2009年4月17日金曜日

指差し

11ヶ月の幼児になると、指差しを出来るようになる。この、私たちにとって基本とも思える当然の行為は、しかし、人間以外にする動物はいない。

指差しとは、どういう意味があるのか。手に届く範囲の物を指差すことはない。それは手に取ればいいからだ。指差しによって、手で触れられないものを示す事ができる。棚の上の菓子から、夜空の星から、顕微鏡内の遺伝子まで。

一点を指し示すこと。その時、意識もそこに集中する。幼児が、指差しをするようになったとき、彼の意識には集中するということの芽生えが起きている。


指差しという人間に共通のジェスチャーは、指した方を見よ、という共通認識があるからこそ成り立つことから考えると、人類が集団での統一された行動をしてきた証であるとも言える。例えば、かつて、私たちが狩りをして生きていた頃は、獲物に気づかれぬよう、声を出さずに指差しで方向などを決め合っていたかもしれない。

指差しを始めた幼児は、人間社会への適応をし始めたと言えるだろう。

2009年4月16日木曜日

幼児の舌と手

幼児は何でも口に入れる。それこそ手当たり次第と言った感じ。なめなければわからないじゃないか、といった風だ。

これは、特定の幼児にのみ見られる癖ではないのだから、成長において欠かせない行為なのだろう。舌に備わる味覚は、生まれてからすぐに口から栄養を補給する私たちにとって、まず敏感でなければいけない。また、私たちがかつて、人でなかった頃は、物を運ぶには口を使っていただろうから、その名残もあるのかもしれない。

舌は、その運動神経の由来や、筋肉の種類からみて、腕などと同じと言える。


また、幼児は、何でも触ろうとする。この未知な物には触れたくなるという衝動は、私たち大人にも残っているので、感覚を理解しやすい。

幼児がひたすら触ることで、脳内では視覚と触覚の同期が行われ、やがて大抵の物は見るだけでその質感を思い浮かべることが出来るようになるのだろう。


舌で触り、やがて手で触る。それは、四足動物から二足歩行への進化を見るようでもある。

2009年4月11日土曜日

現代における、彫刻とは何か

19世紀、ロダンによる彫刻の革命。それは、彫塑、モデリングの勝利だった。
モデリングとカービングの技法の間にある、本質的な違いは何か。それは、作り直しが利くか否か、だ。
彫刻を始める多くの人は、彫塑が持つ、作り直しが利くという特性を、カービングに対する優位性としてみる向きがある。
しかし、どうにでもなる、という無限性を持った自由は、留まるところを自分で決定できない初心者にとっては実は大きなハンディとなる。
カービングは、削り取るという作業が、その痕として、そのまま表面に残り、作品の表面となる。作業性がそのまま作品となる。
モデリングは、付け加えてゆくという行為ゆえ、その表面もどうするのかを意識的に制御することになる。また、モデリングは最終的には鋳造される事が多く、その際には、オリジナルから数回の素材の移し替えという行程を経ることになり、その度に、オリジナルが持つ表面性は変化してゆく。

彫刻における、モデリングは、その特性から、おもに石彫のためのマケットや、ブロンズ鋳造のための原型として用いられた。
マケットは、基本的に残されない。原型は、粘度から置き換えられた素材の表面を研磨したり、ブロンズ鋳造後に表面を研磨して仕上げられので、原型の持っていた表面性(テクスチュア)は失われる。
つまり、モデリングでは、制作段階での表面性は重要ではなかった。それは削り落とされる運命にあるものだった。

ロダンは、それをそのままにした。荒く付けた粘土はそのまま石膏に置き換えられ、そのままブロンズに鋳造された。彼は、それによって、彫刻は表面性は第一義的に重要ではないということを表した。作業性がそのまま表面となるというカービングの概念をモデリングに割り当てたのだ。
この成功により、モデリングは、表面を研磨して仕上げるという呪縛から解放され、同時に表面性によるごまかしという覆いを奪われた。
つまり、石彫が自ずから持っていた、彫刻的本質に近づく事に成功したのだ。

ロダンの仕事の、彫刻における本当の功績はここにある。ロダンは、形をあやつる名手だった。けっして、単なるロマンティストだったのではない。
ロダン芸術が、日本に入ってきて、たかだか100年である。日本の近代彫刻は、佐藤忠良など、自分の脚で立つ本当の彫刻を生み出したが、ほとんどは形骸に終わってきたのが実情だろう。

日本には、西洋的な立体の捉え方はそもそも存在しなかった。日本人は常に表面性で対象を見てきた。それは、仏像、能面、日本画から浮世絵を見れば分かる。それが、私たちが元来持っている能力なのだ。それが、100年前にロダンによってかき回された。しかし、それを排除しようとするのでなく、取り入れようとした。しかし、対象をどう見るのか、という根本的な部分に深く目を向ける事をしなかったのではないだろうか。日本におけるロダンは間もなく、ロダニズムというスタイルと見なされ、形骸化していった。ロダン的な表面性だけを追うことになってしまった。それは、日本的見方へのリバウンド現象である。

今、日本では、ロダンが、そしてその後ろに見える西洋的な対象の見方による、「形を動かす」彫刻は、限りなく影を潜めてしまった。
現代美術における彫刻は、もはや、完全なまでに従来の日本的な対象の見方、すなわち、表面性を追うというものに”戻った”。

ロダンによる、ルネサンス以来の彫刻革命は、今では、単なる美術ムーヴメントだったとさえ言われるようになった。
はたして、そうだったのだろうか。そえは、一時の熱病のようなものに過ぎなかったのだろうか。

彫刻は、物質を取り扱う。人を表そうとするなら、人の形を作らなければならない。その現実性が、いま、少しずつ遠ざかっているように感じる。
私たちの脳は、原則的に情報のみを取り扱うが、今やそれが優位となり、作り出される物まで、情報性のみが取り出されるようになった。そうしてコンセプチュアルアートが台頭し、かつて彫刻と呼ばれてた領域も、物質を取り扱うというものよりも、作家の概念を立体で表すものとなりつつあるようだ。それは、表面性にこだわるという表現方法によって一層際立っている。

ロダンが、その作品で指し示した、彫刻とは何たるかという教示。それは、ロダンが一人で作り出したものではない。芸術の歴史で人類が気づかずに追っていたもの、それを彼の言語で書き表したものだ。それは、私たちの人類の歴史の記憶に刻まれた感覚である。

2009年4月10日金曜日

芸術は、発見されたもの。

芸術を作るのは動物の中でも、人類だけに限られている。現在もそれは続いている。我々がしていることなのだから、芸術は人類の発明したものと言っても過言ではない。

しかし、問題はそれをいつ発明したか、だ。芸術の起源は、専門の研究者によって研究が続いているようだが、遺跡の発見から推測するしかないのが現状であろう。


芸術の定義は、歴史と共に変化し続けている。「真の芸術」を定義しようとする試みは常に誰かが行ってきた。しかし、決定的な答えは出ない。

芸術は確かに人類の発明であるが、その起源は私たちが意識を持つ以前に遡るものかもしれないほどに古い。その行為が芸術であると定義されたのはその歴史から見たらつい最近のことであり、もはやそれは「芸術の発見」と言ってもいいだろう。

見つけたものが、何なのか。その答えは簡単には出ない。

2009年4月9日木曜日

存在への疑念

存在。自分がここにあるということに対して、思春期も過ぎると一度は疑念を抱く事があるかと思う。

自分とは何なのか。そこから始まり、結局確信めいた回答を得る事は出来ずに、人生は終わりを遂げるのだろう。

哲学でも、物理学でも、物の存在は大きなテーマである。いわんや芸術をや。


前世紀末から今世紀にかけて、私たちの意識に対して、哲学という主観的アプローチだけではなく、脳神経科学という客観的アプローチが急速に領域を広げている。とはいえ、その解明のトンネルの出口はまだ遠いわけだが、意識というものが私たちが考える以上に「足場が脆弱」であることが分かってきているようだ。

私たちは、自分に体する主観を捨てる事は出来ない。それは、自己を超え、人類という種を存続させるためのアイデンティティを支える重要な本能とでもいえるものだ。それが、私たちが「意識を持っている」という強烈な主観を生み出している。

死は、私たちにとってこの上なく恐ろしい出来事だ。なぜ、そうなのか。死んでも、物質としての肉体がすぐに消滅するわけではない。そこで失われたものは何だろう。それは、命、言い換えれば、精神、それを認識していた意識である。


死、それは”意識”が知りたくない、私たちの存在の真実を照らしているのではないだろうか。だから、そこに恐怖を引き起こすのではないか。”意識”など、そもそも存在しない。存在していたのは肉体という物質だけであると。

私たちの存在は、冬に降りる霜、紙にコーヒーがしみ込んでいくさまと、なんら違いのない物理現象だ。死して意識の抜け落ちた体は、それを全身で表している。そして、それは、生きている私に間断なく繋がっている。