構造の美とは、形の美の事だ。これは数学的なものでもあろうから、数値で表せるかもしれない。黄金比などはこれに当たる。これらは、目に心地よく、誰にとっても美を認識できるだろう。
しかし、ここには心が無い。無情の美である。
一方、文脈にも美は潜んでいる。その形そのものがたとえ美しくない比率だったとしても、文脈が美しいとそこに美を感じる。感情が生み出す美だ。
良い芸術には、どちらもが要る。
私たちは物事を、具象と抽象とに分ける事が出来る。この言葉は特に芸術でよく用いられる。つまり、具体的な形状をその形に即して表現したものを具象と呼び、そこから離れ心象的でそもそも形状を持たぬものを表現したものを抽象と呼び習わす。
そして、美術の初期教育などで聞く事があるものに、「抽象は難しい。具象をやって、やがて抽象へ至る。」というものがある。美術を習い立ての者が、いきなり抽象的な表現をしようとすると、そう言われてたしなめられるわけである。まず、目の前の物を描けるようになって、やがて、抽象を求めるようになるのが本道というわけだ。
しかし、脳の認知から見れば、それが正しいとは言えなくなる。私たちは、目を開ければ世界が眼中へ飛び込んでくる。それゆえに、視覚は「見るに苦労しない」受動的なものだと考えられてきた。目を開ければそこに見えているのだから、それをそのまま表現することが一番簡単なはずだ。言わば、視覚をトレースすればいいだけじゃないか。そう思っていた。なのに、描けない。このジレンマは、美術の教程が必修である日本人なら、ほぼ全員が体験済みの感覚だろう。
ここで、冷静に考え直せば、なぜ、見えている物をそのまま描くのが簡単なら、小さな子供は始めに写真のような絵を描かないのかという疑問に行き着く。そう、子供の絵は常に抽象なのだから。ここから導かれることは、視覚に映っている情景と、認識している事柄の差異である。カメラのレンズは時に目に例えられるが、だからと言って脳をフィルムと例えられない。私たちは物をフィルムに焼き付いた映像の様には見ていないということだ。
私たちの視覚機構は、次のように言い換えられる。目に映った具体的な映像は、脳に入るや即座に無数の抽象的情報に分解され、理解される。何を見たのかを意識しようとするとき、それは再び再構築される。
つまり、視覚の認知はまず抽象化から行われるのだ。そしてむしろ、写真のような認識などより、その物の抽象性こそが重要な情報として取り扱われる。この視覚の抽象化が行われるからこそ、私たちは物体の形状を理解できるし、視覚に収まらない山や海、地球などを理解することができるし、歩いただけの道を地図として描く事もできる。
見た物を見たままに表現する、という行為はそもそもは生存の為には必要のない行為であるから、それをしようとすると、脳の様々な機構を意識的にスイッチングしていかなければならない。絵にするなら、立体物であるという認知を平面へ、固有の色彩と光の反射光の色を、同系列の色へ‥。
具象を描くことのほうが、本質的には抽象よりも難しい。
人体は、西洋の宗教で言われるように始めから人間の形をしていたわけではない、ということは日本ではほぼ常識だろう。そして、私たちの祖先が猿と共通であり、言い換えれば、その時代では、猿も人間も同じ動物(それは猿に見える)だった。このことも今では常識であり、私たちは猿と自分の体に用意に多くの相同性を見いだす事が出来る。
そして、その進化の過程をさらに遡っていくと、ほ乳類共通の祖先となり、は虫類となり、両生類、そして陸から水中へと戻り、魚となる。
「私たちはかつて、猿だった」と言われることは納得できるが、「私たちはかつて、魚だった」と言われると何だか奇妙な感じがするのは、時間が離れすぎてしまったからだろうか。しかし、それはまぎれもない事実であり、現に今でも私たちの体には水に生きし頃の名残が各所に残っている。
頭の骨と鎖骨には魚の頭の名残があり、下あごや耳などはエラの名残。手足がヒレだったのは想像にやさしい。
そうして見ていくと、私たち人間の形は、魚の形の改変版であることに気づく。私の形のオリジナルは魚である。ここで細かい事を言うと、魚と言っても私たちの身近な硬い骨を持ったものと、それを持たないものがいて、持たないもののほうがより古い。これにはサメの仲間やシーラカンスがある。
改変版であるから、ゼロから新しいものを作り出すのでなく、既にあるものを変化させることで、魚は陸へ上がりやがて人間になったと言える。まったく、身震いするほどの壮大さである。
水から陸にあがるに際して、長らく使い慣れた環境は捨てるには忍びなく、それを持ったままにした。海水である。今は、体液と呼んでいる。かつて、水中で物を見ていたから、今も目は濡らしている。かつて、水中の匂いを嗅いでいたから鼻の中は濡らしている。かつて、水中の音を聞いていたから、内耳で空気振動を液体振動に”戻して”聞いている。最も大事な脳脊髄は今でも液体に浮かばせたままだ。
このように、いまや全く関連性が無いように見える魚と人間は、進化という一本線で繋がっている。
さて、魚から独り立ちした人間はやがて芸術を生み出した。現在、芸術とその他学問は一線を画しているように見える。しかし、それらは歴史を遡っていくと、分け隔てていた壁は曖昧になり、両者は渾然一体となる。科学と錬金術は同じであり、呪術と医学は同じであり、哲学と芸術は同じであり、天文学と宗教は同じであり、それら全てが同じであった。それらは、成熟と共に各自、決別の道を歩んでいった。
私たちの体がある日突然出来たのではないのと同じように、それらもある日突然そこにあったのではないということを思い出そう。それらは、全て、私たち自身の理解という根に今でも繋がっているのだ。
おのおのの学問が特性を際立たせてきたなかで、比較的原始的な特徴を残しているもの、それが芸術だ。
学問がお互いの壁を高くさせ、自己領域の探求という穴を深く穿っていくなかで、芸術はむしろ常に壁を取り壊すベクトルを持ち続けている。各学問領域がそうやって断片化していくにつれ、その間を軽々と飛び越えてゆくTranslimitとでも言える性質が際立つ。
そもそも、本来学問は互いの関係を断っては存在できないはずだ。私たちが水との関連性を断てないのと同じように。
しかし、Translimitが本性の芸術が、それを捨てようとしているように見える事がある。芸術とは、多領域の複合体である。真の意味での「芸術至上主義」など存在しようがない。他者との関係性を断ち、一人きりのアートを志すことは、私たち人間が進化の果てにここに立っていることを忘れ、あたかも我は神なりとでもつぶやきだしたようなもので、必ず退廃するだろう。
かつて、歴史上において芸術が発展したとき、その芸術はその時代において何であったのかを見返してみれば、芸術復興の鍵をそこに見つける事が出来るかもしれない。