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2023年2月13日月曜日

南江堂の『人体解剖学』

末梢神経系のページ。
右上の頭部の図の詳細さに注目。眼球に反射した窓が描かれている。

かつて、私が解剖学を専門的に学び始めた頃、私の解剖学の恩師である教授にお勧めの教科書を聞いたところ、一冊の教科書を頂いた。それが『人体解剖学』であった。教授も学生時代はこの教科書を使っていたとのことであった。それはそれは難しい内容かと身構えたが、意外や文字も大きく図も多く、余白も余裕のあるレイアウトで、少々安心したような思い出がある。

今では『人体解剖学』は、日本の解剖学教科書の最高峰だと思っている。私が考えるその理由はいくつかある。

まず、売られている期間の長さがそれを証明している。初版は実に1947年の2月で、終戦から2年経過していない。直近の改訂が2003年で、これが第42版である。これを書いている今は2023年であるから、初版から76年、最終改訂から20年経過している。著者は、藤田恒太郎(つねたろう)氏であり、第12版以後は御子息で同じく解剖学者の藤田恒夫(つねお)氏が改訂に関わってきた。しかし、藤田恒夫氏も2012年に亡くなられており、それが改訂が長く止まっている理由としてあるのかも知れない。

また次に、これが質の高い教科書として重要なことだが、想定読者が明確であるということだ。「この本は初めて解剖学を学ばれる医学生諸君を目あてに書かれたものである。」という一文から始まるように、読み手を限定することで、膨大で広範な解剖学の情報から、効果的に必要な情報だけを伝えることに成功している。そして、添付される図も、そのほとんど全てが、本文の内容とリンクした描き下ろしであって、情報量の多い写実的なものから明快な模式図まで多様に用意されており、理解を助けるのに非常に有用である。

そして、何よりこの教科書を唯一無二にしているのは、その文体である。多くの洋書から翻訳された解剖学書では感じられない人間味が文章に宿っているのだ。本書は、日本人が日本人のために、日本語で書いた教科書である。それも、どこかの誰かではなく、読んでいて著者の姿が思い浮かんでくるような、生きた文体なのだ。これは、編者の下で複数の著者によって書かれるような、今どきの本ではこのようにはいかない。特に教科書では単独の著者の個性は出さないような記述になる傾向があり、その結果は皆が知っているような、味気のない情報が列挙された無機質な文体となる。著者が直接語りかけてくるような文体は、おそらく著者が自分が受け持つ医学生を思い浮かべながら書かれたことによるのであろう。

内容も、単独の著者ゆえの興味深い記述が多く、自然と読み込んでしまう。解剖学は暗記の教科だと嫌われる節があるが、このように理屈で語られることで自然と頭に入ってくるように工夫されている。さらには、本文のところどころに、縮小文字で追加的な説明がなされていたり、欄外注として学習のヒントになる小文(小ネタ)が載せてあり、これも理解の大きな助けとなる。

この個性の強さは、いくつかの場所で、現代的な教科書の記述との違いとして現れており、本書だけで学ぶ者は戸惑うことがあるかも知れない。いくつか顕著な例を挙げると、筋系の固有背筋は筋名だけの列挙で説明が終わる。これなどは、“今はこれだけで十分”という著者の主張である。さらに、同様の主張が直接的に書かれるのは、名称の読み方で、例えば頭蓋は「とうがい」と読ませるところが、これに「ずがい」とわざわざカッコ入りで付け加えて、欄外注に「‥この種の業界用語を医学生に押しつけるのは、ナンセンス‥」と書いている。また、舌には解剖用語の「ぜつ」ではなく「した」とふりがなをしてあり、明瞭で平易な読み方を定着させるよう、読者の医学生に説いている。これらの読み方は、今でも浸透しておらず著者の狙いは外れた形になるが、信念に基づいた主張には日本の解剖学を担う責任と自信が感じられる。本書では脳神経が1、2、3‥と番号付けされているのも同様のこだわりである(通常はⅠ、Ⅱ、Ⅲとされる)。

解剖学は学問として古く、また、学会によって基準も整備されているので、用いられる用語も安定している。それが、初版から76年経った今も使用できる下地となっている。また、解剖学が医学の基礎に位置付いていることも、その内容が安定している理由である。しかしながら、人体の見方は時代と共に少しづつ変化している。70年前との大きな違いは、分子レベルでの視点であって、現在の教科書は必ず細胞の構造から説明が始まるものであるが、この教科書にはそれが丸ごと抜けている。ただこれとて、著者が現代に生きていたとしても、今は必要ないとして入れないかも知れない。

今どきの教科書には載っていないような詳細が書かれていたり、反対にほとんど説明が飛ばされていたりしているので、さっと内容に目を通しただけの人の中には、この教科書は記載ムラがあって良くないと感じる者もあるかも知れない。しかし、よくよく目を通すとそのムラには著者の筋が通っていることが分かると思う。そのような、隠されたメッセージに気付く時、著者と時空を超えた対話をしているような不思議な感覚があり、一度も会ったことのない著者が身近に感じられて親近感を得る。それゆえに、私は普段、本書を「藤田先生」と読んでしまう。むしろ正しい書名がすぐ出てこない。藤田先生の呼び名で学生たちも自然と本書を開いている。

記載内容は全く信頼でき、教科書として非常に優れているが、2023年現在で20年間改訂がされていない事実や、Amazonで新書が掲載されていない事に、今後の出版継続への不安を覚える。これはそのまま、現在の出版部数を反映していると言っていいだろう。

このような、人間味ある文体で、かつ信頼できる内容の教科書は、簡単に生まれるものではない。それどころか、肉眼解剖学の流れを思うと、今後作られることなど不可能ではないかとさえ思ってしまう。著者と改訂者なき今であっても、一部内容を現代に求められるものに修正するだけで、そのまま現代の解剖学教科書としての輝きを取り戻すはずだ。出版社にあっては、本書のような、日本の戦後から現代までの医学教育の基底を支えてきた名教科書を、今後も存続して欲しいと願わずにいられない。


2019年7月2日火曜日

芸術と言葉

   意識の起源は記憶の獲得にある。記憶は組み立てられるもの。そこに構造がある。そうして言語化される。言語は世界の見方が現れる。いや、言語的にしか世界は見えない。ただし、言語の表象の隙間が無数に生まれる。自然は本来は、恐らく、区切りがないからだ(要考察)。言語を知らない幼児が見る世界は曖昧だ。同様に、言語で区切らない芸術もその隙間を表すことができるが、それが決して確固たるものにはなり得ないのは自明のことなのだ。認識が捉える世界は形から始まるのではなく、言語からかもしれない。もちろん、それが何語かは副次的な問題で、言語的認識とでも言えるものである。そうであるなら、言語野の破壊は認識の破壊を意味する。幼児は直線と言う図形や概念を知る以前に指差しをするが、そこには直線の概念が既存していなければならない。
なぜ、意識を振り返ること(記憶)ができるのか。語るためだ。もちろん、他者に語るのである。他者と語ることで認識の幅を広がるのは、表現の幅か広がるからである。認識を広げるには他者との対話が不可欠なのだ。そして、それを体系立てたものを学問と言う。

   用語なき解剖図は決して決定しない。解剖図は言語の図像化に他ならない。ポリュクレイトスは数値を人体に当てはめたが、そのキャノンと彫像の間に言語が介在する事は言うまでもないだろう。だからギリシア芸術を真に理解するには古代ギリシア語を知る必要がある。ギリシャ彫刻は、語れること以外は作られていないと言える。論理学や哲学、数学が発達した時代、世界の対象は言語的に構築し捕らえられていた。その厳密さは現代を凌ぐだろう。リアーチェの戦士像を見ただけで彫刻が上手になったと坂東先生が言ったが、これは含蓄ある言葉である。ギリシア彫刻に分からないけれども作ってみたは無いのだ。全てが論理的に組み上げられた、いわば芸術的な言語なのである。それゆえ、その言葉を読み取れる者にとっては見ることは読むこと、聞くことなのである。

   このように考えると、芸術家に言葉が求められるのも理解できる。少なくともその芸術家は、語れるところまでは表現できるのだから。彼らは常に先端に立っているから、既存の言葉では足りないかも知れない。ならば新たな言葉を作れば良いのだ。いや、そうしなければ、新たな地平へは進めない。ミケランジェロがフィギュラ セルペンティナータと言わなければ、それは無かったのだ。
   これは、美術解剖学とて同じで、形態認識の固定化も言語によってのみ可能なのだから、本質的には図像ではなく記述、言語なのである。言語化されていない部位や形状はあくまでも認識の隙間で流れ行く不確定なもの、動きの間に現れるブレのようなものでしかない。

2019年1月15日火曜日

日本美術解剖学会の記録


 取り立てて喧伝するような活動をしているわけでもない私に、発表の機会を頂いた。同学会幹事でもあり今回の(そして常連の)発表者でもある小田先生の発案との事で、とても嬉しい。小田先生とは、多く話せなかったが、「(私が)いつも聞いているほうだから。もっと発表すべき」と言われたことが印象深い。

   その小田先生がご自身の発表(筋骨格図の製作過程)の中で数回、「肋骨を描くのが辛くて辛くて、発狂しそうだった」という事を言っていて、そこに私は強く同感し頷いていた。「骨格に比べたら筋は簡単」というのも、全く同意である。骨格それも脊柱と肋骨は同じ形状の繰り返しで、中でも肋骨はほとんど同じカーブを何本も描く事になる。その上ただの縞模様を描くわけでもなく周辺構造との関連性や立体感を維持しながらそれをしなければならないので、非常に辛い。輪郭線から始めるとなると、一本の肋骨に対して上下に2本の線を描く事になり、また、肋骨と肋間の区別がその段階では表現されていないので、ただ何本も鉛筆のカーブが描かれているだけのように見えて、その確認でも精神を消耗するのだ。
   私自身も、解剖図作成で体幹の骨格を描くのが最も気が重い。そんなのはしかし誰とも共有できるような感覚ではないと思っていたが、やはり他にもいたのだと分かっただけで今後は気が楽になるだろう。

   私の発表内容は2016年末に出版した自著の製作過程の紹介だった。その中で、粘土写真を使った理由の説明過程で、解剖書の解剖図が現在のように前後上下の直交視点になったのは1858年のGrayからのように見えるが坂井先生にお聞きしたいと言ったところ、後の坂井先生の発表中に、Grayの木口木版で本文と同ページの印刷が可能になった事が影響しているだろうとの返答をいただいた。
   発表後すぐ、坂井先生に「いやぁ、色々やってるんですねぇ。」と言われた。

   その坂井先生の講演は、医学の立場からということで、「言葉 Literacy」を美と並置した内容であった。医学における美と言語の並置とは、つまり解剖図である。坂井先生の膨大な研究に基づく深い知識から掬い上げた簡潔な言葉で論理的かつ明解に組み上げられた発表は、ほとんどそれ自体が構築的作品である。「アルビヌスの解剖人は私たちの世界とは異なる悠久に立っているようだ」との言及は詩的で主観的にも聞こえるかもしれないが、それはアルビヌスの作画過程とその前後の解剖図と医学の変貌の流れを踏まえているからこその真実味なのだ。

   剖出(ぼうしゅつ)に技としてのアートを見出している加藤さんの発表は、まさに解剖写真の見どころを示していく内容だった。人体を内部構造を意識しながら造形する作家には直接的に役立つ情報の数々だった。よくできているものほど違和感がないので、そこに至る過程などは見えなくなるものだ。加藤さんによる剖出の丁寧さによって、そこに至る労力は見事に隠されていた。発表中の笑顔に解剖への態度が現れていた。

  東大博物館の遠藤先生による司会のMCの安心感たるや真似できるものではない。私の発表中にそっと手渡された紙の切れ端には「そろそろ終わりましょう」と走り書きされていた。これは記念に取ってある。

   会の後半は、演者の4名が前へ出て質疑やディスカッションを行う予定だったが時間がなく、数名の質疑応答のみ。「ヌードモデルの観察で、前と後の腸骨棘の関係性がずれて見えたことがあるが、動くのか」という質問には、全員から動かない、ずれないという回答。しかし質問者(学生)はずれていたという実感があるのだから、その主観的事実を重視すべきだとも答えた。ずれたり動いたりはしないが、人間が自然物である以上、個体差として前後の高さが異なることは十分に有り得る。だから、それがどのように違和感を感じさせたのか、が知りたいところではあったが時間の関係上それ以上は話は進まなかった。私としては、そういう視点で人体を構築性から観察する学生がいることが嬉しい驚きである。確か彫刻科と言っていたような。
 また、私の書籍で用いている材料が安価なものばかりなのはなぜか、という質問も受けた。まさしく、それが売りの一つと思っていた事なので気付いてもらえて嬉しかった。粘土で人体を造形するというのは非日常的行為なので、特殊な材料が必要になると実際に作ろうとするハードルが高まってしまうだろうと考えたからだ。芯材の価格は500円もしないものだが、それでも街のホームセンターなどには売っていないので、実はまだハードルは低くない。本当なら、100円ショップの材料で始めた方が良いのかもしれない。もちろん理想は、ダイソーが芯材を販売してくれることだが。懇親会にてこの質問をされた方と話すと、大学は違えど彫刻科出身との事だった。私よりずっと先輩だが。

 美術解剖学という狭い領域に興味を持つ数少ない人々が集まれるこのような場から、次の展望が広がればと思う。








2018年10月29日月曜日

音楽と美術

   声楽家のレッスンに参加した。私が歌うのではない。ある方法論に基づいた指導法の冒頭に、身体についてのミニ講座をさせて頂いたのだ。
   その指導法のベースは身体性にある。指導者の話を聞いていると、どうやら声楽の指導は一般的に感覚的に偏りがちなようだ。そこに身体という自らの基盤に気付かせ、それを意識させることで発声に関係する諸問題を改善させるべく指導を行なっているのである。
   声楽の事は全く知らない私にとって、声楽は自らの身体を楽器として用いる始原的な音楽的活動に映る。人類にとって「話す」の次には「歌う」が来るのだろう。声楽家は「身体が資本」という点でアスリートに似ている。今、プロのアスリートの身体ケアは医学に基づいた科学的なものが基盤になっている。その選択の正しさはレースの結果が示す。科学的なケアによってアスリートは故障を減らしパフォーマンスを向上させることに成功している。一方で、アスリートと同じように身体的基盤が重要である声楽が、未だ感覚的指導が一般的であるというところが意外にも感じられたが、それは声楽を含む音楽があくまでも感覚が重要視される“芸術”領域に立脚していることを強く示している。
   一方の美術は、それが感覚“だけ”が重要だと言う風潮は近代に入ってからの話で、それ以前は常に基本的技術を高いレベルに保ち一定化を図る目的のテクニックが共にあった。人体表現に至っては解剖学であり、風景画に至っては透視図法や色彩学のように。人体表現では解剖学が整うずっと以前の古代ギリシアから数学的な秩序も探求されてきた。人体は「カタチ」であって、それは目で見えるものだから、早くから関心を持たれてきたのだろう。だが、声楽つまり発声はカタチのない「コト」だから、どういう仕組みで声が出るのかはそう直ぐに分かるものではない。指導者の方に、発声指導に身体性が導入されたのはいつ頃なのか伺うと、喉頭鏡で声帯が見られて以降だろうと。名前を聞いたが忘れたので後でググると19世紀スペインのマニュエル・ガルシアだと分かる。声楽家であり教育者であるガルシアが喉頭鏡を発明したそうだ。表現者で研究者というと、19世紀フランスの彫刻家で解剖学者のリシェを思い出した。表現者が研究者、そういう時代だったのだろうか。近世的な生理学の始まりは、17世紀のウィリアム・ハーヴィーによる血液循環説とされるが、発声の生理学的説明はいつからなのか気になる。いずれにせよ、近代的な声楽家への発声方法は、今現在、解剖学の応用が始まった段階のようだ。

   今回招聘いただいた指導者の方は自らがソプラノ歌手であり、あくまでも現場との接点に立って指導をされている。「私はどこへ行っても、その場所にフィットしない」と仰っていた。新たな視点に立つ人は皆、どこにいても居心地の良さを得られないものなのだろう。しかし、そのような人たちがいつも新しい道や場所を作るので、後続者はそこを歩き集うことができるのである。

2018年10月14日日曜日

「美術解剖学のRESKILLING」の感想

   先日(10月11日)の武蔵美彫刻科での『美術解剖学のRESKILLING』は私にとっても貴重な機会となった。彫刻科教授で企画者の黒川先生は美術史、彫刻史に明るく、それを見通したうえでの彫刻の現状において美術解剖学という技法の欠落を注視しておられる。美術解剖学という「人の形の見方論」の有効性を再定義しようという先生の試みの発端が、彫刻教育の前線から見える景色にあるのは想像に難くない。なぜなら、東京造形大学に私を招聘下さった保井教授もまた同様の課題を見据えているからである。彫刻は対象を輪郭線で捉えるのではなく、構造で捉える。構造で捉えることができなければ、その再構築は非常な回り道を迫られた挙句、目標へ到達することさえ難しいのだ。そのような彫刻に特有の認識要求から見て、美術解剖学は殊更に彫刻芸術と親和性が高いと言えよう。美術解剖学が人体を客観的に理解する方法論であるなら、それは古代ギリシアではすでに実施されていた。ちなみに、美術解剖学という呼称が、哲学のようにすでに使われていたというのではない。美術解剖学は美術解剖の学という意味ではなく美術で用いられる解剖学の事で、輪郭の定まった1つの学問領域を意味しているのではなく自然発生的な一般用語である。解剖図を描き残したことからレオナルド・ダ・ヴィンチが美術解剖学の始祖のように書かれることがあるが、レオナルドはそのような学問を打ち立ててもいないし、そのつもりも無かっただろう。美術解剖学という言葉がそのニュアンスを端的に伝える一方で、その輪郭が曖昧なのはそのためである。

   さて、美術解剖学がいつから美術界でないがしろにされてきたのかは、文献を漁るまでもなく、表現された人体の変化を美術作品に追えば大づかみに捉えることが可能である。西洋においては、形式に則って人体を表現した新古典主義から印象派への移行期にそれを見つけることができる。それから現代まで、元来は人体表現の基礎技法に組み込まれるべき解剖学が、知りたくなったら勉強するものになり、その結果として今では美術解剖学が上級者の知識のように思われているほどである。
   その解剖学へのニーズがこのところ若干ながら高まってきている。表現の現場では、3DCGの表現技術の向上と関連しているようだ。機械技術が上がっても人体を表現できる人材が足りないのである。しかし、視野を広げると、CGというエンタテインメント領域だけに留まらず、より現実的な身体性への関心度合いも高まりを見せているという人もいる。ただ私にはそれがどういう理由によるものなのか分からない。情報化社会からの振り戻し現象のようなものがあるのだろうか。

   その微かな時流を鋭敏に感じ取られたという事だろうか。武蔵美の彫刻科では、黒川先生によって美術解剖学の価値の再検討が企てられ、一昨年には英国からアーティストと研究者を招聘しカンファレンスが開かれた。今回の企画もその一連に続くものだと言う。私は彫刻を学んで解剖学に興味を抱いた者として、両者の根本的な近似性や彫刻における有用性を実感している。しかし、美大だからと言って、また彫刻科だからと言って、皆がそう考えているわけではなく、現状が伝えるように、むしろ不必要だと考えられている事の方が多いだろう。その現状において、今回のように声をかけて頂ける事がどれだけ私にとって嬉しいか想像できるだろうか。それは仕事を頂いたというシンプルな喜びだけではなく、ついに同じ方向を向いている教育者に出会えた喜びであり、またそういった人々に私を見つけてもらえた喜びでもあるのだ。私を見つけ引き込んで下さった冨井先生に感謝する。

   彫刻の教育現場で解剖学視点を学生に教えることには否定的な意見がもちろんあり、直接厳しく言われることもある。そしてその意見は間違ってもいない。それはいつも必ず、単に形だけを知る事への否定の意見だ。解剖学は形態と構造を扱う。つまり形と組み立ての事で、それだけなら命のない積み木の説明と同じである。私たちは形があり命がある。否定する人たちは「解剖学は命を見ない」と言う。きっと、美術解剖学と呼ばれるものが退屈で役に立たないと言われるようになった原因はここにあるのだろう。確かに解剖学は命が流れていない。それが示す人体形状は命の流れで作られた「止まった結晶」である。医学では解剖学のほかに生理学があり、それが命の流れを指し示す。だから解剖学と生理学は医学の両柱と言われるのである。医学では解剖学に続いて生理学が勃興したが、なぜ芸術ではそうならなかったか。それは命は芸術家の感性が担当してきたからに他ならない。だから、感性優位の表現時代に入ると解剖学は不必要とされて来たのである。そうして今、再び美術のための解剖学に一部の人々が目を向ける時、相変わらず人体の形態と構造だけを示したならばどうなるかは明白である。現代は19世紀終わりに思われていた人体の在り方とは異なるのだ。21世紀は美術解剖学だけではなく美術生理学も必須の時代である。
   つまり、これまで美術解剖学が不必要とされたのには相応の理由があるのだ。それはおそらく、科学発展に伴って急速に変化したアーティストたちの人体観に美術解剖学がついて行けなかったからだ。15世紀の芸術家が解剖学を応用しようとした時、それは最新の科学だったのである。アーティストは常に最新の位置にいることを忘れてはならない。これからは解剖学だけでは到底足りないのである。今求められるのは人体を取り巻く総合であり、つまりは医学と呼べるようなものである。21世紀に必要なのは「美術医学」であろう。

   今回の特講は、比較解剖学者の小藪先生によるラットの咀嚼筋解剖からゴジラまでを包括した頭頸部の構造と表現の解説など、多くの気付きを与えられる素晴らしい企画であった。その後の親睦会では、武蔵美の先生方のお話から私自身とても勇気を頂いた。美術解剖学と呼ばれる領域はとても小さくその活動は個人レベルが実態だが、表現や制作に使えるのだと分かってもらえる努力がまだまだ必要であり、そしてそれを期待している人たちもいることを今回は実感できた。こちらが何を提示できるのか、それが問われているのである。

2018年9月3日月曜日

人体構造と美術の見方

   先週末も、新宿の朝日カルチャーセンターで月1回の連続講座を行った。ここを受講される方のモチベーションは高い。純粋に自らの趣味に突き動かされているのだから、それも当然のことだろう。講座内容は一般的ではないが、それでも長く受講を続けてくれる人もいる。そういう人はその人なりの時間の過ごし方があって、たとえば私の講釈をラジオの様に聴き流しつつゆったり描く人もいる。そんな風に気楽に聞いてもらえるとこちらも落ち着けたりする。また、長く受講されている人は私がよく口にする身体構造が頭に入っているから、こちらへ投げてくる質問の内容も的確で、解剖学用語が普通に出てくる。さらには、私の解説が彫刻を例えに出すことが多いからか、彫刻についての興味を質問されることもあって、嬉しいことだ。彫刻は絵画より鑑賞者が少なく、それは鑑賞の仕方が分からないからと言われる。そんな中で、本講座によって人体の見方が彫刻の見方にも連続的に繋がっている事が実感されるのなら、それは本望である。

   前回の講座後に、開催中のミケランジェロ展に関する質問を受けた。それは、その人が作品から受けた感覚への疑問であった。「私はこう感じたが、良いのだろうか」と。感じ方にルールや答えはない。芸術学ともなれば客観的根拠に基づいた判断が求められるが、鑑賞は別である。美術館は敷居が高くて・・とはよく聞く。それは鑑賞に答えがあるように思ってしまうからではないだろうか。巨匠の作品でもつまらないと感じて良いし、無名作家でも素晴らしいと思ったらそれが感情の事実である。
   なぜ美術の敷居が高いのだろう。これは決して全世界共通ではない。おそらく日本特有ではないか。作品に敬意を払うことは大事だが、もうそれを超えて、怖れに達しているようにも感じる。怖れは“分からない”から生じる。“分からない”は答えがあることが前提である。答えはない、読まなくてもいい。気楽に、音楽や風景や映画と対峙する事と同じなのだ。誰もが、自分の言葉で、自分の感覚を“普通に”語れれば良いし、もちろん語れなくても良い。とは言え、私の講座での人体の見方がそのまま芸術作品の見方となって、その人なりの芸術を語る言葉になれば、それに越したことはない。

   時々、他でも同様の一般向け講座をしているかと聞かれる。学校ではなく一般向けは現状ではここだけなので、もっと増やせたらとも思う。人体構造の見方が美術の見方につながって鑑賞の手引きとしても役立つのなら、これは美術解剖の副次的な効果と言うより、本質的な効果が現れていると私は思いたい。

2018年7月29日日曜日

ミケランジェロと解剖学

   28日(土)は関東地方へ大型台風が近づく中、新宿の朝日カルチャセンターで「解剖学的に観るミケランジェロの人体表現」と題した講義を行った。天候が荒れる可能性があるにも関わらず、多くの方が聴講に来て下さった。同じ興味を抱く者として、芸術に対するその情熱を嬉しく感じる。
   この講座は、上野の西洋美術館で開催中のミケランジェロ展を意識している。ミケランジェロの人体造形には、人体解剖の知識が存分に活かされている。神の如きの半分は解剖学が担っている。それほどに大きな要素であるにも関わらず、この展覧会ではそこに触れていない。サブタイトルに「理想の身体」とあるように、彼が生きたルネサンス期の最たる、そして理解しやすい特徴である、古代との表現の連続性(およそ1000年の隔絶があるにせよ)に焦点を当てている。それゆえ講義では、彼の芸術がある側面において古代を凌駕することを可能にした、この当時最新の科学(的手法)である解剖学との関係性に焦点を当てた。


 ルネサンスの解剖学は、現代よりも自由だった。皮膚を剥ぎ取った内側に現れる構造は隠されていたもう1つの大自然の組み立てである。それをどのように見て、捉えて、認識するのか。芸術家が執刀するとき、それは芸術家に委ねられた。結局はそこなのだ。ミケランジェロもレオナルドも、そしてヴェサリウスも解剖をした。それぞれが見た内部構造は、それぞれ異なっていたのである。医学は体系化することで知識の均一化を志す。しかし芸術は違う。均一化した芸術は現代ではあり得ない。つまり、本質的な意味での、美術解剖学というのは成り立ち得ないのだ。解剖学も結局は、人体という自然の見方であり、その見方の革新性こそを重んじる芸術では、それぞれが開拓することが求められる内容なのだ。ミケランジェロが解剖から何を得たのかはレオナルドのような手縞がないので具体的ではないが、彼の作品を見れば重要な点はほぼ伝わる。ミケランジェロ的解剖学は彼によって、彼だけのために構築されたのである。もし、ミケランジェロ的解剖学たるものが、彼の後にまとめ上げられたならどうなるだろうか。それは彼以降おとずれた人体の捉え方の潮流であるマニエリスムを見れば大体は想像できる。つまりは、そう上手くいくとは思えない。体系としての「美術解剖学」が存在しないのは、そういう根本的性質に起因しているのだ。

 解剖学と芸術家との関係性において、重要な事実はこういうことだ。すなわち、解剖学がミケランジェロの芸術を引き上げたのではなく、彼の芸術性が解剖学を最大限に活かしたのである。

   

2018年7月9日月曜日

美術における人体構造学


   最近では、人体の内部のつくりについての学問を「解剖学」の呼称にまとめることをせず、「人体構造学」と呼ぶことも多くなった。とは言え、一般的な認知度では相変わらず「解剖学」呼称の独り勝ちであることは、書店に並ぶ本のタイトルを見ればわかる。ではなぜ、大学の講座名や講義名では「解剖学」と呼ばなくなってきているのか。それはこの単語が持つ本来の意味と、行われている実質的内容との距離が開いてきたからであろう。解剖学は読んで字の如し、人体を切ってばらしながら探求するという意味合いがある。解剖学を行うには解剖実習室と解剖道具そして何より死体が要る。しかしながら、現代では人体についての探求は、必ずしもメスとピンセットで切り開かなければ分からないものばかりではない。放射線や磁力、超音波を用いることで切り開くことなく体内を見ることが可能であり、しかもそれらを立体的に見たり、触れる素材として出力することももはや特別ではない。これらのように、人体を刃物で解剖せずに、人体のつくりについて学び研究するのであれば、血なまぐさい印象を纏う「解剖学」の文字は使わずに「構造学」を用いる方が内容に即していると言える。ただ、構造学という響きには、人間という生物が持つ柔らかな分からなさをも払拭して、どこか機械的で冷たい趣きがある。命ある人間も、その構成へと分解されるとそこには生命現象のまとまりは見えなくなり、物理化学的な現象の連なりがひたすらに連続しているばかりであるような。もちろんそれが間違っているわけではない。我々人間にとって対象の意識的理解とは理解の解像度を上げること、言い換えればピントが合っていることであり、そのためには対象に近づかなければならない。そして狭窄した視野の両隣りとの関係性を明確に捉えなければならない。「近づき、解像度を上げる」事に情熱を向けるのは、私たちが情報の多くを視覚から得ている事と関係しているだろう。
   しかし、細分化されたものはその階層での関係性で成り立っていて、それがそのままより大きな階層との関係性に連続していくとは限らない、いわゆる創発的性質がある。これが、理解を助けると同時に全体性を分断させる。それは仕方ないことではある。自分の日常と宇宙の進行の連続性を統合的に感じながら生活するのはなかなか難しい。さっきこぼしたコーヒーと白鳥座のブラックホールが関連していると考えるようなものだ。そうは言っても、自分の存在以上に目を向けるよりは、ずっと意識しやすいはずだ。自分という限定された物質内での出来事だと考えるなら。
   個人の階層から始めるなら、器官系、器官、組織、細胞、細胞内小器官、分子と階層を降りていく。私たちがものを食べて、それが吸収され、やがて自分の一部として役立つ過程は、この階層性の一往復に相当することが分かるだろう。階層性は層を跨ぐのだから、高さの概念である。もう一つ、同じ層にあっても横の概念がある。例えば器官系のひとつ循環器系ならば、その名称の元である循環現象を生み出す心臓を「親」に見立てることができよう。その拍動がなければこの器官系の存在意義がないのだから。そうして一方通行の血流が起こることで順序が作られる。心臓から出るのは動脈で帰るのは静脈という大原則の元、肺循環(機能血管系)と体循環(栄養血管系)という2つの循環が生み出される。これら同じ階層内にある機能的な横の連なりの概念を分かりやすく「親子関係」と呼びたい。親子関係の世代の異なりが階層の概念と結びつきやすいかもしれないがそうではない。これは影響力の主従関係のことで、子は常に親に従う関係性を持っている。循環器系の例で見れば、動静脈の区分けなどは親である心臓の配下にある子だと言える。これは別の器官系例えば運動器系でももちろん言えることで、この系の仕事が主に機械的であることから、より分かりやすい。腕で例えれば、指の動きは掌の動きに従い、掌は前腕に従い、前腕は上腕に従う。つまりここでの最上位の親は上腕となる。これは、3DCGのモーション付け(リギング)では以前からある概念で、これを適用したIK(インバース・キネマティックス:逆運動学)はアニメーターの作業を感覚的かつ迅速なものにしている。
   ここまで示してきた階層性や親子関係は、理解の仕方つまり情報の分類整列だと言える。人体で行われている生命現象は全てが関連した壮大なエコロジーとも言い得るものなので、他と関連しない局所的視点の知識だけでは、トリビアとして楽しいが、あまり意味をなさない。これを知る過程とそのための組み立てを体系と言う。つまり、知り方の順序である。現代では、知識だけならばインターネット上に十分転がっているだろう。しかし、そこには体系がない。その様は、情報の広大な草原のようだ。どこへ向かっても何か見つけられる。しかし、それが最善の道かは分からない。ネットによる情報の獲得が用意になってもなお、教育機関が存在し、そこへ人が移動して教え学ぶのには訳がある。そこには道があるはずだからだ。

   美術系学校で人体構造を教えているが、その全てにおいて、絶対的な時間不足が生じている。時間が短いと何が起こるかと言うと、体系が失われるのだ。それは3時間の映画を3分で語るのに似ている。それは重要箇所を点として提示するだけになる。確かに、「上腕二頭筋は上腕筋の上に乗っている」と聞けば一つ知識が増えた気になる。しかし、これが造形の現場でどれだけ役立つだろう。短ければ短いなりの伝え方があるかもしれない。確かに体系的理解には膨大な構造知識も密接である。ただ、医学体系で組み上げられた現代の体系に縛られなければ道はあるかもしれない。


   解剖学を芸術に応用した最初期の例として挙げられるレオナルド・ダ・ヴィンチの解剖図とメモを見ると、その斬新さに驚かされる。実際、それらのいくつかはずっと後世にならなければ認められなかった。その先見性の理由のひとつとして、レオナルドが既存の知識体系を知らなかったからではないかとも言われる。それに加えて、レオナルドが経験を師とし、自分を信じたこともある。彼の手稿には、医学体系に縛られない人体構造の捉え方が示されているのだとも言えるだろう。16世紀以降、人体構造は紛れもなく医学によって推し進められ、知の敷石が順序立てて並べられてきた。それと同じくして平行的に進んできた芸術における人体表現とその参考的知識体系としての美術解剖学は、いつしか、発展した医学と関連してその敷石の上を歩むようになったように見える。
   500年を経たいま、改めてその序章を見直すことで、芸術に立脚した人体構造の見方への根源的な指針が見つけられるかもしれない。そこから、従来とは異なる、もう一つの隣り合った人体構造学が始まらないとも限らない。そうなれば、やがてそれはとなるだろう。

2017年8月10日木曜日

仁王像について

 「あうんの呼吸」と言われる仁王像の阿形と吽形。二人ペアで、阿形が口を開け、吽形は閉じている。呼吸と言うのだから、2体のどちらかが息を吐いていて、どちらかが吸っているという事か。しかし、吽形の口は閉じている。ググってみても、阿形が息を吸って吽形が吐いていると説明しているものもあれば、その逆もある。ただし、「あ」も「うん」も、元々はその音を発声することらしく、つまり、本来は「あ・うん」はどちらも呼気(息を吐く)なのだ。「あ」と言うには口を開けるし、「うん」つまり「ん」と言うには口を閉じる。この対照的な口の姿勢と、発声とが結びついて形象化されたもののようだ。偶然なのか関連するのか、日本語の50音も「あ」から始まり「ん」で終わる。私たちは世界を言葉によって認識するのだから、「あ」から「ん」の間には世界の全要素が含まれることになる。西洋では同様に「アルファ・オメガ」と言う。

 興福寺の金剛力士像を見ると、阿形は左脚重心、吽形は右脚重心で始まって、互いに対称の存在であることを示している。「あ」と「ん(うん)」が対称であるように、これら2体には対称的要素が多くちりばめられている。

二体を並べてみると、阿形はアゴを引いているのに対して、吽形のアゴは上がっている。それだけでなく、吽形は腰から上の上体が若干上向きに反っている。この姿勢から、吽形は息を肺に吸い込んで、その息を吐かずに喉の奥でぐっと”息んでいる”だと分かる。私たちも普段、何か重たい物を持ち上げる時などに、ぐっと息をこらえるものだが、それをしているのだ。背骨に肋骨が組み合わさってできている胸郭は、よく「心臓や肺の保護」のためと言われるが、一番の働きは呼吸である。肋骨を筋肉で持ち上げることで胸郭内腔を拡げて肺に空気を押し込んでいるである。だから胸郭は、呼吸のたびに動いている。一方で、胸郭の外側には多くの筋肉が付着していて、その中には腕を動かすものもある。効率的に大きな腕の力を発揮したいときには、胸郭がぐらぐらと動いてしまっては力が逃げてしまうので、息を吸い込んで胸郭を膨らませた状態にして息をこらえるのである。
 繰り返すようだが、息を吸い込むということは胸郭を膨らませるということで、これを「胸を広げる」とも言うように、胸郭は若干反るような形になる。胸が反ればアゴも上がる。
  
 吽形の右手は失われているが、復元した同様の像の写真を見ると、ぱっと開いた手のひらを胸郭の横の位置で、前面に向けている。左手は拳を握って腰の高さに下げているが、その腕の筋は膨隆している。これらの手の姿勢は、目に見えない何か重たいものを力を込めて押しているように見える。右手は前に向かって、左手は下に向かって。それら”見えぬもの”の質量は相当で、吽形は全身を力ませて応じている。そのような、関節運動を伴わない筋収縮を等尺性収縮と言うが、ここではそれが起きている。等尺性収縮では最大の筋活動量が発揮される。


 それに対して阿形は、口を開き、アゴを引いていることから、口から息が出ている事が分かる。それも何かを発声している。私たちの呼吸の基本は「鼻呼吸」で、口でする呼吸はあくまでも補助である。吐く息を利用して声を出すようになったが、その際には、口腔内は共鳴装置としても働き、大きな音を出すときには、トランペットのように音の出口を大きく拡げる。阿形は、凄まじい大声を上げている。広げられた右手は反らすようにして、肘を力強く伸ばしている。手の甲側へ反った指が体側を向いている事から分かるように、その腕は肩から内旋している。前腕も回内位を取っている。肩関節から腕全体を内旋させる大きな力は、大胸筋が生み出す。阿形の腋にはピンと張った大胸筋が(若干、膜っぽいとは言え)現されている。仮に手を握って胸の前方へこの腕を伸ばすなら、それはボクサーがパンチを出したときのようになる。つまり、この腕は、素早く力強く腕を伸ばした瞬間が表されているのだ。阿形は伸ばした右手の方向を向いている。その方角から何者かが上がってきている。彼はそれを素早く右手で制し、声でも制圧しつつ、左手は次の一手に向けて力を溜め込んでいるようだ。その右腕の肘が完全に伸びていることからも、この腕は今、伸ばしきった瞬間であり、同様に高らかと上がった左肘もぐっと振り上げられた一瞬である。彼は激しく動いており、吽形と同じように筋が盛り上がっているとは言え、その働きは対照的である。このような関節運動を伴う筋収縮は等張性収縮と言う。

 こうして見ると、阿形は動、吽形は静の力が表されていると分かる。また、視線を見比べると、阿形は近、吽形は遠を見ている。筋張力とその仕事で見れば、阿形は外、吽形は内である。
 様々な要素が対照的に表されている仁王像だが、両者で共通していることは、非常な緊張状態にあるということだ。ただ、彼らは怒っている訳では無く、制止制圧しようと必死なのだ。彼らの高緊張状態は何と対照しているのかと言えば、本殿にいる本尊であろう。仁王たちが何か邪悪なものを制止制圧しているからこそ、本尊は優しく穏やかでいられるのである。その関係性は、私たちの健康と免疫系に似ている。免疫系は常に体内の異物に目を光らせ制止制圧を続けている。免疫に安息はなく、もし人の姿を取れるなら仁王のようだろう。

 興福寺の金剛力士像は、身近な寺にあるような仁王像は違って、その身体表現に写実性がある。西洋のような方向では無いが、それでもこれは相当な観察を要しただろうし、その効果を作品上に高度に反映させるのは誰にでもできるものではない。それでも、大胸筋の下の両側に見える前鋸筋と外腹斜筋が作る起伏などは様式性が強く出ていると思っていたが、先日、筋量の多い男性モデルで、本当にこのような見え方をしていて驚いた。胸郭から腹に変わる部分の肋軟骨でできる上向きのカーブを肋骨弓と言うが、仁王像の多くがこれが幾つもの連続した起伏で表現されている。そういうことは無いだろうと思い込んでいたが、その男性モデルでは肋骨弓をまたぐ外腹斜筋の筋尖が厚みを持っていて連続する起伏として現れていたのである。これによって胸郭には、外側から内側へ、前鋸筋、外腹斜筋の胸郭部、外腹斜筋の肋骨弓部の3列ができる。それぞれが筋尖の起伏をもつために、時に亀甲様の連続性を見出すことがある。
 また、腹部の表現も、現代人が見慣れた西洋風な6つに割れた腹筋というものが表されていない。これも同じ男性モデルは筋量が多いにも関わらず、腹直筋の縦の割れ線(白線という)などは目立たず、金剛力士像を彷彿とさせるものだった。そもそも、”割れた腹筋”が力強さの象徴としては見られていなかったという事はこれらの像から分かる。金剛力士像を見ていると、これにもし腹直筋の縦線があったら、体表起伏のリズムが崩れるように思われる。

 仁王像は、ギリシア由来の西洋美術を見慣れつつある現代人(私)の目で見ると、極端な様式化と観察に基づく正確さとの調和に違和感を覚えることもあるのだが、細かく検討していくと、その形態から興味深いものが見えてくるのかもしれない。

2015年5月18日月曜日

解剖学知らずの美術解剖学

 解剖学を知らない解剖学者はいない。その言い方自体が言葉としても矛盾している。
 一方で、解剖学を知らずに美術解剖学に携わっている人は少なくないようだ。

 解剖学は、恐らく一般的に思われている以上に、形に対して厳格だ。それは様々な医療行為とも密接に関係してくるから当然なのである。
 しかし、現代の美術解剖学には、解剖学に見られるような形への厳格さを感じない。図版では骨や筋が描かれていても、その形や構造関係には無頓着なものがほとんどである。これには多分、人の形へのアプローチの違いが表れている。解剖学は、そもそも体内の器官そのものへの興味から始まっているから、自ずとそれらの形態や相互関係が重要になる。一方の美術解剖学に携わる人の多くは美術関係者であって、美術における人体とは、あくまで「人の形」をした統合体から始まっている。だから、彼らにとって体内の器官、つまり個々の骨や筋は、人の形を構成するパーツでしかないのである。パーツが組み合わさった統合体としての人体は、人体デッサンやプロポーションなど、別のアプローチで体得するから問題ないと漠然と思われているのだろう。

 結果的に、美術解剖学的に描かれた筋骨格図を見ると、その多くが、個々の部位の位置関係に無頓着なものになる。それは、解剖学を知らない者が見れば何でもないだろうが、知っている者の目にはひどく異様に映るのである。

 以前、画家が描いた仰向けに寝ている全身骨格のデッサンを見た解剖学者が「これは立っている骨格を見て描きましたね」と言い当てていた。もし、解剖学的視点を盛り込みたいのなら、骨格や筋を覚えるだけではなく、分解した各所の再構築(つまり統合体としての人体)にまで意識を持っていくことが大事な基礎である。

2015年2月24日火曜日

人をまとう魚

 人体は、初めからこの形で地球上に現れたのではない。少なくとも科学的にはそう断言しても良いほどに条件が揃っているということだ。だから、遠い過去に遡るとその地球上にはどこにも人間の形は存在しなくなる。例えば7千万年前の恐竜時代には、まだ人間の形は存在していない。その頃の「やがて人間へと続く動物」はネズミや猫ほどの小さな4つ脚の哺乳類だったそうだ。このようにしてどんどんと過去へ遡れば、やがて体毛も消え、体温を作ることもせず、徐々に水辺へ近づき、仕舞いには水中へと入っていく。つまり、私たちはかつては魚の形だったのだ。進化の順で言い直せば、「魚の形が、人の形になった」のである。このように、進化的な長い時間を経てある生物の形が形成されることを系統発生とも言う。一方で、私たち個人は、あたりまえだが、母親から生まれる。それも魚の形で生まれてくることはない。だれでも、初めから人の形で世に出てくるわけである。だれでも生まれたときから人の形だから、私たちは生物史的にもずっと人間の形をしていただろうと漠然と思いやすい。だから、神話や宗教で語られる人類は初めから人間の形をしている。けれども、よくよく考えれば、生まれ出る前から母親の胎内ではすでに存在していた。その期間(およそ10ヶ月)の初めの2ヶ月は胚子期と呼ばれ、このころに体の器官が形成される。つまり、人の形がゼロから(いや、1個の細胞から)作り出されるのはこの2ヶ月間のお話ということである。この間の胚子の形の変化を見ると、細胞分裂からそのままスムーズに人の形ができて”いかない”ことに驚く。初めは尻尾が長く、顔の脇にはいくつもの溝がある。それはまるで数条のエラの切れ目を持つサメのようだ。やがて、腕と脚ははえ出てくる。その先にはヒレがある。そう、魚のヒレ。このヒレの水かき膜が消えていき、残された骨周りが指となる。このように、人の形の出来方はまるで魚から人への進化のようだ。このような人の形が形成されることを個体発生と言う。私たちひとりひとりも、はじめから人の形としてできるのではなく、まず魚をつくって、そこから人の形へと変形させているのだ。つまり、系統発生的に見ても、個体発生的に見ても私たちの体は「魚の変形体」というようなものだ。もしくは、「乾いた陸上生活に適応した魚のなれの果て」とでも言おうか。

 魚の変形体である私たち。自らの形に魚の形の断片でも見出すことができるだろうか。そう思って見回してみれば、共通する構造はいくつか見出せる。目がふたつに口がある頭部。背骨や肋骨も共通している。しかし共通しない部分も多い。魚に耳は?まぶたがないぞ。首がないな。等々。もちろん、両者で最大の違いは呼吸器(エラと肺)だろうが、構造的に見えてくる違いが多い。そしてそのほとんどが、魚が上陸したことで身に付けざるを得なかった機能である。つまり、「後から加えた」ものだ。ここで、非常に興味深いのは、生物はどうやら初めから持っているものでなんとかやりくりしたいと思うものらしく、新しいものが必要となるとそれをゼロから作り上げることはせずに、もともと体にあるものを改変していく傾向があるということだ。だから上にも書いたように、私たちの腕や脚は上陸してお役ご免になったヒレの再利用であるし、空気の通り道である気管周りも、使わなくなったエラをリサイクルして作り上げている。

 この時、ヒレから作り出された腕と脚は、水中時代とは比べものにならないほど大きな役割を担わされることになった。すなわち、重力に逆らって体を運ぶ、ということだ。その為に、この4本の突起の根本には筋が広く発達することになる。しかしそれらの筋は、もともとの体の中へ侵入することはない。体の表面に広くその場を求めた。それはまるで、地中に根を張ることができない大木が、その根を地中浅くしかし広く張るかの如くである。その結果、私たちの体の形を作り上げている筋肉は、層構造をなすことになる。それもだから、深層に魚時代の筋層を、浅層に上陸してからの筋層を重ねたかたちとなっている。

 外から見ただけでは、見慣れた「人の形」だけが目につくが、その形は長い歴史の基にたどりついたものだ。そしてそれは、この形を目指してたどり着いたものではない。環境の変化に対峙したとき、その場その場で、手元にあった体を改変して何とか乗り越えてきた”結果のかたち”である。生物の形はだから、それが続く限り、いつでもが「暫定的完成形」ということなろう。

 ところで、人体において、表層にまとっている「人の形」を取り去ると、そこには古い「魚の形」が立ち現れる。それは、3億5千万年前から隠してきた太古の姿、私たちのひとつの起源的な姿にも見えて興味深いのである。



2015年2月23日月曜日

解剖学に見る人間味 脊髄神経番号へのアイデア

 解剖学は、自然物である人体を人間が理解できるように部位に分けてグループ化し名称を与えたものだ。だから、色々なところに人間の都合や癖のようなものが見え隠れして、ある意味、とても人間味溢れている。もっとも分かりやすいのは、解剖学名だろう。基本的には「分かりやすいように」という配慮のもとに命名されているのが分かるが、その基準が安定していない。例えば、「三角筋」や「方形筋」のように、見た目がそのまま名前になっているものがあると思えば、「胸鎖乳突筋」のように筋の着く場所を名前にしているものがあったりする。胸鎖乳突筋などは、骨の名前を知っていれば直ぐに分かるが、知らなければ何のことか想像も出来ない名称だろう。ちなみにこれは、「胸骨と鎖骨から始まって、(側頭骨の)乳様突起まで行く筋」という意味である。解剖学を学ぶ時はまず初めに骨学から入るものだが、それには上記のような理由があるわけだ。他に、構造の形状を示す名称には、よく使われる言葉が決まっている。それらは「溝」や「孔」など、一般的にもイメージしやすい言葉が多い。ただ、興味深いのがポチっと出っ張ったものには「乳頭」という言葉が与えられ、より大きな突起部は「乳様」と呼ばれることだ。どちらも女性の乳房をイメージして命名されている。歴史に登場する解剖学者はほぼ全て男性と言って良い。それが影響しているのかどうかは分からないけれど。
 初めにも書いたように、解剖学は「人が勝手に決めた」ものだから、それに対する見直しや再発見は現在でも行われている。解剖学関係の論文では常に批判的視点から従来の記述に見直しが図られている。そういった中で概ね妥当だろうと判断されたものは、徐々に受け入れられ、やがて解剖学の成書に反映されるようになる。だから、解剖学の教科書に書かれている内容は「ほぼ信じて良いけれど、もしかしたら今は(今後は)見方が変わっているかも」というところである。
 また、解剖学的な分類や名称は、機能よりも構造を重視しているようだ。脳神経は12対あるが、それを機能で見れば違う分け方ができるのだが、とりあえず「頭蓋に開いた孔から出る神経」という程度で12対としたのだろう。それがそのまま継承されている。「分かりやすいから、それでいいんだよ」という”ゆるさ”が感じられるのである。

 神経で、背骨から出てくるものを脊髄神経という。それはひとつひとつの脊椎の間から左右に出てくる。それを上から数字が振って脊柱の部位毎にグループ分けされている。人間の脊椎の数は決まっていて、頸椎が7つ、胸椎が12、腰椎が5、仙骨1つに尾骨となる。ただ、仙骨は5個の椎骨のくっついたものである。さて、ここから出てくる脊髄神経の数だが、椎骨の間から出てくるのだから、椎骨の数と同じで良いと思いたいところだ。ところが実際は頚神経が8、胸神経が12、腰神経が5、仙骨神経が5、尾骨神経が1である。お気づきのように、頚神経だけが椎骨の数より1つ多い。頸椎の一番上には頭蓋が乗っかっている。この頭蓋と第1頸椎との間からも脊髄神経は出てくる。これを「1」とカウントして始まる。すると、肋骨が始まる第1胸椎の上の隙間までが「8」になるのである。それで、第1胸椎の下の隙間から「胸神経1」が始まるのだ。そのように教科書にはしらぁ〜と書かれるので、こちらも「ふんふん」とそのまま受け取ってしまう。けれども、これがちょっとくせ者なのだ。まず、頸部だけ椎骨の数と数が違うのがそもそもすっきりしない。それに、頚神経だけが頸椎の「上」と神経の数が同じになり、そのせいで第1胸椎の上が第8頚神経とややこしく、更に、胸神経以下では、椎骨の「下」と神経の数が同じになるという”直感的わかりにくさ”を生んでいる。大体この解説を読んでも全くピンと来ないだろう。それは、この頚神経を8つとしたことが原因なのだ。
 単純に一番上から、椎骨の分類と同じ数でグループ分けすればそれでよいのに、と思う。つまり、頸7、胸12、腰5、仙骨5、である。で、最後の尾骨神経を従来の1から2にすれば良い。仮にこうすると、胸神経以下のナンバリングが全て1繰り上がることになる。このほうがそこから出てくる神経の種類もよりスッキリするように思われる。例えば、上肢への神経は腕神経叢という神経の「絡まり」を作るが、それは頸5、6、7、8、胸1から始まる。(これ以下より頚をC、胸をT、腰をL、仙骨をSと表記)。このうちC8とT1が合わさって下神経幹を構成するが、繰り上げればよりシンプルに「下神経幹はT1、T2」となる。つまり尺骨神経は胸神経由来と言い切ってしまう(!)。これは脊髄神経の皮膚支配域を示すデルマトーム図を見ても、その方がすっきりと見える。
 ナンバリングを1つずらすことですっきりするのは、下肢の支配神経群である腰仙骨神経叢でも同様である。通常、腰神経叢はL1からL4までで構成されるが、細い線維が1つ上のT12からもやってきている。1つ繰り上げてT12をL1とすれば問題ない。腰神経叢から出る神経の支配域は下腹部から陰部の前面と大腿部前面である。そして、L5から始まる仙骨神経叢は臀部から下肢の後面と下腿部、そして陰部に及ぶ。つまり、大まかに言えば、腰神経叢が下半身の前面を、仙骨神経叢が下半身の後面を担っている。そして、その境界つまり2つの神経叢の境界がL4とL5の間という事になる。これも1つ繰り上げれば、腰神経叢はL1からL5、仙骨神経叢はS1からの始まりとなって、明解になる。要するに腰椎部から出る神経は前面、仙骨部からは後面と言い切れるのだ。両の神経叢を跨ぐ腰仙骨神経幹がL5になるわけで、これも現状のL4という”途中感”から抜け出られるではないか・・。

 とまあこんな風に、既存の記載内容にケチを付けつつ見るのも、たまには楽しいかもしれない。500年の知識の積層の上で遊んでみるわけである。

2015年2月22日日曜日

解剖学とヌードクロッキー その情報量の差 

Benvenuto Cellini "A Satyr" 1544/1545
先日、ヌードクロッキー実習を行った。半年間、人体の構造とその見方を講義で行って、全カリキュラムの最後に実習を取り入れている。講義は、解剖学に基づいた人体構造の解説を、板書(というより”板描”か)を多用して名称より形状での理解を重視している。それでも、実物の裸体を目の前にすると、その情報量に圧倒される。経験者の私でも毎回そう思うのだから、学生に至っては、半年の講義などほとんど役に立たないだろうと思う。そんなことでは教える側としても不本意なのだが、しかし、こればかりは現実的に厳しいだろうと、ほとんど諦めに近い感覚を覚える。

 裸体を目の前にすると、例えば肩周りだけを観察しても、そこに現れる起伏の複雑さは相当なものだ。解剖学の教科書レベルで記述されている内容が、いかにその一部を極断片的に伝えているに過ぎないかを、実感する。そして、医学解剖学ではほとんど触れられない皮下組織の影響をまざまざと見せつけられるのである。つまり、皮下脂肪と皮膚の厚みによる影響だ。また、筋が作り出す凹凸も、単純に「力んだところが盛り上がる」というだけではない。例えば、通常モデルはポーズ中は静止している。しかし、生きているからゆらゆらと揺れるし、ときにはピクッと動く。その瞬間だけに凹凸が顕著に浮かび上がるのである。自動車が動き出すときにギアを一速に入れるように、動き始めに大きく筋収縮が起きているのだ。筋の部位ごとの境界線も、教科書のように素直に見えるとは限らない。例えば、肩の三角筋と、上腕三頭筋との境界など直ぐに分かるように思われるかも知れないが、実際には平均的な皮下脂肪量のモデルさんでは、定かではない。一言で言えば両者はほとんど一体として見えるのである。皮下脂肪が相対的に多い女性ではほぼ分かれて見えることはない。下肢の太ももやふくらはぎも同様で、解剖図譜のように各筋の境界線がそのまま立ち現れることの方がまれだ。内転筋とハムストリングスなどまず見えることはない。腓腹筋が内と外で分かれて見えることもない。これらの構成筋がその輪郭を明らかにするのは、皮下脂肪の少ない人において、先にも書いたように運動の瞬間(初動時)に限られるように思われる。
 とまあ、上記に挙げた例も、実際の裸体を前にすると極々小さな問題に過ぎず、膨大な「形態の事実」の大波にのみ込まれてしまうのが本当のところだ。

 この波に飲み込まれることを拒み、むしろ波に乗ってコントロールしてしまおうというのが、15世紀の初期ルネサンスから見られる「芸術家による解剖学の応用」だったのだろう。しかし、それをなすことは並々ならぬ努力があったに違いない。そこには強烈な意思がなければ、なしえないことだ。よく、美術史書などには、「解剖学を応用することで人体描写に現実性を持たせることが可能になった」というように簡単に書くが、「解剖学」を理解することだけでも大事であり、「人体描写」ができるだけでも大変な努力が要り、その両者を掛け合わせて「描写に現実性を持たせる」というゴールまで到達させるのは、並大抵の事ではないのだ。しかも、ここでのゴールは描写技術に限ったことであり、芸術はさらにそこに「画題」を語らせなければならないのである。高度に完成された芸術作品ほど、その表情はあくまで自然であるから、それが生み出される過程の多大な労力の積み重なりを隠す。
 私自身、人体の存在感の源泉として人体解剖学を捉えているのだが、その情報量と、実際の人体の情報量との格差に愕然とするものだ。科学という説得力と芸術という表現力とを融合させたところに、いわゆるマスターピースと呼ばれる作品たちの表現が存在している。あの目、あの技術のほんの裾の端でも良いから、掴めるような、そういう瞬間、領域にたどり着くことが出来るのだろうか。

 解剖学を知っても人体を造形できるようにはならない。それは、ごく始まりに過ぎない。骨や筋の名称を知ったところで、残念ながらそれらの知識は造形上、ほとんど意味を成さないのである。だから意味がないというのではない。それらは、「あいうえお」を習うのに等しい。人体描写を説得力あるものにしたいと思うなら、解剖学は初めに修めてしまうほうがよい。そして、その基礎力を基にしつつ、実物に出来るだけ触れなければならないのだろう。結局それは、過去の巨匠たちが通ったのと似た道である。

 ところで、人体の形態に関するシビアさは、医学解剖学より芸術のほうが遙かに厳しい。ただ芸術領域はそれを言語化して明言していないだけである。だから、医学解剖学書だけでは、芸術における要求を満たすことは出来ない。では美術解剖学書ならよいか、というと残念ながらそれも叶わない。なぜならそう謳っている書のほとんどが、単純に医学解剖学書を水で薄めたような内容に過ぎないからだ。つまり、現代においても人体描写に関する情報は明文化された形で手に入ることはないのである。真の意味での美術解剖学書というのを私は見たことがない。
 私たちができることは、解剖学で人体の形態に関する輪郭線を知り、実際の観察を通してそこに肉付けをしていくことだけであろう。結局これが最も効率的で近道であるということなのだろう。


2015年2月4日水曜日

告知 トークセッション「ヒトのカタチ、彫刻」

 来る2月15日(日)に、静岡市美術館にてトークセッション「ヒトのカタチ、彫刻」が催され、私も登壇いたします。

 これは同美術館にて現在開催中の「ヒトのカタチ、彫刻」展のカタログ刊行記念として開催されるものです。同展覧会は、彫刻家の津田氏、藤原氏、青木氏の人体をモチーフとした彫刻が展覧されています。トークセッションでは、作家、学芸員、美術史研究者金井直氏と私で、人体と彫刻にまつわるあれこれを語るのです!楽しそう!

 私は解剖学的視点から見た人体と彫刻との接点などお話できればと考えています。我を忘れて喋りすぎないように気をつけつつ・・。

 是非、素晴らしい作品をご覧頂いて、またトークセッションにもご参加頂ければと思っております。

[日  時]
2015年2月15日(日) 
14:00-16:30 (開場13:30)

[登 壇 者]
・金井 直(信州大学人文学部 准教授)
・阿久津裕彦(美術解剖学)
・津田亜紀子(本展出品作家)欠席
・藤原彩人(本展出品作家)
・青木千絵(本展出品作家)

[参加料等]
無料・申込不要
(当日直接会場にお越しください)



2014年4月7日月曜日

見る業、作る業

目を開けた瞬間から、対象が視界に「飛び込んでくる」。その視覚的な見え方は、透視図法という技法を通して再現が可能だ。透視図法に繋がる技法に、レンズを用いて光線を屈折させて紙に投影させるものがある(カメラと同原理)。より単純には、単に小さな孔を開ける方法もあるが、いずれにせよ、普段自分の目で見ているのと同じ光景が、壁なり紙なりの上にあるというのは、純粋な驚きをもたらす。いわゆる「映像」に慣れきっている現代の私たちでも、映画や立体映像など視覚的な刺激には心を躍らせるものだ。自分の目で見える世界がレンズや孔を通した投影像と同じだという事実は、視覚は受動的であるという感覚を補強する。
 しかし、視覚が受動的ではないことが現在では知られている。外光がレンズで屈折して投影されるという光学的現象は、目の水晶体(レンズ)で屈折し眼球の後ろの内壁の網膜に結像するまでの話だ。その壁には無数の視細胞があり、各自が光線のスペクトルと光量に応じて興奮反応を示す。そして、光線を細胞が受け取ったこの時点から、網膜に映った映像は分解され必要とされる情報へと変質される。その後は脳へ運ばれ更に要素へ分けられていく。私たちが意識としてイメージする主観的映像は、それら分解された情報を必要に応じて再合成したものと言える。つまり、視覚は受動ではなく能動的行為なのだ。だからこそ、同じ光景を前にしても、最終的な心象風景として何が見えているのかはそれぞれが違うのだ。
 
 心に思い浮かぶ心象風景を描出した景観画には作家の個性に基づく表現がなされる。それらは時に共感を呼ぶが、時に拒絶もされる。より多くの鑑賞者に受け入れられるには、どうすればよいだろうか。その手段として有効な物のひとつが様式化だ。様式化は言わば世界の記号化であり、全ての表し方を統一してしまう。数千年に渡った古代エジプト文明の人物表現様式や、中世のビザンティン様式などを見ても様式化がどれだけ強力であるかが分かる。そこに光学的な事実を取り込んだのが透視図法だ。透視図法は計測に基づくという点で、それまでの様式化とは違う。そこに表される世界は、私たちの視覚認識系を通る前に規定された世界だ。目で言うなら、網膜に光線が当たるところまでの世界、視覚の能動性の前段階である。そこに個人的心象や文化的規定が入り込む隙はない。これは、表現の拡散におけるブレークスルーだった。時代や文化が異なっても、光学的現象に変化はないからだ。透視図法に基づく景観画はその意味で時代と国を超える力を持つことになる。また、透視図法は観測と描画とが同時に結びついているという特徴がある。つまり、その方法に従って線を引くと、そこに自ずから景観が描かれる。洗練された透視図法は自動的であり、没個性的な技法とも言える。

平面芸術の空間表現において透視図法は大きな力を発揮するが、芸術のもうひとつの主題である人体表現には透視図法は適さない。人体は遠近の効果をもたらすほど大きくもなく、直行する直線的要素も持たないからだ。年齢や性別などでも形態が大きく変わる。それでも、多くの人が持つ人体の恒久的印象があるはずとの信念から、理想的比率を持つ人体像が模索されてきた。言葉として知られているのは古代ギリシアのポリュクレイトスの「キャノン」であり、図像として知られているのはレオナルド・ダ・ヴィンチの「ウィトルウィウス的人体」がある。これらは共に、外見から体部の計測に基づいている。しかしこれらは、強い説得力の半面、不信にも晒されてもいたはずだ。なぜなら、人体は動きによって姿勢が変わるごとに体表の各部位は変形して比率は変化してしまうので、不動の建築物や彫刻でもなければ固まった計測事実は恒久的有効性を持たないからだ。事実イタリア・ルネサンスにおいても、ミケランジェロら芸術家が何らかの外部計測に基づくキャノンに従うことはなかった。では、一挙動ごとに変形する人体を捉えるにあたって、拠り所となるものはあるだろうか。そこで選ばれたのが、硬く変形せず運動を捉えやすいもの、すなわち骨格である。それは変形しがちな人体をその内側から支え、曲がる箇所は関節に限定されている。
アルベルティ
絵画論を著した
「人体においてまず意識すべきは骨格である。骨格の位置と姿勢を決めれば、後は然るべき部位に筋肉を割り振り、最後に皮膚で全てを覆えば良い。」(アルベルティ)
 そのために、芸術家は裸体をただ外から観察するのではいけなくなった。今や骨格と筋肉の立体的位置関係と形状とを知らなければならない。そうして解剖学的構造という内なる事実から組み立てられる人物像は、透視図法ほどでないにせよ、一定の恒久性を持ち得た。なにより、捕らえどころのない人体という自然物の形状の成り立ちを明確に示してくれることは、芸術家の人体描写の下支えとして大いに役だった。ただ、解剖学的な事実を知ることが直接的に描写に反映はしないという点が透視図法と大きく異なる。解剖学に基づく人体構造の認識(つまり美術解剖学)は、「人体の見方論」に過ぎない。人体の形や皮膚に現れる起伏の理由を知ることが視覚の能動性に影響を与え、見えなかったものが見えるようになる。見えるようになった対象を再現するには手業の訓練が別途必要なのだが、その事実は忘れられがちに思う。

2013年12月16日月曜日

美術解剖学

 術解剖学という名称は、一般的な認知が低いとは言え、ひとつのジャンルを示す名称として定着している。ただ、この名称はとても紛らわしいもので、(かなり前にもポストしたが)名称から推測する内容の誤解を招きかねない。すなわち、「〜学」と付いていることから1つの学問体系として捉えられるだろうけれども、実際的には美術解剖の学など存在しないということだ。そもそも、仮にあるとして、”美術解剖”とは何だ!?
 美術解剖学という単語は、実のところ、「美術」と「解剖学」の合成語で、そもそもは西洋語からの訳語である。それは、Art Anatomyや、Artistic Anatomyなどという言葉だ。原語を見れば明らかなように、元は1つの単語ではない。言語のニュアンスに忠実にするならば、「美術のための解剖学」というようになる。事実、日本に輸入された当初は「芸用解剖学」と呼んだ時期もあった。
 美術のための解剖学となると、とたんに何をしているのか分かりやすくなる。解剖学と言えば人体の内側を調べる学問であって、それが美術のために使われるというのだから、つまり、人体造形に解剖学の知識を役立てようということである。 
 ところが、「美術解剖学」という呼称がとりあえず定着すると、ちょっと面白い現象が起きた。これを字面通り素直に「美術解剖の学」として捉える向きが出てきたのだ。普通、物事は事実が発生したのちにその名称が付くが、これはその逆ということになる。それも、ほとんど意味のはき違えからスタートしたようなものだが、ともかくそうなった。そうなると、では「美術解剖」とは何ぞや、ということになる。するとそれは、「美術を解剖する」という意味合いに捉えられる。この「〜を解剖する」という言い回しは良くされるものだが、それに乗ったかたちだ。これを言い直せば、「美術を分析する」ということに過ぎないのだが、ここはあえて解剖という呼称を使うのだから、分析内容を解剖学的な視点にしたり認知科学的な方向性にしたりするようになる。こうして、本来の「美術+解剖学」に新たに「美術解剖+学」が加えられたのが、現代の美術解剖学である。

 て、本来の「美術+解剖学」もまた、現在では本義と少々ずれた印象が一人歩きしているように感じられる。それはすなわち、「美術解剖学をやれば人体が描けるようになる」というものだ。これは恐らく、書店の実技書コーナーに置かれている人物画ハウツー物の宣伝文句が功を奏した結果なのだろう。勿論、そのような”奇跡”は実際には起こらない。美術解剖学の効能を正しく言うなら、「解剖学的な視点を持って人体を見ることが出来るようになれば、現実的説得力のある人体描写が可能になる」とでも言うようなもので、あくまでも描写力は別のトレーニングを必要とするのである。つまり、美術解剖学は人体描写力向上のための添加剤(ただし強力である)に過ぎない。例えば、解剖学を知って描写力が上がるのなら解剖学者こそが最上の人体画家となるわけだが、当然ながら違う。
 では、解剖学的な視点とは何か。これは、骨や筋の形状や名称を正しく知って描けるようになることを指しているのではない。いや、最終的な目標が設定されるのなら、それがそうなのかも知れないが、現実的に美術解剖学を必要とするほとんど全ての造形家にとってそれは重要ではない。美術解剖学が示すべき内容は、解剖学を基礎として美術のために咀嚼されたエッセンスのようなものであろう。それらは、単に解剖学の内容を薄めたものではなく、造形家の欲するであろう内容へと方向付けされていなければならない。そうでなければ「美術”のための”解剖学」とは呼べない。しかし一方で、この内容を満たすことも簡単ではない。なぜなら、美術という単語が指し示すフィールドはとてつもなく広範囲に及ぶからである。もしも、その全てに応用できるような内容にしようとするなら、それは最大公約数的になり、結局のところ「内容を薄めた解剖学書」となるだろう。美術と一言で言っても、例えば絵画と彫刻において、人体の捉え方で求められる要素は大きく違う。だから、本来ならば「絵画のための解剖学」や「彫刻のための解剖学」といった細分化はあって然るべきだろう。

 剖学とは、それ自身が純粋な形態学である。解剖学を学ぶことと、美術解剖学を学ぶことはだから少々意味合いが違う。美術解剖学それ自体が解剖学からの応用であるから、「美術解剖学を学ぶ」ということは本来出来ないことである。いや、そう言っても構わないのだろうが、その実は「学ぶ」ではなく「知る」に過ぎないことは留意すべきだろう。だからといって、それが解剖学より下位であるというのではない。解剖学を基礎とした美術解剖学は、人体部位の個々の名称や正確な形態というのではなく、「構造視」という新たな視点を与えるものだ。そして、これこそが美術解剖学が造形家にもたらす有用な要素であることを強調したい。人体内部の解剖学的構造の名称や形態への言及は、つまるところ、この構造視を得るための要素に過ぎない。造形家にとって大事なのは、例えば肩やわきの形の理由が理解できることであって、骨や筋の名称ではないのだから。
 また勘違いしてほしくないのは、本来これは”制作者のため”のリファレンスであり、”鑑賞者のため”の雑学ではないということだ。もし、雑学めいた内容があれば、それは本来の意義から漏れた副次的な産物に過ぎない。

 術解剖学は、人体という複雑極まりない立体物をどう見るか、という要求に、解剖学すなわち形態学的な手法を用いて応える、「対象の見方の方法論」なのである。

2013年10月16日水曜日

『ファブリカ』の解剖図の芸術性



 今から470年前、バーゼルで大きな書籍が出版された。その書籍は出版直後から激しい議論を巻き起こしたが、歴史がそれを受け入れ、それ以前と以後とでは多くの事柄が変化し、その恩恵を現代の私たちも受け続けている。その書籍『ファブリカ』は、古代ローマから続いた誤りを含む医学権威への盲信から医学者の目を覚まさせ、近代医学・科学の礎となった解剖学書だ。同書が出版されたとき、著者である大学教授のヴェサリウスはまだ28歳だった。
 『ファブリカ』が書籍として果たした別の革命として、本文と図譜の有機的な結合がある。そこに記された図譜は、雰囲気をもり立てるだけの挿絵ではなく、全てが本文の内容とリンクすることで意味を成す”視覚的伝達手段”として置かれた。言語だけでは語り尽くせない解剖構造を、それらの図譜が補っている。
 
 『ファブリカ』は全てラテン語で書かれているうえに専門的な内容なので、誰もが本文に目を通してその素晴らしさを理解したわけではない。それでも同書が時代と国を超えて伝えられるのには、一見して素晴らしさが伝わる解剖図に依るところが大きい。事実、そこに表された「生きた人体としての解剖図」というかたちは、その後の長きに渡り解剖図の「型」ともなった。そのような図像学的にも語れることは多いだろうが、よりシンプルに見てもその解剖された人物像たちは芸術的に非常に優れている。

 第1巻には骨格人図が3葉、第2巻には筋肉人図が14葉収められている。様々な形で引用される図なので、見覚えのあるひともいるだろう。これらの図を解剖図として見ると、現代の医学書に用いられる図との大きな違いから、違和感を感じさせる。骨や筋を露出させた状態でありながら生きているという描写は、非現実的で不気味さも漂う。
 しかし、骨格人や筋肉人たちが取っている姿勢を良く見てみると、決して不気味さを与えることが目的ではないことが分かる。彼らは基本的に片足重心で立ち、それに伴う重心の移動を全身で調節している。それが全身をつらぬく曲線を生み出し、腕と手の位置と顔の表情とで心情の表現をも感じさせている。このような姿勢は、この時代の芸術では頻繁に用いられるもので、この解剖図を描いた作家が専門のトレーニングを受けていたことを表している。さらに、14葉では姿勢にバリエーションがあるが、そのどれもが姿勢に調和を保っている。

 筋肉人たちは、徐々に筋を剥がされていくので、背中を見せているある図では尻の筋が丸ごと剥ぎ取られ、脚の付け根の関節がほとんど露出している。そのような体表の輪郭が失われるほど解剖が進んだ状態であっても、周囲の構造描写が崩れていないため、人物像としての安定を保ち続けている。
 これらの骨格人図、筋肉人図が描かれるのにどれだけの忍耐と労力が必要だったろうかと思わずにはいられない。裸体の人物像を描写するだけでも、相応のトレーニングが必要である。その外見、輪郭を保ちつつ、内部構造を正確に描いているのだ。解剖図は構造の形状と位置関係にシビアである。”何となく”や”雰囲気”では描けない。ここの構造については全て著者ヴェサリウスの指示の下に進められた。しかし、これらの図を描いた画家が解剖構造について無知であったとして、ヴェサリウスの指示を正しくくみ取ることが出来ただろうか。『ファブリカ』が世に出るより半世紀以上前から、一流の芸術家達は表現のために人体解剖を行っていた。恐らく、この解剖図を描いた画家も既に解剖構造をある程度知っていたと思われる。では画家は誰であったのか。それは分かっていない。同時代の芸術家についての著名な伝記であるヴァザーリの『芸術家列伝』においてティツィアーノの項目でヴェサリウスの図を描いた画家としてカルカールの名が出るが、これは『ファブリカ』の5年前に彼が出版した別の解剖図のことである。
 『ファブリカ』の骨格人図と筋肉人図は明確な輪郭線と強い陰影描写によって、手で掴めるような実在感をもたらしている。全身の当たる光線の方向も意識的に捉えられ、それは足元に落ちる影まで統一されたものだ。筋のひとつひとつも、現代の解剖図のように筋線維の走行線を描くというより、筋のもつ”かたまり”の量を描写することを優先している。このような、立体感と遠近感を重視したのはルネサンス芸術が最も花開いたフィレンツェで活躍した芸術家たちが好んだ技法である。私はこれらの図を見るにつけ、彫刻を学んだ芸術家による作画ではないかと感じてしまう。たとえば、偉大な彫刻家ミケランジェロが描いたシスティーナ礼拝堂天井画を思い出させる。
 筋肉人図を分析し、内部の骨格を抽出してみると、一見正確に見える構造描写も曖昧な点が多いことが分かった。立体である人体を平面上に再現する際に、意図的に歪ませたと思われる部位もある。このような、「気付かれない歪み」はミケランジェロの人物画にも見られるもので、視点が固定される平面図だから出来る技法とも言えるだろう。

 『ファブリカ』の発刊は、当時の医学界に大きな衝撃を与えた。しかし、その衝撃力は文章を読まずとも一目のうちに伝わるこれらの解剖図に依るところも大きい。解剖学の知識が治療に直接結びつくにはまだ時間が必要だった。純粋科学としての色が強かった解剖学の知識-つまり、皮膚の内側の形の知識-を誰よりも必要としていたのは、人体の形を造形する芸術家たちだった。先にも書いたように、彼らは既に自らで人体解剖をしていた。しかし、人間を解剖するという行為はあらゆる意味で気軽ではない。むしろ、しなくてもいいのならしたくはない類の行為である。そういった芸術家からの要求にも『ファブリカ』は応えるものだった。事実、筋肉人図の第1図は芸術家のために用意されたのである。芸術家を想定読者に据えた解剖学書は同書が初ではないものの、「実用に叶うレベル」を付け加えるなら、『ファブリカ』が初の美術解剖学書であるとも言える。

 『ファブリカ』の発刊後まもなく多くの海賊版や複製図が生み出された。その後、数世紀にわたって、同様の筋肉人たちが解剖書に登場するが、同書の筋肉人たちほど優れた描写のものはひとつも存在しない。
 16世紀のイタリアにおいてこのような奇跡的な大著が生まれたのには、様々な理由が重なっているが、このような事象が多く起きたのがルネサンスと呼ばれる時代だった。
 ヴェサリウスが『ファブリカ』で成した医学的、科学的視点は偉大である。それと同時に、「視覚伝達・非言語的伝達」の重要性を理解し、高いスキルの芸術家を画家として採用することで画と図を非常に高いレベルで融合させることに成功させたこともまた評価され続けるべき事実である。

2013年7月15日月曜日

ヌードと人体解剖


 日、夜の大都会某所で、表現のための人体構造を学んだ学生たちを対象にヌード・モデルを用いたセッションが行われた。広い空間をパーティションで2つに区切り、それぞれに男性モデルと女性モデルを入れるという贅沢なものだ。同時に同じポーズをしてもらい、学生は男女モデル間を自由に行き来することができる。途中、男性モデルには上腕運動時の上肢帯(肩甲骨と鎖骨)の連動的運動を実演してもらい、女性モデルには乳房の可動範囲を示してもらった。
 モデルの体型や今回のセッションの内容については事前にエージェントへ伝わっているものの、どのような方が来るのかは当日まで分からない(海外では、モデルのプロフィールや写真などの情報開示をしているところもある)。今回のお二人は若いうえに、ポージングにも慣れていてリクエストにも好意的に対応してくれたことで非常に良いセッションとなった。

 初のポージング始めにモデルが臆せず下着を脱いでポーズを取ると、初めての学生達はモデルの正面に陣取って、皆が背中が壁に着かんばかりに後ろへ下がっていたのが微笑ましく印象的だった。ただ、そんなのははじめだけで、皆すぐに観察と描写に夢中になりどんどんモデルに近づいていく。
 学生たちのほぼ全員がヌード・モデルを描くのは人生で初だったのではないかと思う。そんな彼らを見て、”人間が人間を見る、それもまじまじと”という行為の奇妙さと求心力の強さを感じた。全く我々は奇妙は動物だ。
 目の前のモデルが持つ肉体と、ほとんど同じ物を皆が持っている。そんな、言わば究極の身近でありながら、それを冷静に客観的に見るという行為は一般的生活を送る人々はほとんど体験することがない。だから、ヌード・モデル・セッションはその意味において非日常性の高い奇妙な体験である。
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 ともと志の高い学生達だが、この日の皆の集中力は特別だった。休憩時間になってもペンが止まらない者、画力の理想と現実の差にため息を突く者、男女モデルを同時に観察したいのでどうにかならないかと聞きに来る者、とにかく時間が足りないと嘆く者・・。こんな積極性を見せるのは初めてで、どれもこれも、本物を目の前にして、それを捕らえてやりたいという欲求が強烈に引き出された故だろう。
 私としては、彼らのクロッキーを見て、構造で対象を捉えたうえで表現(描写)へ反映させるということの難しさを改めて感じた。講義では、人体を構造の複合体として捉えられることが表現を輪郭線という平面性の呪縛から解き放つ強力かつほとんど唯一の手段であることを具体的に示してきた。ところが、いざ目の前に”総天然物”である裸体が立ちはだかると、そんな座学の知識はほとんど力を持たず、輪郭線で対象を追うことで精一杯という描写がほとんどだった。また、顔が整った女性モデルだったので、ある学生はその描写に捕らわれた結果小さな体が巨大な顔の下にぶら下がったような描写になっていた。
 これらを、残念な気持ちで見ていたのではない。ヌード・セッションが学生達から”ぎりぎりの本気”を引き出した、その”場のちから”に驚いていたのだ。ポーズは静止しなければならないので、20分ごとに休憩が入る。今回は毎ポージングごとに違う姿勢だったので、学生達はたった20分の間に目の前の描きたい部位を出来るだけ紙の上へ収めなければならないというタイム・プレッシャーが掛かっていた。これも、彼らの本気を引きずり出す主要因のひとつであった。とは言え、何と言っても強力な要因は”目の前の裸体”であることは疑いがない。捕らえどころのない人体を目の前にして時間内に何とか画帳へ留めようとペンを走らせるとなると、身になっていない知識など吹き飛んでひたすらに”今まで通りの”輪郭線で追うしか出来ない・・。そんな切羽詰まった様子が見て取れた。
 構造視と実物観察。この往復作業を数回繰り返すことで、もっと実質的な描写力へと繋げていけると感じる。今は第一歩を踏み出したというところか。

 回は指導側ゆえに、モデルと観察者とが作り出すこの空間を客観的に感じられた。この空間には、画力向上という本来の目的以外に、何某か心に訴えかけるものがある。それは有機的な感覚と繋がっている。観察という冷静さが、有機的な暖かいものと繋がるという経験で近いものを思い浮かべていた。それは、人体解剖だ。実習室に並んだご遺体との対面と、実習を通しての内部構造の観察。腰が引けているのは最初だけ。剖出が始まれば、直ぐに作業に夢中になっている。そうして、その間冷房の効いた実習室では冷静な観察と理解が求められるが、それらの知識は皆、”人が人を治し助ける”という有機的暖かさと繋がっている。それだけではない、生前は決して見せることのない自分の内側(内部器官)という究極のプライベートの開示と観察とがこの空間では許されている。見せる側の生命はもはや無くとも”見ても良い”という遺志がそこには明確に強くある。要求と許諾。求め許すという行為がそこには流れているのだ。
 ード・モデル・セッションもそこが似ている。他人に裸を見せるというのは相当にプライベートに入り込んだ行為だ。そこには「こっちは賃金を払っているのだから」というような無機質さだけでは成り立たない類の、感情のやりとりがある。それは金銭を超えた要求と許諾である。そういった暗黙の取り引きはあの空間にいることで”感覚的に”くみ取ることができる。だから皆、真剣になるのだろう。
 解剖実習は「死」のイメージを払拭できないが、ヌード・モデル・セッションにはそれがないどころか、「生」の瑞々しさや、なまなましささえ漂っているという決定的な違いがある。それに、解剖見学は厳しく限定されているが、ヌード・モデル・セッションは求めるなら基本的に誰でも参加できるものだ。

 ード・モデル・セッションの一義的な目的は「生きた人体の形状の観察」だが、その看板に書かれない独特な空気感を体験するだけでも参加する価値が十分にあるのではと、この日思っていた。

2011年9月24日土曜日

一般のための解剖学

 私たちは皆、一人につき一体の体を持っている。心身二元論的な言い方だが、そのように感じられるのも事実だ。体は超自然的な力によって生きているのではなく、眼前に広がる自然界と同様の物理原則に則って物質や情報が移動することで成り立っている。緩やかに流れている小川でもひとたび石などで流れが遮られれば氾濫を起こすように、体内でも何らかの原因で不具合が起こればたちまち体調不良という形でそれが現れる。小川と違う点は、不具合を積極的に取り除こうとする働きが起こる点だ。しかし、それとて「超自然」ではない。そこに何らかの意志を置こうと考えるのは私たちの脳の働きによるものに過ぎず、より大きな視点で見るなら、身体を一定に保とうとする機構もまた、そのような自然の系の現れのひとつに過ぎないと言える。
 人間を心と体に分けるというのは、私たちにとって非常に馴染みやすく、そこに違和感を感じることが少ない。だからこそ、世界中の宗教でも”物質的な体のない体=霊体”という、冷静に考えると矛盾した存在概念を受け入れている。しかし、脳の機能や体の機構が明らかになるにつれ、心と体が全く分けることの出来ない同列の存在であることも理解されてきた。個人は細胞の集まりという点では集合体であるし、「私」という自己同一性は、右脳と左脳とですでに違う。同様に、「私らしさ」も決して不動のものではなく、脳の特定領域が侵されれば、いとも簡単に別人格になってしまうことも分かっている。これらは、私たちの心というソフト的概念が、体というハード的存在に依っているという事実を示している。これらのような例を挙げるまでもなく、例えば、口内炎の一つも出来ればそれだけで、一日が憂鬱になってしまうことを思えば、どれだけ身体が心に影響を及ぼすのかが分かる。
 それでも、普段、体の調子が良いときは、私たちは身体について忘れがちである。「今日は体の調子が良いぞ」と毎朝考える子供はいないだろう。体の各所にがたが出始める大人になってこそ、そう思うようになるものだ。つまり、どこかに不具合を感じて初めて自己の身体を意識するのである。これはしかし、外傷や内臓疾患など明確に身体に関わるときであって、「気分が優れない」など、感覚的なものは最近まで身体と別の領域で捉えられていたように思われる。それが心理学という一領域を作ったのではないか。今では、それらも脳内物質との関連性から捉えられるようになっているが、家庭レベルでは今でも「それは怠けだ」で片付けられていることも多いだろう。

 書店などでは、いわゆる「こころの問題」に関する書籍が実に多い。こころというソフトに区分けすることで、それを身体というハードと別にし、論理的解釈で解決していこうとするわけである。それらは「こころと体」に分けることに慣れた私たちに非常に親和性が高く、実際、効果もある。これが身体性が更に希薄になり独自理論が組み合わさると「霊感」や「占い」など超自然的な解釈となってゆく。
 肉体の構造という「おもいっきりハード」として身体を見つめてきた解剖学の歴史は、この目に見える物質に、私たちが心と呼ぶものがどこに宿るのかを探る行為でもあった。現在、自然科学の領域である西洋医学において、身体が超自然的な働きで動いているという考える者はいないだろう。しかし、一般の人々にとってそれが全て飲み込める事実でもない。いや、多くの人にとって、医学的事実は理解できる。しかし、「こころ」がそれを受け入れない。脳死臓器移植問題などはそのギャップの表れである。
 書店では、身体についての書棚にあるのは、こころの扱いの書籍と、「家庭の医学」といった不具合に対処する書籍が大半で、シンプルな体の正常構造を記述した解剖書は目立たない。需要と供給のバランスがそこには現れている。多くの人にとって「正常な状態」の自分の体には興味が持てないのだ。「うまく行っているなら、それでいい」。これは、自動車などの所有物の構造にいちいち興味を持たないのと似ている。壊れて初めて「ラジエター」が何なのかを調べる。
 しかし、車と自分の体は違う。身体というハードは、そのまま「私自身」を構成しているのだ。解剖学を知ることは、正に「セルフ・コンシャス」な行為であり、自身の物質性というものに意識的になれる刺激的な学問である。わたしたちは自然状態(かつ健康)だと、どうしても「こころ」というソフトに傾きがちだ。巷では、骨盤矯正や頭蓋骨矯正など身体を改善させる行為やグッズがあふれているが、どうも情報のいいとこ取りで済ませている印象を受けることがある。自分の身体がどのように出来ているのかを基本知識として知っているなら、乱れがちなこれらの情報に流されずに済むかもしれない。このようなメディア・リテラシー的な目的でなくとも、せっかく生きている間お世話になる身体だと思えば、知っているのも損ではないと思う。
 解剖学に詳しい知人が以前、「全身骨格を一体分持っているよ。体の中にね」と言った。そのような身体感覚は面白いと思う。私自身の感想だが、解剖学を知ることで、身体性の扉が一つ開く。それは、自分自身そして自分以外の生きている存在に対する見え方を大きく変えるほどの刺激に満ちている。これほど身近で(何せ自分自身の問題なのだから)、全てに関わってくる学問が、「医学のもの」のように思われていることが残念に感じる。自身の身体は、誰のものでもない。知識の扉に鍵は掛けられていない。多くの人にその扉を開けてもらえればと思う。

2011年9月21日水曜日

芸術家のための解剖学

 美術解剖学というジャンルは海外にはない、と思う。「Artistic Anatomy」や「Anatomy for Artist」と言われるが、何も「〜学」として、学問体系として成り立たせようとしているわけではない。つまり、純粋に解剖学から知識を拝借して、必要な知識を応用しようという、それだけの事なのだと思う。
 我が国の美術解剖学というものも、そもそもは「美術解剖+学」ではなくて、「美術+解剖学」という意味であると思われる。つまり「美術のために用いる解剖学」の省略である。
 しかし、出来上がったこの単語を見た人はそうは思わないだろう。美術解剖学という学問があると考えるに違いない。そして、実際に、美術解剖という学問体系を成り立たせようという流れもある。日本には現在、美術解剖学という名称のつく学会が2つ存在する。

 学会とは離れて、美術大学では学生へ向けて美術解剖学の講義が広く行われている。私もかつて受講した。各美大で行われる講義の内容に大きな違いはないと思われる。骨と筋の位置と名称、働き。年齢による変化。性別による変化。表現された人体の検証・・。
 私がかつて受講した内容も、上記のようなものであったと思う。ひとつ大きな特徴として、”鑑賞者の視点から語られる”点がある。絵画や彫刻などに表された人体に見られる解剖学的特徴の洗い出しなどは、話としては面白いものが多く、美術作品の鑑賞の足場として興味深いものだ。しかし、美大という作家を養成する機関において、「作品の見方」ばかりを講義するのでは物足りないようにも感じる。いや、結局は最後の持って行き方次第で、造形者の知識にもなり得るのは事実であるから、決して無駄ではないが。
 アメリカでは、実益的な内容の講義を行っている団体がいくつもあるようで、その内容を見ると、純粋に人体の形状を追っていくという、日本の美術解剖学の講義と比べるとドライとも思えるものだ。しかし、ある団体では、講義を受けに来る人は既に現場に出ている作家や映像スタジオの芸術家などであり、そういった人々に「鑑賞者的な解剖学うんちく」を語るのは意味がないし彼らも求めていないのだろう。
 この、実質的内容か物語性かという2者の対比は、日本の美術番組や書籍などでも感じる特徴で、どうも、日本では芸術作品よりもそれを生み出した作家の人生や人間関係などが受けるようだ。ロダンとなるとカミーユとのドロドロ関係だったり、ゴッホだと気が狂う過程だったり・・。だから、作家が作品に応用した様々な技法やその効果などについてはほとんど取り上げられない。これは、純粋な鑑賞者的視点であって、それ自体に問題はないのだが、美大の学生など作家側に立つ人まで、鑑賞者的な内容しか与えられず、またそれを良しとして受け入れてしまうことには少々物足りなさを感じる。作る側の人間にとって、ロダンの作品の良さを探る時に、カミーユとの人間関係はそれほど重要ではない。ロダンがどのように人体を観察し、どのように粘土付けの効果を探求したのかがより重要なはずだ。

 もう一つ、人体を作っている作家で、解剖学に興味を示さないひとが多いのも不思議ではある。だが、彼らが造形者のための解剖学を学ばず、その効果を知らなければ、結果的に解剖学に興味を示さなくなることも理解できる。
 西洋の美学校において、人体を造形していこうというする学生が解剖学的な構造を知ることは、基礎過程に過ぎない。それは、人体を通して自らの芸術を語らせようとする者にとっての基本的な文法なのだ。解剖学を知らずして人体を作るのは、文法を知らずして詩を書こうというのに等しい。
 人体を作ろうとする芸術家にとって、解剖学は「知っていれば役立つかもしれない」ものではなく、「知っていなければならない」ものだ。人体作品において、そこに表されている構造が、「知っている上での省略」か、「知らないから作れない」のかは見て分かる。

 私は、人体の構造と形状に魅せられて造形の現場から遠ざかったが、解剖学を知ることで、人体の見え方が大きく変化したことを身を以て感じている。対象の見え方はいつでも同じではない。前提となる知識が用意されることで、見えなかったものが見えるようになる。混沌から秩序を見出すことができる。
 16世紀に見出されたこのアプローチが現代でも採用されていることが、それだけ人体形状を捉えるための強力なサポートになるということを、証明している。どうすれば、この有用なツールを作家が効果的に用いられるのかを、最近考えている。