2017年9月18日月曜日

複製された匿名の写真たち 情報から物へ

初めて代官山の蔦屋へ行った。美術書も”当然”充実していて、特に写真集が豊富だ。そこだけで数時間過ごす。エディション付きの少部数ものも多い。うれしいのは、そういうものもサンプルとして中が見られるようにしてある。作家のノートやドローイングブックがそのまま写真集になったものが意外と多く(書店側がそのように集めたのだろうけれど)、それらは作家のプライベートがそのまま見られるようで興味深い。
 その中で、写真が本ではなく、紙箱の中にいれられた状態で売られている物があった。それぞれの写真は全て印刷物だが、裏も詳細に印刷され、あたかも実物に見える。それが紙箱に収められているので、誰かのコレクションを垣間見ているような気分になる。箱の蓋には1枚写真が貼り付けてあるのだが、箱毎にそれが異なっていた。作家の名前は、クリスチャン・ホルスタッド(Christian Holstad)で、タイトルは『Fellow Travelers』。

 それぞれの写真は、紙の厚さや表面の質まで詳細に複製されており、”物としての写真”の複製が成されている。含まれている写真は、どれも”いつかの、どこかの、だれか”で、ハロウィーンの時期に撮影されたものだ。幾つかには裏面に当時のメモが書かれていて、それを見ると古い年代は1919年、最近のものは2001年。作家がどこから集めたのかは知らないが、匿名性のある、それでいて個人的な写真だ。ただでさえ赤の他人なのに、その多くが今も存命かどうかも分からない古い物で、更にはハロウィーン仮装をしているので、被写体の人物との感覚的距離感が非常に大きい。そうであるのに、こうして異国で複製され(この作品の印刷は日本で行われた)、誰かの手に渡っていく。
 これは写真集ではない。写真集は、通常、そこに印刷されている”内容”が作品であり情報である。それに対してこの作品は、印刷された”物としての写真”が主体である。存在そのものが重要なのだ。紙質から印刷まで正確に複製されている様は、1つの原型から同じ商品が幾つも作られる現代を表しているようにも思える。そう思うとこの作品は、子ども達が遊ぶトレーディングカードのセット(デッキと呼ばれる)に似て見える。

 光学情報としての写真は、今や本質的には、紙である必要が無いとさえ言える。一方で、物質である紙を媒体とすることにこだわる作家もあるだろう。実際、物質性にこだわった、”物としての写真集”がいくつも置かれていた。デジタル情報がすっかり普及した現代において、写真家は”光学伝達の芸術家”ではなく、”光学伝達を含む表現全般の芸術家”に変わりつつあるのだろうか。それはもはや写真家ではなく総合的なアーティストの事である。伝達技術の革新とともに、従来のカテゴライズは当てはまらなくなるという事実を、都会の書店で感じた。

2017年9月15日金曜日

ミケランジェロのワックスモデル再び

 2回目の「レオナルド×ミケランジェロ展」に行った。今回は閉館1時間前を切っていて、満足するほどゆっくり見られなかったが、館内はガラガラで、1つの作品を1人で鑑賞する贅沢さがあった。今回は近距離双眼鏡を持参して、これが大活躍だった。これで見ると、肉眼での鑑賞との情報量の差が凄まじく、鑑賞が数倍楽しくなる。
 看板作品になっているミケランジェロの素描では、紙葉の左下にペンの試し書き線が2つある。それが始まりのカーブが逆向きで、もしかしたら1つがミケでもう1つは弟子が真似したのではないか、などと想像して楽しい。レオナルドの看板作品の素描は、サイズが小さいので、肉眼では拡大印刷されているもののようには見えない。これも双眼鏡を使うと、1本1本の筆致がハッキリ見える。左頬には白色でハイライトが入れられているのだが、それだけではなく、修正でもしたようなシミがそこに見られる。

最も鑑賞に時間を当てたのは、ミケランジェロのワックスモデルである。肉眼で見ても素晴らしいが、今回、双眼鏡を使うことで、目の前に等身大ほどに拡大された彫刻があるかのように鑑賞することができた。像の右大腿部や左の腰部などに、指紋がはっきりと残っている。ミケランジェロの指紋である!指でしっかりとワックスを押し込んだことが分かるし、指紋が残るほどに柔らかい状態で造形したことも伝わってくる。また、背中の辺りには、ヘラで付けたような段々のへこみがある。他には、肘を突いている右腕の付け根、つまり肩のところは、ワックスを伸ばしてなじませた跡が見られる。胴体とは別に腕を造形して、それを接合したのかもしれないし、造形過程で割れて取れてしまった腕を再接合したのかもしれない。また、背中には背骨にそって溝があるのだが、溝の底が鋭利である。双眼鏡で見ると、爪痕が溝の底に沿って残っている。腹部側の造形の細かさと比べると背中は若干荒さが残るのも興味深い。
 横向きで、右脚の付け根を下にした横向きの姿勢だが、胸郭から肩にかけて大きく回転運動しており、左肩は前方(腹部側)へ覆い被さるように傾いている。この捻れは写真や画像では全く伝わってこない。全身が作り出す大きなねじれの運動が素晴らしい。斜め後ろから見ると、腰の前傾は、腸骨陵の上の外腹斜筋の膨らみも同一の量塊として捉えているように見えた。脚は左脚の大腿の造形が素晴らしい。膝に来ると粗付けだが、膝下部分の大きな形の捉え方はかえって分かりやすい。それはスネの前縁を強調するような形の捉え方である。
 実に、この小さなワックスモデルは、サイズを超えて、ミケランジェロ彫刻の要素を直接的に伝えてくる。この展覧会で、彫刻家ミケランジェロの真髄が最も伝わるのが本作品である。「Divine」な造形とはこれを言うのだ。

 あと1週間ほどでこの展覧会は終わってしまうが、もう一度、時間を作って見に行きたい。

2017年9月14日木曜日

「無い」の脆弱性

 「無い」を証明することはできないと言う。1つでも「在る」ことが明らかになればそれは覆される。だから「無い」は常に暫定的決定である。とは言え、「無い」と決めないことには先に進まないこともたくさんあるので、我々は自らが決めたその暫定的な決定を、一旦は信じることにしている。何より、「無い」という言葉の持つ意味は強い。

 「口をつぐむ」と言うが、相手に言いたいことがあるけれどもあえて言わない、もしくは関係性の中で言えないという事がある。何らかの対話において、相手からの意見がなければ、それは同意か少なくとも反対ではないだろうと捉えられる。しかしそれは彼が「口をつぐんでいる」だけかもしれない。レスポンスが「無い」ことが、反対意見が「無い」こととは限らない。いつか、つぐんでいた口が開かれ、「無い」と信じていた反対意見が「在る」ことを知らされるかも知れないのである。

 「無い」と言える精度を高めるには、多角的な検証が必要だ。できるだけ多くの検証作業において「無い」と言える要素が集められるならその可能性はより高まる。つまり、「無い」ということを積極的に追求しなければならないのである。目の前に無いから、と言うのであれば、それは「無い」ではなく「見えない」であって、両者は別なのだ。

 「在る」は非常に明解だが、「無い」はややこしく、あいまいである。言葉が対の概念を示してはいるけれども実際の趣きは随分と異なるのである。そもそも、概念として「無い」は「在る」の対語として現れたのだろう。我々が、そこに「在る」ということ、存在を抽象化することに成功すると、対概念として「存在しないこと」が立ち現れ、それが「無い」となる。つまり、「在る」は常に具体性を含んでいるが、「無い」は初めから抽象的な概念なのだ。
 「無い」と言えるには先ず「在る」の内在が仮定されているのだから、容易にそれは覆される概念なのだ。違う言い方なら、「在る」が存在し得ない「無い」はそもそもあり得ない。そう考えると、「無い」ことの脆弱性を感じる。「無い」など、無い。

2017年9月11日月曜日

機能を失い美術品となる

 今では、古代エジプト文明の彫像や古代ギリシア文明の彫刻たちは、美術のカテゴリーで語られ鑑賞されるが、それらが作られた当初では宗教的な目的を持った神聖な像だった。像によっては、一般に見せる目的すらなかったものもあったろう。それは、日本の仏像も同じで、美術館に仏像が運び込まれ、私たちはそれらを美術”品”として鑑賞する。品であるそれらは、まぎれもない”物”として扱われる。どこかの誰か、つまり人間の手によって創作された物として。かつては違った。それらは、仏、神そのものとして崇められ魂がある存在として扱われていた。”人間によって作られた物”として捉えられてはいけない、そういう特殊な存在を帯びていたはずだ。
 つまり、神像や仏像は、動かないけれども機能を担っていた。それらは教義と結びついて、その宗教世界感に現実味を与えなければならない。変わりやすい現世に対して恒久的である宗教世界は普遍的な表現でなければならない。だから宗教美術は決まり事が多い。
現在でも進行され続けている宗教ならば、その表現の意味合いも分かりやすい。一方で、既に廃れてしまった過去の宗教に基づいた造形物はその形や表現の意味合いを察することは難しい。エジプトやメソポタミア文明そしてギリシアの彫像を思い出せば分かるように、教義が途絶えた神像たちは、純粋にその形状の美しさで語られるようになる。これは、本来の機能を失ったために、当初の目的とは異なる価値で捉えられるようになったのだと言い換えられるだろう。

 唐突だが、最近の自動車に関するニュースを見て、神像が美術品となったのと似たことがいつか起こるような想像をした。フランスやイギリスは、2040年までに石油燃料で走る自動車の販売を終える予定だという。燃える液体をチャポチャポとタンクに注いで、その爆発の”勢い”で走るというのは、確かに産業革命から余り変化していない。それが電気や水素などに変わることは進歩的ではあるが、とは言え4つの円板を回転させて進むという方法自体は、それこそ数千年前のアイデア(コロで巨石を動かすなど)のままである。このまま人類が無事に進めば、いつか”タイヤで転がす移動手段”は完全に過去のものになるかもしれない。そうすると、やがて今の自動車が、”移動道具”という当初の目的とは異なる価値で見られるようになるだろう。数千年後に地中から掘り出された自動車は美術館に並べられる。その時代の美術書には次のように書かれる。「その形は、使われていた時代の文化様式を反映し、大きさは人体尺から導かれている。外形は多くのカノンを基にしながら時代ごとの美しさが追求されていたが、やがて個人のデザインから機械にとって変わり、全世界的に画一的となって行く。・・」

東大寺の金剛力士像の建つ早さ

 古い家が取り壊されていると思っていたら、もう新築が建っている。雑草の生い茂る空き地だと思っていた所に、鉄筋のマンションが建とうとしている。建築物の建っていく早さには驚かされる。道路際で目にするのは、様々な建築材料が組み上がっていく様だけだが、そのように作業が動き出すまでに、紙面上で綿密に手順組みが成されているのだろう。実際に建設が始まると、現場ではできる限り無駄なく進行するように考えられているに違いない。

 ふと、東大寺の8メートルを超える金剛力士像が2ヶ月ほどで作られたという話を思い出した。具体的な日数と共に語られるのだから、そこには”信じられない”という感想と共に運慶らの並ならぬ技術力を裏打ちするものである。しかし、一流の仏師集団であることを考えれば、それは特段に驚くべきことでもない。金剛力士像は、類のない巨大さではあるが、その姿形はゼロからの創造ではなく、従来からの型からのアレンジである。職業として考えれば、理由がなければ完成を遅くさせる理由はない。綿密に組まれた設計図と、手慣れた職人がいれば、数ヶ月で家やビルが建つように、巨大な像を数ヶ月で建造することも普通に可能だったはずだ。金剛力士像の造形においては、彼ら仏師たちにとって、その大きさだけが問題だった。吽形は、首の角度を変えたり、乳首やヘソの位置を変更した跡が見られるという。組み上げた巨像を見上げたときに、その視覚的な歪みなどに気が付いてのことだろう。そういうところに、巨大さとの格闘が感じられる。

2017年9月9日土曜日

ホックニーの『秘密の知識』

 デイヴィッド・ホックニーの『秘密の知識』は、複数の意味でとても興味深い書籍だ。

 まず、この本の内容が研究であること。始め、ホックニーの画集だろうと思って開く人がほとんどのはずだ。ところが中は膨大なルネサンス絵画から近代までの写実的人物画で埋め尽くされているので、戸惑ってしまう。一体、この本がなんなのか、しばらく分からないという人も多いはずだ。
 近世、ルネサンスから突然現れる超写実表現に、主観に依らない観察技術があったはずだと直感したホックニーは、膨大な画像を並べて、同時に多くの文献を調査し、知られざる光学機器が使用されていただろうと言う結論を下している。この世界的に有名な芸術家が提示した仮定は、歴史家や美術研究家も巻き込んで、説得力のある物になっていく。画家であるホックニーは、自らも光学機器を用いて実験を繰り返していく。

 また、この本は、芸術家の思考過程の記録でもある。
 さらに、ルネサンス以降現代までの画集でもある。
 そして同時に、ホックニー自身の芸術作品とも言えるだろう。

 これを見ると、芸術家の衰えない好奇心と行動力、そして何より直感力とそれを信じる能力に驚かされる。そして、形無き思考を論理的に組み上げていく構成力には、高度な知性を感ぜずには居れない。決して単なる”思いつき屋”などではない。
 
 そんなことを考えていたときに、偶然にも大学で彫刻家のF先生との会話でホックニーに言及し、この話題になった。先生は、ホックニーが同書出版の準備中に彼のアトリエへ伺ったのだという。先生が、「ホックニーは神童だって言われていたけど、それは絵が巧いという意味の神童じゃないからね」と仰った。もともと、高い知性を感じさせる少年だったのだろう。それが納得できる一冊である。

 ホックニー自身の凄さが煌びやかに映るが、その内容も素晴らしい。ルネサンス期の芸術家はギルドを構成したというのは有名だが、ならばその利点と必要性があったわけで、そこに中心こそ”秘密の知識”であっただろう。科学の始まりの時代とも言われる同時代ならば十分にあり得ると思わされる。

 また、この書籍が日本語で読めることが素晴らしい。オールカラーで有名な絵の拡大画像がこれでもかと載っていて、図像だけでも十分に楽しめる。
 アマゾンの書評のようになってしまったが、実際、刺激的な書籍だ。

2017年9月5日火曜日

単位と自意識

 様々な単位がある。それらは全て人間が人間のために考案したものだから、人間が最も取り扱いやすい範囲で切り取られている。もちろん、途方も無い単位もあるが、それは取り扱いやすい単位の延長である。そう考えると、単位は基本的に身体尺だと言える。もしくは、人間尺とでも言おうか。

 例えば、宇宙はどれだけ大きいのかと想像すると、その途方もなさに、落ち着かない気分になる。宇宙に関する大きさの単位は、それこそ“天文学的”なものばかりだが、それも基準が人間尺から始まっているからだ。私たちは、対象の大きさを自分を基準としなければ、実感出来ない。だから、私たちを包括する宇宙は必ず”途方もなく巨大”になる。宇宙が巨大になったのは、私たちがそれに気付き、計測をしたからである。

 時の流れもまた同様だ。時の流れを、1時間などと区切るのは人間だけだし、例えば100年前、1千年前、1万年前などと聞いて、どれ位以前の事なのかを想像するが、その時に感じる”時の長さ”は、私たちが持つ”時間感覚”に照らし合わされている。私たちの時間感覚は何によって規定されているのか。私たちが体内時計と呼ばれるリズムを持っていることは有名だ。その調節には昼夜のリズムが重要だと言う。つまり、目から入る昼の明るさと夜の暗さの繰り返しの長さが基準になっているのである。しかし、それだけではないだろう。さらに、生態の特性によって修飾されているはずだ。生物固有の反応速度が、その生物の時間感覚と密接に関連しているだろうことは想像できる。例えば、手で捕まえることが困難なハエは、人間より高速に時間を刻んでいるのだから、その時間感覚は人間を基準とすれば、ずっとスローに見えるはずである。もちろん、実際にはハエはそんな風に”意識的”ではないだろうが。
 1億年前と聞くと、気が遠くなるほど昔に感じるが、それも人間尺で考えるからに他ならない。実際、5億年前の三葉虫の化石の、見事に保存されている様を見ると、5億年という時の流れも、人間基準の感覚に過ぎないと感じる。
 そもそも、時間の流れとは、実際にあるものなのだろうか。少なくとも、それが”ある”と叫ぶのは、生物の、それも人間ただ一種だけだ。

 サイズにせよ時間にせよ、世界を単位で区切る行為は、どれも意識的である。それは自意識の獲得と共に始まったのだろう。自己の存在を規定するには、自分が含まれている世界を規定しなければならない。自分に気付くことは、世界を、宇宙を気付くことでもある。一方で自己の確立は、宇宙からの自己の離脱でもある。だから私たちは「私と宇宙」と言う。私たちもまた宇宙である事は明白であるにも関わらず。

 なるほど人類は、意識によって宇宙を区切ってきた。区切ったものの間には境界ができる。境界で区切られた対象は純化していき、より捉えやすくなる。それが概念化である。概念は言語を生み、概念の構築が論理を作り出す。我々人間は、”区切る動物”だ。そう言い切ることが既に”区切っている”。
 しかしながら、区切っている段階は、まだ認識の途上のようにも感じる。なぜなら、世界は、宇宙は全てを包括しているのだから。我々はほとんど本能的に、そこに認識的(概念的)再構築を試みようとしているのだろう。ただ、現在は有象無象を切り取って名札を1つずつ付けている段階に過ぎない。果たして全てを再構築し、完全なる認識化に成功する日が来るのだろうか。

 もしその時が来たとして、眼前にあるのは、全てを始める前と同じものかも知れないけれど。

ミケランジェロ『夜』のポーズをモデルに取らせて

先日、カルチャーセンターの講座で、モデルにミケランジェロの『夜』のポーズを取ってもらった。ビーチチェアを置いて、そこに横たわってもらう。彫刻の右脚は膝が曲がっているのだが、ビーチチェアでは伸ばさざるを得なかった。このポーズの見せ場は、当然ながら体幹部のねじれである。右肘を左ももに付けるという、ストレッチ体操のようなねじれの姿勢を取っている。この姿勢をモデルが10分間維持できるか未知だった。結果は、やはり数分するとねじれが徐々にほどけてくる。

 ミケランジェロの作品には、この作品と同様に、過度に身体をねじった表現が多い。鑑賞者もそれを見ると、ああ窮屈な姿勢だなと思う。緊張した、押し込まれた状態のバネのような、そういうものを感じる。そして、それこそが作家が狙った効果だろう。その時、鑑賞者は誰もこれが冷たく硬く不動の岩石でできていることを忘れている。この強い捻れの姿勢は、ロダンの『考える人』にも採用され、その動勢を鑑賞者へ伝えている。
 『夜』の腹部には大きく3つのひだができている。腹部は屈曲しているので、皮下脂肪が集まって緩んでいる。左の腿の付け根には、もう1つのひだが見える。腹の一番下のひだとこのひだの間には若干の隙間が表現されている。ここが骨盤の最上部である。脚の付け根、もしくは尻の横面が大きく見えており、そこには3つの膨らみが造形されている。これは上から、大腿筋膜張筋、大転子、そして大殿筋である。太い大腿部の側面には近位側に溝が2条見えるが、これは上が腸脛靭帯で下が外側広筋とハムストの境界であろう。殿部を構成する大殿筋の遠位部の表現は若干特徴的で、立位の時の殿部の印象が表されている。つまり、印象としての、もしくは記号化された尻がそこにある。
 乳房は、見れば分かるが、まったく現実味のない表現物で、分厚い大胸筋の上にできた腫瘍の様だ。この乳房はその醜さから返って目に付く。なんとなれば、後世の芸術家がこれを削り去って大胸筋だけの胸部へと修正しやすいように、境界を明確にしておいたのではないか・・などと想像してしまう。
 
 ミケランジェロは、この作品を作るに当たって、もはやモデルを見ていなかったのではないだろうか。そう感じさせるくらいに、理想化と観念性が強い造形である。

2017年9月4日月曜日

嫌いがあっての好き

 ずっと以前、予備校生時代に同級生が、「流行に乗らないって言う人は、既に”流行に乗らない”という流行に乗っている」と言って、巧いこと言うなと関心して今でも覚えている。自らや周囲の人の観察から、確かにそういう傾向はあると今でも思っている。
 「私は流行には乗らない」と意識的になるには、まず流行に意識的である前提がある。だから、「流行に乗らないファッション」と、「流行に無頓着なファッション」とは、その結果的な格好が似ていたとしても、そこにたどり着く過程が全く違うのである。「流行には乗らない」と豪語してたどり着く”無頓着ファッション”は、言っていれば一周回って帰ってきたのだから、その道程は、流行に乗っている人よりむしろ長い。
 これは、芸術表現で例えるなら、ピカソが追求した「子どものような絵」だ。子どもの落描きのようだと言われる奔放な表現は、幼少期にそういう絵を描くひま無くトレーニングを積んできたピカソが、それこそ一周回ってやっとたどりついたスタート地点”風”の表現である。
 
 自身の経験だと、学生時代は、ワイシャツ姿のサラリーマンファッションは自由が無く好きでは無かった。なぜ、他の格好をしようとしないのだろうと思っていた。いざ、そういう年齢になって自分が着てみるとすぐに分かった。これは意識的なファッションというより制服であって、むしろ何も考えなくて良いので楽なのだと。楽だから、これだけ皆がその格好をし続けているのだと理解した。

 時々、自分の敬称について、「”さん”付けしなくて良いよ。」と後輩や出会った人に”わざわざ”提言する人がいる。つまり、そう言う彼らは、”さん”付け呼称に何らかのこだわりがあるということを意味している。もしかしたら、本当は”さん”付けして呼んで欲しいのかもしれない。それ位の強い意識性がそこに横たわっている。もちろん、他に理由はいくらでも考えられるけれども。
 私は職業柄”先生”付けで呼ばれることが多い。かつての教え子と仕事をするような事も起こるが、相手は呼び慣れた”先生”付けで私を呼ぶし、私は”さん”付けで相手を呼ぶ。互いの立ち場が変わったのだから、私の事も”さん”付けに変えてもらって良いと思うことがある。が、相手をどういったイメージで見るかはその人の自由なのだから、敬称変更の提言はしない。

 どうやら私たちの脳は、対象を対極に分けて分析するようにできている。だから、「対の概念」は実に多い。「好き」という答えを導くには「嫌い」が定義されていなければならない。あるアイドルがテレビで「僕のことを嫌いだと言われてもうれしい。嫌いだと言うだけ僕の事を考えてくれているという事だから。」と発言していた。前向きな考えだとそこでは言われていたが、うれしいかどうかは別として、嫌いと言われるだけ意識されているというのは事実だ。意識されなければ好きも嫌いもない。

 下された判断にはそれと真逆の比較材料が机上に乗せられているという事を考えるのは、なかなか興味深い。