2009年4月27日月曜日

腕は首から


腕はどこから生えているかと聞けば、それは胴体だと答えるだろう。それが、一般的な体の構造の解釈だ。人形だって、ロボットだって、腕は必ず胴体から生えている。それらは人間の形を模しているのだから当然だ。自分の体も鏡で見れば、胴体から生えている。

けれども、体の内側から見てみると、これがちょっと違うように見えてくる。皮を剝いで筋肉にして見ただけではやっぱり胴体から生えている。これを骨だけにしてみると、とたんにそれがあやふやになる。遠目に見れば、やっぱり胴体から生えているけれども、近くで良く良く骨のつながりを追っていくと、肩の部分は、胴体と繋がっていない!浮いている。肩の背中側には肩甲骨という三角の板状の骨がついているけれど、これもやっぱり胴体とは接続していない。肩の前部分の棒状の鎖骨という骨たどると、これが、体の中心の首の付け根部分でやっと胴体と接続しているに過ぎないことが分かる。それも小さな間接面だ。

骨で見るなら、腕は肩で胴体と繋がっておらず、首の付け根で繋がっているということになる。

さらに、腕を動かすには、腕の筋肉がいるわけだが、筋肉だけでは腕はまだ動かない。筋肉に命令を送る神経がいる。この神経と筋肉の関係は、進化の始めの頃の形態を改変し続ける事で今に至っていると考えられるので、それは、本来の筋肉のあり方を見つけるヒントになりうる。それらの神経は皆、背骨の中を通っている脊髄から枝を伸ばしている。

さて、腕に命令を送る神経は、なんと首の高さの脊髄から出てきている。

さらに言うなら、腕に栄養を送る血管も、心臓から、一旦上へ上って首の付け根まで出てから腕に降りてゆく。

このように、脈管、神経で見ると、腕は肩から出ていると言うよりも、首から出ていると言ったほうが正しいように思えてくる。

腕は、胸びれから進化した。魚を見ると、胸びれは首の横から生えているように見える。そもそも魚には首が無く、両生類になってから首が出来た。そう考えてみると、そもそも腕は首に属していたものが、その真上に首が”しぼったように”出来たことで下に置いていかれてあたかも胴体に属するようになったとも言えないか。


こうやって、当たり前の概念に違う側面を見せてくれる解剖学は面白い。

2009年4月17日金曜日

指差し

11ヶ月の幼児になると、指差しを出来るようになる。この、私たちにとって基本とも思える当然の行為は、しかし、人間以外にする動物はいない。

指差しとは、どういう意味があるのか。手に届く範囲の物を指差すことはない。それは手に取ればいいからだ。指差しによって、手で触れられないものを示す事ができる。棚の上の菓子から、夜空の星から、顕微鏡内の遺伝子まで。

一点を指し示すこと。その時、意識もそこに集中する。幼児が、指差しをするようになったとき、彼の意識には集中するということの芽生えが起きている。


指差しという人間に共通のジェスチャーは、指した方を見よ、という共通認識があるからこそ成り立つことから考えると、人類が集団での統一された行動をしてきた証であるとも言える。例えば、かつて、私たちが狩りをして生きていた頃は、獲物に気づかれぬよう、声を出さずに指差しで方向などを決め合っていたかもしれない。

指差しを始めた幼児は、人間社会への適応をし始めたと言えるだろう。

2009年4月16日木曜日

幼児の舌と手

幼児は何でも口に入れる。それこそ手当たり次第と言った感じ。なめなければわからないじゃないか、といった風だ。

これは、特定の幼児にのみ見られる癖ではないのだから、成長において欠かせない行為なのだろう。舌に備わる味覚は、生まれてからすぐに口から栄養を補給する私たちにとって、まず敏感でなければいけない。また、私たちがかつて、人でなかった頃は、物を運ぶには口を使っていただろうから、その名残もあるのかもしれない。

舌は、その運動神経の由来や、筋肉の種類からみて、腕などと同じと言える。


また、幼児は、何でも触ろうとする。この未知な物には触れたくなるという衝動は、私たち大人にも残っているので、感覚を理解しやすい。

幼児がひたすら触ることで、脳内では視覚と触覚の同期が行われ、やがて大抵の物は見るだけでその質感を思い浮かべることが出来るようになるのだろう。


舌で触り、やがて手で触る。それは、四足動物から二足歩行への進化を見るようでもある。

2009年4月11日土曜日

現代における、彫刻とは何か

19世紀、ロダンによる彫刻の革命。それは、彫塑、モデリングの勝利だった。
モデリングとカービングの技法の間にある、本質的な違いは何か。それは、作り直しが利くか否か、だ。
彫刻を始める多くの人は、彫塑が持つ、作り直しが利くという特性を、カービングに対する優位性としてみる向きがある。
しかし、どうにでもなる、という無限性を持った自由は、留まるところを自分で決定できない初心者にとっては実は大きなハンディとなる。
カービングは、削り取るという作業が、その痕として、そのまま表面に残り、作品の表面となる。作業性がそのまま作品となる。
モデリングは、付け加えてゆくという行為ゆえ、その表面もどうするのかを意識的に制御することになる。また、モデリングは最終的には鋳造される事が多く、その際には、オリジナルから数回の素材の移し替えという行程を経ることになり、その度に、オリジナルが持つ表面性は変化してゆく。

彫刻における、モデリングは、その特性から、おもに石彫のためのマケットや、ブロンズ鋳造のための原型として用いられた。
マケットは、基本的に残されない。原型は、粘度から置き換えられた素材の表面を研磨したり、ブロンズ鋳造後に表面を研磨して仕上げられので、原型の持っていた表面性(テクスチュア)は失われる。
つまり、モデリングでは、制作段階での表面性は重要ではなかった。それは削り落とされる運命にあるものだった。

ロダンは、それをそのままにした。荒く付けた粘土はそのまま石膏に置き換えられ、そのままブロンズに鋳造された。彼は、それによって、彫刻は表面性は第一義的に重要ではないということを表した。作業性がそのまま表面となるというカービングの概念をモデリングに割り当てたのだ。
この成功により、モデリングは、表面を研磨して仕上げるという呪縛から解放され、同時に表面性によるごまかしという覆いを奪われた。
つまり、石彫が自ずから持っていた、彫刻的本質に近づく事に成功したのだ。

ロダンの仕事の、彫刻における本当の功績はここにある。ロダンは、形をあやつる名手だった。けっして、単なるロマンティストだったのではない。
ロダン芸術が、日本に入ってきて、たかだか100年である。日本の近代彫刻は、佐藤忠良など、自分の脚で立つ本当の彫刻を生み出したが、ほとんどは形骸に終わってきたのが実情だろう。

日本には、西洋的な立体の捉え方はそもそも存在しなかった。日本人は常に表面性で対象を見てきた。それは、仏像、能面、日本画から浮世絵を見れば分かる。それが、私たちが元来持っている能力なのだ。それが、100年前にロダンによってかき回された。しかし、それを排除しようとするのでなく、取り入れようとした。しかし、対象をどう見るのか、という根本的な部分に深く目を向ける事をしなかったのではないだろうか。日本におけるロダンは間もなく、ロダニズムというスタイルと見なされ、形骸化していった。ロダン的な表面性だけを追うことになってしまった。それは、日本的見方へのリバウンド現象である。

今、日本では、ロダンが、そしてその後ろに見える西洋的な対象の見方による、「形を動かす」彫刻は、限りなく影を潜めてしまった。
現代美術における彫刻は、もはや、完全なまでに従来の日本的な対象の見方、すなわち、表面性を追うというものに”戻った”。

ロダンによる、ルネサンス以来の彫刻革命は、今では、単なる美術ムーヴメントだったとさえ言われるようになった。
はたして、そうだったのだろうか。そえは、一時の熱病のようなものに過ぎなかったのだろうか。

彫刻は、物質を取り扱う。人を表そうとするなら、人の形を作らなければならない。その現実性が、いま、少しずつ遠ざかっているように感じる。
私たちの脳は、原則的に情報のみを取り扱うが、今やそれが優位となり、作り出される物まで、情報性のみが取り出されるようになった。そうしてコンセプチュアルアートが台頭し、かつて彫刻と呼ばれてた領域も、物質を取り扱うというものよりも、作家の概念を立体で表すものとなりつつあるようだ。それは、表面性にこだわるという表現方法によって一層際立っている。

ロダンが、その作品で指し示した、彫刻とは何たるかという教示。それは、ロダンが一人で作り出したものではない。芸術の歴史で人類が気づかずに追っていたもの、それを彼の言語で書き表したものだ。それは、私たちの人類の歴史の記憶に刻まれた感覚である。

2009年4月10日金曜日

芸術は、発見されたもの。

芸術を作るのは動物の中でも、人類だけに限られている。現在もそれは続いている。我々がしていることなのだから、芸術は人類の発明したものと言っても過言ではない。

しかし、問題はそれをいつ発明したか、だ。芸術の起源は、専門の研究者によって研究が続いているようだが、遺跡の発見から推測するしかないのが現状であろう。


芸術の定義は、歴史と共に変化し続けている。「真の芸術」を定義しようとする試みは常に誰かが行ってきた。しかし、決定的な答えは出ない。

芸術は確かに人類の発明であるが、その起源は私たちが意識を持つ以前に遡るものかもしれないほどに古い。その行為が芸術であると定義されたのはその歴史から見たらつい最近のことであり、もはやそれは「芸術の発見」と言ってもいいだろう。

見つけたものが、何なのか。その答えは簡単には出ない。

2009年4月9日木曜日

存在への疑念

存在。自分がここにあるということに対して、思春期も過ぎると一度は疑念を抱く事があるかと思う。

自分とは何なのか。そこから始まり、結局確信めいた回答を得る事は出来ずに、人生は終わりを遂げるのだろう。

哲学でも、物理学でも、物の存在は大きなテーマである。いわんや芸術をや。


前世紀末から今世紀にかけて、私たちの意識に対して、哲学という主観的アプローチだけではなく、脳神経科学という客観的アプローチが急速に領域を広げている。とはいえ、その解明のトンネルの出口はまだ遠いわけだが、意識というものが私たちが考える以上に「足場が脆弱」であることが分かってきているようだ。

私たちは、自分に体する主観を捨てる事は出来ない。それは、自己を超え、人類という種を存続させるためのアイデンティティを支える重要な本能とでもいえるものだ。それが、私たちが「意識を持っている」という強烈な主観を生み出している。

死は、私たちにとってこの上なく恐ろしい出来事だ。なぜ、そうなのか。死んでも、物質としての肉体がすぐに消滅するわけではない。そこで失われたものは何だろう。それは、命、言い換えれば、精神、それを認識していた意識である。


死、それは”意識”が知りたくない、私たちの存在の真実を照らしているのではないだろうか。だから、そこに恐怖を引き起こすのではないか。”意識”など、そもそも存在しない。存在していたのは肉体という物質だけであると。

私たちの存在は、冬に降りる霜、紙にコーヒーがしみ込んでいくさまと、なんら違いのない物理現象だ。死して意識の抜け落ちた体は、それを全身で表している。そして、それは、生きている私に間断なく繋がっている。

2009年4月8日水曜日

構造の美と文脈の美

構造の美とは、形の美の事だ。これは数学的なものでもあろうから、数値で表せるかもしれない。黄金比などはこれに当たる。これらは、目に心地よく、誰にとっても美を認識できるだろう。

しかし、ここには心が無い。無情の美である。


一方、文脈にも美は潜んでいる。その形そのものがたとえ美しくない比率だったとしても、文脈が美しいとそこに美を感じる。感情が生み出す美だ。

良い芸術には、どちらもが要る。

2009年4月7日火曜日

具象と抽象

私たちは物事を、具象と抽象とに分ける事が出来る。この言葉は特に芸術でよく用いられる。つまり、具体的な形状をその形に即して表現したものを具象と呼び、そこから離れ心象的でそもそも形状を持たぬものを表現したものを抽象と呼び習わす。

そして、美術の初期教育などで聞く事があるものに、「抽象は難しい。具象をやって、やがて抽象へ至る。」というものがある。美術を習い立ての者が、いきなり抽象的な表現をしようとすると、そう言われてたしなめられるわけである。まず、目の前の物を描けるようになって、やがて、抽象を求めるようになるのが本道というわけだ。

しかし、脳の認知から見れば、それが正しいとは言えなくなる。私たちは、目を開ければ世界が眼中へ飛び込んでくる。それゆえに、視覚は「見るに苦労しない」受動的なものだと考えられてきた。目を開ければそこに見えているのだから、それをそのまま表現することが一番簡単なはずだ。言わば、視覚をトレースすればいいだけじゃないか。そう思っていた。なのに、描けない。このジレンマは、美術の教程が必修である日本人なら、ほぼ全員が体験済みの感覚だろう。


ここで、冷静に考え直せば、なぜ、見えている物をそのまま描くのが簡単なら、小さな子供は始めに写真のような絵を描かないのかという疑問に行き着く。そう、子供の絵は常に抽象なのだから。ここから導かれることは、視覚に映っている情景と、認識している事柄の差異である。カメラのレンズは時に目に例えられるが、だからと言って脳をフィルムと例えられない。私たちは物をフィルムに焼き付いた映像の様には見ていないということだ。

私たちの視覚機構は、次のように言い換えられる。目に映った具体的な映像は、脳に入るや即座に無数の抽象的情報に分解され、理解される。何を見たのかを意識しようとするとき、それは再び再構築される。


つまり、視覚の認知はまず抽象化から行われるのだ。そしてむしろ、写真のような認識などより、その物の抽象性こそが重要な情報として取り扱われる。この視覚の抽象化が行われるからこそ、私たちは物体の形状を理解できるし、視覚に収まらない山や海、地球などを理解することができるし、歩いただけの道を地図として描く事もできる。


見た物を見たままに表現する、という行為はそもそもは生存の為には必要のない行為であるから、それをしようとすると、脳の様々な機構を意識的にスイッチングしていかなければならない。絵にするなら、立体物であるという認知を平面へ、固有の色彩と光の反射光の色を、同系列の色へ‥。

具象を描くことのほうが、本質的には抽象よりも難しい。

人体と芸術における、進化という相同性

人体は、西洋の宗教で言われるように始めから人間の形をしていたわけではない、ということは日本ではほぼ常識だろう。そして、私たちの祖先が猿と共通であり、言い換えれば、その時代では、猿も人間も同じ動物(それは猿に見える)だった。このことも今では常識であり、私たちは猿と自分の体に用意に多くの相同性を見いだす事が出来る。

そして、その進化の過程をさらに遡っていくと、ほ乳類共通の祖先となり、は虫類となり、両生類、そして陸から水中へと戻り、魚となる。

「私たちはかつて、猿だった」と言われることは納得できるが、「私たちはかつて、魚だった」と言われると何だか奇妙な感じがするのは、時間が離れすぎてしまったからだろうか。しかし、それはまぎれもない事実であり、現に今でも私たちの体には水に生きし頃の名残が各所に残っている。

頭の骨と鎖骨には魚の頭の名残があり、下あごや耳などはエラの名残。手足がヒレだったのは想像にやさしい。


そうして見ていくと、私たち人間の形は、魚の形の改変版であることに気づく。私の形のオリジナルは魚である。ここで細かい事を言うと、魚と言っても私たちの身近な硬い骨を持ったものと、それを持たないものがいて、持たないもののほうがより古い。これにはサメの仲間やシーラカンスがある。

改変版であるから、ゼロから新しいものを作り出すのでなく、既にあるものを変化させることで、魚は陸へ上がりやがて人間になったと言える。まったく、身震いするほどの壮大さである。


水から陸にあがるに際して、長らく使い慣れた環境は捨てるには忍びなく、それを持ったままにした。海水である。今は、体液と呼んでいる。かつて、水中で物を見ていたから、今も目は濡らしている。かつて、水中の匂いを嗅いでいたから鼻の中は濡らしている。かつて、水中の音を聞いていたから、内耳で空気振動を液体振動に”戻して”聞いている。最も大事な脳脊髄は今でも液体に浮かばせたままだ。

このように、いまや全く関連性が無いように見える魚と人間は、進化という一本線で繋がっている。


さて、魚から独り立ちした人間はやがて芸術を生み出した。現在、芸術とその他学問は一線を画しているように見える。しかし、それらは歴史を遡っていくと、分け隔てていた壁は曖昧になり、両者は渾然一体となる。科学と錬金術は同じであり、呪術と医学は同じであり、哲学と芸術は同じであり、天文学と宗教は同じであり、それら全てが同じであった。それらは、成熟と共に各自、決別の道を歩んでいった。


私たちの体がある日突然出来たのではないのと同じように、それらもある日突然そこにあったのではないということを思い出そう。それらは、全て、私たち自身の理解という根に今でも繋がっているのだ。


おのおのの学問が特性を際立たせてきたなかで、比較的原始的な特徴を残しているもの、それが芸術だ。

学問がお互いの壁を高くさせ、自己領域の探求という穴を深く穿っていくなかで、芸術はむしろ常に壁を取り壊すベクトルを持ち続けている。各学問領域がそうやって断片化していくにつれ、その間を軽々と飛び越えてゆくTranslimitとでも言える性質が際立つ。

そもそも、本来学問は互いの関係を断っては存在できないはずだ。私たちが水との関連性を断てないのと同じように。

しかし、Translimitが本性の芸術が、それを捨てようとしているように見える事がある。芸術とは、多領域の複合体である。真の意味での「芸術至上主義」など存在しようがない。他者との関係性を断ち、一人きりのアートを志すことは、私たち人間が進化の果てにここに立っていることを忘れ、あたかも我は神なりとでもつぶやきだしたようなもので、必ず退廃するだろう。


かつて、歴史上において芸術が発展したとき、その芸術はその時代において何であったのかを見返してみれば、芸術復興の鍵をそこに見つける事が出来るかもしれない。

2009年4月6日月曜日

アートフェア東京2009


一般初日の金曜日午後に友人と会場へ。入り口周辺でまず昨年より人が少ないと感じる。入場するも、やはり昨年と比べると人が少ない。心なしか、ギャラリーの人も盛り上がっていない。ふと、「アートバブルがサブプライムと共に弾けて、今年は駄目だろう」との知人の言葉を思い出した。まあ、それは仕方のないことだ。アートの責任ではない。


そんな、経済的な問題はさておいたとして、作品の質も昨年よりさらに低下したように感じた。足を止める気にならないなか、むりやり興味どころを見つけて、立ち止まるような感じ。落書きのような、どこかで見たことがあるような、そんな作品が多い。でも、それが100号くらいの大きさで描かれていたりするから、描いている方は本気なのだ。「落書きでいい」。そういう風潮が出来て、「それでいいんだ」と自己肯定し、「その気になった」作品たち。若い作家ほど、その気になってしまう。こんな風潮が長続きするはずがないのに。彼らはどうなってしまうのだろうか。・・・まあ、人の心配してる場合では無いのだけれど。


とはいえ、歴史を振り返ると、芸術とムーヴメントは常に共にあったのも事実で、いつの時代も多くの作家がそれに飲み込まれ、それが正しいと信じて活動してきた。その中の一部が今でも過去の美術遺産のように美術館に眠っている。その足下にはいまや形にも残されていない無数の同類作品の亡骸があったはずだ。これからも、こうして「アート」は「アート業界」によって作られ、壊され、それを繰り返していくんだろうな。

2009年4月2日木曜日

意識という錯覚


最近、錯視がテレビや本などで取り上げられている。錯視画像は昔からあるから目新しいわけではなかろうが、昨今の脳科学ブームと何か関連があるのだろうか。昔なら、不思議だね、面白いねで終わっていたことが今は科学的な側面から分析ができることもあるだろう。

人間は、外部からの情報の多くを視覚に頼っていると言われる。それゆえ、見間違いも多く、その経験から錯視画像が生まれてきたのだろう。しかし、当然ながら人間の感覚は視覚だけではない。生きている間は、常に感覚は起きており、言い換えるなら、その情報があることが「生きている」ということである。つまり、錯視が視覚のトリックであるなら、同様に他の感覚もトリックがあるだろうということだ。

ここでもう一度確認しておくが、錯視は視覚の「間違い」ではない。錯視を起こすメカニズムがあるからこそ、私たちは普段、視覚的間違いを起こさずに生活が出来ている。つまり、日常的な視覚風景には多くの錯視現象が起きているのだが、私たちはそれに気付くことがないのだ。むしろ、気付くことが「出来ない」のである。しかし、時には、右を立てれば左が立たぬ状況が視覚にもあるわけで、その時に我々は「それ」に気付くのに過ぎない。

話がそれるが、自然界には擬態という驚くべき護身方がむしろ一般的に用いられている。人間はそれらの動物を見て驚くわけだが、同時にそれは、その動物にしてみれば人間に気付かれてしまっているわけで、擬態の意を成していないとも見える。だが、その動物が生活している状況を観察すると、彼らを襲う主な捕食者にとっては最も効率的な擬態をしていることが見えてくる。興味半分で近づく人間には気付かれても仕方ないが、本当の敵には全く気付かれない。擬態が成功している間は、その捕食者には意識できない”存在しない”物となる。

同様のわざを使って、人間の視覚から逃れている生物があるかどうか分からないが、重要なのは、「意識出来なければ、無いも等しい」ということだ。擬態している昆虫に気付かない鳥にはその虫は無いのと同じだが、私たちの意識の場合は少し違う。意識が気付かないだけで、無意識は気付いていることがある。私たちは普段、意識していることしか意識しないから、自分のことは全て意識出来ると考えているが、実はそうではないことが最近明確になってきている。むしろ、無意識が基本であり、意識はその舵取りに手を貸す程度しか関与していないのではないか。

何らかの原因で、脳に障害を負った人が様々な驚くべき症状を見せ、そこから隠されていた脳の働きが導かれることがある。病態失認というものがあるが、これは、半身麻痺のような重度の障害が現れているにも関わらず、当人がそれを認めないというもので、ではこの動かない腕は何かと問い詰めると、仕舞いにはそれは隣の患者の腕だと言い除けたという。

これは、半身が動かないことを知っていて、それを認めたくないという”意識”から出た行動ではないという。この患者は、脳に障害を負ったことで病態失認が「生まれた」のだろうか。そうでは無いと思う。むしろ、もともと持っている性質がそれを覆っていたものが取り除かれたことで強調されて見えてきたものではなかろうか。他にも、脳の傷害から見えてくる様々な興味深い症例が、普段気付くことができない脳の機能を「意識」させる。

私たちは、意識という能力を持ち、自分たちの意志で行動し、それによって他の生物より秀で、地球上で優位で特殊な生命体だと自負する。本当にそうなのだろうか。錯視は、統合された視覚の文脈から外されて始めて認知できる。脳の機能も統合が破綻することで、ある機能に気付くことが出来る。私たちの意識とは何なのかは、私たちの意識の内で捉えようとする限り、理解できないのではないか。

感動すべき芸術を分析して理解しようとすると、本質的な感動から遠ざかり、芸術を殺してしまうように、意識を分析しようとすると、そこから見えるのは分解された個々の現象になり、意識から遠ざかる。意識とは、脳の機能の統合現象であって、それがあると感じるのは錯覚のようなものではないだろうか。