこれだけで十分”という著者の主張である。さらに、同様の主張が直接的に書かれるのは、名称の読み方で、例えば頭蓋は「とうがい」と読ませるところが、これに「ずがい」とわざわざカッコ入りで付け加えて、欄外注に「‥この種の業界用語を医学生に押しつけるのは、ナンセンス‥」と書いている。また、舌には解剖用語の「ぜつ」ではなく「した」とふりがなをしてあり、明瞭で平易な読み方を定着させるよう、読者の医学生に説いている。これらの読み方は、今でも浸透しておらず著者の狙いは外れた形になるが、信念に基づいた主張には日本の解剖学を担う責任と自信が感じられる。本書では脳神経が1、2、3‥と番号付けされているのも同様のこだわりである(通常はⅠ、Ⅱ、Ⅲとされる)。

解剖学は学問として古く、また、学会によって基準も整備されているので、用いられる用語も安定している。それが、初版から76年経った今も使用できる下地となっている。また、解剖学が医学の基礎に位置付いていることも、その内容が安定している理由である。しかしながら、人体の見方は時代と共に少しづつ変化している。70年前との大きな違いは、分子レベルでの視点であって、現在の教科書は必ず細胞の構造から説明が始まるものであるが、この教科書にはそれが丸ごと抜けている。ただこれとて、著者が現代に生きていたとしても、今は必要ないとして入れないかも知れない。

今どきの教科書には載っていないような詳細が書かれていたり、反対にほとんど説明が飛ばされていたりしているので、さっと内容に目を通しただけの人の中には、この教科書は記載ムラがあって良くないと感じる者もあるかも知れない。しかし、よくよく目を通すとそのムラには著者の筋が通っていることが分かると思う。そのような、隠されたメッセージに気付く時、著者と時空を超えた対話をしているような不思議な感覚があり、一度も会ったことのない著者が身近に感じられて親近感を得る。それゆえに、私は普段、本書を「藤田先生」と読んでしまう。むしろ正しい書名がすぐ出てこない。藤田先生の呼び名で学生たちも自然と本書を開いている。

記載内容は全く信頼でき、教科書として非常に優れているが、2023年現在で20年間改訂がされていない事実や、Amazonで新書が掲載されていない事に、今後の出版継続への不安を覚える。これはそのまま、現在の出版部数を反映していると言っていいだろう。

このような、人間味ある文体で、かつ信頼できる内容の教科書は、簡単に生まれるものではない。それどころか、肉眼解剖学の流れを思うと、今後作られることなど不可能ではないかとさえ思ってしまう。著者と改訂者なき今であっても、一部内容を現代に求められるものに修正するだけで、そのまま現代の解剖学教科書としての輝きを取り戻すはずだ。出版社にあっては、本書のような、日本の戦後から現代までの医学教育の基底を支えてきた名教科書を、今後も存続して欲しいと願わずにいられない。


2018年10月29日月曜日

音楽と美術

   声楽家のレッスンに参加した。私が歌うのではない。ある方法論に基づいた指導法の冒頭に、身体についてのミニ講座をさせて頂いたのだ。
   その指導法のベースは身体性にある。指導者の話を聞いていると、どうやら声楽の指導は一般的に感覚的に偏りがちなようだ。そこに身体という自らの基盤に気付かせ、それを意識させることで発声に関係する諸問題を改善させるべく指導を行なっているのである。
   声楽の事は全く知らない私にとって、声楽は自らの身体を楽器として用いる始原的な音楽的活動に映る。人類にとって「話す」の次には「歌う」が来るのだろう。声楽家は「身体が資本」という点でアスリートに似ている。今、プロのアスリートの身体ケアは医学に基づいた科学的なものが基盤になっている。その選択の正しさはレースの結果が示す。科学的なケアによってアスリートは故障を減らしパフォーマンスを向上させることに成功している。一方で、アスリートと同じように身体的基盤が重要である声楽が、未だ感覚的指導が一般的であるというところが意外にも感じられたが、それは声楽を含む音楽があくまでも感覚が重要視される“芸術”領域に立脚していることを強く示している。
   一方の美術は、それが感覚“だけ”が重要だと言う風潮は近代に入ってからの話で、それ以前は常に基本的技術を高いレベルに保ち一定化を図る目的のテクニックが共にあった。人体表現に至っては解剖学であり、風景画に至っては透視図法や色彩学のように。人体表現では解剖学が整うずっと以前の古代ギリシアから数学的な秩序も探求されてきた。人体は「カタチ」であって、それは目で見えるものだから、早くから関心を持たれてきたのだろう。だが、声楽つまり発声はカタチのない「コト」だから、どういう仕組みで声が出るのかはそう直ぐに分かるものではない。指導者の方に、発声指導に身体性が導入されたのはいつ頃なのか伺うと、喉頭鏡で声帯が見られて以降だろうと。名前を聞いたが忘れたので後でググると19世紀スペインのマニュエル・ガルシアだと分かる。声楽家であり教育者であるガルシアが喉頭鏡を発明したそうだ。表現者で研究者というと、19世紀フランスの彫刻家で解剖学者のリシェを思い出した。表現者が研究者、そういう時代だったのだろうか。近世的な生理学の始まりは、17世紀のウィリアム・ハーヴィーによる血液循環説とされるが、発声の生理学的説明はいつからなのか気になる。いずれにせよ、近代的な声楽家への発声方法は、今現在、解剖学の応用が始まった段階のようだ。

   今回招聘いただいた指導者の方は自らがソプラノ歌手であり、あくまでも現場との接点に立って指導をされている。「私はどこへ行っても、その場所にフィットしない」と仰っていた。新たな視点に立つ人は皆、どこにいても居心地の良さを得られないものなのだろう。しかし、そのような人たちがいつも新しい道や場所を作るので、後続者はそこを歩き集うことができるのである。

2018年10月14日日曜日

「美術解剖学のRESKILLING」の感想

   先日(10月11日)の武蔵美彫刻科での『美術解剖学のRESKILLING』は私にとっても貴重な機会となった。彫刻科教授で企画者の黒川先生は美術史、彫刻史に明るく、それを見通したうえでの彫刻の現状において美術解剖学という技法の欠落を注視しておられる。美術解剖学という「人の形の見方論」の有効性を再定義しようという先生の試みの発端が、彫刻教育の前線から見える景色にあるのは想像に難くない。なぜなら、東京造形大学に私を招聘下さった保井教授もまた同様の課題を見据えているからである。彫刻は対象を輪郭線で捉えるのではなく、構造で捉える。構造で捉えることができなければ、その再構築は非常な回り道を迫られた挙句、目標へ到達することさえ難しいのだ。そのような彫刻に特有の認識要求から見て、美術解剖学は殊更に彫刻芸術と親和性が高いと言えよう。美術解剖学が人体を客観的に理解する方法論であるなら、それは古代ギリシアではすでに実施されていた。ちなみに、美術解剖学という呼称が、哲学のようにすでに使われていたというのではない。美術解剖学は美術解剖の学という意味ではなく美術で用いられる解剖学の事で、輪郭の定まった1つの学問領域を意味しているのではなく自然発生的な一般用語である。解剖図を描き残したことからレオナルド・ダ・ヴィンチが美術解剖学の始祖のように書かれることがあるが、レオナルドはそのような学問を打ち立ててもいないし、そのつもりも無かっただろう。美術解剖学という言葉がそのニュアンスを端的に伝える一方で、その輪郭が曖昧なのはそのためである。

   さて、美術解剖学がいつから美術界でないがしろにされてきたのかは、文献を漁るまでもなく、表現された人体の変化を美術作品に追えば大づかみに捉えることが可能である。西洋においては、形式に則って人体を表現した新古典主義から印象派への移行期にそれを見つけることができる。それから現代まで、元来は人体表現の基礎技法に組み込まれるべき解剖学が、知りたくなったら勉強するものになり、その結果として今では美術解剖学が上級者の知識のように思われているほどである。
   その解剖学へのニーズがこのところ若干ながら高まってきている。表現の現場では、3DCGの表現技術の向上と関連しているようだ。機械技術が上がっても人体を表現できる人材が足りないのである。しかし、視野を広げると、CGというエンタテインメント領域だけに留まらず、より現実的な身体性への関心度合いも高まりを見せているという人もいる。ただ私にはそれがどういう理由によるものなのか分からない。情報化社会からの振り戻し現象のようなものがあるのだろうか。

   その微かな時流を鋭敏に感じ取られたという事だろうか。武蔵美の彫刻科では、黒川先生によって美術解剖学の価値の再検討が企てられ、一昨年には英国からアーティストと研究者を招聘しカンファレンスが開かれた。今回の企画もその一連に続くものだと言う。私は彫刻を学んで解剖学に興味を抱いた者として、両者の根本的な近似性や彫刻における有用性を実感している。しかし、美大だからと言って、また彫刻科だからと言って、皆がそう考えているわけではなく、現状が伝えるように、むしろ不必要だと考えられている事の方が多いだろう。その現状において、今回のように声をかけて頂ける事がどれだけ私にとって嬉しいか想像できるだろうか。それは仕事を頂いたというシンプルな喜びだけではなく、ついに同じ方向を向いている教育者に出会えた喜びであり、またそういった人々に私を見つけてもらえた喜びでもあるのだ。私を見つけ引き込んで下さった冨井先生に感謝する。

   彫刻の教育現場で解剖学視点を学生に教えることには否定的な意見がもちろんあり、直接厳しく言われることもある。そしてその意見は間違ってもいない。それはいつも必ず、単に形だけを知る事への否定の意見だ。解剖学は形態と構造を扱う。つまり形と組み立ての事で、それだけなら命のない積み木の説明と同じである。私たちは形があり命がある。否定する人たちは「解剖学は命を見ない」と言う。きっと、美術解剖学と呼ばれるものが退屈で役に立たないと言われるようになった原因はここにあるのだろう。確かに解剖学は命が流れていない。それが示す人体形状は命の流れで作られた「止まった結晶」である。医学では解剖学のほかに生理学があり、それが命の流れを指し示す。だから解剖学と生理学は医学の両柱と言われるのである。医学では解剖学に続いて生理学が勃興したが、なぜ芸術ではそうならなかったか。それは命は芸術家の感性が担当してきたからに他ならない。だから、感性優位の表現時代に入ると解剖学は不必要とされて来たのである。そうして今、再び美術のための解剖学に一部の人々が目を向ける時、相変わらず人体の形態と構造だけを示したならばどうなるかは明白である。現代は19世紀終わりに思われていた人体の在り方とは異なるのだ。21世紀は美術解剖学だけではなく美術生理学も必須の時代である。
   つまり、これまで美術解剖学が不必要とされたのには相応の理由があるのだ。それはおそらく、科学発展に伴って急速に変化したアーティストたちの人体観に美術解剖学がついて行けなかったからだ。15世紀の芸術家が解剖学を応用しようとした時、それは最新の科学だったのである。アーティストは常に最新の位置にいることを忘れてはならない。これからは解剖学だけでは到底足りないのである。今求められるのは人体を取り巻く総合であり、つまりは医学と呼べるようなものである。21世紀に必要なのは「美術医学」であろう。

   今回の特講は、比較解剖学者の小藪先生によるラットの咀嚼筋解剖からゴジラまでを包括した頭頸部の構造と表現の解説など、多くの気付きを与えられる素晴らしい企画であった。その後の親睦会では、武蔵美の先生方のお話から私自身とても勇気を頂いた。美術解剖学と呼ばれる領域はとても小さくその活動は個人レベルが実態だが、表現や制作に使えるのだと分かってもらえる努力がまだまだ必要であり、そしてそれを期待している人たちもいることを今回は実感できた。こちらが何を提示できるのか、それが問われているのである。

2016年6月15日水曜日

美術解剖学の秘匿性

 教育の基本は、自分の知識を他者に教える事。そこには、知りたい者と授ける者の関係性があり、それぞれの利益が関係している。知りたい者は情報を得る事が利益となるから分かりやすい。では、授ける者の利益は何か。それは自分の仲間を増やす事であり、もっと極端に言えば自己の拡大である。つまり、教育とは自分の仲間を増やす行為である。だから、授ける者は、知りたい者の誰にでもそれを与えるわけではない。自分の利益に叶うであろう者だけにそれを授けるのである。

 さて、美術解剖学は専門特化した教育のひとつである。その起こりまで遡るならそれは職人芸術家工房の技術力向上が目的であって、その性質から考えると、工房の一員として迎え入れられた者だけに与えられる閉じられた知識だったはずだ。そもそもその頃は美術解剖学とは呼ばれてはいなかったし、実際にも学問ではなかった。美術もまた学問ではなく”術”である。術は学とは違って閉じられた性質を持つ。それは小さな団体や集団ごとに伝達された術(わざ)の伝統とも言えよう。だから美術解剖学の原型は、閉じられた集団内で伝えられる秘匿的な性質を有していたはずである。15世紀のルネサンス期には絵画論などが書かれ、その秘匿性は公のものとなっていった。しかしそれでも、重要な中心部分は決して公には語られなかっただろう。
 芸術は閉じられた秘匿性が利益となる領域でもある。芸術は一般化となじまないからだ。そうであれば美術の為の解剖学も芸術と付随する形でその秘匿的な性質を保ってきたとも言えるのではないか。ならば、その性質を尊重してより正しく言うなら、美術解剖学ではなく美術解剖術と呼ぶべきかも知れない。


 ともあれ、美術解剖学は「芸術造形で人体を作る者」だけに向けられた非常に特化した知識系である。だからそれは、真にそれを知りたいと思う者で、かつそれを授けるに値すると判断された者だけに密かに教授されるという性質を有している。

2016年5月21日土曜日

レッテル 学生と教員

 言葉は強い。言葉は形無き(境界なき)概念に与えられる最初の区分けだ。そうした線引きの効果は大きく、だから言葉にされた対象は”そのもの”として安定するし、様々な事象も安心して捉えられるようになる。
 しかし本来は境界線の無いものに、突然強引に線引きをして名前を与えれば、そこに何らかの不具合や齟齬が生まれる事もまた当然であろう。

 私たちも、その年齢別に少年や大人などと言い分けられる。未成年と成人とが20才で突然に切り替えられるというのも随分と機械的に思える。不自然さとどこかに感じつつも、そういった「レッテル」を張られることに安心感もまた感じている。社会の立場においてもこのレッテルの影響力は大きい。レッテルを貼られることでそれに対応した役(ロール)を私たち自身さえ気付かぬうちに演じているのだ。だが、少年が次の日から成人になど突然になれるはずもないように、レッテルが指し示す通りの役をすぐにこなせるようになるわけではない。そのことについてはレッテルの強力な作用に隠されてしまいがちである。

 学校へ入学するや、生徒や学生と呼ばれる。もちろん、小学校入学時から児童として”あるべき振る舞い”の指導がなされてきているが、例えば大学に入学しても、もはや学生としての振る舞いとは何かなどと指導はされない。大学における学生の本分は紛れもなく学ぶことだが、では”学び”とどう向かい合えば良いのかの指導は、ほとんどなされることはない。学び方が分からないままに、「学生」という与えられたレッテルに従い、大学が提供する教育に盲目的に従わざるを得ない。そして多くの場合レッテルに安住し、その状況に疑問さえ抱かないのである。

 同じ問題は大学教員にも存在する。教員の多くが研究者として経験は予め持っていても教育者としてのそれは持っていないのである。優れた専門家が優れた教育者であるとは限らない。教員は自分の教え方が正しいと信じて、これもまた自らに与えられた「教員」のレッテルを信じて盲目的につき進むしかないのである。 

 学生と教員。それぞれにレッテルが貼られ役に就くものの、お互いにどう教わればいいのか分からず、どう教えればいいのかも分からない。つまり現場でのやりとりの中で手探りに進んでいるのだ。しかしこの有機的対応、言い換えれば「やる気に応じた指導」はムラが生じやすい。教員がそれぞれに自らの信念のもとに指導を行えば、学生側はそれだけの数の基準が提示されるということになる。そのような多基準は選択の混乱を招く。

 「学生」が教育機関に属する以上、彼ら若者を「学生」のレッテルにふさわしい”学び方を知る者”に導くのもまた、大学の責任ということになろう。そして、彼らをそう導きつつ、限られた時間内で最大の効果をもたらす指導も構築しなければならない。それは、教員個々が別々に指し示していては到達することが厳しいだろう。教員もまたそのレッテルにふさわしい”教える者”とならなければならない。教員が大学に属する以上、その指導は教員個人を越えた総体的基準が求められるだろう。
 これらが実現すれば、結果的に指導到達基準の底上げに繋がるはずであり、その時こそ、学生は学生として教員は教員としてのレッテルに見合った役についていると言えるのである。

2016年5月14日土曜日

美術大学での美術教育

どんな専門領域でも、その黎明期は一定の方向も定まらない混沌としたものだ。これを反対から見れば、混沌とした状態の領域はまだ黎明期の状態にあるとも言える。

 高度な専門性が要求される技術領域ではその教育体系が秩序だっているように感じる。例えば医学教育は6年間の間に効率的に多くの知識を身に付けられるように緻密に組み上げられている。基礎医学の解剖学一つ取っても単なる名称の暗記科目ではなく、一見バラバラに見える体内構造が様々な概念によって理路整然と再構築されている事を知ることで、人体を統合的に捉えることを可能にさせる。勿論、この”学習法”は解剖学者たちが人体のしくみを知るために研究してきた結果がベースになっている。このような科学的な研究の積み重ねがまずあり、次に教育者がそれを効率的に伝達する手順を考え実践し修正を加え続けることで今のメソッドが成り立っている。なお大学の教員を見れば分かるように、実際には研究者と教育者とは明確に分離しているわけではない。                     
 一方、専門技術や知識の習得が絶対的に求められる訳ではない領域では、その教育に高度な体系化は見られない。言わば現場任せといったところだ。そして、大学における美術教育もそこに位置しているように思える。私自身の彫刻学生時代を思い返すと、そこでは実材と呼ばれる粘土・木材・石材・金属で立体を造形する基礎を学んだ。しかし、彫刻について学んだ記憶がない。「彫刻とは何か」この問に集約される様々な彫刻概念を教育機関としての大学は何も語っていなかった。我々学生は教授陣の仕事から「今の彫刻と彫刻家」を感じ取っていたに過ぎない。私個人の場合、「彫刻とは何か」という本質的問題に最も心を砕いていたのは大学時代よりも前の美術予備校時代だったと感じる。ただそれは、人生で始めてそれに意識的になったことが新鮮な記憶として刻まれているということも多分にあるだろう。

 美術大学を出たところで、学生が皆芸術家にはならない。むしろ、それは圧倒的に少数である。その事実に加えて、現在では少子化問題などから生まれる商業的需要獲得のもくろみから、美術大学の教育方針はますます方向性を見失いつつあるのかも知れない。
 「美大学生は卒業までに”芸術家”とは何かという事に自覚的になるべき」
 「いや、何を持って”芸術家”とするのかを大学が提示すべきではない」
 上記のようなやりとりを以前、聞いた。この2つの意見は、発している言葉の奥にある立場が違っているのにお気づきだろうか。はじめの意見は言わば理想論であるが、後者は”大学”から発している。つまり、後者は現代日本における大学の有り様が色濃く反映していて現実的である。理想と現実は水と油の関係性で、決して混ざり合うことはない。現実的に見れば、美大の卒業生の多くは就職するのだから、そこで”美大以外”の就職活動者に引けを取らないように、ある程度社会的な“マルチさ”、言い換えれば平凡さを維持すべきであるという物言いへと裾野が伸びている。すなわちこれは「美大へ入学したからって芸術家になれなんて美大は言いません」という宣言である。
 私はこれに違和感を感ぜずに居れない。はたして「医学部へ入学したからって、医者になれとは言いません」という医学部があるか。この宣言は専門性の放棄に他ならず、本来ならばその看板を下げなければならない。芸術家になるかならないか、医者になるかならないか、それは結局は個人判断にまかされていることで、専門教育機関はあくまでその専門家の育成を目指すことが存在意義である。だから、美術大学は、何を持って”芸術家”とするのかを提示すべきであって、学生が卒業までにその専門家つまり芸術家とは何かについて自覚的に問えるように教育しなければならないのである。

 そうであるならば、美術大学ごとのミッション・ステートメントを構築し、その実現のための方法論を組み上げることができるだろう。芸術家は個人主義者だが、美術大学も法人として個人主義者になるべきなのである。絶対的に正しい指針を立ち上げることは不可能であるが、それでも無いよりずっとよい。「まずこう進め」と根拠を持って指し示すことが重要なのだ。ただその際に、進路に1つ北極星のように教授を置くだけでは不親切である。求められるのは、体系(システム)である。例えば「彫刻とは何か」という問に対して個人なりの解答が導き出されるためには、彫刻の特有性について自意識的にならなければならない。そこに至る感覚的手続きが前提として必要である。そうした各段階の全体が体系である。これは何も「彫刻とは何か」という概念的なものに限らず、具体的な対象にも同様に割り当てることができる。例えば彫刻科であれば「人体彫刻をどう作るか」においては、まず実材について知らなければならない。そしてもう一つが人体そのものについて知らなければならない。彫刻科において知らなければならない人体の答えは「形」である。学生は人体の形をまず捉えられなければならない。捉えることができて始めて、次の段階としてそれを造形することが可能になるのだ。

 私の学生時代は、それらの体系だった指導は無かったように記憶している。教授や先輩や同級生たちとの付き合いからそのつど「点」として情報のやりとりが成されていたような感覚がある。これは言うならば混沌であり、教育としては黎明期の様相を示している。大学における高等美術教育の歴史を振り返れば、かつて近代までの西洋では、人体の見方から表現技法までが一連一様に教育されてきた。それらはやがてアカデミズムと呼ばれ自由な美術表現を疎外するものとして”敵視”され、その流れが今まで続いている。ただその流れはあくまで西洋でのことで、日本はずっと同時代の西洋を模倣することをしてきたに過ぎない。そもそも、私たちはアカデミズムそのものさえ未体験なのではないだろうか。
 私が上で述べた体系だった高等美術教育とは、いわゆるアカデミズムに近いかもしれない。しかし、その体系だけが真実であるとは断言しない点において従来のそれとは異なるだろうと考えている。芸術は自由でなければならないから、体系だった教育は適さないというのは、大学においては成り立たない物言いである。それにむしろ、芸術家以外の進路が現実的であればこそ、効率的教育は実用的になり得る。なぜなら卒業時に各自が独自の芸術論を持ち、”形態を捉える目”と造形力の獲得を自認できれば、それは自分の在学期間に価値を与え、そのまま現在の自分に自信へと繋がるだろうから。



2015年5月25日月曜日

教育。未来をつくる自由時間

 意思、文明がいつ芽生えたか。そんな答えのない疑問に時々思いを巡らせる。それらが生まれた具体的な事象や時間についてはそれこそ確認のしようがないことだが、生まれたきっかけや原因については「こうであろう」と推測することは可能だ。なぜなら、私たち自身の身体がそういった歴史を通り抜けてきた形なのだから。

 都会では、移動に何かと電車やバスを利用する。乗り物に乗ってしまえば後は運んでくれるから、その間に読書もできる。公共移動機関がない時代は自分で歩いていたので、読書などできない。つまり、社会が安定しシステムが整うと、それまで自分でしていたことをしなくてもよくなり、その分の「自由時間」が手に入るようになる。意識、文明というのはこの自由時間を手にしたことが大きいのではないか。
 生活のために全てを自分でしているうちは、その事だけに手一杯で、自分の周り以外からの情報を入手して世界を広げることなどできないだろう。流れ作業の中で考え事をすることはできても、自分の内のものをこね回しているだけでは、広がりに限界がある。自分が知らなかったこと、持っていなかった知識、そういう「外からのもの」を入手することが、自己世界を広げることに繋がっている。しかし、それら自分の内に無かったものを自分のものにするには時間が必要なのだ。理解する時間が。そういう事に時間が裂けるようになり、「知のちから」を知ることから発展して文明が気付かれていったのではなかろうか。

 文明の前に意思が生まれていただろうが、その記録として古代芸術が指針となろう。出土した最も古い時代の頃はまだ狩猟時代だ。それでも、狩猟の技術が高度化し、きっと獲物も豊富な時代で、狩りをして生きる事だけに全生命を傾けなくてもよい時代になっていたのだろうと想像する。そんな中で心に自由時間が生まれ、自意識に気付き、芸術を生み出し、知の記録と伝承という文明への準備が始まった。そういった心の準備が整っていたからこそ、やがて小麦を栽培するという農業革命も起こりえたに違いない。そこには高度な知識の伝達が不可欠だからだ。

 現代では、知の伝達はだいぶ体系立っている。「学校で学ぶ」という一連の仕組みは、言わば生きる事に直結していない自由時間を「有効なしくみ」として明確に生活から分離して与えるものである。重要なのは「今を生きることに直結していない」ということだ。今を生き残る訓練だけをしていては先の発展が起こらないのである。特に義務教育課程においては、そのような「ハウツーもの」は必要としない。それらは各家庭で親家族から得るものとしているのだろう。時々、「因数分解や理科の実験など社会で必要か」などという素朴な疑問を聞くが、答えは上記の通りだ。もしくは繰り返し言うなら、人類は長い時間を過ごした「生きるためだけの知識の習得と実践」という自転車操業的な低い発展性の時代から、やっと手に入れた自由時間を利用して、知を集積し伝達することによって文明を作り出した。それを現代的には教育と呼ぶのである。
 我々はそこに、文明と私たち自身の未来への更なる拡張の可能性を託しているのに他ならない。可能性を広げておくには、具体的な目的は掲げられない。だから、学校で学ぶことは、明日必要なことではない。そこで知ることは「広がる未来を生み出すピース」のひとつひとつなのだ。