2016年12月10日土曜日

他者にとっての表象

強烈な夏の陽射しのなか、緑の木をバックにセーラー服の女子高生が遠方に見えた。夏を表す永遠の表象に見えた。我々は皆、他者にとっての表象だ。小学生たちは永遠の小学生たちだし、サラリーマンも老人もそうだ。

2016年7月21日記す

生物学的な生と、美的な生

生物学的な生と、美的な生とは別のものである。美的な生は感じ取られるものだ。美術解剖学においても、その違いは良く意識しなければならない。両者を混同しては無駄な混乱を招く。

2016年7月14日記す

形は死、形成が生。

 形は死、形成が生。私たちは形を通して動きを捉える。その「形の動くさま」に命を見る。だから両者は切り離せない。対象の形だけを切り取るならばそこには生は存在しない。私たちが生きているのは時の流れの中で動いているからであって、だから仮に、瞬間瞬間を切り取れるならば、その瞬間ごとは止まっているのだから生は見られないのである。 

 では、止まった形を表す絵画や彫刻たちは皆死んでいるのか。ここまでの意味合いならば死んでいるのである。実際それらは息をしていない。しかし、私達は芸術に命を見る。実はそここそが芸術表現の本質なのだ。芸術が自然の模倣ではなく翻訳であると言われる所以はここにある。良い芸術は止まっていながら生を"感じさせる"ものである。そのためには単なる形の模倣ではならず(それは死体である)、止まっていながら前後の時間の流れを感じさせなければならない。それは写真機で撮影するのとは違う。写真機が切り取るのは時間の一瞬であって、言わばそれは死に近いものだ。カメラが発明されるまで、人類の目は静止した日常など目撃したことなど無かった事を思い出さなければならない。動くもの(生きているもの)を見て、そのものとして再現を試みた絵画や彫刻が写真よりずっと我々が生きたものとして自然に捉えられるのはそういった理由もあるに違いない。


  現代は写真が生活に身近になった。それでも生は動きにあることに変わりない。生を表そうとするならば、自分の目で生きたものを見なければならない。安易に写真を見て造形するなら、それは容易く命のない形だけの物になってしまうだろう。

2016年7月14日記す

新美での頭頸部造形講座の感想と反省点

 新美で12月4日(日)に行った、頭頸部を骨から造形する実技講座は、募集定員を超えて69名で締め切る盛況を見せた。事前準備を整えたので、当日の手順は滞りなく進んだ。当日の教室は手前から奥まで学生で埋まり壮観である。造形物はせいぜい20センチほどなので、私の手元をカメラで捕らえ、それをプロジェクターと大型モニターに映しての実演形式を取り、それを見ながら受講生も自ら造形していった。新美の講師が2名学生サポートとして教室内を常に見回った。
 おそらく、ほとんど全ての学生が頭頸部の内部構造を知らないうえで作り始めたにも関わらず、そして9時から5時までの1日だけで、それなりの完成度まで到達することができた。これは、学生の主体的なモチベーションがなければ無理だったろう。

 基本的には、出版した自著に沿った材料と手順で行い、用意した油土はひとり2キロ。始めパッケージ(1パック1キロ)を見て足りないかと感じて、若干小さめに造形したところ結局多くの粘土の余りが出た。油土はレオンクレイの赤色パッケージ、つまりもっとも柔らかいものを選んだ。驚いた事に、レオンクレイの品質は非常にムラがある事が今回明らかになった。これは60人以上が一斉に使用した事で判った事実だが、赤パッケージでも随分と硬い粘土が混ざっていて、ほとんど黄色パッケージの包み間違いでは無いかと思うものや、同一の塊の中で硬軟混ざり込んでいたりと、結構酷いものだった。匂いがなく良い粘土なだけに、品質の均一化というごく当たり前の部分は整えて欲しいものだ。しかし、油土のような市場規模が限られている商品がそう直ぐに改良されるとは考えづらく、今後大量に使用する際は、価格が高くなるが海外製品を選ばざるを得ないかもしれない。
 使い始めにヘラで油土の塊をスライスする事で指で練りやすくなるが、今回はヘラは予備校内からかき集めたので、鉄ベラやつげベラが混ざり、厚みのあるつげベラが回った学生はスライスするのに苦労していた。今後は薄い金属ベラもしくは100円ショップで売っている包丁の刃を殺したものを用意すべきと感じた。
 私の造形過程はカメラで撮影して映し出していたが、背景が一緒に映り込むと随分と見辛くなることが判った。背景が均一色となるようにシートや紙を用意するようにしたい。
 内容は、同時間ならばもっと効率化を図り、余裕をもって造形する時間を確保しなければならない。今回と同程度の造形密度は本来なら2日は欲しいところだった。


 反省点が色々と見えたが、従来の造形学習とは異なる内容に多くの若い学生が興味を示してくれたことは嬉しい。

2016年12月3日土曜日

『立体像で理解する美術解剖』出版

自著『立体像で理解する美術解剖』が11月26日(土)に出版されました。

 長文テキストはなく、ほとんど全てが造形プロセスの写真によって構成されています。読むというより見る造形参考書として作りました。立体である利点を活かすべく、イラストでは描かれないような視点アングルの写真カットを多くしました。内容は、人体全身の他に、肘から先の前腕と手、足首から先の足、肩から頭部を、単独で記載しました。これらの部位は細かな筋肉や腱が多いからです。また、小児と老人の頭部を比較のために記載しました。

 全国の主要書店の美術技法書棚に置かれています。また、アマゾンでもご覧いただけます。