2018年7月16日月曜日

技術と芸術

   彫刻における写実や具象表現と言うと、それは写真のように対象を正確にそのまま写し取るもののように考えがちだが、そうではない。対象と同じで良いなら、それをそのまま型取ればいいのだ。そのままを型取ったように見える彫刻でも、実際の人体と比べれば多くの点で異なっている。何が異なっているかを一言で言えるなら”強調”だろう。ある起伏はより大きく、別の起伏はずっとささやかなものへ。そうして、形態は実物より強調され、それが作家の主張となり、鑑賞者の感性と共鳴することで心を動かす作品となる。
   とはいえこの強調は、芸術的感性と言われるような高尚なものではない。恐らく、人間の視覚認知の仕組みに備わった感覚の閾値を下げるような行為に過ぎない。だから、これだけならば、いずれ遠くない未来に人工知能で模倣可能だろう。
   いわゆる芸術性とは、この強調の先にあるものだ。そしてこれは、誰かに教えてもらえるものではない。なぜなら芸術性の源泉は自分自身であり、もしそれが新しい芸術ならば、今まで地球上に、宇宙に、存在していなかったのだから。
   
   技術と芸術は時に似ている。実際、明確に切り離せるものでもない。ただ、教え伝えられるか否か、で捉えてみるとある程度明確に線引くこともできる。そして、体得しようとするものが技術であるならそれは効率を考えて進んで良いものだろう。なぜなら、芸術をするにはひとりの命は短すぎるのだ。

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