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2018年3月8日木曜日

名作のポーズを女性モデルに取らせて

 先週末の3日(土)の朝日カルチャー講座では、女性ヌードモデルを使って名作のポーズを実際に取ってもらった。立ち、座り、寝ポーズの3種類で、立ちポーズはローマ彫刻『メディチのヴィーナス』とクラナッハ『ヴィーナスとキューピッド』、座りポーズはロダン『美しかりしオーミエール』と荻原碌山『女』とローマ彫刻『うずくまるヴィーナス』、寝ポーズはアングル『グランド・オダリスク』。

 ところで、ロダンの老婆をモデルとした『美しかりしオーミエール』は、個人的にこの日本語題名に抵抗がある。まず、タイトルの響きが主張しすぎているように思われる。”美しかりし”と言われると、このうなだれた姿勢と相まって、作品を感傷的にさせすぎてしまう。”オーミエール”という固有名詞的カタカナも加わって、何か具体的でドラマティックな物語が背景にあるのだろうと思わせる。ストーリー性が強くなると形態への興味が薄らいでしまい、「ああ、誰か知らないけど、かつて美しかった女性なんだろうな。オーミエールさんと言うのかな。」と納得した気分ですぐに作品から目を離してしまう。それでは日本語でなければどうなのか。
 英語のタイトル表記では、『The Old Courtesan (La Belle qui fut heaulmière)』である。カッコ抜きならば、シンプルに『老いた高級娼婦』である。カッコ内の仏語が原題なのだろう。英語直訳では ”The beautiful who was heaulmière”で、”オーミエールだった(と呼ばれた)美女”とでも言おうか。そうなるとオーミエールとは名前ではなく娼婦の意味か?。ググってみるとそうでもなかった。これは、15世紀フランスの詩人であるフランソワ・ヴィヨン(François Villon)の詩に由来するものだった。その中に『Les regrets de la belle heaulmière』がある。問題のオーミエールだが、これは”ヘルメット(武具)工房の妻”を意味するようである。つまり、美しさから”La belle heaulmière”と呼ばれた女性のことだ。『美しきオーミエール(武具工の妻)の後悔』とも呼べる詩の内容は、今は年老いた女性が、かつて若く美しかった頃を語り、全て老いてゆく人間の運命を哀しむものである。
 さて、その上で日本語題名の『美しかりしオーミエール』は、”今は美しくない”と言っているのと同じで、原題とニュアンスが異なっている。原題直訳では『オーミエールと呼ばれた美女』で、像の老婆にも敬意を感じる言い回しである。「若い=美」という単純さに異を唱えていたロダンが、老婆の姿に”今は美しくない”などと言うはずもない。そもそも美しさを感じていなければ、この像は造られなかったはずなのだから。その意味においても、単純に『オーミエールと呼ばれた美女』でいいのではないか。


 本題に戻して、まずは『メディチのヴィーナス』。”恥じらいのヴィーナス”と呼ばれる型の1つで、オリジナル(現存せず)は古代ギリシアのプラクシテレス作である。左脚に重心を乗せて始まる典型的なコントラポスト姿勢。正面写真では胸と股に手を当てて見えるが、横から見るとそれらの部位から手は浮いている。また、若干上体を丸めている。左右の手と胴体の間には隙間が開いていて、そこに実際に布などを挟むこともしたのではないかと想像したくなる。モデルは、右足かかとに丸めた布をおいて、かかとを上げた姿勢を維持していた。破綻無く同様の姿勢を取ることが可能だが、像と同様の丸めた背を継続することはできない。つまり、この像はその場に静止しているのではなく、移動運動を暗示している。”恥じらって”、頭部は誰かを警戒しているので、この場から離れようとしているのは確かである。


 『ヴィーナスとキューピッド』は、似た絵が何枚も作られた内の1つで、ハチに刺されて困り切っているキューピッドの表情も可愛い。ところがその体は筋描写がしっかりしていて”マッチョ”である。この表現はイタリア・ルネサンスのフィレンツェ派、ミケランジェロの影響が感じられる。女性モデルにポーズしてもらったのはもちろんヴィーナスの方で、つま先を外側へ大きく回した左脚を右脚の後方に持っていく姿勢は、立体で見るのと絵で見るのとでは印象が異なる。その重心は顕著ではないものの、左脚側にあり、骨盤はわずかに右側が下がる。モデルとこの絵とで最も異なっていたのは、曲げている右腕と胴体との関係性で、絵では前腕の上に間をおいて乳房があるが、実際は曲げた前腕のすぐ上に乳房がある。まして、この絵のように、直角以上に鋭角に曲げた肘によって上へ上がっていく手が左乳房の下端にも届いていないことなどあり得ない。このヴィーナスは一見しただけでそのプロポーションが歪んでいることは明らかなのだが、具体的な位置関係の大きな違いが表されている事から、モデルの観察と言うより、型に基づく描写であろう。


 彫刻『美しかりしオーミエール』は、左膝を深く曲げて足は地面に達していない。モデルのポーズではここに台を置いてそこへ左足を置いた。この作品は腹部正面からの写真がほとんどだが、見せ場は背中にある。直角に曲げた右腕は背中へ回され、その手は大きく開いて手のひらを後ろに向けている。前腕には屈筋腱が鋭く浮かんでいる。丸められた痩せた背中には肩甲骨が浮き出ている。自分でこの右腕の姿勢を試せば分かるが、私たちの腕はこの姿勢を取るようにはデザインされていない。むしろ、少ない努力でこの姿勢が取れてしまう人類は、それだけ特異な形態へ進化しているのだと言える。上腕骨は最内旋した状態で肩関節は過伸展している。過伸展には三角筋の後部(棘部)が収縮するが、この筋は外旋筋でもあるため、この姿勢の達成にはジレンマがある。右前腕は背中に”引っかけられて”いる。前腕がこうして固定された状態になると、筋の張力が動かす骨の向きはそれまでと逆向きになる。つまり三角筋の後部は肩甲骨を体幹から引きはがすような方向に働く。そのために、肩甲骨の内側縁は持ち上がって背中に高い稜線を形成するのである。これは彫刻でもはっきりと表現されており、モデルにおいても同様であった。街でお年寄りが背中に両手を回して腰で両腕を組んでいるのをしばしば見る。それも、上記の働きを自然と応用しているのであって、つまり、丸まった背中をこうして伸ばしているのである。この姿勢が楽になったら相応の年齢になったと思うべきか。ロダンの作品のモデルの老婆も背中が丸く、この姿勢を続けるためにも片腕を背中に回す必要があったに違いない。続いて彫刻の左肩を見ると、肩甲棘から胸椎に向かって一条のすじが下りていく。これは僧帽筋の上行部(下部)の緊張を表している。この像の背中は、観察に基づく写実描写があり、それはこの像全体にも言えることだ。ポーズ終了後にモデルが、この右腕の姿勢はきついと言っていた。

 碌山の『女』は、我が国の近代彫刻の記念碑でもある。ひざまずいた姿勢で、上半身はわずかに前方へ傾いている。膝は左側が後ろへ引かれ、そこから連動するように頭部まで捻れるような動勢が続いていく。前へ倒れそうな勢いを、後ろに組んだ両手が反対方向へ引いている。ひざまずく低さと、上を向けられた顔とが反発するように対応し、拘束からの解放や、苦悩からの希望といった印象を鑑賞者に抱かせる。実際にこの姿勢で止まることはできない。重心が前方へ外れているので前のめりに倒れてしまう。モデルの上半身はずっと垂直に寄ったものになり、この作品のような劇的な視覚的印象がない。膝で立っているので、膝と足首によるバランス取りがキャンセルされ、モデルは容易にふらついた。ところで、この作を見ると、ロダンにも多くの影響を与えた彼の助手クローデルの『The Mature Age(分別盛り)』の1人を思い出すのは私だけではないだろう。
カミーユ・クローデル『The Mature Age』


 『うずくまるヴィーナス』も、古代ローマのヒット作で、幾つも発見されている。ポーズのバリエーションが幾つかあるが、どれも片膝を立てるようにしゃがんでいる。今回参考にしたものは大英博物館にあるものだが、その造形は観念的なヘレニズム様式を取っている。折りたたまれた四肢で構成される込み入った空間がひとつの見せ場だが、狭い空間を見事に彫り上げたローマの石彫家の高い技術には驚きしかない。この姿勢の見事さは、モデルに実際にポーズを取ってもらうとより強調される。体幹と曲げた四肢の間には、幾つもの三角形が現れる。このトラス構造は、視覚的な安定性ばかりでなく、実際の彫刻作品にも安定した強度を与えているだろう。彫刻の背中には正中に溝が殿裂まで走っているが、実際の人体では殿裂まで追うことはできない。殿裂の上方には左右に窪みがあるが、その窪みよりさらに上方でその溝は消えてしまうからである。


 今回の寝ポーズはアングル『グランド・オダリスク』のみ。寝ポーズは意外と参考に向くものが見つけられなかった。この作品は、背骨の数が多いと、発表されたときから言い続けられている。確かに細長く見える。それはこの画家がそう見せようとしたからである。絵で見ると、背骨のラインが大きく横にカーブしていて、とてもそのようにモデルが曲がるようには思えなかったが、実際には、かなり近い姿勢を再現することができた。絵の左側が高いので、ビーチチェアーを用いた。絵の女性の背中は左右幅がなく見えるが、これは斜めの視点によるものである。胸郭部の背骨の曲線は右への側弯ではなく胸椎の生理的後弯によるもので、これが腰椎の側弯と融合することで絵のような一連の長い曲線に見えるのである。また、この絵の女性の腰は左側の多くがクッションに沈んで描かれていない。これも幅を狭く見せる視覚効果をになっている。この女性が立ち上がったなら、思いの外量感のある身体で驚くはずだ。一瞬どうなっているのか目が迷う両脚は、下にある左足を組むようにして右脚に乗せている。右腕は腰に乗せているように見える。モデルのポーズもそのようにした。すると、右の指先は絵のようにふくらはぎには届かない。絵では右手指先が左脚ふくらはぎの上に乗せられているが、これこそ現実界では厳しい姿勢である。この絵が、細かったり長かったりするような歪みを見せながらもそれらしく見えてしまう理由のひとつに、希薄な奥行き感があるかもしれない。まるで望遠レンズで見たような圧縮された遠近感。右の脇の下から覗く乳房も、実際より手前に飛び出ているように見えるが、これも前後に圧縮した遠近感によるものだ。

2018年2月5日月曜日

名作のポーズを男性モデルに取らせて

 カルチャーセンターで先週末、男性モデルに名作と同じポーズを取ってもらう試み。
 今回は、ミケランジェロ『反抗する奴隷』と『システィーナ礼拝堂天井画のアダム』、ロダン『アダム』、ダ・ヴィンチ『聖ヒエロニムス』、古代ローマ『ラオコーン』、パルテノン神殿ペディメント彫像『河の神』。バリエーションとして、立ち、座り、寝ポーズをそれぞれ2つずつという設定。

 『反抗する奴隷』は、体幹部つまり骨盤と胸郭の間での捻れがとても強いことが改めて分かる。彫像と同じ姿勢を生きたモデルで継続的に静止していることはできない。また、深く曲げた右脚の膝頭は左脚側へと向けられているが、このようにするとバランスが崩れて静止できない。安定させるには右膝頭は右側へと振り出さざるを得ない。それにしても、強い捻れに支配されているこの像は、骨盤正面から見ると身体の右側が上下に直線的に裁ち落とされていることが分かる。恐らく原石がそこまでしか無かったのだろう。つまり、この像は右膝頭を生きたモデルのように右側へと振り出すような姿勢には物理的にも不可能だったと考えられる。しかしもちろん、それが可能だったとしてもこの芸術家はそのポーズは選ばなかっただろう。像の身体を貫く捻れの動勢が乱れるからである。ところで、この像の肩から頭部までの動勢と造形は、ブルータス胸像とそっくりな事に今まで気付かなかった。

Adam ロダン『アダム』は、システィーナ礼拝堂天井画のアダムへのオマージュであることはその姿勢からも明らかだ。身体の全てが強い緊張と捻れで支配されており、生きたモデルでは厳しいだろうと思っていたが、ポーズ後にモデルに聞くと「私も厳しいと思ったが、意外と辛くなかった」との事。今回は拘れなかったが、像では足の指まで力がみなぎっている。左足の指などは全て強く曲げられ、『考える人』のそれを思い出させる。アダムの曲げられた右膝が左へと向けられているのは『反抗する奴隷』を彷彿とさせる。





 『聖ヒエロニムス』は、状態の良くない未完成画で、ヒエロニムスの体幹は影であることも重なって形態が明確では無い。左肩から地面へと続く布の襞が、光が当たったように白く、それが右脚と連動することで一見するとしゃがむように腰掛けているように見える。だが、目を凝らすと、尻の下に左足があることが分かる。つまり、彼は腰掛けているのでは無く、左膝を地面についているのだ。ヒエロニムスの頭部から、伸ばされた右腕の付け根辺りの描写は細部まで見える。そこで目立つのは、頚部から上腕の中部までの描写である。頚部には縦に走る広頚筋の襞が浮かび、口角を横に広げた表情と破綻無く連動している。また、鎖骨から上腕へピンと張った筋の束が浮き立っていて、これは大胸筋の鎖骨部である。モデルにポーズを取ってもらうと、静止した状態ではこの絵のように大胸筋鎖骨部は浮き立たなかった。そこで、この姿勢のまま、私が出した手を前へと押してもらうと、これが浮き立った。この筋束は、腕を前方へ振り出すような運動の際に強く働く。つまり、この絵の人物は右腕を強く振り出す運動をしている最中、もしくはその直前である。彼の手は何かを握っているので、それと関係しているのだろうか。そう思うと、ヒエロニムスの体は全体的に絵の右側へ傾いている。身体がその方向への運動を示唆しているのかもしれない。このポーズは一見楽に見えるが、横に伸ばした右肩の負担は相当なもので、モデルは頻繁に右腕を下に降ろして休ませなければならなかった。

 『ラオコーン』は、座って上体を反らしているだけではなく、胸郭は強く右へ旋回している。それでも、像ほどに胸部がせり出したようにはならなかった。像の胸郭左側面には小さな起伏が幾つも見える。それは縦に3列で、最も後列が前鋸筋で、残り2列は外腹斜筋とその深層の肋骨の起伏が重なったものである。とはいえ、その位置描写は誇張があって人体構造的に正確ではない。例えば、前鋸筋の肋骨付着位置は後ろ側に過ぎる。同様の違和感は膝にもあり、手足の描写も若干観点的である。一方で、肩に浮き立つ橈側皮静脈や脚に見える大伏在静脈などは確かにそのように見える位置にある。この像は、観念と写実表現が入り交じっている。像と同じように胸郭を右回旋しつつ反らせたまま固定し続けることは難しかった。像は左下から右上へと強い動勢が表されているがこれは静止ポーズではできない。像の男性は激しい動きの只中にある。

 システィーナ礼拝堂天井画の『アダム』は、寝ポーズのひとつとして取り上げたが、斜面に横たわっているので、モデルポーズの際にはビーチチェアーを用いた。折り曲げた左脚の膝と、そのすぐ上に来る左腕の位置関係は実際には不可能である。このフレスコ画の腹部は二次元的な歪みを持って曲げられており、構造的に見ようとすると不安を覚える描写である。ここが実際のモデルの姿勢とどれほど異なるのかが興味深いところであったが、実際には、全く異なるというものではなかった。ただ、自然にこの姿勢を取ってもらうと、画中の男性ほど胴体が横に曲がらない。意識して胸郭を左へ曲げてもらうと絵のような強い側方弯曲になった。伸ばした左腕は、膝との位置関係を合わせようとすると、画中のようなわずかな上向きにはならず、ほぼ水平位になる。その腕は膝に休ませるような姿勢を取ったが、画中のアダムはそうではないので、左腕と左膝との間には奥行き方向のずれがあると考えられる。なお男性器が右大腿部に乗っかっているが、実際にもこのようになった。

 パルテノン神殿彫像の『河の神』は素晴らしい像だが損壊しているので、復元像の姿勢をモデルには取ってもらった。左腕を地面について、頭部も左を向いている。この像はかつては神殿の屋根の下の横に伸びた三角形(ペディメント)の端の角に位置していたので、上下に窮屈な姿勢である。不思議なもので、復元姿勢よりトルソと化している現状の方がより彫刻的な魅力を増している。システィーナ礼拝堂天井画のアダムと同様に、モデルの自然なポーズではこの像のように胴体が横に曲がらない。あえて曲げてもらうと、右の肋骨弓の外側部が側腹部に食い込むようになり、そこの肉は溜まって深い溝が2条現れた。大理石像では、そのような溝は表されていない。正面性の強いポーズに見えるが、足側から見ても、十分空間的な豊かさを保持していた。ギリシア彫刻には、この胸郭に見られるように、「曲がるところ」と「歪むところ」が明確に区分されている。この時代は人体の解剖の記録が無いというが、その身体の捉え方は、現在とほとんど同様である。それはこの時代が先進的だったとも言えるし、芸術から分かる身体の捉え方は既にこの時代の見方で十分に満たされているのだとも言えるだろう。


 筋肉質の男性モデルでは、皮下の運動器の起伏を直接的に外見から追うことができる。それにしても、皮膚に覆われた内側で躍動する構造を、冷静に捉え、正確に破綻を来さないようにするだけでなく、芸術的な調和に中に再構築するところまで高めた古代ギリシアの表現には感嘆を新たにする。まったく、現代においては、そこに至る道筋を想像することも難しいほどだ。ただ1つ言えることは、知識と技術だけでは決してそこへたどり着かないと言うことである。それらが素晴らしい二頭の馬とするなら、それらを操る巧みな御者こそが必要なのだ。

2017年8月8日火曜日

ミケランジェロのダヴィデ像のポーズをモデルに取らせて

 2017年8月5日に朝日カルチャーセンターで行った、ミケランジェロのダヴィデ像のポーズを男性モデルに取ってもらいそれを観察する講座では、興味深い発見が幾つかあった。

 ダヴィデ像は、特徴的で人々の記憶に残りやすい姿勢をしている。いわゆる片脚重心の姿勢で、休めの姿勢とも普通に言われる。美術用語ではコントラポストとも言われるこの姿勢は、古代ギリシア時代の彫刻に初めて採用されてから、現代まで選ばれ続ける、立位ポーズの”黄金基準”である。ミケランジェロの他の作品では、彫刻でも絵画でも、これよりずっと激しく身をよじったポーズが多い。その中にあってダヴィデ像が比較的静かなポーズなのは、この像が掘り出される前の大理石の原石が、すでに切り出され、別の彫刻家によって掘り始められた途中でうち捨てられていたという原因がある。幅に対して厚みが無く、一部には穴が開けられた状態だった原石から、この作品は制作された。厚みが無ければ、鑑賞される方向が限定され、正面性の強い作品となる。実際、この像は腹側から見られることがほとんどで、背中側や横から見られることはあまりない。


 今回、男性モデルに同じ姿勢を取ってもらって、すぐに気付いたことは、静止状態では重心の位置が異なるという事実である。ダヴィデ像と同じ右脚重心であるにも関わらず、腰から上の体は像よりずっと左側にある。つまり、腰から上は左右の脚の間に乗っているようにある。それだけではない。モデルの骨盤の前面はダヴィデ像より左を向いている。つまり、左の股関節から下腹部前面は遠ざかるように回旋していて、言い換えれば、右脚は骨盤に対して外旋位を取っている。通常なら、休めの姿勢を取ると、立脚に対して骨盤は内旋するのである。しかしそれはささやかな動きなので、身体部位の重量が異なる個人では外旋に転じることもあるのかも知れない。また、今回のポーズは左脚を投げ出しているので、そちらに重量が引っ張られて外旋したのかも知れない。一方のダヴィデ像では、腹部前面はモデルほど外旋せずにいる。
 この2つの要素、すなわち、左側に寄った上体の重心と、左脚側を向いた上体を、ダヴィデ像のように修正しようとすると、それは”一瞬なら”できるが、そのままで立ち続けることはできないことが分かった。無理にこのポーズを維持しようとすると、それはもはや片脚重心とは言い難い、自然に反したものである。これから推測されることは、ダヴィデ像は休めの姿勢を取っているのではないという事実である。確かに、巨人ゴリアテとこれから闘おうとしている人物が、のんびり休んでいるはずがない。彼の姿勢は、意識的に力を入れて、巨人がいるのとは反対側へ体重を移動させた、その瞬間が表されているのである。この姿勢で、右脚側に重心が乗っているのはほんの一瞬だけだろう。次の瞬間には重心は再び左側へと揺らいでいく。ちょうど、振り子が揺れて、反対側へと動き出す一瞬前に止まる、あの一時である。

 ミケランジェロは革新的なポーズの数々を生み出した芸術家だが、このダヴィデ像もまた、素晴らしい創意が込められているようだ。それを、このように調和的なポーズにまとめ上げるセンスは唯一無二である。
 ところで、ダヴィデの手をよく見たことがあるだろうか。全身をぱっと見ただけだと、裸の若者が立っているだけにも見えるが、その両手は軽く握られている。また、あまり見られない背中を見るとそこには左肩から右腰にかけてベルトのようなものが斜めに掛けられていることが分かる。ダヴィデはこの後に始まる戦いのために、投石器(スリング)を持っているのである。肩まで持ち上げられた左手には、石を挟んだスリングを持ち、降ろした右手にはスリング両端をまとめた部分を隠し持っている。この事から、ダヴィデは右利きだと分かる。次の瞬間には、狙いを定めて左手を離し右手でスリングを振り回したかと思うとその片端を指から離す。それと同時に遠心力から解き放たれた石は凄まじい速度で敵の巨人へと飛んでいくのである。
 ミケランジェロは投石器を正面から一切目に入らないようにしている。もし、スリングが体の前面にあったなら、視覚的に非常に説明的なポーズとなり、現在のような感動を呼ぶものにはならなかった。多くの芸術家は、作品に語らせようと努力しすぎる余り、そういった失敗に陥りがちである。彫刻は動かず鑑賞者は動く、という当然の前提を信じることが、ダヴィデ像のような鑑賞の幅を維持した作品を産むのだろう。

 また、ダヴィデ像との関連性とは別に、今回の男性モデルは、外腹斜筋の上部(第5、6、7肋骨起始部)が鍛えられており、肋骨弓をまたぐように筋尖のひとつひとつが目立った。肋骨弓を筋尖で割る表現は古代ギリシアでもあまりなく、ダヴィデ像もそれほど強調されていない。この肋骨弓部の外側には、外腹斜筋と前鋸筋の交差部がある。これらの要素がひとまとまりになると、大胸筋の下の胸郭部に特徴的な小さな起伏の繰り返しが現れる。それは、お寺の門にいる仁王像の胸筋下の亀甲模様の起伏を彷彿とさせる。実際この男性モデルは、典型的な東洋人体型で、すらりとした逆三角形のダヴィデ体型と言うより、仁王像や金剛力士像を思い出させた。地方の小さなお寺の仁王像では、この前鋸筋と外腹斜筋の交差部の表現がすっかり様式化して六角形のタイルがはめ込まれているようなものも多く、タイルのピースが一列多いのじゃないか、などと思ったりもしていたのが、実際にそう見える事もあるという、新鮮な発見であった。