境界が気になる。いつからか、境界が興味深く感じるようになった。世界は境界に溢れている。あまりにも多いから例は挙げないが、中でも私が興味深く感じるのは、道を歩いていて、緑地など自然状態の場所とアスファルトなど人工的な場所との境界。自然と人工がぶつかり合う場所。また、もっと自然な状態で劇的な境界を見せるのは、水辺だ。海の岩場などで水面を覗くと、そこには地上では生きられない動植物がいる。すぐそこに居るのに違う世界。その境界は水面。水中と陸上の境界は劇的だ。また違った趣きの境界を見せるのは、街にある神社。参拝者は社の奥に向かって祈るわけだが、建物の後側に回ってみると、その先には住宅やビルが建っている。建物の後の壁が信じる気持ちの結界として働いているわけだ。神社仏閣、教会などの建物の壁は、家やビルの壁とは存在の意味合いが違うのだ。
同様の境界は、私たち自身の体にもある。そもそも外部との境界が無ければ生物は存在できない。複合的かつ複雑な構造物となった私たちの体では、その内部にも多くの境界があって、そこが気になってしょうがない。いくつもあって、具体的に挙げていきたいけれど今は時間がないので、また今度。
2015年2月17日火曜日
「ヒトのカタチ、彫刻」感想
今回、静岡市美術館で開催中の「ヒトのカタチ、彫刻」展にテキストで参加させて頂き、私自身、彫刻と人体という最も興味深いテーマについて考える良い機会となった。カタログには、私のほかに金井直氏が批評文を、同館学芸員の以倉氏と伊藤氏が近代彫刻の流れから今回の作家までの流れとその制作過程についての文章が載っている。私の文章は、今回の作家さんについてではなく、彫刻と人体の構造的に見た相似点を挙げることで、物理的に見ても彫刻と人体は存在として似ているというようなことを述べた。
カタログに記載されている、自分を含めて4名の文章を見て、実に彫刻の鑑賞領域の狭さというものを実感した。というのは、4名がそれぞれの立場で自由に彫刻について語っているにもかかわらず、その要点が結局のところ皆同じなのだ。触覚、表面、内と外などなど。事象として彫刻を語ろうとすると、とどのつまり、そこに置いてある物質について言っているに過ぎない。それは、間違っているわけではないのだが、なんだか滑稽にも思えた。大の大人達が石ころでも取り囲んで、腕組みしながら、言葉をひねり出しているような・・。だが勿論、狭い視野で眺めているだけではなく、そこに現れている形態や姿勢から素材とはまた違う文脈的要素へと分析が降りて行く。つまり、幅が狭く、深い。なるほど、見渡す範囲が狭くとも、深さ奥行きはどこまでも伸ばせる。深さ、というところがまた立体物である彫刻にふさわしい。
さて、学芸員(学芸課長)の以倉氏の文章は、まず近代彫刻に至る流れを俯瞰しその流れの先端として今回の3名の作家を位置づける。私たち、そして作品も突然時空に現れたのではなく、何らかの時系列的流れに属している。本人がそれに気付かずとも。彫刻の進化的流れは時代を通して一定であったわけではなく、そこには発展停滞の緩急が当然見て取れよう。そのなかで、現代に繋がる大きく勢いのある流れが起こったのが19世紀後期であり、その核が当然ながらオーギュスト・ロダンということになる。だから、現代の彫刻家や美大予備校彫刻科学生が皆口にする「量感、マッス、構築性、重量感、空間性」という言葉が示す彫刻的感覚も遡って初めに現れる堰はロダンである。ロダンは実に現代の彫刻に見られるおよそ全ての核を1人で作り出したように見える。彫刻の真の自立もまたロダンによって成された。同テキストでの「内的生命」、「自己言及的な姿」というものだ。ロダンの後に英国彫刻を世界に知らしめたヘンリー・ムーアも自身の彫刻を「それ自体が生きている存在」としての価値を与えようとした。つまり、ロダン以後の彫刻は、生きている物を模している物体ではなく、生きている物そのものとして表されるようになった。これは何だか奇妙にも感じる。20世紀に入ると科学技術は急速に発展し、人という生き物の意味合いも変わっていった。それは一見、有機的統合体から断片的存在へと人の概念が解体され標本化していく過程を思わせるが、近代彫刻が目指してきた方向は、物に生命を重ねて信じさせるような、言ってみれば呪術的な臭いさえ漂うようなコンセプトがそこに見られるのである。偶像崇拝の無意味さに気付き、理性的判断で空間と人体を分析し、芸術表現と科学とを融合させて新しい次元を開いて見せたイタリア・ルネサンスのほうがよほど”近代的態度”として見えるほどだ。クラウスは前世紀半ば頃には”これが彫刻だ”という定義ができなくなったと指摘し「風景でもなく、建築でもない何ものか」としたというが、その「何もの」とは何だ。
20世紀の解剖学者で思想家の三木成夫は、ゲーテの形態学とアリストテレスの生物学とクラーゲスの哲学から思想を掘り起こし、人の構造の見方に次の3通りを示した。すなわち、「機械の構造」、「建築の構造」、「作品の構造」である。これをそれぞれ、「しかけしくみ」、「つくりかまえ」、「すがたかたち」と呼び分けたのである。機械と作品がそれぞれ対極に位置し、その間に建築が挟まる構造である。言うまでもなく「機械」にはデカルト的体系でありまた科学的視点(三木はこれを理解把握的と呼ぶ)であり、対極の「作品」に敬愛するゲーテ形態学、そして芸術がくる(これを鑑照畏敬的と)。さて、クラウスの言った「風景でもなく、建築でもない複合的な存在」とは何か。建築ではないのだから、それは三木的に見たとして、より機械的な方向の選択はない。また、風景とは求心性を持たない解放系であってひとつの個ではない。つまり、風景でもなく建築でもない複合的なものとは、これもやはり、生物、「それ自体が生きている存在」を指し示しているように思われてならない。しかしそれは具体的な物ではなく「場」であると言う。場は境界を持たない。境界を持たぬ生命は成り立たない。つまり場は生命体から読み取られた情報である。形なき情報とはつまり概念であり、境界で閉ざされた物体を越えた”拡張された生命体”であると言えるだろう。際限なき拡張を可能にするのは、境界つまり物質からの脱却である。しかしそれは、同時に彫刻的なものからの離脱をも意味するのである。なるほど、こうしてみると近代彫刻が志した「内的生命」は、早々に物質からの脱却を図り、情報という概念の翼を纏った。それは、実に20世紀的な事象として写る。さしてみれば、16世紀以降生物としての人体の立ち位置は変化し、統合していた精神と肉体は分けられ、精神だけがどうにも居心地の悪い状態であった。しかしいま、”フリーな精神”は何も人の形だけに収まる必要がないのである。だからこそ、到底生き物には見えないようなムーアの作品も生きている存在としての価値が与えられ得るわけだ。この、フリーな精神という内的生命は、21世紀の今も全く色あせることなく生き続けている。なぜなら、現代に作られる彫刻作品の多くが「それ自体が生きている存在」として作られているからだ。少なくとも、藤原氏と青木氏の作品はそのように「息づいて」見える。津田氏の作品は少々違うニュアンスがある。その意味では、津田氏の作品はより古典的な態度を示していると言えるだろう。
藤原氏、青木氏、津田氏の作品についての感想はその2として、そちらに記した。
カタログに記載されている、自分を含めて4名の文章を見て、実に彫刻の鑑賞領域の狭さというものを実感した。というのは、4名がそれぞれの立場で自由に彫刻について語っているにもかかわらず、その要点が結局のところ皆同じなのだ。触覚、表面、内と外などなど。事象として彫刻を語ろうとすると、とどのつまり、そこに置いてある物質について言っているに過ぎない。それは、間違っているわけではないのだが、なんだか滑稽にも思えた。大の大人達が石ころでも取り囲んで、腕組みしながら、言葉をひねり出しているような・・。だが勿論、狭い視野で眺めているだけではなく、そこに現れている形態や姿勢から素材とはまた違う文脈的要素へと分析が降りて行く。つまり、幅が狭く、深い。なるほど、見渡す範囲が狭くとも、深さ奥行きはどこまでも伸ばせる。深さ、というところがまた立体物である彫刻にふさわしい。
さて、学芸員(学芸課長)の以倉氏の文章は、まず近代彫刻に至る流れを俯瞰しその流れの先端として今回の3名の作家を位置づける。私たち、そして作品も突然時空に現れたのではなく、何らかの時系列的流れに属している。本人がそれに気付かずとも。彫刻の進化的流れは時代を通して一定であったわけではなく、そこには発展停滞の緩急が当然見て取れよう。そのなかで、現代に繋がる大きく勢いのある流れが起こったのが19世紀後期であり、その核が当然ながらオーギュスト・ロダンということになる。だから、現代の彫刻家や美大予備校彫刻科学生が皆口にする「量感、マッス、構築性、重量感、空間性」という言葉が示す彫刻的感覚も遡って初めに現れる堰はロダンである。ロダンは実に現代の彫刻に見られるおよそ全ての核を1人で作り出したように見える。彫刻の真の自立もまたロダンによって成された。同テキストでの「内的生命」、「自己言及的な姿」というものだ。ロダンの後に英国彫刻を世界に知らしめたヘンリー・ムーアも自身の彫刻を「それ自体が生きている存在」としての価値を与えようとした。つまり、ロダン以後の彫刻は、生きている物を模している物体ではなく、生きている物そのものとして表されるようになった。これは何だか奇妙にも感じる。20世紀に入ると科学技術は急速に発展し、人という生き物の意味合いも変わっていった。それは一見、有機的統合体から断片的存在へと人の概念が解体され標本化していく過程を思わせるが、近代彫刻が目指してきた方向は、物に生命を重ねて信じさせるような、言ってみれば呪術的な臭いさえ漂うようなコンセプトがそこに見られるのである。偶像崇拝の無意味さに気付き、理性的判断で空間と人体を分析し、芸術表現と科学とを融合させて新しい次元を開いて見せたイタリア・ルネサンスのほうがよほど”近代的態度”として見えるほどだ。クラウスは前世紀半ば頃には”これが彫刻だ”という定義ができなくなったと指摘し「風景でもなく、建築でもない何ものか」としたというが、その「何もの」とは何だ。
20世紀の解剖学者で思想家の三木成夫は、ゲーテの形態学とアリストテレスの生物学とクラーゲスの哲学から思想を掘り起こし、人の構造の見方に次の3通りを示した。すなわち、「機械の構造」、「建築の構造」、「作品の構造」である。これをそれぞれ、「しかけしくみ」、「つくりかまえ」、「すがたかたち」と呼び分けたのである。機械と作品がそれぞれ対極に位置し、その間に建築が挟まる構造である。言うまでもなく「機械」にはデカルト的体系でありまた科学的視点(三木はこれを理解把握的と呼ぶ)であり、対極の「作品」に敬愛するゲーテ形態学、そして芸術がくる(これを鑑照畏敬的と)。さて、クラウスの言った「風景でもなく、建築でもない複合的な存在」とは何か。建築ではないのだから、それは三木的に見たとして、より機械的な方向の選択はない。また、風景とは求心性を持たない解放系であってひとつの個ではない。つまり、風景でもなく建築でもない複合的なものとは、これもやはり、生物、「それ自体が生きている存在」を指し示しているように思われてならない。しかしそれは具体的な物ではなく「場」であると言う。場は境界を持たない。境界を持たぬ生命は成り立たない。つまり場は生命体から読み取られた情報である。形なき情報とはつまり概念であり、境界で閉ざされた物体を越えた”拡張された生命体”であると言えるだろう。際限なき拡張を可能にするのは、境界つまり物質からの脱却である。しかしそれは、同時に彫刻的なものからの離脱をも意味するのである。なるほど、こうしてみると近代彫刻が志した「内的生命」は、早々に物質からの脱却を図り、情報という概念の翼を纏った。それは、実に20世紀的な事象として写る。さしてみれば、16世紀以降生物としての人体の立ち位置は変化し、統合していた精神と肉体は分けられ、精神だけがどうにも居心地の悪い状態であった。しかしいま、”フリーな精神”は何も人の形だけに収まる必要がないのである。だからこそ、到底生き物には見えないようなムーアの作品も生きている存在としての価値が与えられ得るわけだ。この、フリーな精神という内的生命は、21世紀の今も全く色あせることなく生き続けている。なぜなら、現代に作られる彫刻作品の多くが「それ自体が生きている存在」として作られているからだ。少なくとも、藤原氏と青木氏の作品はそのように「息づいて」見える。津田氏の作品は少々違うニュアンスがある。その意味では、津田氏の作品はより古典的な態度を示していると言えるだろう。
藤原氏、青木氏、津田氏の作品についての感想はその2として、そちらに記した。
2009年12月8日火曜日
境界 「在る、居る」ということ
ある空間内において、「有る」、「居る」を定義するには、境界が必要だ。私たちの感覚では視覚と触覚がそれを認識する。
視覚で境界を認識するとは、要は「見える」ということだが、外部現象としてもう少し細かく言えば、光線がぶつかる対象が在るということだ。視覚器は光を捉える器官だから、空間内である物が見えるというのは、そこに光線が反射できる対象が存在することを意味している。机が見えるというのは、それに反射した光線を網膜が拾い上げているということだ。机の前まで行けば、当然それに触れることが出来る。「見える=触れる」という経験の進化的な積み重ねで、私たちは見えるものは存在するという感覚的常識を強くしてきた。しかし、「見える」とは光線の反射に過ぎないのだから、厳密に言えばその限りではない。夏に現れる陽炎(かげろう)や蜃気楼などは、目に見えてもそこに存在しない。鏡やテレビなどの映像もその列に並ぶ。目に見えてかつ存在もするが、捉えられないものとしては雲や蒸気などがある。夏空の積乱雲などは大山のごとき存在感であるが、飛行機などでそこに近づくとその輪郭は曖昧になってゆき、遠目で見えていた実体感がなくなってしまう。
目に見えるのに触れられないという対象は、私たちの体験においてまれであったために、そういう状態を体験すると違和感を感じ、不安感を覚える。幽霊などが、見えるけれども触れられないような存在として登場するのもそこが関連しているだろう。
触覚で境界を認識するとは、つまりは「触れる」ということで、触れたときに押し返される刺激があることでそこに物が在るということを認識する。これは、触れる対象によって様々な触覚としてフィードバックされる。私たちが日常触れる物はコップや鞄などのように多くが「硬い」。つまり、明確な形を持っている。それ以外にも、水のように形を持たない物もあるが、それらは触れたときも明確な形としてのフィードバックはない。視覚でも登場した雲なども触れることが出来るが、触覚のフィードバックはもはや無いと言える。
こうしてみると、物が「在る」ことを認識するための境界は、空間中の壁のように確固たるものではないことが分かる。それは言わば、空間中の物質の濃度差のようなものだ。
大気中には水分子は漂っているが、普通は見えない。それが一定の条件下では凝縮し、光線の多くを反射しうるようになると雲として目に見えるようになる。その濃度がさらに高くなると水になり、曖昧ながら触覚に訴えるようになる。固体の氷となると、不動の確固たる物質然とする。水の液体相と固体相を鑑みると、濃度差に加えて分子のふるまいも関係すると言える。
彫刻は空間に素材の境界を持って存在する。私たちも同様に空間中に境界を持って存在している。彫刻という「物」と、人間という動く「物」。「在る」、「居る」ということを掘り下げて考えたい。
視覚で境界を認識するとは、要は「見える」ということだが、外部現象としてもう少し細かく言えば、光線がぶつかる対象が在るということだ。視覚器は光を捉える器官だから、空間内である物が見えるというのは、そこに光線が反射できる対象が存在することを意味している。机が見えるというのは、それに反射した光線を網膜が拾い上げているということだ。机の前まで行けば、当然それに触れることが出来る。「見える=触れる」という経験の進化的な積み重ねで、私たちは見えるものは存在するという感覚的常識を強くしてきた。しかし、「見える」とは光線の反射に過ぎないのだから、厳密に言えばその限りではない。夏に現れる陽炎(かげろう)や蜃気楼などは、目に見えてもそこに存在しない。鏡やテレビなどの映像もその列に並ぶ。目に見えてかつ存在もするが、捉えられないものとしては雲や蒸気などがある。夏空の積乱雲などは大山のごとき存在感であるが、飛行機などでそこに近づくとその輪郭は曖昧になってゆき、遠目で見えていた実体感がなくなってしまう。
目に見えるのに触れられないという対象は、私たちの体験においてまれであったために、そういう状態を体験すると違和感を感じ、不安感を覚える。幽霊などが、見えるけれども触れられないような存在として登場するのもそこが関連しているだろう。
触覚で境界を認識するとは、つまりは「触れる」ということで、触れたときに押し返される刺激があることでそこに物が在るということを認識する。これは、触れる対象によって様々な触覚としてフィードバックされる。私たちが日常触れる物はコップや鞄などのように多くが「硬い」。つまり、明確な形を持っている。それ以外にも、水のように形を持たない物もあるが、それらは触れたときも明確な形としてのフィードバックはない。視覚でも登場した雲なども触れることが出来るが、触覚のフィードバックはもはや無いと言える。
こうしてみると、物が「在る」ことを認識するための境界は、空間中の壁のように確固たるものではないことが分かる。それは言わば、空間中の物質の濃度差のようなものだ。
大気中には水分子は漂っているが、普通は見えない。それが一定の条件下では凝縮し、光線の多くを反射しうるようになると雲として目に見えるようになる。その濃度がさらに高くなると水になり、曖昧ながら触覚に訴えるようになる。固体の氷となると、不動の確固たる物質然とする。水の液体相と固体相を鑑みると、濃度差に加えて分子のふるまいも関係すると言える。
彫刻は空間に素材の境界を持って存在する。私たちも同様に空間中に境界を持って存在している。彫刻という「物」と、人間という動く「物」。「在る」、「居る」ということを掘り下げて考えたい。
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